審査員物語 番外編4 法律の調べ方(その4)

16.03.21

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

これは4部作です。その1からお読みください。

三木がパソコンで報告書ドラフトを叩いていると、木村が声をかけてきた。
木村
「たまたま同期がこれだけ集まったのですから今日のお昼は一緒に食べませんか」
顔を上げると、木村のほかに朝倉、木村、島田が一緒だ。
三木
「そりゃいいね、朝倉さんと木村さんの顔を見るのはもうふた月ぶりくらいですか?」
朝倉
「そうなるね、三木さんと島田さんは先日お会いしたようだけど」
木村
「外で食べると忙しく落ち着かないから弁当を買ってきて会議室で食べませんか」
島田さん
「いいねえ、じゃあ俺が弁当を4つ買ってこよう。何がいいかな?」

10分後、4人は弁当を食べながら近況や審査のトラブルなどを語り合っていた。

三木
三木
朝倉
朝倉
お箸お箸
弁当弁当

弁当弁当 お箸お箸
島田さん
島田
木村
木村
島田さん
「我々もここで働くようになって2年になるか・・・」
木村
「もう規格解釈について悩むことはなくなりましたね。どの項番も自信を持って話ができるようになりました」
朝倉
「それはすごい、私はいまだ修行中だよ」
木村
「朝倉さんが分からないなんてことあるのですか? どんなことでしょうかねえ〜」
朝倉
「規格を読んでいると分かったつもりになるのだが、実際に審査していると企業の説明を聞いて規格を満たしているのかいないのか判断つかないことがけっこうある」
木村
「私には思い当たらないなあ〜、どんなことでしょうか?」
朝倉
「そう言われるとパッと頭に浮かばないんだが・・・そうそう、先週行った会社でのこと、『法的及びその他の要求事項』なんだが、その会社は新しい法規制つまり新規制定や改正についてはウオッチして対応するという手順を見せてくれた。しかし過去より対応してきた法律については該非を判断した記録がなかったんだ。私はそれでいいのかなあと迷ったんだが、向こうの担当者は規格では、その手順があればいいのだという」
島田さん
「朝倉さんが言っている意味が分からない。どこもおかしくないんじゃない」
朝倉
「要するにその会社が関わるであろう法規制を全部点検した記録がないということなんだ」
島田さん
「過去にそういった法律ができたときに該非とそれへの対応を検討し、必要な対策をしてきたという論理ならおかしくないんじゃないの? 認証する前なら記録しておかなかったとしても不適合とはいえない」
朝倉
「書面を見ると、手順には新しく制定改正されたものについてはもれなく調べて対応することが定めてある。そして実際にその会社が関わると推定された法律の規制に対してはその運用手順が定められていて、現時点では問題は起きていない。
だけどその手順を決めたときより以前については該非判定した記録がない。私はそれでいいのかなあと割り切れないんだよね」
木村
「法規制すべての該非を検討した記録がなければ、規格要求から不適合を出さなくちゃならないでしょう」
島田さん
「木村さん、そのとき不適合の根拠はなんでしょうか?」
木村
「ええっと、それを疑問に思うこと自体私には不思議です。規格では『組織の環境側面に関係して適用可能な法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項を特定し、参照する』とありますよね、過去に対応方法を決めたといっても、それを特定したり対応方法を手順にした文書と記録がないじゃないですか」
島田さん
「そこんとこが良くわからないのだが、その文章は認証前に一斉に再点検せよと読めるのだろうか?」
木村
「それ以外に読みようがありますか? これは過去に調べましたと言われても、OKとはしませんね、私は」
島田さん
「というかさ、普通多くの会社では法規制の大きなリストを用意して、これは非該当、これは該当なんてやっているわけだけど、その結果過去からしてきたことと異なったってのを見たことがない。ということはそういう会社は分かりきったことをしているだけじゃないかって思うけど」
木村
「そんなことありませんよ。実はね(木村は目を輝かして)私は法規制チェックリストってのを作ったんですよ。多くのISOコンサルは様式や手順書のひな型を渡しているでしょう。法規制についても100以上の環境に関わる法律や条例のリストを提供している人は多いですがね、
私はそのリストを進化させてたくさんの質問をつけましてね、その質問にチェックがつかなければ非該当、チェックが付けば手順書を作らないとならないと一目でわかるようなものをエクセルでマクロを組んで作ったんですよ」
三木
「ほう、それはすごいですね。もちろん有償なんでしょうな?」
木村
「ヘヘヘ、私がコンサルしているところには提供しています。ただそれがコピーされると商売あがったりなので十分に管理してほしいとお願いしてます」
島田さん
「木村さん、そのチェックリストで点検した会社で、法対応が漏れていたところがありますか?」
木村
「ありますとも。工場ではまあめったにというか聞いたことがありませんが、オフィスとかサービス業では結構漏れがありますよ」
朝倉
「ほう!じゃあやっぱり過去から対応していたというだけでは不安ですね」
島田さん
「どんな漏れがありましたか?」
木村
「商社の例ですが、消防法も下水道法もそれに省エネ法も認識していませんでしたね」
島田さん
「その会社は自前のビルだったのですか?」
木村
「いや新宿の雑居ビルでしたが」
島田さん
「そいじゃ消防法対応も下水道法対応もビルの大家さんのマターじゃないの?」
木村
「島田さん、それは甘いですよ。ビルだけじゃないでしょう。普通の会社なら社有車があるでしょう。交通事故で火災が起きるかもしれませんし、油漏れを起こすかもしれません。賃貸オフィスだって非常口とか消防隊進入口に物を置かないとか消防法に関わるのは明白です
消防隊進入口の印
この印の付近に物を
置いてはいけませ
島田さん
「うーん、そう言えばそうなんだろうけど・・・」
木村
「先ほど言った私が作ったエクセルの表ですが、瀬戸内法もリストしていますから、まず見逃しは起きません」
三木
「あの、瀬戸内法は四国や中国地方限定なんでしょう?」
木村
「リストは全国共通にしています。もちろん東京の場合は所在地を入力すると対象外になります。いずれにしても見逃しは起きないようにしています」
島田さん
「東京に所在している会社がわざわざ瀬戸内法を調べる意味があるのかなあ〜、なんか形式だけって感じもするね」
木村
「形式と言われるとそうかもしれません。しかし審査のときにそのリストにチェックしたものを示せばどの審査員も適合判定しますよ。実を言って私はコンサルもしていますが、この方式で審査のときに問題になったことはありません」
島田さん
「そんなものかなあ〜」
三木
「朝倉さんの話に戻りますが、私は前からこれについて考えていたのですが、法規制を改めて調べるとか、認証前に一斉点検をしなければならないってことはないんじゃないかと思っています」
朝倉
「三木さんもそうお考えですか。実はその審査で、私は適合判定をしたのですよ」
木村
「それは朝倉さん、それはおかしいんじゃない?」
三木
「木村さん、教えてほしいのですが、仮に認証前というか初回審査前に法規制を一斉点検しなければならないとすると、翌年の維持審査時にも一斉点検しなければならないのですか?」
木村
「いや、一度総点検をすれば二回目以降は新規制定と改正された法律を調べるだけで良いと思いますよ」
三木
「うーん、そこんところがちょっと引っかかるんですが・・・手順はあるのですよね、つまり新規制定と改正については内容を調べて対応するという・・・そしてそれを実施した記録と手順が必要な場合に作成した手順書がある。
とすると数学的帰納法でいえば、初回審査時もそれが適用されると思います。そしてその手順が有効に機能しているか否かは、抽出された法規制が、環境側面からみて妥当であるか否か判断すれば良いのではないでしょうか。もしそのときに漏れが発見されたなら、その手順が悪いという不適合になるのではないでしょうか」
木村
「数学的帰納法とはまた小難しいことを・・」
島田さん
「そうか、数学的帰納法という考え方があったか。それはアイデアだ。確かに一斉に点検しなくても、過去から手順がありそれに基づいて法の該非と対応を判断してきたとすると、認証前に再調査する必要性はない。そしてその手順が有効かどうかは過去の証拠から判断できる」
木村
「島田さんと三木さんのおっしゃることがわかりませんね。まず審査では特定する手順がなければなりません。そしてそれがあったとしてすべてについてその手順に基づき実施してきたという証拠がない場合が多いんですよ。過去からやっていたといっても証拠がなくちゃだめでしょう。その意味で一度は一斉点検をしておけば証拠があるわけです」
朝倉
「さっき島田さんが言ったことを思い出したけど、審査する条件としてシステム運用期間はウチでは半年でしょう。だから記録は半年程度の蓄積があればいい。他の記録同様に法規制についても運用期間を立証する記録は半年あればよいのではないですか?」
木村
「普通の記録は半年もあれば相当なボリュームになるでしょうけど、法改正などは半年程度ではあるかないかというところでしょう。
そうだ、もっと大きな問題がある。例えばマネジメントレビューの記録は後々までは影響しない。せいぜい次回まででしょう。だけど法規制を調べた結果は次回点検するまで影響を及ぼします。そこんところは大きな違いですよ。みなさんはどうも判断基準が甘いですね」

気まずい雰囲気になって話も弾まなくなり、まもなく昼食会は解散した。
自席に戻って三木は考える。法対応のことを考えると、日常法改正を見ていてなにかあれば都度調査するということで問題ないように思うが、それだけですべての人を説得するのは難しいとも思う。朝倉も島田も三木と同じように考えているようだ。
佐田
軍曹階級章
鬼軍曹どころか
仏の佐田ですよ
木村はISO規格を純粋に考えるというよりも、お金儲けが優先事項のように思える。
以前、氷川と話したことがあったが、もっといろいろな人の意見を聞きたいものだ。誰かいないかなと思っていて三木の頭に鬼軍曹が浮かんだ。奴に最初に会ったときは昼行燈のような気もしたが、その後実際の審査を積み重ねると彼の言うことももっともだと感じることも少なくない。
聞くのはタダだと三木はすぐにメールを書いた。




翌日三木が審査に行っていて昼飯を食べる前にノートパソコンを立ち上げると、佐田から返信が入っているのに気が付いた。急いで食べ終えてメーラーを開く。







佐田の返事を読んでまず思ったことは、佐田は過去の経験から認証機関に敵意を持っているのではないだろうか? 審査で問題が起きないように認証機関に合わせるとか、真の仕組みを見せて審査を受けるならレベルの低い認証機関を避けるとか、多量の資料を作らせているのは認証機関だとか、三木はそういう文章を読むと不快になった。
とはいえ先日の昼食会での議論を思い出すと、審査員のバラツキはとんでもなく大きいようだ。それに三木も、今まで環境側面を点数で決めなければ不適合とか目的が3年なければ不適合という社内の考えに異議を感じていたわけで、そういったおかしなこと、審査員による見解の相違を大きいと実感していた。
ともかく少し前までは法規制の要求事項をどのように満たすのかという疑問は三木だけが感じていると思っていたが、案外根深いというか一般的な問題のようだ。そしてまた自分が知らなかったことを教えてもらったことを感謝した。




三木はそれでおしまいと思っていたが、佐田からまたメールが来た。


三木は佐田の言うことが気に入らなかったが、彼が言っていることはなぜか腑に落ちた。三木はやっとそれを理解できるレベルに達したのだ。とはいえそれを忘れないように日々の仕事をすることは難しいことなのだと思う。そして木村の顔が浮かんだ。彼は審査をどう考えているのだろうか?

うそ800 本日の独り言
企業ISO認証するのは商売に役立つからだろう。
しかしISO認証のためにすることそのものが、会社を良くするとか商売に役立つということはない。端的に言ってその活動は監査性(Auditability)の向上で、それはとりもなおさず認証機関のためであり認証を受ける会社にとっては徒労でしかない。
それはさておき、毎回1万字を超える。口ばかりで当初の目的を実現できないのはISO認証制度だけでなく私も同じようだ、反省せねばなるまい。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2016.03.24)
消防法に関わるのは明白です
常々思うのですが、ISO14001では当たり前のように消防法関連を審査の対象とするようです。
しかし、その根拠は何処にあるのでしょうか?昔は安全衛生法なんかも一部を審査対象として見ていたようですが・・・実に不思議です。

名古屋鶏様、まいど
私はこれはISO14001規格の欠陥ではないかと思っております。なぜならその原因は環境の定義があいまい、漠然、ちゃんとしていないからです。14001の版による定義の差と言うのはあまりなく、いい加減なところは同じです。
2015年版では「大気、水、土地、天然資源、植物、動物、人及びそれらの相互関係を含む、組織の活動をとりまくもの」です。なお「環境」の原語は「environment」ですが、これは日本語でも英語でも、自然とか物質的なものだけでないのです。
  1. the air, water, and land on Earth, which can be harmed by man's activities
  2. the people and things that are around you in your life, for example the buildings you use, the people you live or work with, and the general situation you are in
  3. the natural features of a place, for example its weather, the type of land it has, and the type of plants that grow in it
1と3は自然という意味ですが、2は人間関係、職場環境もありです。
規格を読み直すと、「まえがき」はJISオンリーですからどうでもいいとして、序文を除いて規格本文で「環境」とは資源とか植生とか大気などをいうのかなと思わせるだけで、規格要求事項で環境を雰囲気とか人間関係と解釈しておかしいということがないというのがショックです。もちろん認証機関が、環境を人間関係とか職場雰囲気も含むと解釈するかどうかはともかく、規格文言からはそう理解したとして無理はありません。
ですから消防法も環境に関わる法規制ですと言われれば、ISO規格から否定できないと考えます。それだけじゃありません。人間関係も環境に関わるのだという主張する認証機関であれば、均等法も障害者雇用促進法も精神保健及び精神障害者福祉に関する法律もいじめ防止対策推進法も法的要求事項です。おっと鶏様があげた安全衛生ももちろん環境です、キリッ
まてよ、日本にある1800本の法律すべてが対象じゃありませんか!
道路交通法はISO14001に関係ないと反論した私は未熟だったわ
真面目な話、審査員が「消防法も環境です」と言われたら、それを諾とするしかなく、反論するなら認証機関を変えるしかないようです。
ただその場合は認証機関を決める前に、定義の「大気、水、土地、天然資源、植物、動物、人及びそれらの相互関係を含む、組織の活動をとりまくもの」をどう解釈しているのか問い合わせすることが認証機関選定の第一歩になるでしょう。
実際はどうなのかというと、私の過去の経験から言えば、環境の境界があいまいで議論になることは何度かありましたが、いずれの場合も審査側も企業側もマアマア、ナアナアで「環境」のドメインをはっきりさせたことはなかったように思います。もめても白黒つけずに引き分けというか尻切れトンボでしたね。
結局あいまいな定義に手を付けずにこれからもずるずると行くのではないでしょうか?
まあ我が愛しき環境基本法でも環境の定義はないようですからたいした問題もないのでしょう。「環境問題」とは誰かが大声で「環境問題だ」と叫べば環境問題になるようです。
とはいえ引退した私なら笑い話ですが、現役の名古屋鶏様は深刻ですね、頑張ってください


神部様からお便りを頂きました(2016.03.25)
びっくりさせられましたので ^^;
佐為様
四部作の完了、お疲れ様でした。
そして審査員物語番外編4を読んでいて驚かされました。
中ほどに審査員甲乙丙の適合範囲の図がありますよね。
マウスオンしたら「夜旧事項の範囲」と文字が浮かびました。
驚くと同時に、「態とでしたらお茶目さん^^」なんて思いが。
という重箱の隅をつつくような報告でした。

桜の開花がテレビをにぎわせる季節ですが、まだまだ寒い日も。
お体に気を付け今後も楽しませてくださいね。
では失礼します。
神部麻衣子

神部様、毎度ありがとうございます。
うおおおおーーーー、こりゃいけませんねえ
いかに私がいい加減、ものぐさ、でたらめであるかという証拠でございましょう・・トホホ
とはいえ名誉も不名誉もすべて私のものという信条ですので、これは修正せずにおいといて、図からこのお便りに飛ぶようリンクを付けておきますね
おっと、名誉なんて私にあったでしょうか?
姫様には自今以降もう少し注意するように誓います!
注意だけで済むなら警察はいらないと言われそうですが、ISOの世界には証拠もないのに認証の信頼性が低下したのは企業が嘘をついたからだと叫ぶ輩が大勢いますから、その中ではまっとうな方だとほめてください。

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