異世界審査員119.第三者認証その3

18.09.24

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

ISO審査が始まった1993年頃、審査員が審査の場で強要とか暴行を働いたというのは自分自身何度も体験したし、他社の同業者からも聞かされた。そういう事態を問題だと騒がなかったのは、当時認証しようとした企業は、EUへの輸出のためISO認証が必要で切羽詰まっていたから、一刻も早く認証するには多少のことは我慢するしかなかったのだ。
ステーキ

カトラリー

認証機関に苦情を言うべきだと言った私を、上長は認証が得られるよう我慢しろと言った。
誤解なきよう、私の上長は不具合を見逃してほしかったのでなく、審査員のイチャモン、審査員の規格の誤解釈を黙って受け入れた方が、こちらが反論してもめるよりも安く早く済むという意味合いであった。
ともかくそんな時代もあったが、審査員による強要は2003年頃から急速に減少した。ステーキを食わせろとか、お土産に銘酒が欲しいと言ったという事件がその頃多数報道されたから、自粛というか規制されたのだろう(注1)

タカリは改善されたが、規格の解釈間違いは第三者認証が始まったときから改善されることはなく、私が引退した2012年においても減ってはいない。
とんでもない例を挙げると、「ISO14001の1996年版で「マネジメントプログラム」だったものが、2004年版では「実施計画」と変わったのに、社内の呼称が替わっていない」というものもあった。呆れるよりない。
変わったのは翻訳であって、英文は変わってないのだが?
審査員の規格解釈による不適合(イチャモン)は20年間も是正されなかったわけだ。是正処置や継続的改善を語っている認証機関や審査員にしては不思議なことだ。
しかし私の引退後の様子を元同僚や知り合いに聞くと、ここ数年は規格の解釈をめぐる議論や不適合!という叫びは聞こえなくなったという。登録件数が減少したために、客が逃げないように審査員が審査で細かいことを言わなくなり、審査員のオリジナルでユニークな解釈を押し付けなくなったらしい。

「読みやすい」(legible)
読みやすくとは
「判読しにくい」(illegible)
とはいえ今でも書店では「legibleとは文章が分かりやすいこと」なんて解説している本が売られている。およそ本を書くような人なら、英和辞典を引くくらいすべきだ。いや、ご本人が恥かくだけならこちらは気にしないが、「この規定の文章は分かりにくいですから不適合です(キリッ」なんてやられてはフザケルナとしかいいようがない。
legibleとは「文章が分かりやすい」ことではなく、「文字が読みやすい」ことなのだよ、

そういえば「手順」とは「段」と「序」のことと語った大学教授もいた。そりゃユニークな発想であるが、「手順」の原語はprocedureだから「手段」と「順序」とは意味が違う。翻訳した語の意味を知ろうと国語辞典を引いても意味はない。原文の単語を英英辞典で調べなければならない。
そういうアホを語っている人々が、のうのうとしているのがISO業界なのだ。面の皮が厚いのは分かった。

法律の知識も怪しい審査員もいた。審査で危険物庫が違反だと言い出したので、即 消防署に相談に行ったら、「適法である。そもそも消防署が検査して許可したものを用もなく改造するなど許さない」と言われた。
翌日 審査員にその旨を説明したら「ダメです。改造してください」と言われたのを今も忘れん(注2)
ISO審査員は、消防署よりも法律に詳しく権力があると勘違いしているのではないか?
不適合ではないが、こんなお褒めの言葉を審査報告書で見たこともある。
「有機溶剤の排気ダクトの高さが軒(のき)より低かったのを屋根より高くしたのは良いことです」
こういう文章を審査報告書に書くのはいささかヤバイのではなかろうかと心配する。
もし、何が悪いのか分からないなら、環境の仕事をしていたなどと語らずに引きこもってほしい。
ヤレヤレ
イヤハヤ、毎年そんなことをしていると、審査を受けているのか審査員を審査しているのかわかりません。審査料を払うのでなく、指導料をいただきたい。それともボケ老人の介護料か?
ISO14001であるが2014年まで、「目的」と「目標」は別物ですと声高に叫んでいた認証機関があったが、「目標」が消えてしまった2015年以降は何といっているのだろう?(注3)
規格の文言がマニュアルに入っていないと不適合を出した審査員もたくさんいた。でもISO14001の2015年版のアネックスに「この規格では、組織の環境マネジメントシステムの文書にこの規格の箇条の構造又は用語を適用することは要求していない。組織が用いる用語をこの規格で用いている用語に置き換えることも要求していない(Annex A.2)」と書かれてしまった。今までたわ言を語っていた審査員はどんな顔をしているのだろう。
そもそもマニュアルが要求事項でなくなった現在、「マニュアルに規格の言葉が入っていない」ということが不適合になるわけがない。
審査員につらい時代になったなどと嘆いてはいけません。元々、あなたの力量がなかっただけです。

私はISO雑誌とかニュースは見逃さないつもりだが、2015年改定から既に3年経つが、いまだ過去の弁を訂正したものを見たことがない。ホラ吹き認証機関も、嘘つき審査員も、今まで騙っていたことは知らんぷりですか?
まさにフェイクニュースを垂れ流して、バレたらほおかぶりの朝日新聞並みだ。
審査の場で20年間議論してきた私の憤りを分かってほしい。


審査員研修が始まった。伊丹は受講者の人数は6名から20名とした。別にIAFのルールに従ったわけではない(注4)
伊丹のいた世界とはもうつながりが復活するわけもなく、またIAFのルールが真理であるわけもない。ただ伊丹は講義形式で教えるならマキシマムで20名だろうと思ったし、ロールプレイをするのも一組3名で最低二組ないと面白みもないと思う。
初回はドロシーが講師をすることとして、伊丹とほかのメンバーは教室の後で見学である。トラブればヘルプに入るのはやぶさかではないが、ドロシーなら一人で処理できるだろうと伊丹は思う。

計測器管理の規格解説である。

ドロシー
「内務省の規格では「製品の品質に影響を与えるすべての検査、測定及び試験のための装置・機器を、既定の間隔で、又は使用前に、識別し、国家標準との間に法的に有効な関係をもつ認定された装置を用いて校正し、調整する(ISO9001:1987 4.11a)」となっています。
この文章で分からないことがありますか?」
受講生B
「規定の間隔で校正しろとありますが、規定の間隔とは具体的にはどう考えれば良いのでしょうか?」
ドロシー
「規定とは文章で定められたという意味です。この規格ではなく別の文書で定められているとおりにということで、規定ではなく既定というべきかもしれません。別の文書とは、法律もあるかもしれませんし、その会社が定めたものもあるでしょう」
受講生A
「その規定の間隔が適切か否かは審査の範囲外ですか?」
ドロシー
「いえ範囲内です。ただ適合・不適合の判定は簡単にはいきません。普通の会社では校正間隔を1年とか半年にしているところが多いと思います。でもその間隔を決めたには理屈があるはずです。例えば横軸に間隔の時間をとり、縦軸にその校正間隔のときの計測器のメリット・デメリットを考慮したコスト、間隔を短くしたときのコストをプロットすると、ある時間間隔のとき最小になるV字型のカーブが得られるはずです。コストが最小となるところが適正校正間隔になるでしょう」
受講生B
「時間とともに計測器の狂いが大きくなるという理屈があるものですかね?」
受講生A
「校正間隔が長くなれば校正費用は漸減するのは分かりますが、何が増加するのですか?」
ドロシー
「例えば次回校正時に計測器が狂っていることが分かれば、それまでに生産したものの再検査とか製品顧客との対応をしなければなりません。その手間暇は対象の数に比例するでしょうし、その結果損害も大きくなります。こまめに校正していれば被害が少ない。
その他、計測器によって校正間隔が異なると、管理上の費用が増すかもしれません」
受講生C
「企業が決めた間隔ならOKするのですか?」
ドロシー
「そうではありません。校正時に不具合が発見されるものが多数あれば、校正間隔が長すぎるのか、計測器が不安定なのかという問題があります。
あるいは校正時まったく不具合の発見がないならば、校正間隔が短すぎるのか、校正方法が不適切なのか、嘘ついているという可能性もあります。それは校正記録をめくるとか修理依頼状況などを追跡して判断することになります」
受講生B
「なるほど、そういうことを考慮して校正間隔の良し悪しを考えるわけですね」

ドロシー
「品質意識の醸成という項目があります。責任者は品質の重要性とそれを実現する責任を明確にして、品質に関わるすべての従業員に周知し実践することを確実にする(ISO9001:1987 4.1.1を改変)」とあります。これが一番大事というか、他の要求事項はこれを実現するためと言ってもいいでしょう」
受講生C
「正直言って非常に難解です。「周知し実践する」とは何をすれば良いのでしょうか?」
受講生A
「よく社長の品質の心構えなどを紙に印刷して配っている会社があります。あんなふうにすれば良いのですか?」
ドロシー
「全然違います。まず品質の重要性も実現する責任も、人によって違うでしょう。管理職は管理職の責任があり、普通の従業員にはそれぞれの仕事によって異なります。そして自分の責任を果たすために何をするのかも違います。すべての従業員は自分の責任は何かを理解して果たさなければなりません」
受講生A
「ちょっと分かりません」
ドロシー
「それぞれの作業者がしている仕事において、品質に関わることは何かを教え、何をすべきかを教え、実行させなければならないということです」
受講生B
「一人一人教えることが違うのですか? そんなことできるのですか?」
ドロシー
「できるのかというよりも、しなければなりません。品質は設計とか検査で決まるのでなく、作る人、一人一人が作業において作り込むものなのです。
それから国語の話ですが、周知とは単に紙を配れば良いのではなく、理解させることです。それから実践ですから、理解しただけではダメ。教えられた通りに仕事することです」
受講生C
「ええと、審査の場ではどういうふうに「周知し実践している」のかを見るのですか?」
ドロシー
「確認するには質問と実際の作業を見るのがあります。私たちはその仕事で何が品質に関わるのか分かりません。ですからまずは管理者あるいは同等の人に工程ごとの重要なことを確認しておいて、作業している人がそれを知っているか、実行しているかを見ることになります」
受講生C
「ええ、それじゃ大変な仕事になりますね」
ドロシー
「やりがいのあるお仕事ですよ。もちろんひとつひとつ聞くのではなく、仕事ぶりを見ていて判定できることもあるでしょう」
受講生A
「すると私が先ほど言った、社長の言葉とか標語を印刷して配るのは無関係ですか?」
ドロシー
「そういう方法は意味がないとは言い切れません。ただそれはこの要求で求めていることとは違いますね」
受講生A
「うーん、分かったような気がしましたが、思っていたより審査とは難しいものですね」

ちなみに: ISO規格をJIS化したときのミスというか問題は数多あるが、policyを方針としたのも間違いの一つだ。Policyと方針は同じでもない。Policyとは「a way of doing something that has been officially agreed and chosen by a political party, a business, or another organization」つまり「政党、企業、または他の組織によって正式に合意され選択された方法」である。スローガンとか標語でないことは明白だ。ちなみに外国企業の品質方針や環境方針をネットでググってみれば、みなA4で1ページくらいある。なにかをする方法を書き記せばそのくらいになるだろう。
これについて以前私は力作()を書いているのでそちらを参照のこと。


受講生C

「4.8でトレーサビリティというのがありますが、どういうことですか?」

「トレーサビリティが規定要求事項である場合、その範囲内で、個々の製品又はロットには固有の識別を付ける(ISO9001:1987 4.8 最終段落)」(注5)

ドロシー
「追跡ができることですね。要求事項の中でトレーサビリティという言葉は何か所かで使われています。違う要求項目でも意味は一緒です。
計測器の校正をするとき、国家標準と有効な関係にあることとありますが、これがトレーサビリティです。つまり実際の計測器を校正する基準器と国家標準つながっていることが必要です」
受講生A
「ええと、意味が分かりません」
ドロシー
「計測器を校正するとき基準となるものを使うわけですが、その基準器もまた定期校正をしなければなりません。そのとき更に校正の基準となるものがあるわけです。それをたどって行けば国家標準までつながっている、それを追跡できるようにしなければならないのです」
受講生A
「国家標準てなんですか?」
ドロシー
「長さならメートル原器というのがありますし、重さもキログラム原器というのがあります(注6)扶桑国もメートル条約に加盟しているので原器を1個配布されています」
受講生C
「おお、物理でならったメートル原器が産業の基本になっているのか!」
ドロシー
「それから製造条件や材料と製品のつながりもトレーサビリティといいます。具体的には完成品に製造番号があったとして、その製造番号から、いつ、どんな材料で、どこの工場で、どのような方法で作られたか、そういうことが分かることです」
受講生A
「それがどういう意味があるのですか?」
ドロシー
「例えばお客さんが買った製品が不良だった時、それがどんな材料とか製造条件がわかれば不良原因が特定できますし、それと同じ条件で作られた物が何個でどこに売られたか分かればすぐに対策が打てます」
受講生B
「なるほどといいたいですが、それは製品を売って終わりということでなく、製品の品質を補償するという約束があってこそ必要となりますね」
ドロシー
「その通り、ですから規定要求事項である場合となっているわけです」

伊丹はドロシーの講義を見ていて、もう自分の出番はないなと思う。それは残念ではなく任務完了という感じがした。

これで異世界審査員は終わりかとおっしゃる方、それはありません。伊丹がドロシーに感心したのは十分に審査員も審査員の講師もできるようになったということであり、認証制度が順調に行くか、信頼性を確立できるのかはこれからの話です。

うそ800 本日のトレーサビリティ
過去、あまたの審査不適合、それには強請りタカリもあるでしょうし、審査員の理解もあります。それは今でもトレースできるのか?
実は2010年頃までは、審査報告書の記述は曖昧模糊でありまして、不適合の証拠、根拠をしっかりと書いているものなんて指折り数える程度でした(注7)トレーサビリティが記してありませんから、個々の不適合が不適合か適合かを判定することができません。
ISO審査においては審査報告書にはトレーサビリティが要求されていたのですが・・(注8)
2007年にISO17021が制定されてから認定機関はこれを遵守するよう認証機関に指示しました。しかし徹底はされなかったようです。今はどうなんでしょうか?
っ、変なことに気が付きました。
不適合がトレースできない審査報告書は、認証機関に対する要求事項を満たしていません。ということは認定審査が不適合ではないのでしょうか?

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注1
嘘だろうと言われると心外だから、新聞報道の例を挙げる。もっと知りたい方は聞蔵などで調べてください。
2003.04.22読売新聞:A認証機関の審査員が高級ステーキの接待を受けた。
2003.08.01読売新聞:B認証機関の取締役と審査員が、審査先から地酒セットを受け取った。

注2
危険物製造所や貯蔵所は、設置や改造するときの手順は下記のようになる。

  1. 設置(変更)許可申請
    屋内危険物貯蔵所 設計図などを添付
  2. 【許可行政庁】
    書面審査実施
    許可証交付
  3. 工事着工
  4. 工事完了
  5. 完成検査申請

  6. 【許可行政庁】
    完成検査実施
    完成検査済証交付
  7. 使用開始

そもそも消防署が検査して合格しなければ危険物貯蔵所は存在しないのだ。
一旦許可を得たものは、無許可での改造は違法であるし、適切な理由なく改造許可は得られない。
本来なら消防法、消防法施行令、消防法施行規則を読むべきなのだろうが、消防署に行くと、具体的なフロー図と添付資料、様式を載せたパンフレットがあるから、それをもらってくれば済む。

注3
審査員登録機関で登録審査員に発行している季刊誌「CEAR」には、2010年頃そういうたわ言がたくさん載っていた。あんなことを語っていたベテラン審査員(?)は今何を考えているだろう。なにも考えていないか!

注4
審査員研修の人数はCEAR(環境マネジメントシステム審査員評価登録センター)の「TE1100 環境マネジメントシステム審査員研修コース承認基準」で定めており、最小3名、最大20名となっている。以前は最小は4名か5名だった気がする。あまり少ないとロールプレイが成り立たないだろう。

注5
ISO認証が始まった1993年頃、製品のトレーサビリティについての見解がはっきりしていなかった。認証機関によって「要求されていなければ不要」というところもあり、「要求されていないなら自ら決めてする」というところもあり、「リスクを考えればするのが当然でしょう」というところもあった。結局、適当な理屈を付けて主要な部品のトレーサビリティを記録することにした。
21世紀になって、欧州の化学物質規制のような法的規制が現れるまで、昔からあるUL部品とかMILシートの管理程度で良かったのではないかと思う。

注6
この物語は今1924年である。長さの基準としてメートル原器が作られたのは1889年である。1960年オレンジ色の波長を基準にすることになった。1983年光の速度を基準にすることになった。

注7
お断りしておくがJQAの審査報告書は認証が始まった初期から、証拠、根拠が明確に記述してあった。それは素晴らしいことだ。もっともそんなことはガイド62とかISO19011にも書いてあったことであり、それを素晴らしいと言わねばならないことはあまり素晴らしいことではない。

注8
  1. 「不適合及びその根拠となる監査証拠は記録しておくことが望ましい(ISO19011:2002 6.5.5)」
    ISO19011はガイドラインとなっているので「望ましい」であるが、この当時ガイド62やガイド66で引用していたので第三者認証においては必須と解釈される。
    参照:ガイド66:2006 G5.5.2
  2. 「情報の追跡ができること」JAB RE300-2006 5.4 G5.5.1(b)
    JAB RE300は2008年版まであったが、それ以降はJAB基準類を公開していないようだ。JABのウェブサイトをサルベージしたが、見つからなかった。


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