*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。
審査員物語とは
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遠藤課長 | 寺岡さん |
「静岡工場の木村です。私どもの工場では欧州に輸出しております。ご存知と思いますが欧州統合によって域内で販売するにはISO9001の認証が必要となりました。静岡工場では標準品というか一般市販品だけで今までお客様と品質保証協定など取り交わしたことがなく、品質保証という機能がありませんでした。そこで本日は品質保証の基本を教えていただきたくお邪魔いたしました」
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「ウチも欧州に輸出しているのでISO認証が必要になるんだ。1年後に審査を受ける予定で、この寺岡君をメインに準備を進めている」
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「ええっ、そうなんですか。ウチよりも半年早いスケジュールですね。できればイベントごとに見学させていただけますか」
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「いいともと言いたいが、本社の友保君次第だな。彼がウチの認証準備から審査まで付きっ切りで見学して、それをほかの工場に展開したいようだ。彼も情報を手放したくないだろうし、我々としても他の工場から大勢立ち合いに来られるよりも、本社の人が一人で見学して、それを他の工場に広めてもらった方がありがたい」
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「なるほど、それはわかります。まあ、今後いろいろとお伺いするかと思いますがよろしくお願いします」
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「いいとも、そいじゃ私はここで失礼する。あとは寺岡君頼むわ」
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遠藤課長は席をはずした。 | ||
「お宅はずいぶんISO認証が具体化しているのですね。今後いろいろと教えてください」
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「ウチは欧州の機械部品メーカーにOEMで提供していますからね。時間がなくて大変ですよ。課長はISOなど問題ないだろうと安心しきっていますが、課長も細かいことを知りませんからねえ〜」
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「お宅は過去から品質保証協定を結んできたわけでしょうから特段難しくないと思いますが」
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「冗談じゃありませんよ。品質保証協定とISOはちょっと違うのです」
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「私は全くの素人でして、その辺から教えていただけますか。そもそも品質保証協定とはなんでしょうか?」
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「えっ、品質保証協定をご存知ない! そいじゃ初歩の初歩からいきましょうか・・・ 品質保証というと品質をしっかりするとか品質の責任を負うこととか、そういう意味と思うかもしれません。そうじゃないんですよね 元々英語の訳でして、英語では「Quality assurance」といいます。Qualityは品質ですがassuranceとは何でしょうか。それは日本語でいう保証ではなく、確信とか自信、あるいはずうずうしいとかそういう意味なんです」 | ||
「ずうずうしい?」
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「まあそういう意味もあるということで・・・・ともかく品質保証とは、お客様にウチの製品は大丈夫だと説明することです」
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「うーん、よくわかりません・・・というか全然わかりません」
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「品質保証とは『品質が悪ければ損害を補います』ということじゃなく『品質が良いことを相手に説明すること』なんです」
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「はあ?」
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「もちろんお客さんに、ただ『うちの製品は良い』と語っても信用してもらえません。『品質が良いことを相手に説明する』とは、その製品がしっかり作られているという証拠を示すことです」
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「ほう?」
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「簡単に言えば、例えば5Mなんてのがありますよね、その5Mが計画した通りに守られたことを説明することです。 例えば部品や部品が仕様通りのものを使っていることを示すには、受入検査の仕組みとその記録を提示するとか、製品に使われた材料についていたミルシートを提示するとか、まあ証拠を見せるといってもいろいろありますね。 製造工程が工程設計した通りであることを示すには、QC工程図と実際の仕事の記録を示すとか、作業者の教育訓練記録を示すとか」 | ||
「なるほど、そうしますと部品、工程などのたくさんの記録を作成することになりますね」
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「その通り、そしてその前提として工程設計いや製品設計の詳細な手順を決めた文書、もちろんそれにどの工程でどんな記録を作成するかを決めた文書も必要になります」
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「なるほど手順を文書で決めて、その手順を守ったことを記録で示すということか」
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「そして問題が起きたなら、ルールが守られていたかの証拠調べをして、手順が守られていなかったならなぜ手順を守らなかったのかを追求し、手順が守られていて問題が発生したならその手順を改定することによって再発を防止する」
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「考え方は我々が昔からやって来たことと同じですね」
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「そうではありますが今までは感覚的というか厳密でもなく徹底的でもありません。それになによりも記録を残しませんでした。品質保証とはまず文書で仕組みをはっきりさせて、その文書が決めたことを記録で実行したことを証明するのです。 ですからあいまいなところ、なあなあということをなくしてしまいます。そしてすべてが文書にされますから時間が経っても決めたことが風化するということがありません」 | ||
「確かに | ||
「面倒くさいとも言えるし、安心できるともいえるでしょうね。ともかくそれが品質保証というものです」
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「なるほど、」
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「ええとそういった約束といいますか、我々にとっては一方的な 静岡工場では標準品ですから、お客様は不特定多数ということになる。我々のお客様は機械メーカーです。ということでそれぞれの客先と品質保証協定を結んでいます」 | ||
「要求事項とおっしゃいましたが、具体的にはどんなことが書かれているのですか?」
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「通常の取引では検査方法とか品質水準なんて取り決めますが、品質保証協定書の内容は作業者の訓練とか計測器の校正とか倉庫で保管する条件とか、まあ言いたい放題ですよ、アハハハハ まあそういう取り決めをいかに満たすかを我々品証部門が考えるわけです」 | ||
「へえ! そんなに細かいことまで記載したら製造工程が丸裸になってしまうじゃありませんか」
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「そうです。でもお金を払うお客様が要求するなら仕方ありません。 もちろん丸裸になるつもりはありません。品質保証協定の要求にどう対応するかはまた一段階ありますからね」 | ||
「なるほど品質保証協定とはそういうものなのですか。すると品質保証課というのはそういうことをしているのですか?」
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「そうです。ここには検査課と品質管理課と品質保証課があります。検査課は不良品を出荷しないこと、品質管理課は不良をなくすこと、そして品質保証課は顧客に品質が良いことを説明することが仕事、簡単に言うとそういう区分けですね」
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「なるほどなあ〜、その論では静岡工場には検査部門と品質管理部門しかありませんね」
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「B to Cならそれでいいのです。品質保証を要求されませんからね。B to Bの取引で買い手が力があると品質保証を要求します。そうなると品質保証部門が必要になります。 売り手が力があるとか他に供給者がいなければ売り手にとっては我が世の春ですよ」 | ||
「しかしお客さんによって要求することが違うことってあるでしょう。いやお客様によってだけでなく品物や用途によっても要求されることが違いますよね」
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「その通り。客先によって全くと言っていいほど品質保証協定の要求事項が違います。ですから我々はそれぞれに合わせるのではなく、最大公約数的にどれも満たすようにするしかありません」
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「どれも満たすようにするとは?」
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「例えば顧客Aが計測器を半年ごとに校正しろと言い、顧客Bが1年ごとに校正しろと言ったらどうします」
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「別々に管理するのは大変でしょうね。おっと実際には顧客はふたつじゃなくて多数あるんじゃないですか?」
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「そうなんです。もし校正費用がかからないならみんな半年毎に校正するのが良いでしょうし、校正費用がかかるならA社対応の計測器だけを半年間隔にしてそれ以外を1年間隔ということになりますね」
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「それは・・・・面倒でしょうねえ」
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「そういった違いは計測器ばかりではなく特殊工程の該否、温湿度などの環境条件、技能認定、記録作成の要否など多岐にわたります。ですから客先要求にどう対応するかということは我々つまり品証部門だけでは決めかねますんで、関係部門で打ち合わせをします。難義することは多いですね」
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「それは・・・大変ですね」
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「そうなんですよ。ISO9001はそういった顧客の要求事項のバラツキをなくし一本化することが狙いだったといいますが、現実にはさらに一つ追加になったという感じでしょうか」
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「でも品質保証要求事項のバラツキが統一されるわけでしょう」
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「そこんところもはっきりしないんですよ。例えば計測器の校正間隔なんてISO規格では決めてない、それは供給者と顧客が決めることとなっている。今まで要求事項が異なっていたのは必要だから異なっていたわけで過去のバラツキはそのまま継続するでしょうね」
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「わー、それじゃ」
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「そんな大変じゃないですよ。我々品証の仕事ってそういうものですから。まあ従来よりは項目も共通化されてわかりやすくなったと思えばね」
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「細かいことですが、従来の要求事項にあってISO要求事項にないものもあるでしょう。そういった場合、客先はISO認証だけでなく漏れてしまった項目については別途品質保証を追加要求することになるのですか?」
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「するどいですね。そのへんはわかりません。追加されることになるのではないかと思います。 なぜならひとつにはお客さんは今まで必要だから要求していたということがあります。 もうひとつの理由として、ISO規格では規格で定めたことで不十分な場合は修正(テーラリング)を行うこととあるんですよ。つまりISO規格自体が己では不十分であると認めているのです。ですから過去からのバリエーションは継続するでしょうね」 | ||
ISO9001の認証が始まった1992年から1993年頃の話 それ以前から品質保証協定を結んでいた会社は当然、校正間隔とか特殊工程の認定基準とかを明文で取り交わしていた。ISO9001を認証したらそれ以降は二者監査を廃止するということだったので、差分をどうするのか気になった。複数の取引先に何度か問い合わせたことがあるが、明確な回答が来たことはなく、なし崩しというか公式な取り決めなしで校正間隔などの指定があいまいになり、やがてなくなり、かつ二者監査も立ち消えになった。 顧客側が品質保証協定の締結や二者監査の実施が面倒になったのか、あるいは外部からISO認証して更に品質保証協定の締結や二者監査の実施をすることに横槍が入ったのかはわからない。 NTTの調達基準であるNCASがWTO違反だとか言われたときだから、顧客だけの判断で止めたのではないような気がする。 納入側としては少し楽にはなったが、なにか腑に落ちない。 ●
木村は川崎工場から帰ってきていろいろ考える。まず川崎工場を見習って工場内にISO認証のためのプロジェクトを作らねばならない。これは品質管理課だけではどうにもならない。それも総務や資材や設備管理などまで含めた体制を作らなければならない。● ● それから詳細計画のWBSを作らなければならない。おっと、その前にもっと情報収集しなければならない。 |