異世界審査員82.品質保証その10

18.05.12

* この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは
多くの物語はご都合主義である。それは私の書く物語だけではなく、ほとんどすべての小説、ドラマ、映画はご都合主義でできている。
もちろんそれには訳がある。一人の体験だけで物語を書くにはエピソードが足りない。だって確率的に大多数を占める人の人生は多いからこそありふれて平凡であり、それでは語るべき物語にならない。戦争映画だと、危険な任務に就いて、戦友がバタバタ斃れていく中、生き残り凱旋しないと物語にはならない。ラブストーリーなら振った人でも振られた人でもなく、最後にハッピーエンドを迎えるふたりだけが物語の主人公たりえる。
私も現場の一工員から管理者までになり、そして無能ゆえに解任され、品質保証に飛ばされ、ISOに関わって何とか定年まで働いた。しかしその経験だけでは物語を書くに足りず、私の周りの人たちの体験を組み合わせている。もちろん全くの妄想は書いてはいない。実を言って妄想というのも体験や見聞を基にしているのだ。
ともかく現実には一人の体験だけで物語なることは稀有だから、複数の人の体験を足し合わせ組み合わせないとお話にならない。だからご都合主義なのである。
もちろん波乱万丈とか数奇な人生という方もいるだろうけど、そういう人はそれこそ稀有なことであり、書店を埋め尽くす本とか毎日放送されるTVドラマほどあるわけがない。

セミ

1921年7月、梅雨も明け暑くなってきた。政策研究所の窓は開け放されてセミの声がジージーとうるさい。
その1室に中野中佐のグループが集められていた。なんだか重大なお話があるという。
中野中佐
「早いもので政策研究所ができて9年になる。設立当初は陸軍、海軍、大学、あるいは伊丹さんのように民間からと、あちこちから人材を集めてきた。身分的には軍人は出向、民間人は軍属扱いなど一時的な位置づけだった。その結果、軍人の場合、昇進は陸士や海兵の同期と横並びにせざるを得ないため成果に合わせた適正な処遇もできず、皆さんにご迷惑をかけてきた。
米山君も兼安君も中佐に昇進したが、吉沢中佐は上がつかえているから中佐より上にはなれない。
まあ、そういった問題は上も良く理解している。この度、そういった問題を解決するためにも研究所の組織も処遇も見直すことになった。ついては皆さんの出向をすべて解除し、ここに転籍してもらう。また身分的にも見直しする。あー仕事そのものは今までと変わらない。
ええと吉沢さんは高等官5等、軍隊なら大佐だ」
吉沢教授
「ありがとうございます」
中野部長
「伊丹さんは軍属ではなく、文官の正規職員として採用し高等官5等とする」
幸子
「へえ!」
中野部長
「兼安、米山は高等官6等、中佐同等待遇で今までと同じ。
以上の者は政策研究所教授という職階になる。外でも教授と名乗って構わないというか名乗ることになる。
石原大尉は高等官7等、少佐待遇というとことだ(注1)。もちろんもう軍に戻ることはない。石原君は助教授という職階になる。
吉沢教授、伊丹教授そして石原助教授の俸給は上がる。
実を言って伊丹さんの旦那にも声をかけたのだが、彼は今のままが良い、用があるとき呼んでくれということだった。人は好き々々向き不向きがあるから、仕方がない。
ああ、私は政策研究所副所長兼危機管理部の部長ということになる」
吉沢教授
「ご昇進おめでとうございます」
兼安教授
「それでは早速、新組織発足兼昇進祝いの席を設けなければなりません」
米山教授
「河岸は料亭さちこで決まりですね」
幸子
「また料亭さちこですか? 同じ店でよく飽きませんね。今週は日程が無理でしょうから、来週でも段取りしましょう」


新潟の山梨工業から最初の納品が行われた。そして社長と奥方が受入検査に立ち会いたいということで上京してきた。受入検査は合格となり、用件はすぐに終わった。
コネクティングロッド

コネクティングロッド

それで黒田准尉が二人を砲兵工廠内を案内する。山梨社長も奥方も砲兵工廠の工作機械がアメリカのものよりも段違いに進歩したものであることが分かる。アメリカでは今もラインシャフト駆動の工作機械が当たり前だが、ここでは工作機械それぞれにモーターが付いていて、更にモーターと主軸はベルトではなく直結である(注2)歯車もねじも一目見て高精度なことが分かる。そしてバイトから流れ出る切粉から切れ味が分かる。

山梨社長
「旋盤でこれほど重切削をしているのは見たことがない」
ドロシー
「刃物はハイスピードスチールですか?」
黒田准尉
「いや、違います。もっと固い材料を使っています」

このときは砲兵工廠では既に超硬合金を使い始めていた。
ドロシー
「どういうものでしょう?」
黒田准尉
「うーん、言えません。企業秘密です」
ドロシー
「測定器がいろいろありますね」
黒田准尉
「すべて伊丹さんの指導ですよ。彼が一番初めに教えてくれたのはノギスの作り方でした。今はゲージブロックまで整備してきました。スウェーデン製やアメリカ製じゃありません(注3)国産品です」

* 日本でノギスが現場で使われるようになったのは1940年以降である。この物語は今1921年であるから、現場にノギス、マイクロメーター、ハイトゲージがごろごろしていたなら驚嘆するに値する。


ドロシー
「ゲージブロックというものは聞いたことがありますが、現物を見たことはありませんでした。鍛造ではそれほど精度を求められることはありませんから」
黒田准尉
「ご覧のような単に四角い鉄ですが、端面間の長さが高精度に作られています。これは端面間が100ミリですが、その精度は千分の1ミリ以下です。これも第一号は伊丹さんから頂いたと思います」
ドロシー
「私の国よりはるかに進んでいます」
黒田准尉
「そうかどうかは存じませんが、我々が自ら改善、改良してきたという自負はあります」

藤田少佐が通りかかった。

藤田少佐
「黒田准尉、こちらはどなたかな?」
黒田准尉
「少佐殿、このたびコネクティングロッドの製造を依頼した山梨工業の社長さんと奥様です。
山梨社長、こちらは砲兵工廠の製造部門の責任者である藤田少佐です」
藤田少佐
「おお、山梨社長さんですか。御社は我が国一の鍛造技術と聞いております。よろしくお願いします」
ドロシー
「藤田さん? フジタチャートの藤田さんですか?」
藤田少佐
「アハハハ、そう呼ばれていますね。あの論文を書いたのはもう10年も前です」
ドロシー
「ウワー、有名な方にお会いできて感激です」

藤田が去ってから山梨社長がドロシーに聞く。

山梨社長
「フジタチャートってなんだい?」
ドロシー
「工程計画とか作業管理で使う横軸に日付、縦軸に種々の工程、そこに仕事を棒で引いていく図表よ。藤田さんってもっと年配の人と思っていました」
この世界では藤田少佐がガントチャートを発明したことになっている。
山梨社長
「えぇ、あれを考えたのが今の士官なのか?」
黒田准尉
「実を言いまして、10年前に練兵場建設の監督になったのが藤田少佐、当時は中尉でした。私はその下士官でした。
仕事にとりかかったのですが、なにしろ土木工事から多数の建物の建設工事までありまして、極めて大規模でしかも短納期でした。どうしたら管理できるのかと途方に暮れたのですよ。
そのとき伊丹さんに会ったのです。伊丹さんはそういう複雑な仕事の工程管理を、大きな板と多数の駒で行いました。
藤田少佐はその経験から論文を書かれたのです。アメリカの大学から名誉博士というのをいただいたはずです」
ドロシー
「すべては伊丹さんからということになるのですね」
黒田准尉
「そうです。伊丹さんに指導を受けて、我々は工夫とか改善を考えるようになりました」
山梨社長
「伊丹さんは、ここへは良く来るのですか?」
黒田准尉
「いや、私どももだいぶ進歩しましたので、今は伊丹さんにコンサル契約はしておりません」
山梨社長
「じっくりと伊丹さんとお話をしてみたいものだ」
黒田准尉
「ところで山梨さんは今日どこにお泊りですか?」
山梨社長
「特に予約はしてないのです。そのへんのホテルに泊まろうと思います」
黒田准尉
「旅籠レベルならともかく、西洋風のホテルとなると泊れるかどうか・・」
山梨社長
「えっ、ホテルには泊まれないですか?」
黒田准尉
「西洋風のホテルは少ないですから、予約していないとむずかしいですね。まさかドロシーさんが行商人と相部屋というわけにはいかんでしょう」

突然、伊丹の声がした。

伊丹
「おやおや、山梨さんとドロシーさん、お久しぶりですね。外を通りかかったら偶々藤田少佐に会い、お二人が来ていると聞きましてお顔を見に来ましたよ」
山梨社長
「おお、伊丹さん、お久しぶりです。砲兵工廠の技術向上に伊丹さんが尽力されたとお聞きしておりました」
伊丹
「ハハハ、すべて藤田少佐と黒田准尉の活躍ですよ」
黒田准尉
「伊丹さん、お願いがあるのですが」
伊丹
「ハイ、なんでしょう?」
黒田准尉
「山梨ご夫妻が泊まるホテルを予約していなかったのです。それで伊丹さんにお願いしようかと」
伊丹
「ああ、いいですよ。我が家にはいつも誰かしら居候がいますから、一人二人増えても減っても問題ありません。今夜、飲みながら山梨さんにお話をお聞かせいただきたいですね。
それでは山梨社長、私はこれから政策研究所に行かねばなりませんので、5時に黒田准尉の席でお会いしましょう。我が家まで自動車で10分か15分です」
ドロシー
「ずいぶんあっさりしているのね、普通客を泊めるなら少しは考えあぐねるのではないですか」
黒田准尉
「まあ、伊丹さんちはお金持ちで大邸宅だから、一人二人はどうってことないんでしょう」
山梨社長
「ほう、お金持ちですか」
黒田准尉
「勘違いしないでください。別に親の遺産とかじゃありません。
伊丹さんは砲兵工廠の大改革をしましたが、他にも多くの会社や工場のコンサルをして生産性や品質あるいは納期短縮などの改善を指導している有名人です。収入もそれなりです。
実を言いまして、藤田少佐の論文も伊丹さんの指導を受けたのですよ」
山梨社長
「ほう、伊丹さんは天才ですね」

夕方、山梨夫妻が黒田准尉の部屋で待っていると伊丹が現れた。
伊丹と外に出ると、T型フォードと運転手が待っていた。

伊丹
「そいじゃ行きましょう。アメリカではT型フォードでは大衆車でしょうけど、この国ではこの車がデファクトスタンダードでして。それと運転手ですが私も運転はできますが、普通は運転手に任せることになってます。まあそういうお国柄だと思ってください」
T型フォード
伊丹邸には10分で着いた。伊丹は女中と幸子に客人が泊まることを伝えていた。
玄関に幸子が現れて二人を部屋に案内する。

幸子
「まずはお風呂にお入りください。上がりましたら浴衣に着替えてください。一緒に夕飯を食べましょう」

二人が何か言う前に浴室に押し込められた。夫婦一緒に入れということか?
30分後、風呂からでた山梨夫婦が女中に案内されて客間に来ると、テーブルに伊丹夫婦と若い女性がいた。

伊丹
「どうぞお座りください。ドロシーさんが畳に座るのは大変かと思いまして、テーブルにしました。ええとこちらは先ほどお会いしたと思いますが、家内の幸子です。それからこちらは親戚の娘でさくらです。
こちらは先日新潟でお世話になった山梨社長さんと奥さんのドロシーさんだ」
山梨社長
「大変お世話になります。ホテルが取れないと聞きまして、旅籠に泊まろうかしたところ、伊丹さんにお会いして助かりました」
幸子
「まあまあ、夜は長いですから」・・・とビールを注ぐ。
ドロシー
「なぜかこの部屋は涼しいですが、まさか魔法ではないでしょう」
幸子
「エアコン、ええとエアコンデショナーというもので部屋を冷やしているのです」
山梨社長
「へえ!部屋を冷やす、そんな機械があるのですか?」
伊丹
「製氷工場では氷を作るのに部屋を冷やすでしょう。あれと同じです(注4)
ドロシー
「この国はアメリカより遅れていると思ってましたけど、とんでもありませんね。アメリカの一般家庭にはこのような機械はありません」
さくら
「この家は特別よ。小父様が特別だから」
山梨社長
「確かに特別でしょうなあ〜。黒田准尉が大金持ちと言ってました。
黒田准尉はまた、伊丹さんが天才コンサルタントだと語っていました」
伊丹
「ちょっと勘違いしないでください。私は天才でも金持ちでも何でもありません。どこにでもいるコンサルタントですよ」
幸子
「ドロシーさんは言葉は英語の方がいいですか?」
ドロシー
「こちらの言葉もだいぶ話せるようになりました。でも幸子さんが英語を使えるなら、私が英語を忘れないように英語で話したいです」
幸子
「それじゃまず夕食のメニューを説明しますね」

伊丹と山梨社長、幸子・さくら・ドロシーの二つの組み合わせで会話は進行する。

山梨社長
「いろいろな方のお話を伺うと、伊丹さんは計測器から機械加工から工場管理までなんでも指導してきたそうですね。まさにレオナルドダヴィンチですね」
伊丹
「仕事を始めたときお客さんがいません。食べていくためには、どんな仕事でも取らなければなりませんでした。なんでもできたのではなく、なんでもしなければならなかったのです」
山梨社長
「伊丹さんは元々のご専門は何だったのですか?」
伊丹
「私は元々電子技術者でした。もっとも既に時代遅れです」
山梨社長
「電子といいますと? 電気とは違うのですか」
伊丹
「まあ言葉の使い方だけですが、一般にモーターとか送電といった高電圧のものは電気といい、ラジオや電話など低電圧のものを電子と言います」
山梨社長
「なるほど、そうしますと伊丹さんはラジオを作っていたわけですか」
伊丹
「いや、もうちょっと複雑というか進化した製品ですね。あまり細かいことは言えませんが」
山梨社長
「でも伊丹さん、アメリカで去年1920年から始まったラジオ放送が世界初です(注5)この国ではまだラジオ放送は始まっていないでしょう。10年前にそれより進んだ機械というとどんなものですか?」

伊丹はしまったと脇の下に汗をかいた。
伊丹
「確かにラジオ放送が始まったのは1・2年前ですが、研究は相当前から行われていました」
山梨社長
「でも黒田准尉が伊丹さんに会ったのが10年前、ということは伊丹さんが電子技術者だったのはその前となる。その頃ラジオより進んだ電子機器を研究していたというと」
伊丹
「そのへんはご勘弁ください。いろいろな仕事をしてきたということですよ」
山梨社長
「すると金型鍛造とかもお詳しいのでしょうか?」
伊丹
「いやいや、全く存じません。機械加工はまったくの門外漢です」
山梨社長
「品質保証という考えはアメリカでもあまり聞いたことがありませんが、こちらではそういうことが当たり前になっているのでしょうか?」
伊丹
「そうではありません。そういった考えがされたのはほんの数年前です。先の欧州大戦で扶桑国も戦争と無縁ではありませんでした。欧州に派兵はしていませんが、イギリスと同盟を結んでいますから大量の弾薬を供給していました」
山梨社長
「ほう」
伊丹
「ところが送り込んだ砲弾に不発が多いという苦情がありまして、その対策として品質保証という考えが生まれたわけです」
山梨社長
「品質保証をすれば不発がなくなったわけですか?」
伊丹
「ちょっと違います。まず品質保証体制を作り、その仕組みで不発弾撲滅を図ったということです。不良対策とか改善は、スタート時点で基準、英語ならstandard、そういうものが必要です。それを作るのが品質保証です」
山梨社長
「それを伊丹さんが考えて実施したということですか?」
伊丹
「そういうことになりますか。お断りしておきますが、私は固有技術、例えば鍛造とか爆発物とか知りません。しかし工程をどのように管理するか、そのためにどうするかということについては専門家だと思います」
山梨社長
「先ほど伊丹さんは電子技術者だとおっしゃったが?」
伊丹
「アハハハ、山梨さんは検事か警察官のようですね。私は電子技術者ですよ。それで食えなくなったから、別の仕事を始めたわけです。
そのときまでしていた仕事の方法、いや電子技術ということでなく、それまでしてきた不良対策とか工程管理の方法を体系化して、それを他の分野に応用してきたということですね。幸い、私の考え方は普遍的であったようで指導した先々で成果を出してきたと思います」
山梨社長
「なるほど、一つの職種で悟りの境地まで至ったならば、他の分野でも通用するということですか」
伊丹
「うーん、ちょっと違いますね。私は悟りなんて言葉は使いたくありません。すべては論理です。徳川時代末期の千葉周作という剣術使いをご存じでしょう」
山梨社長
「子供の頃聞いたことがあります」
伊丹
「彼は剣術指導を論理的にシステム化したのです」
山梨社長
「と言いますと?」
伊丹
「まあ、話ですから本当かどうか、後世の人が後付けしたのかは分かりません。それを踏まえて聞いてください。
千葉周作は三つのことをしたそうです。
ひとつは、面、防具、袋竹刀などを改良した。徳川時代には木刀から竹刀を使うようになりましたが、力いっぱい打ち合ったら骨折どころかへたをしたら死んでしまいます。それで叩かれても怪我をしないよう竹刀と防具を工夫した。それで千葉道場では力いっぱい打ち合いできるようになったそうです。型だけの稽古より力いっぱい打ちあう稽古は、実戦的でしょうし上達もするでしょう。
ふたつめは、初心者、中級者、上級者それぞれのレベルに合わせて、努力すれば達成できる目標を示し成功体験を積ませて順次レベルを上げたそうです。
みっつめに猛稽古をさせた。精神でなく、練習のみが上達をもたらすと考えたんです」
山梨社長
「伊丹さんは、その育成方法が職工や技術者においても通用すると考えたわけですね」
伊丹
「そうです。先輩から技を盗むなんて遠回りなことでなく、手順やコツを明確にしてそれを教え身に付けさせる。最初は基本それから応用動作、そしてひたすら練習させる。まさに千葉周作です。
今までの10年間の経験で、それはどの分野でも真理だと確信しました」
山梨社長
「なるほど・・・えっと、品質保証の話でしたが」
伊丹
「今の話は品質保証そのものじゃないですか。基準を決める、それを教え守らせる、不具合が起きたら基準を見直す、その繰り返しは千葉周作と変わりません」

山梨社長はそれっきり黙ってしまい一人で酒を飲む。
伊丹は幸子とドロシーに声をかけた。

伊丹
「お話し相手を交換しませんか。ドロシーさんのお話も聞きたいね」
さくら
「ドロシーさんとは英語で話さないといけないのよ」

伊丹は英語に切り替えた。

伊丹
「どんなお話をされていたのですか?」
ドロシー
「さくらがアメリカ留学をしたいとか」
伊丹
「この子は天才です。この国では大学に女性は入れないのですが、昨年、特別に許可を得て受験したら、あまりの高得点に入学する必要がないとお断りされてしまいました」
さくら
「小父様、それは大げさ。それに幸子おば様の方が点数が良かったのよ」
ドロシー
「ま、幸子、すごい〜」
幸子
「さくらは学ぶための大学でなく、研究するための大学にいかなければならないわ」
ドロシー
「私の実家の近くにラドクリフという女子大があるわよ。そこに行くなら私の家に寄宿したらどう、お父さんにお世話してもらうよう手紙を出すわ」
さくら
「あれ、ラドクリフってハーバードと合併したんじゃなかったっけ?。それに理学部はなかったように思う」
幸子
「元々ラドクリフはハーバード・アネックスっていって、ハーバードの女性向けカレッジだったのよ」

幸子はウインクした。

さくら
「ああ、そうなの。留学かあ〜、お金も大変だろうし試験も大変そう」
伊丹
「殿下に推薦状と資金援助を頼めばいいじゃないか。小沢先生の功績でそれくらいやってくれるさ」
山梨社長
「殿下って? まさか」
幸子
「あ〜いやいや、洋司、変なこと言わないで。留学するにしても今年は無理だし、なによりも今からじゃ9月までにマサチューセッツまでたどり着けないわ、アハハハ」


翌日、山梨夫婦は幸子とさくらに上野駅まで送ってもらった。
汽車に乗ってからの夫婦の会話である。

ドロシー
「ねえ、ジョー、あの伊丹さんてなにか大きな秘密があるんじゃない?」
山梨社長
「俺もそう思う。10年も前にラジオよりすごいものを研究をしていたという。兵器なんだろうか」
ドロシー
「奥さんは聞いたことのない技術の話をしてたわ。そうそう奥さんのお仕事は研究所の教授ですって」
山梨社長
「教授だって! この国には女性がいける大学がないというのに・・」
ドロシー
「奥さんもすごいけど、あの娘もものすごく頭がいいらしい。
不思議なことばかりね。あの家だって水洗だし、ジョー、トイレ使ってみた? すごかったでしょう。
あのエアコンデショナー・・・・ちょっと現実離れしているわ」
山梨社長
「それとさ、殿下とか言っていたな。殿下と言えば次期皇帝のことだろう。そんな方と付き合いがあるのだろうか? わけがわからん。
彼の秘密を知りたいね。まあ、そのうちまた会う機会もあるだろう」

うそ800 本日の行き当たり場当たり
山梨夫妻がこれからどう絡んでいくのか? 考え中・・・

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注1
史実の石原莞爾は1919年30歳で大尉、1924年35歳で少佐に昇進した。これが陸軍士官学校6位、陸軍大学校2位で卒業した秀才の昇進である。
この物語では1916年27歳で大尉、1921年32歳で少佐だから、トップクラスの昇進である。
なお、山本五十六は海軍であるが、もっと昇進が早かった。

注2
私が工業高校のときは旋盤にモーターが付いていたが、主軸とモーターはギアでなくベルトでつながっていて"かんえい"直結と呼んでいた。"かんえい"とはどういう漢字と意味なのか、昔も今も分からない。

注3
スウェーデンのカール・ヨハンソンがゲージブロックの製造販売を始めたのは1911年で、彼がアメリカに渡って製造販売を始めたのは1918年である。この物語の1921年にはアメリカではゲージブロックは普通に販売されていた。

注4
冷却そのものは16世紀から溶解時の吸熱で飲み物や少量の製氷が行われた。
例えばアイスクリームの歴史は紀元前にさかのぼるそうだが、大昔は天然の氷で冷やし、17世紀に硝石で冷却する技術が現れ、20世紀初めまで硝石と食塩で反応熱で冷却する方法が使われていた。
圧縮膨張による冷却器はパーキンスが1834年エチルエーテルを用いて、リンデが1874年アンモニアを使って発明した。動力は蒸気機関だった。
日本では1883年頃から製氷工場が作られた。それまでは氷室に保管していた天然氷が売られている。

注5
世界初のラジオ放送は1920年11月アメリカでのことで、日本初は1925年3月のことである。


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