審査員物語 番外編42 小畑の日常(その4)

16.10.24

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

小畑が大田区の関連会社のISO審査の後、三木からメールでも来るかと思っていたがそのようなことはなかった。三木は自分たちの審査がどう評価されたかなど気にしないのかもしれない。もっとも自分もあの審査を見て三木と話しあいたいかといえば、特段なにもない。いつも見ている審査が繰り返されたという印象だけだ。小畑も仕事が忙しい。いつしか三木のことを忘れた。

2週間ほど過ぎたある朝、小畑がパソコンを立ち上げると三木からメールが入っている。なんだろう?


小畑は特段三木に会いたいということもない。とはいえ酒を飲むのは嫌いではないし、先日三木と飲んだ時変な人ではないと分かった。 お酒 また飲んでも楽しいだろう。
小畑は日時を決めて返信した。

数日後、チェーン店でない神田の居酒屋で待ち合わせした。テレビドラマや小説ではサラリーマンが飲むのは有楽町のガード下とか品川駅前あたりが定番だ。だが実際のサラリーマンが飲むのは働く会社の近くだろう。神田駅は小畑にとってJRの最寄り駅だし有楽町に比べて安い。

乾杯をすると三木が話し始めた。
三木
「小畑さん、お付き合いいただきありがとうございます。先日の審査で木村がいろいろとおかしなことを言いましたんで、小畑さんはレベルが低いとお感じになられたと思います。それを気にしておりました」
小畑
「三木さんは木村さんの上司と思いますが、部下であってもリーダー担当の方にはあまり言えないものですか」
三木
「私は木村より年上ですが、審査員になったのは同期で上下関係はありません。
それと審査員で下積みして主任審査員になりリーダーを務めるようになると、誰でも自分のやりたいように審査するものです」
小畑
「でも審査員が代わっても同じ判断をするのは当然でしょうし、そのための標準化だと思います。昨年まで適合であったマニュアルが今年はだめですと言われるのもどうなんですかねえ〜」
三木
「あの件に関しては問題と思います。しかしマニュアルに限らず今まで問題に気が付かなかった問題が見つかったなら、不適合にすること自体はおかしくないと思います」
小畑
「一般論としてはそうですが、あの件は法違反とか規格要求を満たしていないわけではないのですから、妥協というかもっとマイルドな対応をしてくれたらと思います。修正を求めても不適合にしないとか」
三木
「おっしゃる通りです」
小畑
「それから環境目的の省エネでしたっけ? 気持ちの持ち方とか意識付けで省エネができるというご意見でしたが、あれはどうなんですか?」

話が始まってから一方的に責められて、三木はいささかおもしろくない。

三木
「確かにおかしな発想と思われたでしょうね。しかし世の中の企業の多くは投資とか変更がなくても、現場努力とか意識向上といった名目で省エネや廃棄物削減を数パーセント上積みしているのが普通ですね」
小畑
「まあそういうことはあるでしょうけど、それは管理ではないですよね。フフフ」

三木は小畑の笑いを聞きとがめた。

三木
「なにかおかしいですか?」
小畑
「いや思い出し笑いですよ。私の以前の勤め先では毎月1%削減と言われていました。材料費も1%削減、加工時間も1%削減。ですから1年経ったら材料費が1割削減、加工時間も1割削減。でもそんなこと実現するわけがない。なによりも裏付けがありません。
どういう理由で材料費が毎月下がってくれるのでしょうか? メーカーなり下請けが毎月値下げしてくれるわけがない。作業者や機械の速度がひとりでにスピ−ドアップすることもありません。
もっともねじり鉢巻きというのは会社側だけでなく組合も一緒ですね。精神論では改善できるはずがありません。そういう発想がそもそも間違いなんですよ」

三木もそういう会社は知っている。というか自分のところもそうだった。三木の場合は毎年売り上げ○%アップであった。

三木
「まあ・・・・論理的ではありませんね。しかし多くの会社ではそういうこともあるのが現状で、」
小畑
「頭の古い管理者がいうのならまだしょうがない、でもISO審査で従業員の意識向上によって削減を図れなんていうのはどうなんでしょう?」

三木は腕組みをして黙ってしまった。

小畑
「あのとき投資して1.5%削減するという計画に関しては、その投資内容と期待される成果については疑問の余地はないと思います。審査側として1.5%という目標が低いというご判断なのでしょうか?」
三木
「あの会社は第二種のエネルギー管理指定工場ではありません。しかし省エネ法の1%削減は尊重すべきでしょう。そしてどの業界でも自主目標を決めていますが、法規制より若干上積みして1.5%削減というのが相場です。ですからISOの計画として1.5%は低いと思われます」
小畑
「とはいえ省エネ法のいう毎年1%でさえ簡単に実現できるわけではありません。というか毎年1%削減する方法がありましたら教えてもらいたい。
今まで何もしていなかった会社が省エネ活動を始めれば、すぐに1割くらいの削減はできるかもしれません。でも既に過去から省エネに努めていたところはそこから先はハードルが非常に高い。
ご存知でしょう、1997年京都議定書を結んだとき、欧州は旧式な設備が多くて省エネの新設備に更新するだけで京都議定書をクリアできると見積もっていた。それに対して日本はオイルショック以来40年も省エネに努めてきているから、そのとき既に欧州の改善目標以上のエネルギー効率でした。日本は京都議定書なんて結ぶべきじゃなかったのですよ。白人ってのはずるがしこいですからね。日本は上手く騙されたということです。罰則がなくてよかったです」
参考までに: 私は、2015年のパリ協定も信用していない。日本はまた騙されたかという思いである。どうせ順調にいかないだろうとニラオチしていたら、なんと2016/11/04から発効するというじゃないか!
二酸化炭素を減らすのもいいが、それが日本経済、日本国民にどのようなメリットがあるのかどうかを考えて行動してほしい。人類がーなんて語っているようでは政治家ではない。欧州もロシアもアメリカも中国も、人類のためでなく国家のために行動しているのだよ。

三木
「まああの会社でもLED照明とかインバーター導入とか太陽光など細かな改善の余地はまだあるでしょう」
小畑
「三木さん、失礼ですが正気ですか?」
三木
「まだ素面しらふのつもりですが」
小畑
「LEDへ切り替えればランニングは確かに減るでしょう。しかし切り替えの初期投資にいくらかかるか、それが何年で回収できるか、頭で考えただけで簡単ではないとわかります。電力量削減も重要でしょうが、投資対効果も重要です。
我が家では玄関とかトイレの照明を数年前にLED電球にしました。でもそれで元が取れると思います?」
三木
「そりゃ白熱球や電球型蛍光灯に比べたら値段は高いでしょうけど消費電力は少ないですから、数年で元は取れるのでは・・・」
小畑
「LEDは長持ちするといいますが、それはLED素子のことでしょう。回路の方はそうじゃないようで、我が家のLED電球は1年で壊れました。とはいえ白熱球に比べれば長寿命でしょうけどね、アハハハハ。とても元は取れません」

三木は勤めている会社が入っているビルの管理会社が、照明のLED化を検討したが割に合わないと止めたという話を思い出した。ランニングコストを回収するためには10年位器具が壊れないことが必要で、その保証がなかったと聞いた。

小畑
ノコギリ屋根 「インバーターだって万能じゃありません。太陽光発電に至っては元々エネルギー削減になるのかどうか。
なにごとでも仕組みが複雑になると効率が下がるってのが原理原則です。太陽エネルギーを活用するなら、熱のまま温水器とか、発電した電気で照明するより直接外光が入るように昔のノコギリ屋根に戻す方が効果があるんじゃないかな。どっちみち晴天の日中だけなんですから」
三木
「あのような意見は、改善の提案には当たらないということですか?」
小畑
「野球だって将棋だって、見物している人より実際に試合している人の方がはるかに考えています。まして省エネ担当者は持っている情報、使える手段で最善を尽くそうと1年中考えているのです。よほどの専門家ならともかく、通りすがりが一目で素晴らしい作戦を思いつくはずがありません。
それに簡単に1.5%より2.5%が良いなんて言ってほしくないですねえ〜。それを言うなら2.5%より5%の方がいいじゃないですか」
三木
「まあおっしゃる意味は分かります。審査員も楽じゃないんです。以前、判定委員会があったときは判定委員たちは一生懸命にダメ出ししてくれたので、目標が低いときそれを適合とした審査リーダーはつらい目に合ったものです。
最近は費用削減のために新規をのぞいて判定委員会を廃して審査部長決裁とかになったので大分簡素化されましたが」
小畑
「まあお互いに事情はありますよね。ただ1.5%が低いとか、意識向上で1%改善できるという発想は止めていただきたいですね」
三木
「うーむ」
小畑
「それと前々から疑問に思っていたのですが、改善の機会というのは本来はマネジメントシステムの改善ではないのですかね?」
三木
「おっしゃる通りと思います。とはいえ現実にはほとんどが即物的なこと、パフォーマンスに関わることばかりですね」


参考までに: 改善の機会とは定義されておらず、詳細について定められていないようだ。改善の機会の根拠はISO17021:2011 9.1.10に「審査チームは改善の機会を特定してもよいが,具体的な解決策を提言してはならない」とある記述だけだ。
果たして現実にはどんなものがあるのかと、過去、数年間に知り合いから見せてもらった(ということにしておく)審査報告書を20〜30件ながめてみた。認証機関は5社である。
  • 騒音測定点が適切とは言えない。改善の余地があります。
  • 方針を年頭に出すと定めているが、1か月半後は年頭とはいえない。
  • 消灯ルールの不徹底があります。改善の余地があります。
  • 有益な側面の抽出がありません。
  • ノウハウが明文化されていないものがある。文書に織り込むべきです。
  • 緊急時のテスト記録が正式フォームではなかった。
  • 環境マニュアルの定義と会社規則の定義に齟齬がある。
どれもあまり改善にならないような気がする。
改善の機会とは何だろう?
改善の余地があるものなのか? 軽微な不適合なのか? 審査員が無理やり考えたアドバイスなのか、パフォーマンスとか運用レベルなのかシステムについてなのか?
いや、なかなか面白いものです。

小畑
「改善の機会に限らず審査結果取り上げるものが即物的すぎるのですよ」
三木
「といいますと?」
小畑
「審査に限らず内部監査でも同じですが、ヒアリングしたり帳票をめくって得た情報をそのまま適合・不適合にしてはいけません」
三木
「はあ?」
小畑
「ISO規格にも書いてありますよね、マネジメントシステムが組織の決めたことと規格要求に適合しているかの情報を提供するのです。帳票や文書あるいは設備、行為を観察した結果は監査のインプットであってアウトプットじゃありません。
審査で規則と運用が異なるものを見つけたとき、それをどう判断するかですが、単に運用ルールを逸脱しているから不適合ではありません。教育が悪いのか、手順通りできない理由があるのか、あるいは改善したのを文書に反映していないのかとか。それは運用の逸脱だけからは判断できません。それ以外の収集した情報を総合的に見て考えるのです。
先日の審査もそうですが一般に審査結果というか審査のまとめが根源的なところまでさかのぼっていないのです。システムでなくパフォーマンスであるというのは、パフォーマンスしか見ていないということではなく、システムまで深堀して考えていないということだと思うのですよ
審査で気づいた様々な情報を総合分析して、問題はなにかと追いかけていくのが審査のだいご味じゃありませんか」

監査のまとめ方
監査のまとめ方
この絵を描いていて思い出した。同じことを何年も前に書いていた。私も進歩がない。いや、そうではなく監査の基本はシンプルなのだろう。
三木
「それを言われると面目ない」
小畑
「それは不適合だけでなく、改善の機会でも同じです。
みなさんは省エネ目標1.5%を低いと考えた。でも単純に1.5が低いと思ったのではなく、いろいろな情報を考えあわせた結果、1.5に納得できなかったわけです。それなら自分たちがそういう結論になったことを素直に、例えば1.5%を導いた目標設定のプロセスが不明確とか、検討過程の記録がなく納得できないといった表現で改善の機会を提案したら、また違った反応だったと思います。
それはパフォーマンスの数値目標を問題にしているのではなく、システムの改善提案であるわけです」

お邪魔かもしれませんが: 「システム」=「組織」+「機能」+「プロセス」である。プロセスは「インプットをアウトプットに変換する、相互に関連する又は相互に作用する一連の活動(ISO14001:2015の定義)」であるから、目標値を検討し決定するプロセスを見直すことはシステムの改善と言って語義的に間違いではない。

三木は小畑の言葉を聞いて冷汗が出るのを感じた。
三木
「小畑さんがおっしゃったことは審査員研修の初歩で習ったことですが、どうも日常の実務では忘れていたようです」
小畑
「お気を悪くしたらごめんなさい、今の話は私自身への戒めでもあります」
三木
「最近ISO第三者認証の価値は何だろうかと考えておりました。そういうアプローチを取れば認証の評価を揚げることができそうですね」
小畑
「三木さん、それはちょっと違うんじゃないですかね。企業側としては認証の意義は何かとか認証に価値があるべきとか考えていません。
望むのは、審査ではしっかりと規格適合を調べてほしいということ、判定は基準に沿って行ってほしいことだけです」
三木
「ええと・・・」
小畑
「先日のことを言えばですね、あの会社では認証を受けることは経営者の方針です。担当者がどうこういうことじゃありません。しかし審査はISO17021に基づいて行われると期待し、自分たちはそれに対して問題がないように務めているということです。彼らの考える審査を行っていただければ彼らは満足します。
ところが審査結果、改善の機会は企業にとって意味のないアドバイスと思えた。またマニュアルの不適合も審査基準に照らして明らかにずれていると思いましたね」
三木
「そういうことが積み重なると認証の価値が下がると私は思っていますが」
小畑
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ともかく三木さんの対面といめんの担当者は、ISOの価値とか存在意義を論じているわけじゃありません。ISO17021に書いてある通りの審査をしていただければいいんですよ。
それは簡単なこととお考えかしれませんが、私のみたところそれができる審査員は1割いませんね」

三木は冷めてしまった盃を干した。
小畑は大局的とか学問的なことを言わない。実戦的、即物的なことを語る。もちろん彼が深く考えていないというわけではないだろう。しかしISO審査そのものについて考えているし、審査の場数も踏んでいる。
山田太郎という人もISOに詳しいと思っていたが、彼は経営者的目でISOを見ている。小畑はもっと泥臭くISOに関わっているのだろう。二人の違いは職階というか仕事の差からきているのだろう。
いやいや、他人ひとのことよりもっと重要なことがある。三木は認証制度を考えることよりも、自分の審査の質向上を考えるべきだということだ。
初めの頃は小畑の苦言ばかり聞かされて嫌気がさしていたが、会ってよかったと三木は思う。

うそ800 本日の愚痴
駄文とはいえ書くときは間違いのないように新旧いろいろなISO規格をめくったり、ネットでJIS規格を調べたりします。すると再び続きを書き始めるとき、流れを思い出すため頭から読み直すことになります。くだらない文章を書くのも大変です。

うそ800 本日の愚痴U
三木
「一体だれが主人公なんだ? わしの立場は?」



akijapan様からお便りをいただきました。(2016.10.27)
オバQ様
審査員物語の番外編、継続ありがとうございます。
いつも、拝読していてスッキリしています。
今後もよろしくお願い申し上げます。
先日は上尾駅が出て来て嬉しく思いました。

あ、小畑の日常(4)で、小畑がパソコンを立ち上げるところが、三木さんになっています。
細かなことで恐縮ですが、お知らせします。

akijapan様 毎度ありがとうございます。
三木と小畑の間違い!ご指摘ありがとうございます。ISOなら重大な不適合!と言われるところでしょう。幸いこのウェブサイトはISO認証を受けてませんの、笑ってごまかしちゃいましょう
おっと、番外編ですが・・・・なんだかダラダラと続けているようで正直番組打ち切りって声がかかるのではと懸念しているのですよ。
コミックも、切られる前に、完結をと・・・考え中です

審査員物語番外編にもどる
うそ800の目次にもどる