*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
1924年2月 内務省会議室である。公共入札の際の品質保証認証制度の第2回審議会が開かれている。 おっと、どんな会議でも同じだが、2回目となると欠席もいるし代理者もいる。今日は工藤社長と橋本氏が欠席、藤田少佐の代わりに黒田准尉が来ている。 審議会は先月の第1回は静かに船出をしたものの、第2回の今回は開始からまだ30分しか経っていないが、早くも呉越同舟が明らかになってきた。みんな言いたい放題だからどうなることやら・・暗礁に乗り上げて支離滅裂に陥りそうだ。 | ||
「ええと伊丹さんの発言は審査で品質保証要求事項を満たして認証を得られても、発注品目によって不十分ということですか?」
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「そうです。どうしても品質保証要求事項は一般論となります。ですから今製造しているある製品で認証を受けた業者が、入札の製品の品質保証がしっかりできるかは認証からは分かりません」
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「その理屈が分からないのですが、参考資料の砲兵工廠の品質保証協定では、どんな要求事項にもすべきことが記述してあります。 例えば「供給者は製品や役務が規定要求事項に適合していることを実証するために、使用する検査・測定及び試験装置を管理し、校正し、維持する手順を定めること | ||
「ちょっと違います。内務省の案では入札時点で品質保証の認証を得ていることが必要条件です。しかし審査を受けるときに調達品対象品を製造しているとは限りません。 例えば今までプラスマイナス0.5ミリの許容差のある物を作っていたなら、それに合わせた精度の計測器があれば品質保証要求に適合するでしょう。しかし入札した品物はもっと厳しい精度かもしれません。審査では調達品目を製造するときそれに対応した計測器を用意する保証もありません」 | ||
「ちょっと待ってください。もう何年も前になりますが、伊丹さんが私どもの会社に審査に来られたときは、依頼された品物を作れるように測定器や工具を用意してくれたわけですが・・(第81話)」
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「あれとこれとは条件が違います。あのとき砲兵工廠は是非とも御社と取引したかった。だから正直言って私と熊田准尉の審査は、落とすためでなく合格させるために行いました。 でも今考えている入札の際の認証は、応札してくる人が複数いて、こちらは選り取り見取りです。 抜取検査だって供給者が1社のときと供給者が複数あって転注できるときは考えが違います。絶対にその会社を使わなければならないなら、抜取検査で不合格になれば二段階抜取したり、それでもだめなら全数検査してもその会社を使います。しかし別の会社から調達できるなら、抜取検査をしてダメなら取引は終わりとなるのは普通です」 | ||
「おぉ・・・・」
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「伊丹さん、認証を受けていても、入札品を測定できる計測器があるかどうかわからないとはどういうことでしょう?」
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「具体例を考えてみましょう。おおざっぱな金具、例えば建築用のL金具とか筋交い金具を作っているとしましょう。そういう金具はプラマイ1ミリなら十分でしょう。で品質保証の審査を受けたときノギス、いや曲尺があれば合格になるでしょう。そして校正間隔は定期的じゃなくて測定器に外観異常が起きたときとしていてもおかしくありません。そして認証を得て、精密な板金部品の入札に応じることも可能です。 これは計測器に限らず工具や設備限定だけではありません。技能とか調達能力などでも、認証を受けたものは可能ということで、他の製品もできるという意味ではない」 | ||
「伊丹さん、それは極論でしょう。普通はそんなことはないですよ」
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「いや、それと同じことが砲兵工廠では過去何度もあります。私どもも新規取引前に監査に行って私どもの品質保証要求事項を満たしていることを確認します。そのときは発注するもの対応で審査するからよろしいです。しかし過去から発注しているところに新規部品を頼むとき、往々にしてそれが加工や測定できるかの確認が漏れることは起きています。まあ実際に仕事を始めればすぐに問題発覚ですが。 1回限りの工事ではそういう虚偽あるいは過誤があれば、工事計画を崩壊させてしまう恐れがありますね」 | ||
「納得いただけないようなのでもう一つ例を挙げると、やはり砲兵工廠のものに「トレーサビリティが規定要求事項である場合、その範囲内で、個々の製品又はロットには固有の識別を付ける | ||
「確かに・・・私どもの場合、まったく過去の経験がない新規取引先や、今まで取引があっても精度や管理方法が異なるものには社内で製造の訓練を受けるとかしてますねえ〜、それをしなければ発注などできません」
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「ということはこの認証制度は成り立たないことになります」
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「そうであれば事前に審査とか認証することは不可能で、入札品に応じて審査をしなければならないことになる」
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「私はそう考えています」
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「私は今回初めて参加したのですが、どうもこの方式は変だなと思っておりました。品質保証要求とは広い意味の工程管理を要求するものです。製品の精度とか工程が異なるなら品質保証要求が同じはずがありません」
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「黒田さん、そこんところは図表の技術力に入るのではないのですか」 | ||
「じゃあ、技術力を事前審査する必要がありそうですね」
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「うーん、そうなるとこの仕組みすべてがご破算になりそうだ」
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「あのう・・・品質保証は完璧ではなくても、少しでも信頼できるという傍証が得られれば良いということでいかがですか?」
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「それもどうですかな、むしろ品質保証を審査事項から落としてしまった方が早いような気がする」
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「すみません、話をスタートラインというか初歩的なところまで戻させてください。品質保証とはなんですかね?」
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「それは明確です。「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」です」
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「それは誰が誰に対して言うことでしょう?」
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「いろいろなケースがあります。設計や製造部門が経営者に対して「当社の製品は品質が良いです」と報告できること、これを内部品質保証と言います。それによって経営者は安心して製造や宣伝できるでしょう。 あるいは会社がお客様や一般市民に対して「当社の製品は品質が良いです」と表明すること、これを外部品質保証と言います。これによってお客様は安心して購入することができます。 今議題になっているのは外部品質保証です | ||
「なるほど分かりやすい説明ですね、納得しました」
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「しかしそれは概念であって、具体的には製造工程とか保管などにおいて基準と手順を決め、その通りしている証拠がないと説明責任を果たしません。誰だって証拠がなければ安心できませんから」
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「おっしゃる通り。そして「当社では計測器管理をする仕組みを決めてその通りしています」という意味ですが、内部品質保証であろうと外部品質保証であろうと、一般論でなく個々の製品についてそれを証明しなければならないのです。 あるお客様に納めている品物の生産体制で認証を受け、別の製品に応札するときその認証を出すのは間違っています」 | ||
「ああ、おっしゃることが分かりました。どうも具体的議論に入る前に、専門家である伊丹さんから品質保証とか認証の意味についての解説をしてもらえばよかったです。 それはともかく問題は分かりましたが解決は見えませんね」 | ||
「大久保先生のおっしゃる通りです。そもそも目的をはっきりして、それを果たすのに品質保証が最適なのかという議論をすべきだったでしょう。今回は品質保証の認証ありきで始まったようですね。どうも出発点で勘違いしていた気がします。 品質保証とは元々顧客と供給者の二者間のものだったのです。それを顧客はひとりとしても供給者を不特定多数にすると理屈が合わなくなるのではないですか」 | ||
「ちょっと待って、供給者が多数ならダメというのはおかしいですよね。供給者が何人いても、品質保証は常に1対1です」
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「いえいえ、供給者が初めから納入品目が決まっているなら、それは1対1の品質保証協定に過ぎません。しかしまだ納めていない供給者を審査するのは理屈が違います。仕組みだけでは物が作れません」
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「だからそれは図中の技術力で審査するわけでしょう」
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「その図もどうなのかなと思います。技術力と品質保証が別にできるのかとなるとどうでしょう?」
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「先ほど伊丹さんが計測器とトレーサビリティを例に挙げて、製品を特定しないと議論できないとおっしゃった。しかし使用する計測器とかトレーサビリティの要否は製品によるから、技術力の範疇で審査したらどうでしょう。 つまり事前に審査しておく品質保証は仕組みだけということで」 | ||
「計測器管理ならそういう発想もあるかもしれませんが、トレーサビリティではどうでしょうか。管理するものによって方法も何も全く異なると思います」
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「品質保証要求事項が製品によって異なるのは分かりますが、それなら事前に認証するのではなく、入札してから審査する仕組みにしたらいかがですか」
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「それは理屈ですが、それでは時間的に入札してから入札資格があるかどうかの判定に時間がかかりすぎる」 | ||
「どうだろう・・・先ほども申しましたが、ここでいう品質保証とは、学問的な品質保証ではなく公共入札時の指標のひとつと割り切ったらどうでしょうか」
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「さっき私が言ったように、審査事項から品質保証を削除した方が良いよ」
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「いや海老沢さんの考えもありますね。最終的には現物を測定し試験して発注するかしないか決まるわけで、認証はそのための参考情報になるでしょう」
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「ちょっとちょっと、私どものような現実の顧客の立場で考えたらそんな発想は起きませんね。それじゃ品質保証の認証は完全にバーチャルです。 ええとたとえ話をすれば米相場 だけど現実の株式市場は株の値上がり値下がりでお金儲けをするマネーゲームですよね。今のお話を聞くと、品質保証もそれと同じく、目的と手段を取り違えているとしか見えません」 | ||
「それはまた手厳しい。海老沢さんの提案は、実用的でないということですか?」
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「そこまでは言いませんが、我々の認識では、二者間で品質保証を結んだ、つまり第三者なら認証したときは、我々は供給者が一定品質の品物を供給できると信頼しています」
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「品質保証とは先ほど伊丹さんがおっしゃいましたが「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」でしょう。現実には不具合もあるでしょうし、納期遅れもゼロではない」
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「しかし日々物を作っている我々は品質が良くないと困ります」
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「品質が良いと自信を持つのと品質が良いのとは同じではないですか?」
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「品質保証とは絶対を求めるわけですか?」
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「うーん、伊丹さんがおっしゃった「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」というのも事実でしょう。しかし品質保証の発祥はズバリ戦争で不発弾が多い、不発弾を失くせという極限状況の要求に応えるためでした(第62話)。 我々にとって品質保証とは「品質が良いと自信を持って言えるようにすること」ではなく「品質が良いこと」なんです。 確認したいのですが、今検討している品質保証の認証とは何を狙っているのでしょうか? 私たちが始めた品質保証というものは品質に自信を持つためじゃありませんでした。現実に不良があり困っていた。それを改善し兵士に間違いのないものを渡すためです。 この品質保証認証制度は、政府や自治体が良いものを買うためなのか? それともとりあえずなにかした証拠作りなのかということです」 | ||
「いやあ、手厳しいですな」
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「でもそれじゃ品質管理と同じになってしまう」
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「品質管理と品質保証は違うとか混用してはダメなんて発想も意味ないと思います。品質を良くするためにはできることはなんでもやるというだけです。 品質管理とか品質保証とは学者が後追いで名付けただけでしょう」 | ||
「いやあ、黒田准尉のお話は実体験に裏付けられている。まさに実学ですな」
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「黒田准尉がおっしゃるように、我々も良い製品を納入できる会社を選ぶ方法を求めているわけですが」
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「品質保証とは実効性がなければならないというと、つまり先ほどのトレーサビリティとか計測器管理も実効がないとならんということですかね?」
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「私は無茶なことを語っているつもりはないんです。それに我々のしていることは難しいことじゃありません。理想や理屈ばかり語っていては、仕事を受ける会社がありません。 具体例を上げましょう。我々は自動小銃の部品ですと100分の1ミリの精度を要求します。我々はまた自動小銃の布カバーも調達しているわけですが、そういうものは1ミリ2ミリのバラツキをどうこう言いません。 もちろん公差などは品質保証じゃなくて製品仕様です。ここでいうのは校正間隔を決めるとか、識別表示を定めるという要求は同じであって、校正間隔とか識別の厳密さなどは製品の性質に合わせるということです」 | ||
「おっしゃることは分かりますが・・・議論はまったく進んでいませんね」
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「ちょっと話がそれますが、私どもが品質監査に行くと供給者まあ業者ですね、そういう方々と議論になることがあります。品質保証協定の文言をおっくり返しひっくり返して、あげくには拡大解釈して適合だと主張する方がけっこういますね 担当者としては不適合なく認証したいのでしょうけど、本質的なことを満たしていないで言い逃れしようとするのは見苦しいだけです」 | ||
「でもそれは要求事項の不備かもしれませんよ」
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「その可能性をゼロとはいいませんが、私の言いことは形式だけ要求を満たしても意味がないということです」
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注1 |
ISO9001:1987版 4.11.1 | |
注2 |
ISO9001:1987版4.8の第二節 | |
注3 |
ISO9000:1987 4.note3・・・ISO9001ではないことに注意! | |
注6 |
米相場は江戸時代1730年頃からあったとされる。明治当初一時禁止されたがすぐに復活し、日本の米の値段を定めてきた。1918年の暴騰、1920年の大暴落などで社会不安を起こしたことから、政府は1921年に法を定め、国が需給を調整するようになった。 この物語では第一次大戦後の恐慌を防いだことになっているので、その問題は起きなかったことにしている。しかし米相場という国民の胃袋を使った大博打が行われていたことは同じだ。 | |
注7 |
拡張解釈とは通常の意味よりも広く解釈すること、縮小解釈はその反対。俗にいう拡大解釈とは異なる。 「法令読解の基礎知識」長野秀幸、学陽書房、2008 |