*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
1936年10月 中野邸で、地震によりつながる異世界が変わるのではないかと話した日から、まだひと月も経たないある日、 伊丹宛に郵便が届いた。消印は渋谷となっている。伊丹は区内なら何キロも離れていないのになんでわざわざ郵送するのかと思いつつ、封筒をひっくり返して差出人を見てギョッとした。 裏面には苗字はなくただカンナと書いてあった。 その日の夕方、伊丹邸に中野、高橋総理、岩屋とゆき、工藤叔父と甥、そして伊丹夫婦と正雄夫婦が集まる。 | ||||
「消印は昨日の日付です。岩屋さんの尋ね人の広告が効いたのでしょうね」
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「いや……実はまだ出してないんだ」
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「えぇ、となるとカンナの方から我々に連絡を取ってきたのですね」
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「中身は読みましたか? 読んだなら概要をお話しいただけませんか?」
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「私宛でしたので開封しました。皆さんにお集まり頂くようお伝えした以上のことはありません。 要旨はこの世界の異世界とのつながりはあと2年で変わる。ついては今後のことをお話ししたい。私(伊丹)が適切と考えるメンバーを集めてほしい。その日時と場所を連絡してほしいとのことです」 | ||||
「電話で聞いたことだけか……他には?」
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「ありません。みなさんも一刻も早くという気持ちのようで、本日になりました。ということで、この場所と今の時刻を返事しておきました。 正直言いまして、今日お知らせして今日開催とは思いもよりませんでした。特に高橋閣下はお忙しいでしょうに」 | ||||
「これより大事なことなどない」
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「返事って? 電話でもしたのですか?」
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「いえ、渋谷駅の伝言板に書けとありました | ||||
「なるほど、となるとカンナのご登場を待つしかありませんね」
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ゆきは伊丹から封筒を受け取って眺める。 | ||||
「消印は渋谷か……渋谷の消印は渋谷区全体ではなく、渋谷区の中央から南側ですね。もちろんそこに住んでいるとは限りませんが…」
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「あっ、お見えになったようですよ」
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皆がハッとして見回すと、空いていた上座にカンナが座っている。 | ||||
「ご無沙汰ですね。前回お会いしてからもう12年になります。我々はみな歳を取りましたがカンナさんはあいも変わらずお若い」
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「女は化けるといいますからね。それに元々私は皆さんより若いですよ」
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幸子が合図すると女中がコーヒーとケーキを持ってくる。 | ||||
「お酒はお話が済んでからとしましょう。まずは喉を潤してください」
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「ご存じとは思いますが、ずっと皆さんの行動を拝見していました」
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「拝見とおっしゃるのは新聞報道とかですか? それとも興信所でも使ってどこかから観察していたとか?」
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「監視カメラってご存じでしょう。とはいえテレビ放送はまだですね…まあ、映写機のようなものをあちこちに隠して設置して、撮影したものを自宅で見ていたということです」
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「プライベートなところを覗かれては……」
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「私も常識はありますわ、それに中野様はお妾さんもいませんし、見られて困ることもないでしょう。そもそも中野様は他人じゃありません。私の8代前のご先祖です」
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「孫娘だって覗かれたくはないぞ」
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「その監視カメラに比べると、私の機関がしていることは児戯にも等しいのでしょうね」
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「いえいえ諜報活動に限らず、なにごとにおいてもその場で使えるものを、いかに活用するかが大事です。岩屋さんの立ち回りはいつも尊敬しております」
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「さて、落ち着いたところでカンナさんからお話しいただけますか、この場はそちらの提案ですから」
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「議題は簡単です。皆さんも察知されたように1939年、今から2年半後にまた異世界とのつながりが変わります。それでそのときの対応とそれからについてお話しておきたいと思いまして。 地震はインドネシア近海で起きますので、この国に地震の影響はありません。津波が発生しますが、本土は問題はないでしょう。パラオやマリアナ諸島ではかなりの津波が来ます。津波被害を避けるには、観測体制を作り津波予報を出すしかないですね | ||||
「GPSも早期警戒システムも通報する仕組みもありませんよ」
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「それは皆さんが考えることです」
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カンナは細かいことなど気にしないようだ。 千代は会話を速記している。速記をどこで覚えたのか? | ||||
「異変が起きると、今つながっている | ||||
「すまない、詳細を伺う前に聞きたいのだが、つながる世界が変わるとき、カンナさんはこの国にいて我々の世界に残るのか? そうであるなら我々はそれ以降の話は聞くまでもない。現在我々は秋津洲との通路は持てないが、同じ状態が今後も継続するわけだ。新たな世界ともつながりを持てないなら聞くまでもない。 もし秋津洲国に住み続けこの世界と縁が切れるなら、我々は新しくつながる国にドアを作れるのか? まずそれを知りたい」 | ||||
「もしカンナが去るなら、我々が新しい世界とつながりを作ることを認めてくれないと、他国が新しい世界とのドアを作る恐れがあり我が国は大変なことになる」
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「私も元の世界に戻りたい。もちろん一挙に戻ることはできません。秋津洲国がこの扶桑国の世界と離れて、いくつもの世界とつながったり離れたりしていれば、いつかは私の世界、200年後の扶桑国に戻れると期待してます」
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「必ずお国に戻れるようお祈りします。客死では悲劇ですからね」
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「アハハ、この仕事に身を投じたからには、帰れないのは覚悟してます。過去のことなら記録を見れば帰還できたかどうか分かりますが、帰還できるとしても私の出発より当然遅くなるわけですから私は分かりません。 話を戻して、私は秋津洲国に住み続けるので、つながりが切れたら新しい世界とこの世界のドアを作れないわけで、それ以降の皆さんの行動を規制できません」 | ||||
「おお、それでは我々はまた先進技術を導入することができるのだな」
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「先日、伊丹さんが未来技術を持ちこむべきか否かは検討しなければならないと語っていたようですね」
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「カンナさんはすべてをお見通しのようだ。あの件はどちらが正解なのか?」
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「私はこの世界とつながりが切れれば、この世界に干渉することはできません。ですから次の世界は早い者勝ち、とはいえ扶桑国以外に異世界とつなげることができる人がいる気配はありません。ですからほぼ100%新しい世界を手中にできるでしょう。 でも、その世界の技術や歴史の情報を手に入れることがこの世界というか扶桑国のためになるのかどうか、そこは良く考えて欲しいと思います。 もうひとつ、次につながる異世界が100年後とは限りません。100年前かもしれない」 | ||||
「ほう、そういう可能性もあるのか。そのときは我々にメリットはないのか」
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「皆さんは新しい技術を手にすることはできない代わりに、もしかしたら向こうと貿易をして技術を売ることでお金になるかもしれませんね。勧めるわけではありませんよ」
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「ありがとう。すべては我々の責任ということだ」
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「おっしゃる通り、自己決定とは自己責任ということです」
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「発言をお許しください。それは我々がいかなる決定をしたとしても、カンナさんは未来が変わらないという確信を持っているからじゃないのですか? タイムパラドックスは起きるはずがないと……だから我々が何をしても問題ないと……」
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「まずタイムパラドックスが存在するのかしないのか、誰も分かりません。 そもそも私が派遣されたのは、未来が歴史通りになるように細かい微調整をするように依頼されたからです。 今までのところ、私の考えていた通りに動いてきました。それが私の干渉があってのことなのか、干渉せずとも同じだったのかは全く判断できません」 | ||||
「科学技術の進みはどうなのでしょうか? 異世界から技術を移管すれば、ないときよりも進歩は早まると思いますが」
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「確かに…伊丹さんが日本から技術移管したときは正常状態よりもはるかに速かった。だけど秋津洲国とつながってからは進歩の速さはそれまでの2割程度に落ちたと思います」
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「それは当たり前でしょう。だって誰かさんのおかげで秋津洲国からの技術移管はありませんでしたから」
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「そうではありますが、日本の世界とつながっていた時よりも日本とのつながりが切れてからはそれまでより進歩が遅くなりました。しかし日本から持ち込んだ技術や情報で、それまでの進歩を維持できたのではないでしょうか。それがスピードダウンしたとは…」
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「そう言われるとそうかもしれない。だが一度に大量の技術や情報を入手するのと、継続的に入手するのは違うのではないだろうか」
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「あなた、大量の技術や情報を持ち込んだから、それを咀嚼できなかったのではないかしら」
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「アハハハ、幸子さんはするどいねえ〜、 ともかく早い遅いと文句を言うことはないでしょう。ここまで向上したからには、国外への技術移管の管理を行い、また発明発見の管理というか特許や情報公開をしっかりすれば今後100年はこの国に不安はないでしょう。それからの100年は新規に新しい技術が入らないとして、それまでの蓄積を活用し、また研究開発を進めていくしかありませんね」 | ||||
「多くの先進技術を入手しても、それらを完全に自家薬籠としなければ、それ以降は進歩をしないと読んで秋津洲国とのつながりを止めたということか?」
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「ズバリそうです。私のしたことはそれだけですね。実を言って第一次世界大戦後の社会不安と軍のクーデターの処理を間違えて大事にする恐れがありました。しかしみなさんはそうなる前に社会不安を除き反乱とか暴動を起こさないよう手を打っていた。その結果、問題にさえならなかった」
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「そのおかげでまだワシは生きているわけだ」
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「お話を理解できないのですが、カンナさんの知っている歴史では今回のクーデターは簡単に抑えられたと記録されていないのですか?」
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「正直言って私の時代より200年も前のことです。みなさんだって今から200年前、例えば赤穂事件の詳細はわからないと思います。松の大廊下で本当に切りかかったのか、柳沢吉保が黒幕だったのか。 私の時代から見たクーデターも似たようなものです。その社会的影響など古文書を読んでもわかりません」 | ||||
「なるほど、歴史とは勝者の記録とも言うが、人々が望む物語に変質することもあるのだろう」
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「事件もそうかもしれないが、科学でも技術でもレンガを積んでいくようなもので、未来の技術を入手しただけでは更なる進歩は期待できないのかもしれない | ||||
「ではお互いに思うことは明らかになったし、齟齬もないようですから、これでお開きということでよろしいでしょうか」
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「そのドアの権限を移行するのはいつからになるのだろう?」
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「あと2年であっても向こうから技術を持ちこみたいというわけですか」
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「できることはやりたいですね。我々一族はそれが | ||||
「人工衛星もちゃっかりと借用していたし…」
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「そうそうあの人工衛星はカンナさんが持ちこんだのですか?」
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「世界の状況を観察するためね」
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「おかげで我々の人工衛星開発が進みましたよ。お手本を見られなくても、存在を知るだけで開発スピードが違います」
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「発明でも技術でも、存在を知ることが最大の情報でしょうね」
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「お話が済んだようなら質問してよろしいでしょうか? カンナさんは未来での歴史通りになるように細かい微調整をするために来たとおっしゃいましたが、未来が変わらないなら来る必要がなかったですよね?」 | ||||
「うーん、確かにそうです。そもそも私がこちらに来たのは、政府の命令でした。そしてその理由はこの時代から後世へのお手紙に、私たちの未来を確実にするために私を派遣するようにと書いてあったことなのです」
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「となるとそのお手紙を我々が書かなければならないことになる。あるいは我々が書かなければカンナさんは来なくて済むのか、因果関係はどうなるのか?」
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「未来は未確定だと考えた人がそういうお便りを書いたのでしょうか?」
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「未来は不確定と考えただけでなく、あまりにも我が国が進歩しすぎるとまずいと考えた人がいたのではないですか」
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「今の時点で、カンナに来て欲しいと願った人がここにいますか? 犯人探しではありませんが、私と工藤さんは違うようだ。伊丹さんのお考えはそのようだが」 | ||||
「私かどうかは置いといて、カンナへの手紙を託したのは、今日の話を聞いてから書いたはずだ。というのはカンナの目的を知ったのはこの場だから、今までのカンナの行動があった方が良いと考えた人がこれから書くはずだ」
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「犯人探しなどどうでもいい。どうせ誰かが来て欲しいと手紙を書くのは決定事項なのだろう」
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「私は来て欲しいとは思いませんね。カンナがいなければ我々はこの12年間に秋津洲国からさまざまな技術を持ちこめたでしょう」
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「でも良いことばかりとは限りません。異世界との葛藤が起きたかもしれません」
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「カンナさんがいなければ人工衛星もなく、更には新技術が入らないから国内で独自研究が進むこともなかったのではないでしょうか」
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「過去12年間、外から技術が入るのと入らないのと、うーん、開発はどう違っただろう? 仮に秋津洲国から技術導入が進んだとすると、どうなりましたかね?」 | ||||
「秋津洲国とつながる前の日本から20世紀のほとんどの基礎技術は持ちこんでいた。半導体技術、ジェットエンジン、ロケット、理論物理学など、だから次に導入するとなると核開発だろう。それと宇宙開発か」
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「20世紀後半の革新的なものとなると、遺伝子工学、インターネット、宇宙開発、原子力、半導体の発展とコンピューターかな」
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「それらを持ちこんでいたとして、今とどんな違いがありますか?」
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「現実問題として大きな変化はないと思います。というのは技術を実用化しようにも人手がありません。だからさらに情報を得たとしても、実用化できたのは一部に留まるでしょう」
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「それは今後もそうでしょうか?」
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「科学を技術に変換するパワーがなければそうなるでしょうね。あるいは科学的発見のみ公表して発見者の名誉を確保して、その実用化を外国に委ねるかどうか。我国だけでなく世界中の研究者がとりかかればスピードが違います」
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「それは我が国の損失だ」
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「すべての科学技術の発明発見と実用化を独り占めするのは不可能なのではないのかな。発明発見を公開し、世界中の多くの科学者と技術者を巻き込んで研究開発しないと進む速さが遅くなる」
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「でもさっき伊丹さんは存在を知ることが最大の情報とおっしゃった。こういうものがあると知るだけで開発者は安心して進めることができます。ということは発見だけ公表したとしても、諸外国は我が国にすぐに追いつくでしょうし、それは我が国の損失です」
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「ともかく公表や実用化、更には輸出などについては、多面的に評価して判断していかねばならないね。 ただ技術立国いや科学立国を国是として、ノーベル賞の受賞、そして新発明の基本特許などを確実に抑えて技術貿易を完全な黒字にして、資源が少ないのをカバーしたいものだ」 | ||||
「結局そのへんが落としどころでしょうね。ただ存在を知ることが最大の情報ですから、発明発見を公表した段階で他国はそれを実現しようとし、我国よりも早期に実用化するところもあるでしょうね。まあ扶桑国が列強の地位から落伍しない限り多少は仕方ないんじゃないですか」
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「戦争で大きく負けなければ良しとするしかないのか」
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「私ごときが私以上の勉強され人生経験の豊かな中野様や首相閣下に申し上げるのは失礼と思いますが……」
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「それじゃ、ひいひい孫からひいひい爺さんへのお願いとして聞いてください。 過去、滅びなかった国はありません。中国4000年なんて言い回しがありますが、あれはウソです。今中国がある地域にいろいろな国が興り滅びました。それらを合わせても3000年でしょう。そしてひとつの国家の寿命はせいぜい300年です。最古の文明が興ったエジプトでもその歴史は5000年です。もちろん数多くの王朝の盛衰を合わせてです。 一つの国家体制で長期間続いたというのはエチオピアで3000年ですが、1970年に滅んでしまいました。現存する最長の国家は我が扶桑国で、私の時代で1700年は確実と言われています。でもいつかは滅びるでしょう。 形あるもの必ず壊れます。ただいつの時代でも滅びないように努めるのは義務でもありましょう」 | ||||
「そうだ、覇権国などと浮かれるのは間違いだ。それをカンナさんからの教訓と受け止めましょう」
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「ここにいる誰かが絶対に滅びないようにと、後世にカンナさんを送ってくれとお手紙を書いたのかもしれませんね」
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「もうお話がおしまいならお酒を飲ましてくださいよ」
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幸子と千代があらかじめ用意していたようで、アッというまに料理と酒が出てきた。 座が乱れてきてから、伊丹はカンナに話しかけた。 | ||
「私がこの世界に来た理由ですが……この世界で第三者認証制度を作りビジネスにしようとしたのです」
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「存じております」
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「私がやってみたところ技術が発展途上では需要がなかったようです。もし工業が発達していたら、あるいは制度設計が違えば成功したのでしょうか?」
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「そのような専門的なことを私に問うのはお門違いです。私は少し未来までの歴史を知っていること以外、伊丹さんを始めここにいらっしゃる人々より優れているわけではありません」
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「ではその疑問は未来でもわからないのですね。おっと未来には第三者認証制度なんてのはないのか……」
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「時代が変わろうと価値観が変わろうと、変わらないものはありますよ。タンスターフルってね | |
「働かざるもの食うべからず、真理は変わらないか。 真理の反対語は虚偽か誤謬、それじゃ第三者認証というのは……」 |
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注1 |
いまどき伝言板を知らない人は多いだろう。 伝言板とは駅に置かれた、黒板である。利用者がチョークで書き込み、一定時間経過後に駅員が消し去る。1990年代まではJR・私鉄ともほとんどの駅にあったが、携帯電話の普及によって廃止が相次ぎ、2019年現在はほとんど撤去された。
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注2 | |||||||||||||||||||||||||
注3 |
ネット小説に「銀河連合日本」というのがある。好評のようで書籍版もある。 若干ネタバラシになるが、この物語の中では地球文明を「発達過程文明」と呼んでいる。生存のため、生活向上のため、いろいろと工夫し発明していくという文明をそう定義している。発展途上ではない、時と共に経時的に発展していくという意味である。 「発達過程文明」に対する文明は、滅んでしまった高等生物の古代文明を発掘しそれを活用するというもので、こちらには具体的な名称はなかったが、発達極相文明とか発展飽和文明とでもいうべきか? それはものすごくラクチンであるし失敗はないが、時間が経過しても新しい発明発見は起きない。結果として国民が成長しようという意思を失ってしまうことを小説の中で問題としている。 どことは言わないが、リバースエンジニアリングとか外国から技術を盗んできて大発展と誇っている国が東アジアにいくつかある。それに実を言えば過去の日本も「発達過程文明」ではなく、外国で発明発見された科学技術の工業的展開を図ってきただけではないかという気がする。 やはり自らが考え道を拓くということが人間の存在意義じゃないかなって私は思う。 | ||||||||||||||||||||||||
注4 |
「タンスターフル」とは「月は無慈悲な夜の女王」に出てくる言葉「無料の昼食はない(There Ain't No Such Thing As A Free Lunch)」の頭字語(アクロニム)。 単に小説の中に出てくる頭字語であるが、既に市民権を持ち英英辞典のいくつかには収録されている。また物理学で「ノーフリーランチ定理」(1995)というのがあり、この名称も「月は無慈悲な夜の女王」に由来する。 cf. 「月は無慈悲な夜の女王」R.A.ハインライン、早川書房、1969、 アメリカでの発行は1966 |