学ぶ・教える06.ビジュアルは偉大なり

21.08.05

教えるにも、状況を確認するにも<見ること>は重要だ。まずは仕事開始のインプットとして、要領書を見る、教科書を見る、サンプルを見る、手本を見る、仕事が始まったらフィードバックをかけるために、行った結果を見る、手本と比較する、動きを見る……そういったことを見る・知るには、話を聞くだけとか報告を読むだけでは足りない。
なんにしても現状把握、つまり<現場、現物、現実>を見ることが必要だ。

若き大賀典雄が船上で出会った盛田昭夫に、声楽家は自分の声を聴かないと上達しない、だから録音機を作れと語ったのは有名な話。その結果、大賀は盛田にSONYに誘われて、後に社長になる。
英会話でも自分の声を聴かないと上手下手がわからない。水泳なら自分の泳ぎをビデオで撮って自分の動きを見ることが必要だ。

IKEAから組立式の机を買ってきて組み立てるにも、言葉とか文字だけではまずできないだろう。添付されたA4くらいの紙に組立要領が印刷されている。それを見ればまあなんとか仕事ができる。
しかし私の経験だが、IKEAの組立図はかなりレベルが低い。プラモデルの組立図は子供にもわかるように、かつ部品点数がIKEAの机の10倍以上あるにも関わらず、分かりやすく間違いにくい。更にプラモの組立図は文字が読めなくてもほぼ理解できるよう工夫されている。IKEAはTAMIYAやバンダイに技術指導をお願いすべきだ。

あなたもアマゾンなどの通販でいろいろなものを買うと、英語とか中国語などの取説を見たことがあるでしょう。英語ならともかくそれ以外になると、たぶん○○語だろうとは思ってもGoogleで翻訳する気にはならず、ひたすら絵を見て組立や使用方法を想像するのではないだろうか。多くの場合想像で何とかなるが、TAMIYAのように想像せずとも組立や使用方法が分かるものはめったにない。

もしかして日本人はあまりにも素晴らしいマニュアルに甘やかされているのかもしれない。スウェーデンの人は判じ物のような組立図を見て、日々謎解きの訓練に努めているのかもしれん。


私はTOEICの試験を2000年頃から2010年頃まで何度も受けた。受けた理由は過去に書いたことがある。
その後は受けていないので、近頃の試験はどうか知らないが、当時の試験は写真を見て音声の問いに答える問題が冒頭にあった。
ところがこの写真が曲者! 画質がとんでもなく悪い。海岸に男が立っていて、英語の音声で<男は魚を釣っている>とか<男は魚を網で捕っている>などいくつか選択肢が示されるのだが、画質が悪くその人が何をしているのか分からない。私が易しい英文を聞き取れないのではない。写真が悪いのだ!

日本では無料の商品カタログでも、紙質も画質も良い。仲間由紀恵と綾瀬はるかか分からないなんて写真はない。
そういうのを見慣れていると、ゼロックスで転写を繰り返したような画質の悪い写真とか、印刷が悪くコントラストが強調された写真などは見たくないのだ。 読みにくい読みやすい これも日本人は甘やかされているのだろうか?
ISO規格では「preservation of legibility」と要求事項があるのだが、TOEIC試験はISO認証を受けてないのだろう。

正しい情報を得るには、ノイズの少ない音、明瞭な画像であることが必要だ。
ここで誤解を防ぐために<分かりにくい組立図>と<分かりやすい組立図>の違いを説明する。
分かりにくいとは印刷不明瞭だけではない。またそれは絵が大小とか、白黒とカラーの違いとか、説明文の有無とか、漢字の多少とか、そんなこととは関係ない。
分かりやすいというのは、絵を見て直感的にわかることとしか言いようがない。


例えば組立式の机を買ってきて組立てるとしよう。仮に部品点数は10点くらい、短い木ねじで分割されている天板をつなぎ、長い木ねじで4本の脚を天板に取り付け、脚の床にあたる面にクッションを貼るとしよう。その程度なら組立図なんていらないと思う人もいるかもしれない。だがお客さんに絶対に間違いなく組み立ててもらうためには、正しく組立てる情報を提供しなければならない。

私が過去に買ってきた組立式家具で、こりゃ組立図が問題だと思ったことは何度もある。
机に脚を取り付ける説明の図なら間違いを防ぐために、作業状態と同じ方向で説明しなければならない。天板を裏返しにして床に置いて脚をネジ止めするなら、実際に組み立てると同じく説明図も机を裏返しに描かなければならない。
当然、三面図でいう平面図とか側面図で表しても、組み立て時の姿ではないから、頭の中である意味翻訳を行う必要がある。

またネジなどの大きさであるが、木ねじが大小2種類あるなら、どちらのネジを使うか分かるように描く。例えば太さ3.1mm長さ20mmと、太さ4.1mm長さ25mmを使うとしたら、正しい縮尺で図を書いたらその違いが目立たない。例にあげた3.1oと4.1oの太さなら、比率は1.3になるが、この比で描いた図を見ても直感的に大小を感じない。まして説明図は実物の10分の1くらいだから、印刷されたねじの太さが0.3ミリと0.4ミリでは区別がつくわけがない。

木ねじ
太さ3.1mm長さ20mm
木ねじ太さ4.1mm長さ25mm
比率を合わせた。
これでは大きく感じない
木ねじ比率の2乗で描いた。
一目で左に比べ大きいとわかる

注:上の図だけ見れが右上は左より大きく見えるが、これを4分の1に縮尺して書けば違いは判らない。右下くらいに極端にすると縮尺しても感覚的に一致する。

こういうものは分かりやすく大小の違いを極端にする。とはいえでたらめに比率を変えるのではない。私の経験では実際の比率の2乗が一番いい。例に挙げた3.1mmと4.1mmなら1.3倍だから、その比率の2乗で1.7倍くらいにすると、図で見た大小関係と実物から受ける感じがほぼ一致する。
寸法を図に書いておけばいいと思うかもしれないが、ねじの太さは定規や巻き尺では測れない。ノギスのある家庭は何パーセントもないだろう。

ということは、写真や写実的な絵は組立図には向かないということだ。組立図に向く絵はイラストである。それも写実的なイラストでなくプラモデルの組立図を見習うのだ。

スポーツや仕事で肉体の動かし方を伝えるには、ビデオで見ることが非常に有効だ。コーチが足をこう動かすのよと言って生徒にやらせて、もう少し広くとか足の向きが悪いといわれても生徒が実際の動きを把握できない。それはクローズドループではなくオープンループなのだ。

コーチが動かし方を教えた後に生徒にやらせてその動きをビデオで撮り、それを見せてコーチと生徒の動きの違いを教えて修正を加えること、それがクローズドループである。
しかしビデオを使って教えているスイミングスクールを見たのは一度しかない。多くはコーチが手本を示した後、生徒にやらせて良い悪いと評価するだけだ。自分の動きを見てないのだから、どうすればいいのか以前に何が違うのか生徒はわからない。


ではなんでも動画が良いのかといえば、そうでもない。仕事のコツでも水泳の足の動きでも静止状態ではなく、一瞬とか一連の動きの中のいっときの姿勢というものが普通だ。だからその一瞬を静止画で見せたほうが理解しやすいこともある。

TOEICの場合、イラストというのはほとんどなく写真を使っている。写真の場合、1枚の中に、登場人物の表情、姿勢、手足の動き、衣類、持ち物、居室の内装、飾り物など様々な情報がありすぎる。質問の英文が流れる前に、写真を必死に眺めていて登場人物が何をしているか壁に飾ってある絵の内容とか机上の事務用品などに注目していると、流れる設問を聞いても記憶にないと写真を見直しているとすぐに次の問いに進んでいるなんてはめになるのである。

まあ、TOEIC試験を作った人は、そういうひっかけを狙っているのだろうけど。もし「彼女は何をしているか」という設問に対してイラストが、電話をかけている、パソコンを使っている、同僚と話をしている、紙をホチキスで留めているという状況だけなら、受験者はすぐに回答を見つけるだろう。
当時私が受けた試験では、それだけでなく写真には、書類、家族の写真、コーヒーカップ、事務用品でごちゃごちゃした事務机、壁には時計、絵画、カレンダーなどが貼り付けてあって、質問の前に一生懸命写真を見ていても質問を聞いてパッとは答えられないのだ。

人に教える・指導するときは、別にひっかけ問題を作ることはない。だから余計な情報やノイズのない、簡単明瞭なイラストで重要な箇所のみを示すことで用は足りる。
半田付けの作業を表すなら半田コテと部品、コテをもつ肘から先くらい図にすれば間に合う。作業者の必要外の部分まで、仮に足のほうまで描けば、必要以外の情報が多くなりすぎ説明図としては落第だ。
もし要領書に顔も描くなら、保護めがねの必要性とかマスク着用を示す必要がある場合だけだ。

教えるだけでなく、フィードバックをかけるには現状把握、サンプル/基準との比較が必要であり、そのためには具体的に差異を把握できなければならない。そのためには標準/基本をビジブルにしなければならず、必然的にビジュアルでなければならない。

注:visual:(形/名)視覚的なイメージ、視覚に応じた品目や要素

そんなことを考えると組立図に限らず、要領書や説明書とかカタログに載せる図は相当に重要だ。イメージだけなら市販されている写真で良いが、意味のある図を載せるなら意図することを明確に伝えられるものでなければならない。


ISO認証となると手順書(範疇語である)を作るのが定番の作業だ。だが手順書は文字で書くと決まっているわけではない。イラストであろうと写真であろうと、サンプルであろうと、ビデオでも良い。
手順を構築するには文字なりダイアグラムなりで考えるだろうが、手順書や要領書は可能な限りフローチャートとかイラストで示したほうが良さそうだ。

注:手順書(procedure)とは業務の手順を示すもので規定/規則などと呼ばれる。
要領書(instruction)は作業の手順を示すもので指示書などと呼ばれる。

作成する基準は、分かりやすく間違えにくいこと、もちろん必要十分な情報を盛り込むことだ。


実際に文書や決まりを作っていると判断に困ることもある。例えばあるものの文書のほとんどをフローチャートとかイラストなどで描いたが、ほんの少数は文章で記述したほうがわかりやすいというケースがある。そういう場合、全部図で描き切った方がいいのか、文章のものと図形主体のものがあっても良いか迷うこともある。
だが考えてみれば、一つの製品に使う部品だって部品図を描くものもあれば、購買仕様書に文字で書くものもあり、規格品を使うときは型番だけのこともある。あまり固定観念を持つことはない。


うそ800 本日のひとこと

教えるとは、生徒にあることを行う方法を分かりやすく伝えることだ。
そのために図を使うなら、図法や方向や断面図、線の太さなどいろいろ試行しなければならない。図法に従うとうまくいかないならポンチ絵などを試すことも大事だ。勝てば官軍、分かりやすければ成功である。CADを使い素晴らしい絵を描いても、見間違えればそこで試合終了です by 安西先生
水泳を教えるのに繰り返しやって見せ言葉を尽くして教えるより、生徒のビデオを撮りそれを見せて「足の動きが俺と違うだろう」で伝わるならそれが一番。


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