*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
「読みやすい」(legible) |
「判読しにくい」(illegible) |
審査員研修が始まった。伊丹は受講者の人数は6名から20名とした。別にIAFのルールに従ったわけではない 伊丹のいた世界とはもうつながりが復活するわけもなく、またIAFのルールが真理であるわけもない。ただ伊丹は講義形式で教えるならマキシマムで20名だろうと思ったし、ロールプレイをするのも一組3名で最低二組ないと面白みもないと思う。 初回はドロシーが講師をすることとして、伊丹とほかのメンバーは教室の後で見学である。トラブればヘルプに入るのはやぶさかではないが、ドロシーなら一人で処理できるだろうと伊丹は思う。 計測器管理の規格解説である。 | |
「内務省の規格では「製品の品質に影響を与えるすべての検査、測定及び試験のための装置・機器を、既定の間隔で、又は使用前に、識別し、国家標準との間に法的に有効な関係をもつ認定された装置を用いて校正し、調整する(ISO9001:1987 4.11a)」となっています。 この文章で分からないことがありますか?」 | |
「規定の間隔で校正しろとありますが、規定の間隔とは具体的にはどう考えれば良いのでしょうか?」
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「規定とは文章で定められたという意味です。この規格ではなく別の文書で定められているとおりにということで、規定ではなく既定というべきかもしれません。別の文書とは、法律もあるかもしれませんし、その会社が定めたものもあるでしょう」
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「その規定の間隔が適切か否かは審査の範囲外ですか?」
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「いえ範囲内です。ただ適合・不適合の判定は簡単にはいきません。普通の会社では校正間隔を1年とか半年にしているところが多いと思います。でもその間隔を決めたには理屈があるはずです。例えば横軸に間隔の時間をとり、縦軸にその校正間隔のときの計測器のメリット・デメリットを考慮したコスト、間隔を短くしたときのコストをプロットすると、ある時間間隔のとき最小になるV字型のカーブが得られるはずです。コストが最小となるところが適正校正間隔になるでしょう」
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「時間とともに計測器の狂いが大きくなるという理屈があるものですかね?」
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「校正間隔が長くなれば校正費用は漸減するのは分かりますが、何が増加するのですか?」
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「例えば次回校正時に計測器が狂っていることが分かれば、それまでに生産したものの再検査とか製品顧客との対応をしなければなりません。その手間暇は対象の数に比例するでしょうし、その結果損害も大きくなります。こまめに校正していれば被害が少ない。 その他、計測器によって校正間隔が異なると、管理上の費用が増すかもしれません」 | |
「企業が決めた間隔ならOKするのですか?」
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「そうではありません。校正時に不具合が発見されるものが多数あれば、校正間隔が長すぎるのか、計測器が不安定なのかという問題があります。 あるいは校正時まったく不具合の発見がないならば、校正間隔が短すぎるのか、校正方法が不適切なのか、嘘ついているという可能性もあります。それは校正記録をめくるとか修理依頼状況などを追跡して判断することになります」 | |
「なるほど、そういうことを考慮して校正間隔の良し悪しを考えるわけですね」
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「品質意識の醸成という項目があります。責任者は品質の重要性とそれを実現する責任を明確にして、品質に関わるすべての従業員に周知し実践することを確実にする(ISO9001:1987 4.1.1を改変)」とあります。これが一番大事というか、他の要求事項はこれを実現するためと言ってもいいでしょう」
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「正直言って非常に難解です。「周知し実践する」とは何をすれば良いのでしょうか?」
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「よく社長の品質の心構えなどを紙に印刷して配っている会社があります。あんなふうにすれば良いのですか?」
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「全然違います。まず品質の重要性も実現する責任も、人によって違うでしょう。管理職は管理職の責任があり、普通の従業員にはそれぞれの仕事によって異なります。そして自分の責任を果たすために何をするのかも違います。すべての従業員は自分の責任は何かを理解して果たさなければなりません」
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「ちょっと分かりません」
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「それぞれの作業者がしている仕事において、品質に関わることは何かを教え、何をすべきかを教え、実行させなければならないということです」
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「一人一人教えることが違うのですか? そんなことできるのですか?」
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「できるのかというよりも、しなければなりません。品質は設計とか検査で決まるのでなく、作る人、一人一人が作業において作り込むものなのです。 それから国語の話ですが、周知とは単に紙を配れば良いのではなく、理解させることです。それから実践ですから、理解しただけではダメ。教えられた通りに仕事することです」 | |
「ええと、審査の場ではどういうふうに「周知し実践している」のかを見るのですか?」
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「確認するには質問と実際の作業を見るのがあります。私たちはその仕事で何が品質に関わるのか分かりません。ですからまずは管理者あるいは同等の人に工程ごとの重要なことを確認しておいて、作業している人がそれを知っているか、実行しているかを見ることになります」
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「ええ、それじゃ大変な仕事になりますね」
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「やりがいのあるお仕事ですよ。もちろんひとつひとつ聞くのではなく、仕事ぶりを見ていて判定できることもあるでしょう」
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「すると私が先ほど言った、社長の言葉とか標語を印刷して配るのは無関係ですか?」
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「そういう方法は意味がないとは言い切れません。ただそれはこの要求で求めていることとは違いますね」
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「うーん、分かったような気がしましたが、思っていたより審査とは難しいものですね」
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「4.8でトレーサビリティというのがありますが、どういうことですか?」 「トレーサビリティが規定要求事項である場合、その範囲内で、個々の製品又はロットには固有の識別を付ける(ISO9001:1987 4.8 最終段落)」 | |
「追跡ができることですね。要求事項の中でトレーサビリティという言葉は何か所かで使われています。違う要求項目でも意味は一緒です。 計測器の校正をするとき、国家標準と有効な関係にあることとありますが、これがトレーサビリティです。つまり実際の計測器を校正する基準器と国家標準つながっていることが必要です」 | |
「ええと、意味が分かりません」
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「計測器を校正するとき基準となるものを使うわけですが、その基準器もまた定期校正をしなければなりません。そのとき更に校正の基準となるものがあるわけです。それをたどって行けば国家標準までつながっている、それを追跡できるようにしなければならないのです」
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「国家標準てなんですか?」
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「長さならメートル原器というのがありますし、重さもキログラム原器というのがあります | |
「おお、物理でならったメートル原器が産業の基本になっているのか!」
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「それから製造条件や材料と製品のつながりもトレーサビリティといいます。具体的には完成品に製造番号があったとして、その製造番号から、いつ、どんな材料で、どこの工場で、どのような方法で作られたか、そういうことが分かることです」
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「それがどういう意味があるのですか?」
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「例えばお客さんが買った製品が不良だった時、それがどんな材料とか製造条件がわかれば不良原因が特定できますし、それと同じ条件で作られた物が何個でどこに売られたか分かればすぐに対策が打てます」
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「なるほどといいたいですが、それは製品を売って終わりということでなく、製品の品質を補償するという約束があってこそ必要となりますね」
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「その通り、ですから規定要求事項である場合となっているわけです」
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伊丹はドロシーの講義を見ていて、もう自分の出番はないなと思う。それは残念ではなく任務完了という感じがした。 |
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注1 |
嘘だろうと言われると心外だから、新聞報道の例を挙げる。もっと知りたい方は聞蔵などで調べてください。 2003.04.22読売新聞:A認証機関の審査員が高級ステーキの接待を受けた。 2003.08.01読売新聞:B認証機関の取締役と審査員が、審査先から地酒セットを受け取った。 | |
注2 |
危険物製造所や貯蔵所は、設置や改造するときの手順は下記のようになる。
そもそも消防署が検査して合格しなければ危険物貯蔵所は存在しないのだ。 一旦許可を得たものは、無許可での改造は違法であるし、適切な理由なく改造許可は得られない。 本来なら消防法、消防法施行令、消防法施行規則を読むべきなのだろうが、消防署に行くと、具体的なフロー図と添付資料、様式を載せたパンフレットがあるから、それをもらってくれば済む。 | |
注3 |
審査員登録機関で登録審査員に発行している季刊誌「CEAR」には、2010年頃そういうたわ言がたくさん載っていた。あんなことを語っていたベテラン審査員(?)は今何を考えているだろう。なにも考えていないか! | |
注4 |
審査員研修の人数はCEAR(環境マネジメントシステム審査員評価登録センター)の「TE1100 環境マネジメントシステム審査員研修コース承認基準」で定めており、最小3名、最大20名となっている。以前は最小は4名か5名だった気がする。あまり少ないとロールプレイが成り立たないだろう。 | |
注5 |
ISO認証が始まった1993年頃、製品のトレーサビリティについての見解がはっきりしていなかった。認証機関によって「要求されていなければ不要」というところもあり、「要求されていないなら自ら決めてする」というところもあり、「リスクを考えればするのが当然でしょう」というところもあった。結局、適当な理屈を付けて主要な部品のトレーサビリティを記録することにした。 21世紀になって、欧州の化学物質規制のような法的規制が現れるまで、昔からあるUL部品とかMILシートの管理程度で良かったのではないかと思う。 | |
注6 |
この物語は今1924年である。長さの基準としてメートル原器が作られたのは1889年である。1960年オレンジ色の波長を基準にすることになった。1983年光の速度を基準にすることになった。 | |
注7 |
お断りしておくがJQAの審査報告書は認証が始まった初期から、証拠、根拠が明確に記述してあった。それは素晴らしいことだ。もっともそんなことはガイド62とかISO19011にも書いてあったことであり、それを素晴らしいと言わねばならないことはあまり素晴らしいことではない。 | |
注8 |
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