異世界審査員110.審議会その2

18.08.23

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

何事においても「総論賛成、各論反対」なんてよくあることだ。内務省の官公庁の調達において品質保証を求めることについても、要否という点では賛成しても、仕組みとか方法では収拾がつかず底なし沼に沈む予感がする。

1924年2月 内務省会議室である。公共入札の際の品質保証認証制度の第2回審議会が開かれている。
おっと、どんな会議でも同じだが、2回目となると欠席もいるし代理者もいる。今日は工藤社長と橋本氏が欠席、藤田少佐の代わりに黒田准尉が来ている。
審議会は先月の第1回は静かに船出をしたものの、第2回の今回は開始からまだ30分しか経っていないが、早くも呉越同舟が明らかになってきた。みんな言いたい放題だからどうなることやら・・暗礁に乗り上げて支離滅裂に陥りそうだ。

大久保教授
「ええと伊丹さんの発言は審査で品質保証要求事項を満たして認証を得られても、発注品目によって不十分ということですか?」
伊丹
「そうです。どうしても品質保証要求事項は一般論となります。ですから今製造しているある製品で認証を受けた業者が、入札の製品の品質保証がしっかりできるかは認証からは分かりません」
大久保教授
「その理屈が分からないのですが、参考資料の砲兵工廠の品質保証協定では、どんな要求事項にもすべきことが記述してあります。
例えば「供給者は製品や役務が規定要求事項に適合していることを実証するために、使用する検査・測定及び試験装置を管理し、校正し、維持する手順を定めること(注1)とありますね。つまりこれは納入する製品や役務を検査・測定できる計測器を備え計測器の管理体制を作ることが必要ですよね」
伊丹
「ちょっと違います。内務省の案では入札時点で品質保証の認証を得ていることが必要条件です。しかし審査を受けるときに調達品対象品を製造しているとは限りません。
例えば今までプラスマイナス0.5ミリの許容差のある物を作っていたなら、それに合わせた精度の計測器があれば品質保証要求に適合するでしょう。しかし入札した品物はもっと厳しい精度かもしれません。審査では調達品目を製造するときそれに対応した計測器を用意する保証もありません」
ドロシー
「ちょっと待ってください。もう何年も前になりますが、伊丹さんが私どもの会社に審査に来られたときは、依頼された品物を作れるように測定器や工具を用意してくれたわけですが・・(第81話)」
伊丹
「あれとこれとは条件が違います。あのとき砲兵工廠は是非とも御社と取引したかった。だから正直言って私と熊田准尉の審査は、落とすためでなく合格させるために行いました。
でも今考えている入札の際の認証は、応札してくる人が複数いて、こちらは選り取り見取りです。
抜取検査だって供給者が1社のときと供給者が複数あって転注できるときは考えが違います。絶対にその会社を使わなければならないなら、抜取検査で不合格になれば二段階抜取したり、それでもだめなら全数検査してもその会社を使います。しかし別の会社から調達できるなら、抜取検査をしてダメなら取引は終わりとなるのは普通です」
ドロシー
「おぉ・・・・」
大久保教授
「伊丹さん、認証を受けていても、入札品を測定できる計測器があるかどうかわからないとはどういうことでしょう?」
伊丹
「具体例を考えてみましょう。おおざっぱな金具、例えば建築用のL金具とか筋交い金具を作っているとしましょう。そういう金具はプラマイ1ミリなら十分でしょう。で品質保証の審査を受けたときノギス、いや曲尺があれば合格になるでしょう。そして校正間隔は定期的じゃなくて測定器に外観異常が起きたときとしていてもおかしくありません。そして認証を得て、精密な板金部品の入札に応じることも可能です。
これは計測器に限らず工具や設備限定だけではありません。技能とか調達能力などでも、認証を受けたものは可能ということで、他の製品もできるという意味ではない」
宇佐美
「伊丹さん、それは極論でしょう。普通はそんなことはないですよ」
黒田准尉
「いや、それと同じことが砲兵工廠では過去何度もあります。私どもも新規取引前に監査に行って私どもの品質保証要求事項を満たしていることを確認します。そのときは発注するもの対応で審査するからよろしいです。しかし過去から発注しているところに新規部品を頼むとき、往々にしてそれが加工や測定できるかの確認が漏れることは起きています。まあ実際に仕事を始めればすぐに問題発覚ですが。
1回限りの工事ではそういう虚偽あるいは過誤があれば、工事計画を崩壊させてしまう恐れがありますね」
伊丹
「納得いただけないようなのでもう一つ例を挙げると、やはり砲兵工廠のものに「トレーサビリティが規定要求事項である場合、その範囲内で、個々の製品又はロットには固有の識別を付ける(注2)とあります。これも事前に審査を受けるとき、それまで客からトレーサビリティの要求がなければ「対象外」とすることはおかしくない。ところが応札した品物にはトレーサビリティが要求されるかもしれない」
宇佐美
「確かに・・・私どもの場合、まったく過去の経験がない新規取引先や、今まで取引があっても精度や管理方法が異なるものには社内で製造の訓練を受けるとかしてますねえ〜、それをしなければ発注などできません」
ドロシー
「ということはこの認証制度は成り立たないことになります」
大久保教授
「そうであれば事前に審査とか認証することは不可能で、入札品に応じて審査をしなければならないことになる」
伊丹
「私はそう考えています」
黒田准尉
「私は今回初めて参加したのですが、どうもこの方式は変だなと思っておりました。品質保証要求とは広い意味の工程管理を要求するものです。製品の精度とか工程が異なるなら品質保証要求が同じはずがありません」
宇佐美

「黒田さん、そこんところは図表の技術力に入るのではないのですか」

認証制度説明図

黒田准尉
「じゃあ、技術力を事前審査する必要がありそうですね」
宇佐美
「うーん、そうなるとこの仕組みすべてがご破算になりそうだ」
海老沢
「あのう・・・品質保証は完璧ではなくても、少しでも信頼できるという傍証が得られれば良いということでいかがですか?」
大久保教授
「それもどうですかな、むしろ品質保証を審査事項から落としてしまった方が早いような気がする」
海老沢
「すみません、話をスタートラインというか初歩的なところまで戻させてください。品質保証とはなんですかね?」
伊丹
「それは明確です。「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」です」
海老沢
「それは誰が誰に対して言うことでしょう?」
伊丹
「いろいろなケースがあります。設計や製造部門が経営者に対して「当社の製品は品質が良いです」と報告できること、これを内部品質保証と言います。それによって経営者は安心して製造や宣伝できるでしょう。
あるいは会社がお客様や一般市民に対して「当社の製品は品質が良いです」と表明すること、これを外部品質保証と言います。これによってお客様は安心して購入することができます。
今議題になっているのは外部品質保証です(注3)
海老沢
「なるほど分かりやすい説明ですね、納得しました」
黒田准尉
「しかしそれは概念であって、具体的には製造工程とか保管などにおいて基準と手順を決め、その通りしている証拠がないと説明責任を果たしません。誰だって証拠がなければ安心できませんから」
伊丹
「おっしゃる通り。そして「当社では計測器管理をする仕組みを決めてその通りしています」という意味ですが、内部品質保証であろうと外部品質保証であろうと、一般論でなく個々の製品についてそれを証明しなければならないのです。
あるお客様に納めている品物の生産体制で認証を受け、別の製品に応札するときその認証を出すのは間違っています」
大久保教授
「ああ、おっしゃることが分かりました。どうも具体的議論に入る前に、専門家である伊丹さんから品質保証とか認証の意味についての解説をしてもらえばよかったです。
それはともかく問題は分かりましたが解決は見えませんね」
黒田准尉
「大久保先生のおっしゃる通りです。そもそも目的をはっきりして、それを果たすのに品質保証が最適なのかという議論をすべきだったでしょう。今回は品質保証の認証ありきで始まったようですね。どうも出発点で勘違いしていた気がします。
品質保証とは元々顧客と供給者の二者間のものだったのです。それを顧客はひとりとしても供給者を不特定多数にすると理屈が合わなくなるのではないですか」
宇佐美
「ちょっと待って、供給者が多数ならダメというのはおかしいですよね。供給者が何人いても、品質保証は常に1対1です」
黒田准尉
「いえいえ、供給者が初めから納入品目が決まっているなら、それは1対1の品質保証協定に過ぎません。しかしまだ納めていない供給者を審査するのは理屈が違います。仕組みだけでは物が作れません」
宇佐美
「だからそれは図中の技術力で審査するわけでしょう」
黒田准尉
「その図もどうなのかなと思います。技術力と品質保証が別にできるのかとなるとどうでしょう?」
宇佐美
「先ほど伊丹さんが計測器とトレーサビリティを例に挙げて、製品を特定しないと議論できないとおっしゃった。しかし使用する計測器とかトレーサビリティの要否は製品によるから、技術力の範疇で審査したらどうでしょう。
つまり事前に審査しておく品質保証は仕組みだけということで」
伊丹
「計測器管理ならそういう発想もあるかもしれませんが、トレーサビリティではどうでしょうか。管理するものによって方法も何も全く異なると思います」
ドロシー
「品質保証要求事項が製品によって異なるのは分かりますが、それなら事前に認証するのではなく、入札してから審査する仕組みにしたらいかがですか」
海老沢
「それは理屈ですが、それでは時間的に入札してから入札資格があるかどうかの判定に時間がかかりすぎる」

重要なこと: 私はISO9001の1987年版のとき、二者間の取引から関わってきた。客が独自の品質保証協定を要求するのでなく、ISO9001の規格で監査するケースである。この場合、二者間であるからISO規格要求事項に客が何を足そうと引こうと自由で売り手はそれに従うしかない。もちろん客も要求事項の増減によって価格が変わることを認識しているから、必然的に追加事項は必要最小限となる。
ISO規格を用いた第三者認証が主となった1994年頃からは、不特定多数の顧客のために予め認証を受けるわけで、一体誰の要求に応えているのか、審査しているのか、疑問に感じるようになった。規格に書いてあるからやってくださいと言われ、どこまでするのかは審査員の判断で決まり、現実の客が求めている品質保証と思えないようになった。認証審査はリアルからバーチャルになった。更には既にISO認証を受けていても、客との取引において、追加要求があり、逆にISOのこの要求はいらないということもあった。となると認証とはなんなのだ?
結論を言えば1987年版で明記されていた「修正(tailoring)(注4)は品質保証において必要不可欠ではなかったのだろうか。要するに普遍的な品質保証規格はありえず、客先に合わせて修正が必須ではないかと思う。
ついでに言えば序文にはもう一つ大事なセンテンス「品質システムの要求事項は、技術的要求事項を補うもの(とって代わるものではない)であることを強調しておく(注5)というのがあった。
上記二つのセンテンスは2000年改定で消え去り、それゆえISO9001の値打ちは半減した。2015年改定はそれに輪をかけた。規格ではスパイラルアップと言いながら、規格本文は劣化するばかりだ。

海老沢
「どうだろう・・・先ほども申しましたが、ここでいう品質保証とは、学問的な品質保証ではなく公共入札時の指標のひとつと割り切ったらどうでしょうか」
大久保教授
「さっき私が言ったように、審査事項から品質保証を削除した方が良いよ」
宇佐美
「いや海老沢さんの考えもありますね。最終的には現物を測定し試験して発注するかしないか決まるわけで、認証はそのための参考情報になるでしょう」
黒田准尉
「ちょっとちょっと、私どものような現実の顧客の立場で考えたらそんな発想は起きませんね。それじゃ品質保証の認証は完全にバーチャルです。
ええとたとえ話をすれば米相場(注6)とか株式市場みたいなものでしょう。株式会社ってのは元々は起業家に賛同した人たちが出資しその事業を成功させようとしたわけです。
だけど現実の株式市場は株の値上がり値下がりでお金儲けをするマネーゲームですよね。今のお話を聞くと、品質保証もそれと同じく、目的と手段を取り違えているとしか見えません」
宇佐美
「それはまた手厳しい。海老沢さんの提案は、実用的でないということですか?」
黒田准尉
「そこまでは言いませんが、我々の認識では、二者間で品質保証を結んだ、つまり第三者なら認証したときは、我々は供給者が一定品質の品物を供給できると信頼しています」
宇佐美
「品質保証とは先ほど伊丹さんがおっしゃいましたが「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」でしょう。現実には不具合もあるでしょうし、納期遅れもゼロではない」
黒田准尉
「しかし日々物を作っている我々は品質が良くないと困ります」
大久保教授
「品質が良いと自信を持つのと品質が良いのとは同じではないですか?」
黒田准尉
弾丸

弾丸

弾丸

「語義的には同じかもしれませんね。ただ我々は命がかかっています。供給者がこの銃弾は不発がないと自信を持っても意味がありません。顧客というか使用者は引き金を引いたとき必ず、絶対にですよ、発射しないと困るんです」
大久保教授
「品質保証とは絶対を求めるわけですか?」
黒田准尉
「うーん、伊丹さんがおっしゃった「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」というのも事実でしょう。しかし品質保証の発祥はズバリ戦争で不発弾が多い、不発弾を失くせという極限状況の要求に応えるためでした(第62話)。
我々にとって品質保証とは「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」ではなく「品質が良いこと」なんです。
確認したいのですが、今検討している品質保証の認証とは何を狙っているのでしょうか?
私たちが始めた品質保証というものは品質に自信を持つためじゃありませんでした。現実に不良があり困っていた。それを改善し兵士に間違いのないものを渡すためです。
この品質保証認証制度は、政府や自治体が良いものを買うためなのか? それともとりあえずなにかした証拠作りなのかということです」
海老沢
「いやあ、手厳しいですな」
宇佐美
「でもそれじゃ品質管理と同じになってしまう」
黒田准尉
「品質管理と品質保証は違うとか混用してはダメなんて発想も意味ないと思います。品質を良くするためにはできることはなんでもやるというだけです。
品質管理とか品質保証とは学者が後追いで名付けただけでしょう」
大久保教授
「いやあ、黒田准尉のお話は実体験に裏付けられている。まさに実学ですな」
海老沢
「黒田准尉がおっしゃるように、我々も良い製品を納入できる会社を選ぶ方法を求めているわけですが」
宇佐美
「品質保証とは実効性がなければならないというと、つまり先ほどのトレーサビリティとか計測器管理も実効がないとならんということですかね?」
黒田准尉
「私は無茶なことを語っているつもりはないんです。それに我々のしていることは難しいことじゃありません。理想や理屈ばかり語っていては、仕事を受ける会社がありません。
具体例を上げましょう。我々は自動小銃の部品ですと100分の1ミリの精度を要求します。我々はまた自動小銃の布カバーも調達しているわけですが、そういうものは1ミリ2ミリのバラツキをどうこう言いません。
もちろん公差などは品質保証じゃなくて製品仕様です。ここでいうのは校正間隔を決めるとか、識別表示を定めるという要求は同じであって、校正間隔とか識別の厳密さなどは製品の性質に合わせるということです」
大久保教授
「おっしゃることは分かりますが・・・議論はまったく進んでいませんね」
黒田准尉
「ちょっと話がそれますが、私どもが品質監査に行くと供給者まあ業者ですね、そういう方々と議論になることがあります。品質保証協定の文言をおっくり返しひっくり返して、あげくには拡大解釈して適合だと主張する方がけっこういますね(注7)
担当者としては不適合なく認証したいのでしょうけど、本質的なことを満たしていないで言い逃れしようとするのは見苦しいだけです」
ドロシー
「でもそれは要求事項の不備かもしれませんよ」
黒田准尉
「その可能性をゼロとはいいませんが、私の言いことは形式だけ要求を満たしても意味がないということです」

うそ800 本日のまとめ
今回もまとまりのない文章ですが、私の思いそのままです。過去30年近いISO認証の歴史を振り返ると、すべて意味がなかったという気がしてなりません。
国交省の政策批判かと言われると、ちょっと違います。国交省の入札時に認証あれば加点するのは参考にしますよというだけで、品質保証とか環境保護の水準を見ようとか会社の質を見るわけではないと思います。ましてや5点では大して意味もなさそうです。下種の勘繰りですが、国交省の政策は落日のISO第三者認証制度への激励だろうと思います。
本当に規格を活用しようとした人たちは、セクター規格や二者間の品質保証に移ったのではないでしょうか。
壮大な無駄である第三者認証制度を考えた人たちの頭の中を見てみたい。

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注1
ISO9001:1987版 4.11.1

注2
ISO9001:1987版4.8の第二節

注3
ISO9000:1987 4.note3・・・ISO9001ではないことに注意!

注4〜5
ISO9001:1987 序文

注6
米相場は江戸時代1730年頃からあったとされる。明治当初一時禁止されたがすぐに復活し、日本の米の値段を定めてきた。1918年の暴騰、1920年の大暴落などで社会不安を起こしたことから、政府は1921年に法を定め、国が需給を調整するようになった。
この物語では第一次大戦後の恐慌を防いだことになっているので、その問題は起きなかったことにしている。しかし米相場という国民の胃袋を使った大博打が行われていたことは同じだ。

注7
拡張解釈とは通常の意味よりも広く解釈すること、縮小解釈はその反対。俗にいう拡大解釈とは異なる。
「法令読解の基礎知識」長野秀幸、学陽書房、2008


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