*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。
審査員物語とは![]() ![]() ![]() |
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花咲 | 本田 | 氷川 |
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「オイオイ、本田よ、お前はISO担当だからまだわかるけど、公害担当のおれが肥田部長が出向してからやろうとしている認証機関の改善策を考えるってのはどういう理屈なんだ」
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「氷川さんは環境担当だからまだいいですよ。僕は情報システム部で、ここにはたまたま半年だけ欧州の化学物質規制対応トレーサビリティシステムの構築に応援に来ているだけですよ。とばっちりも甚だしい」
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「ちょっとちょっと、私ばかりが責められても・・・ 肥田部長もアイデアがないから、我々に案を作らせて手土産にするってわけでしょう」 |
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「それも1週間以内でと・・・あの人も調子がいい」
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「とはいえなんとかしなくちゃ」
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「認証機関の改善と言ってもだ、経営的なこともあるだろうし、提供する審査の質もあるだろうし、検討項目が多岐にわたってつかみどころがない」
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「更に経営的と言っても、売り上げもあるし原価もありますし、審査の質と言ってもQCDがあるわけで・・」
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「おお、それだ、それ。なにも我々がきれいな企画書に仕上げて差し上げることはあるまい。ただ言われたからにはわかりませんとかできませんというのも癪にさわる。 こうせんか・・」 |
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「どうするんですか?」
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翌日の午後、氷川たちが肥田部長を会議室に呼んだ。
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「うわー、もう企画ができあがったのか、さすが氷川さんはすごいね」
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「いえいえ、全くできてないんです」
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「ええ、それじゃあ〜」
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「肥田部長のご指示を受けて我々考えたのですが、どちらにしても具体策はわかりません。といいますのはナガスネの詳細を知りませんから対策立てようがありません。 ただ改善というのは現状の問題の裏返しですから、我々が認識している問題をリストし、その状況を説明すれば、今後肥田部長が改善を進めていくときのテーマになると思いました。ということで本日は現状の問題の説明ということにしました」 |
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「なるほど、」
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「それとコスト削減とかになりますと、現状の原価構成などわかりませんので対象外としました。ただ新規ビジネスについては一応考慮しました」
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「確かに原価構成とかリソースとかわからないことは多いものな」
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「そいじゃまず現状の問題点について本田の方から説明します」
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![]() 本田はA4数ページの資料を配った。それには審査の現状の問題、トラブルを記載し、その原因と対策案の概要を記している。 ![]() | |
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「以前、そうですね5年より前はまだ審査員は情報量という点で審査を受ける側より上位にあったと思います。しかし現状では審査側と審査を受ける側に情報格差はありません。にも拘らず審査側が自分たちが知識的に上位だと認識していることが審査トラブルの原因だと思います」
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「うーん、私がここの部長にきてからときどきISO審査でトラブルがあるとは聞いていたが、それは問題としてどの程度のレベルにあるのだろう。つまり大至急対応しなければならないのか、1年程度の範囲で是正すべきなのか、少しずつ改善していけばいいのか、放っておいてもいいのかという・・」
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「そういう見方ならどうでもいいことだろうとは思います」
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「どうでもいいというのは、重大問題ではないということか?」
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「うーん、今の右肩下がりの状況を是認するなら放っておいてもよく、少しでもカーブを上向きにしようとか、少なくても自社のシエアをあげようと思うなら、至急手を打たなければならないと思います。とはいえなにをしても大局には影響ないかもしれません」
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「わかった、わかった。要するに重大問題なんだな。本田君進めてくれよ」
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![]() 本田は過去数年間の審査トラブル、不適合の判断の問題、審査報告書の内容の問題、審査員の態度の問題、認証機関とのやり取りにおける問題など種類分けして解説していく。 肥田は聞いていて頭が痛くなった。自分はここに1年いたが、ISO審査でそれほどの問題があり、審査を受ける側が黙って受け入れていたとは知らなかった。 しかしさまざまな問題があるものだ。審査員の態度が横暴、上から目線というのは過去から話としては聞いていた。今でもそういったことは是正されていないのか・・ たかりや昼飯の問題は既に過去のことと聞いていた。しかし送り迎えとか審査会社の近隣の観光案内の要請とかは今でもあるという。それは記録に残らないように、審査員が口頭でお願いしますと言うらしい。本田は審査員の心証を考慮して対応しているという。例えば地方の名産を買いたいのでその店に案内してほしいと言われれば、審査終了日にはその品物を用意しておくらしい。わいろというべきか、タカリというべきか、まあまっとうではないなあ〜 ![]() ![]() それから言葉使いだ。会社側の幹部に対して審査員が上司のような言い方をするし、経営をお手伝いしましょうなんて言う。若手に対してはぞんざいな言葉使いで、そんな審査員は陰であの人は二度と頼むななどと言われる。 ![]() | |
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「審査員が乱暴な言葉を使うとあるけど、ビジネスなら相手の若造にだって敬語を使うのは当たり前なんだが」
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「自分が目上だというだけでなく、知識とか経験が上位だと審査員が思っているのでしょうね。実際に経営している人に対して失礼というか笑われるというか・・・それにISO規格だって今どき企業担当者の方が明るいですよ」
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「無知の知を悟ってないんですわ、アハハハハ」
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「まさか、郵便の不達がそんなに起きるわけはないだろう。それとも日本では郵便のミスが多いのか?」
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![]() 氷川が脇から、笑いながら話しかける。 ![]() | |
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「きっと認証機関は都合の悪い情報は受け取らないことにしているんでしょうなあ」
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「向こうが受け取ってないというなら、再送したらいいじゃない?」
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「いつ受け取ったかが重要です。実際の例ですが、審査後に法違反で不適合とされたことについて行政確認した結果問題ないという回答を得て、証拠と説明資料を送った関連会社がありました。 認証機関から音沙汰なかったので不適合でないことが了解されたと思ったのですね、まあそれが甘いと言われれば甘いのでしょうが・・・翌年の審査で昨年の不適合の是正が出ていないということになりました」 |
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「それで?」
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「関連会社が昨年の審査後すぐに行政確認して問題ないということを郵送した。その後、返事がなく適合と理解されたと思ったと答えると、そのようなものは受け取っていない。認証機関としては不適合についてアクションを取っていない認識しており、なにもしていないことが更なる問題となったといいます」
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「言いがかりだな、もちろん苦情を申し立てしたんだろう」
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「いえいえ証拠がなければ水掛け論です。先方の言うことを受け入れて、泣き寝入りですよ。いや、泣き寝入りというよりも余計なことをするよりも、相手の言うことを聞いた方が面倒くさくないと判断したということですか」
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「そりゃ・・・」
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「認証機関がそういったあくどいといいますか変なことをしなければ、企業からの評判は上がるということです」
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「それは改善というよりも当然ということじゃないか」
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「その通りですが、当たり前のことを当たり前にしていないことが問題のわけで、部長が向こうに行かれたらそういう当たり前のことをすることが第一かなと思います」
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「ええとさ、上から目線とか横暴とかいうのはすぐに是正できるものじゃないのか? ふつうの取引で営業マンが乱暴な口をきいたとして、相手に是正計画を要求するようなものじゃないよな。本人にいって効果がないなら、先方の上役にいえばいいし、それでだめなら取引先を変えればいい」 |
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「まあそういうことが何年も改善されないわけです。そして取引先と違い認証機関はしがらみで変えることができない」
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「ISO的に言えば認証機関のPDCAが働いてないわけです」
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「ちょっとさ、なんか本田君のいう問題のレベルが低くないか? そんなことを改善したところでナガスネの経営がどうこうということがなさそうだが」 |
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「客が商品の品質が悪いとみなしているとき、経営戦略を論じる前に、商品の品質向上を図らなければ企業の存続はありえませんよ」
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![]() 肥田は斜め45度を見上げ、何もない空中に視線をさまよわせる。 つまり・・・俺が出向する会社はとんでもなくレベルが低いということか・・・ 肥田は氷川の声を聞いてハットした。 ![]() | |
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「ハイ、なんでしょう?」
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「時間もありませんので、本田君のほうは一旦おしまいとして私の話を聞いて頂けますか」
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「ああ、すみません。どうぞ」
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「そいじゃ、私は認証機関におけるビジネスの多角化ということを考えました」
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「多角化って?」
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「最近、どこかのISOコンサルが内部監査員検定なんてのを打ち上げましたね」
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「すまない、知らない」
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「部長、今までは当社の環境全般を統括されていましたからISOはワンノブゼムだったでしょうけど、これからはISO認証そのものがお仕事ですから、それについてはもちろんその周辺の動向にも注目しておかれた方だよろしいですね」
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「面目ない」
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「JRCAはもっと前ですがISO9001内部監査員登録というのを始めました」
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「スマン、JRCAとはなんだ?」
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「ISO9001の審査員登録機関です。日本規格協会の中にあります」
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「なるほど」
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「ISO審査をする審査員は品質ならJRCAに、環境はCEARに登録していることが必要です。CEARは産業環境管理協会にあります。 ええと・・企業でISOの内部監査をする内部監査員の資格要件は企業が決めればよいことになっています。しかしJRCAは一定要件を満たした人を内部監査員として登録する事業、ビジネスというべきでしょうけど、まあそんなことを始めたわけです」 ![]() |
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「そこに登録していなければ内部監査ができないというわけか?」
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「いえいえそういうことではありません。英語検定、つまり英検1級とか2級とかありますね。ああいったものは検定、つまり資格ではありません。検定に合格しなくても英語を話してよいわけです。それと同じで別にJRCAに登録していなくても内部監査はできます」
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「ええっと・・・よくわからない。するとその内部監査員登録する意味、意義というべきか、それは何だね?」
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「箔が付くってことじゃないですかね」
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「そんなことに需要があるのか、つまり客はつくのだろうか?」
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「どうなんでしょうか? 登録者数というのは公表されていないようです。 ともあれそういうことに法規制があるわけではなく、またISO規格などで決まっているわけじゃない。好き勝手に制度とか資格を作って登録や資格認定をしてもかまわないわけです」 |
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「なるほど、サムライ商法のひとつだな」
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「今申し上げたようにJRCAの内部監査員登録や内部監査員検定のようなことを、ナガスネが新事業として始めるというのもあるということです」
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「そういった資格商法は周りに認められないと存在できないな」
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「そうです。ただうまく転がれば大して元手もいらずに濡れ手に粟です」
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「最近は英検よりTOEICがもてはやされている。それなりに社会的な評価を得ているけれど、ああいったものは試験制度というか体制を構築し運用していくことが非常に大変だ。ハードルが高いというのかな」
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「おっしゃること分かります」
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「内部監査員検定というのが日本全国津々浦々に試験会場を設けて年に何度か実施するとして、そのインフラ構築はとんでもないことになるだろうなあ」
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「その内部監査員検定ではネットで試験をするのですよ」
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「ネットで、まさか! それじゃ信頼性が・・・」
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「そうです、ですからその資格が信頼されるかどうかということもありますね」
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「すまん、他の新ビジネスの案を聞きたいね」
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「花咲君が作っている環境情報システム関連を売れないかというのがあります」
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「今まで当社グループでは環境情報収集システム、PRTR、マニフェストとか、最近では化学物質トレーサビリティなどけっこう電子化を進めてきました。もちろんそれらは当社の資産ですし、当社もグループ企業に提供して環境情報管理の省力化を進めています。 そういったものを認証機関が開発販売するということです」 |
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「しかしそういったことは、大手企業はみな独自に開発して運用しているようだ。ナガスネの株主は10社あるが、多分どこでもしているだろう・・・」
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「それがアドバンテージだと思います」
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「アドバンテージって?」
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「株主各社の情報システムを比較検討して一番良いものを低廉に提供を受けて販売代理店をするのです」
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「ほう、そりゃアイデアだ、できればだけど・・・」
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解散してから肥田は考える。三人寄れば文殊の知恵というが、確かに氷川たちの話は参考になった。すぐに使えるというわけではないが、あの話を聞いただけで自分がもっとISO業界とその周辺の事情を知らなければならないということが分かった。そして企業の人が認証機関とか審査員に対して持つ不信感、そういうのも肌身に感じた。● ● しかし・・・と肥田はその先を進める。 肥田が行くナガスネ認証機関はダメダメ認証機関らしい。そしてISO認証ビジネスが先細りときたら見通しは暗い。どんなビジネスでも商品でも下り坂のとき真っ先に脱落するのはマーケットシエアの低い弱小からだ。最後まで残るのは最大手だけと決まっている。もっとも最大手はそんなことになる前に華麗な転身を図るのも定番。肥田はナガスネをどうしていくべきかとなるともう全くアイデアがない。ただ一つの光明は以前前任の山内取締役が語った肥田の代はまだ大丈夫だよということくらいだ。 |