学ぶ・教える14・プッシュとプル

21.10.11

対語とは逆とか対象になるふたつの言葉である。「男」と「女」、「右」と「左」、そして「押す」と「引く」は対語である。もっとあげれば「オス」と「メス」も対語であるが、とりあえず今は関係ない。

「押す」と「引く」から思い浮かぶといえば……「押してもだめなら引いてみな」ということわざもあった。 押すと引く 思っている人には迫る💗だけでなく、ちょっと離れてみろということらしい。
水前寺清子は「おしてもだめならひいてみな♪」なんて歌を歌った。ググったら1968年の歌だった。年寄は昔のことしか覚えていない。

英語でもプッシュとプルを使った言葉は多々ある。二つ合わせたプッシュプルと聞くと何が思い浮かぶだろう?
ラジオ小僧だった私はPNPトランジスタとNPNトランジスタをつないだ増幅回路だ。今はどうか知らないが、1970年頃トランジスタを使ったオーディオ増幅回路はこれしかないという状態だった。
真空管時代はプッシュプルなんて聞いたことがない。

プッシュプルと聞いて、プッシュプル運転が頭に浮かべば鉄道ファンだ。
プッシュプル運転とは列車の両端に機関車をつなぎ、走行するときは進行方向の機関車が牽引する。後側になった機関車が押すことはあまりない。それは前後の運転がぴったり同期しないと脱線など起きるからだ。じゃあメリットは何かとなるが、進行方向を変えるとき列車全体を方向転換する必要がないから。だけどそれならプッシュプルでなく、プルプル運転だよね?
プッシュプル運転は機関車が動力を持たない貨物車や客車を引っ張るときに使われる。
新幹線や電車と呼ばれるものは複数の車両に動力装置があり、牽引されるのでなく四駆みたいに列車全体が主体的に動く。そして運転席が両方にあるから方向転換など無用である。

電車です電車です電車です電車です電車です

通常のメールは仕事に飽きたときとか、朝・休憩・昼休みなどにメールが来ているかな? とチェックしていた。
わざわざ人がするのは面倒ならメールソフトを設定すれば、一定時間ごとにメールサーバーに新しいメールの有無を確認する機能がある。でもそれはあくまでもパソコンからサーバーに取り(pull)に行くわけだ。

ニュース速報、地震警報などは、自動的に向こうから送り込んでくる。プッシュである。
地震速報なら必要だが、プッシュで送られてくるのはそればかりでない。商魂たくましく新製品宣伝とかキャンペーンのお知らせがじゃんじゃんとくる。家内のスマホには二三度買い物をしたネット通販会社から、ひっきりなしに宣伝広告がきて、そのたびに着信音がピンポン、ピンポンと鳴る。
家内は友達からLINEなどめったに来ないから、着信音が鳴るのを楽しみにしているようだ。

でも私はくだらない「ご案内」は好まない。着信音を消すのはできるが、スマホをONするたびたくさんの通知が表示されるとウヘーとなる。
それで困っているとブログに書いたら、先日あぐー豚様が着信そのものをOFFする方法を教えてくれた。今は快適である。

ビジネスにおいてプッシュ戦略とプル戦略という考えがある。メーカーが流通業者に対して積極的に売ってもらうアプローチをプッシュ戦略といい、宣伝広告に力を入れて直接消費者に製品を認知させて指名買いさせるのがプル戦略だ。


プッシュプル戦略

注:実践マネジメント講座より引用

このようにほどんどの場合、情報でもモノでも移動するには、押すプッシュ引くプルの二つの方法がある。


ならば当然、教える・学ぶにもプッシュとプルがある。
私は工業高校を出ると機械製図工として働いていたが、25歳のとき仕事が現場スタッフに替わった。
その会社では現場スタッフとは、製造部門にいて現場作業と設計や生産技術とのインターフェースとなる役割だ。具体的には、新機種導入時の生産準備、品質対策、生産性向上などを行う職。立ち位置としては現場管理者の参謀(staff)あるいは助手 or 補佐(assistant manager)である。

注:日本で課長(manager)の下の係長/掛長クラスを、assistant managerと訳すことが多いが、assistant managerの本来の意味はマネジャーの助手であり下級管理者ではない。下級管理者ならJunior managerで、監督者ならforemanである。
助教授(assistant professor)が准教授(associate professor)に呼称が替わったのは、教授の助手ではないという理由だ。

それまで製図工をしていたから、機械加工について一般的なことは知っていた。だけど現場には高校で習った汎用機はなく専用機ばかりだし、職場の仕事は機械加工だけでなく、刃物研磨もあり、塗装もあり塗料の調合もしていた。そういうことは習ったことがない。

注:「刃物」とは旋盤のバイトやフライスやドリルなどのこと。

更にその職場は、加工した部品と購入品などを組立てる作業もあった。だからエアドライバー、電動ドライバー、半田ごて、プラスチック溶着工具なども多い。


何も知らない私のために7歳上の方が指導者になった。指導者っていっても別にそういう制度があったわけでなく、異動したばかりだから少しの間 面倒を見てやれと課長に言われた程度のことだ。
実はその先輩も私の仕事をしていたわけではなく、同じ部署でも別の仕事をしていた。前任者は異動して既にいなかった。

メタルソー 異動した最初の数日は、現場を巡回して挨拶したり概要を覚えたり、現状のジグや刃物をながめて、どんなことをすればいいのか考えたりした。
だがすぐに現場から「○○を手配してくれ」とか「不良が出たから原因を調べろ」「部品納入が遅れている」「通い箱を作ってくれ」「今日パートが3人休んじゃったよ。誰か回してくれ」などなど…
ありとあらゆる問題や注文がどんどんと入ってきた。

えっ
数日前まで図面を書いていた人間にはどうしたらいいか分かりません。困りました。
でも何もしないわけにいきません。私も自分をアホとは思ってませんから、どうすべきか考えました。
「○○を手配……」なら過去に買ったことがあるはず。古い伝票をめくって、前回と同じものを手配する。仕様が分からなければ、前回買ったところに電話して聞く。
「不良が出た……」なら現場に行って寸法を測ったり、重さを測ったり、過去の製造条件から変化していないか調べる。製造条件記録がなければ記録をとるようルールを作り記録用紙を作り、現場に指導する。
「機械が故障した」なら設備保全部門を捕まえて現場に駆けつける。
「部品納入が遅れて…」なら代理店に電話してすぐにタクシーでもってこいと言ったり、まあ見よう見まねどころか、まったくの無知、白紙状態からの試行錯誤の日々。まさに宮沢賢治の「雨にも負けず」の「おろおろ歩き・みんなに木偶の坊と呼ばれ・ほめられもせず」を地でいくようなありさま。
そんな体験を小説もどきに書いたこともあります。

ひと月ふた月経てば技術的な問題はともかく、常識でわかる副資材の手配、部品納期、人の管理くらいはなんとか処理できるようになりました。
とはいえ失敗もしましたし途方に暮れることもありました。通い箱を作ったら現場から具合が悪いと文句を言われ、深夜ひとり、何十個もの段ボール箱を追加加工したりしていると涙が出ました。管理者には私のような助手がいますが、私には助手がいません。

何か月後か、指導者なる先輩と飲んだことがありました。先輩が言うには、私が一人前になるかどうか見ていた。一生懸命やっているから大丈夫だと思ったとのこと。
赤ちゃん オイオイ、それって指導じゃねえだろう
「赤ちゃんを見ていてください」と奥さんが買い物に行ったら、夫はじっと赤ちゃんを眺めていたなんて笑い話があります。それと同じく、先輩は見守っていたんじゃなくて、ただ眺めてただけじゃないか(怒)

放任主義なのか自主性尊重なのか、そういう育成方法(?)では非効率だし、後輩に力をつけることはできないんじゃないかなと思いました。
いやそれ以前に、先輩に指導する能力があるのか・やる気があるのか、それさえ分からない。


私の工業高校の同級生はパナソニックとかNECとか竹中工務店など一流企業に行ったのもいた。そういう連中の話を聞くと社内研修制度が整備されていて、やる気があるなら社内の夜学で、語学なら英語だけでなくフランス語その他が習えるとか、専門過程も教えてもらえると言っていた。
それらと比べると、私の勤め先は会社の規模も違うけど、会社全体でも職場でも、教えるのでなく自ら学べという雰囲気だった。

ともかく職場を移ったときは知らないことばかりだったが、いつしかなんとなくわかった気になった。そして10年後、私はその職場の管理者になっていた。オイ、大丈夫か?

立場が変わって、私は自分が困ったようなことを後輩にさせまいと思った。そして最初にしたことは、めったにないとか定まった方法がなく手順を定めていない仕事を文書化することだった。
部門費で手配するもののリスト、それぞれの仕様、調達先、調達に必要な日数、そんなインベントリーを作った。 そして発注点を決め、発注者を決め、責任の所在を決めた。

注:欧州で化学物質規制が流行った2010年頃、環境部門ではインベントリーという言葉が飛び交った。(同業者ならおわかりでしょう)
私はリストとインベントリーの違いがわからなかった。同僚に聞くと、タイトルだけあるのがリスト、インベントリーは目録という意味で、タイトルだけでなく仕様や分量なども記してあるものだという。
私がリストと呼んでいたものはインベントリーにあたるらしい。

それからジグや刃物の基準を決め、それぞれの設計基準を作った。どんな職場でもそこで使うジグや刃物の種類は多くはない。もし多ければ標準化が遅れている。主要なものについて設計基準を決めておけば、イレギュラーなものが発生しても応用問題だから解けるだろう。

もちろんジグや刃物の設計作業の標準時間を定めて、新機種導入時の負荷時間を算出した。
下期には新製品が何機種導入される。それにはジグ何点、刃物何点、その他云々必要になる。だから、あなたはその生産準備に○○時間かかるはずだ。だから○月には時間外はこれくらいを予定しておいてね、そういう管理をした。
決して部下が深夜に泣くようなことはさせないつもりだった。

品質問題については、不具合発生時の対応フローチャートを作った。その他、職場の固有技術についての伝承について技能者との話の場とか設定した。

そんなことをして成果がでたのかというと、それなりではあったが、問題があった。人が伸びないのだ。
私が見積もった時間ではできないといわれ、設計基準を作ったジグ以外は設計できないといわれ、現場から改善を頼まれるとアイデアがないという。「どうしたらいいか分かりません」なんて言われると私の方がどうしたらいいか分かりません。そんなことばかり発生した。
プッシュ教育、つまり指導者が手取り足取り教えては、教えられた人間は考えなくなるのだろうか?
もしかしたら私の指導者だった先輩こそが優秀な教師だったのだろうか

考え中
振り返ると、私は先輩から何も教えてもらえず右往左往した。もし先輩から手取り足取り教えてもらったなら、すぐに一人前になったのだろうか? 恐れ多くも管理者になれただろうか?
話に聞いた大企業の社内研修で外国語を勉強するより、独学のほうが良いのか?
だけど指導を受けず独学と試行錯誤というプルのみでは、学習効率が悪いだろう。いや上達することが保証されない。

いろいろ考えるとやはり、教えること……それは職務において必要な力量である……を明確にして、業務の手順書・テキストを文書化して整備する、そしてそれに基づき教育を行う方法があるべき姿だと私は考える。
プッシュかプルかでいえば、プッシュ教育である。企業としてはそうあるべきではなかろうか?

しかしそんなことを究める前に、私は大チョンボして管理者を解任され品質保証に遠島になり、更に流れてISO担当になった。


それから10年の時が流れ、私は新しい職場で環境監査の仕事に就いた。人生いろいろ、捨てる神あれば拾う神あり、人間万事塞翁が馬。
初めはその職場の先輩について監査をしていたが、どうもおかしい。先輩は項番順の聞き方であり、現場で現実を見ての監査ではない。お話を伺うとISO審査員のスタイルがあるべき姿と考えているようだ。
方法論もおかしいし、その監査結果にも報告書にも価値があるとは思えなかった。
しかし、監査が低レベルというのは会社を問わないようだ。これは面白い現象じゃないか?

注:私は項番順監査が悪いとは言わない。初回の監査/審査は項番順であるべきだ。二回目以降を項番順に行うのはアホである。(参考:内部監査をする

私は元々ISO9001のときから、項番順の監査は意味がないと考えていた。虚心坦懐に、現場で現物を見て現実を認識し、その結果帰納的にルールを守っているか否かを判断しなければならないはずだ。ルールを守っているかと質問して、相手の回答をもらっても無意味だ。ルールを守っているかを知りたくば、記録や行動を見て、ルールを守っているか否かを判断するしか方法がないだろう。

先代が引退し私の 天下 自由になると、監査の方法を変えた。プロセスアプローチである。そしてスタンスも上から目線でなく、相手と同じ目線にしただけでなく、相手の立場から見るようにした。
まず観察する。観察した結果ルール逸脱があれば、その理由があるはずだ。当事者はルールを知らないのか? 逸脱したら問題があるのか? ルールは適切なのか? 逸脱は許されないならそうなった原因にどう対応するべきなのか?

そのほか項番順でありがちな、質問のチェックリストにないとおかしな点を見逃しやすいことを積極的に見つけるようにした。いや会社のルールを暗記というか体得していれば、それに反するものがあれば、自然と目に入り耳に聞こるはずだ。
監査員教育なんてたいそうなことではない。被監査部門のルール、法規制、業界基準、常識を知っていること。もうひとつは目ざといこと。そのふたつを備えているなら立派な監査員になれる。
いやもう一つ重要なのは人間性だ。つまり心が広く、外交的で、適応性を持つこと、残念ながら私はこれらを持ち合わせていない。

注:上に述べたことはすべてISO19011:2018 7.2.2に記述されている。
私はエキセントリックな説を唱えていると思われているが、実はきわめてオーソドックスでありとっぴというか独創的な考えをしていない。
私が他と違うのは、口が悪い 歯に衣着せぬだけだ。

チェックリスト通り順番に聞くようでは監査/審査の最低ラインにも至らない。審査員であろうと、内部監査員であろうと、お金をもらうプロなら恥ずべきレベルだ。
私はそう考え、そう実行した。部下にも要求した。そして嫌われた。ただ被監査部門からは好かれたと認識している。


イギリス海軍では「艦長は何人艦長を育てたかで評価される」と本で読んだ。経営の本を読むと、管理者は教育者であるべしと書いてある。
ならば私は監査員を育てなければならない。私は監査員を何人、いやひとりでも育てたのか?

私は人の育成は不得手であると認識していた。それで最後の勤め先で引退する前に、以前勤めていた会社でしたことと同じことをした。
もちろん内部監査の会社規則はある。しかしそれは骨格だ。そこに書かれていない筋肉、神経系、循環系となる考え方や詳細手順を文書化した。監査計画の立て方、監査での判断の良い例、悪い例、原因対策など、そして監査報告書の書き方の手本、悪い例などなど。厚さ1センチ5ミリになった。両面だったから200ページはあったろう。

それを使って後輩数人に語って聞かせた。
これだけ資料を作り教えたのだから、私が始めたときよりはるかにアドバンテージがあるはずだ。あとは後輩たちの努力次第だ。
いやいや、そのときまでに私と一緒に数年間仕事していたわけで、そんなものいらないとも思える。

その後どうなったのか? 私は知らない。
そもそも監査員に力量を持たせるか否かは会社が決めること。私が決めることではない。
何事も収穫逓減の法則はある。事故や違反を防ごうとしてもゼロはあり得ない。少しでもゼロに近づけようとすれば費用が急増する。だから現実的には、経営的に期待水準/受け入れるリスクを定め、それを達することがベストなのだ。

笑っちゃうが、世のISO審査員は経営をしたことがないから、なんでも最高・最善があるべき姿と

😀

思っている人が多い。
致命的な事故や重大な違反は起こしちゃならない。だが完璧は不可能なのだから、許容できるリスクはとるという経営判断はあるのだ。いや、せざるを得ない。もちろんそれは環境に限らない。
ましてや問題があったり不祥事を起こした認証機関の審査員から言われたくはない。


ただいずれにしてもプッシュだけではだめだと思う。もちろんプルだけでもダメだ。
もちろんプッシュかプルかの二者択一ではない。どちらも重要で両方行わなければならない。そして状況によってふたつの重み付けは変わる。その割合は教える側の指導能力にもよるだろうし、教わる方の知識、意欲などさまざまな要素が関わるはずだ。
教える側としてはいろいろな手法を使い分ける必要がある。教わる側としては最低限、学ぶ意欲が必要だ。

学ぶ意欲がない者を切り捨てられるなら良いが、企業内教育や義務教育ではそうもいかない。人に教える・人から学ぶという作業において、生徒が修了できない責任は教師にあるとするのが一般的だ。指導者はつらいが、だからこそやりがいがあるのだ。


ところでここまでお読みになって理解されたか定かでないが……
私はここ「うそ800」に環境監査についてのさまざまな情報を上げている。それは少なくても認証機関や審査員研修機関の内部監査員講座よりははるかに中身があり、会社にそして社会に貢献する方法論だと私は確信する。
監査を良くしたいと考える人はここに取り(プル)に来てくれると信じる。


うそ800 本日の私

私は結構 向上心があり勉学に仕事にチャレンジしてきたと思う。そしてストイックに文句を言わず歯を食いしばってきたつもりだ。
その分この歳になれば、言いたい放題と怠惰な生活をしても許されるだろう……と思っている。


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外資社員様からお便りを頂きました(2021.10.11)
おばQさま
いつも書き物を読むと,おばQさまは教育者なのだなぁと感じ入ります。

>上から目線でなく、相手と同じ目線にしただけでなく、相手の立場から見るようにした。
素晴らしい,言われてみると当たり前のようで,自然に出来る人は少ないのです。
特に指導や上司という立場になると,立場に頼って教育や管理をする人は多く,立場を脇に置いて物事を見ることが出来る人は少ないのだと思います。

>管理者は教育者であるべしと書いてある。
これも真実ですね,とは言え私は怠け者で諦めが早いので,ある程度 教えて,駄目だとすぐに諦める事が多かったです。
特に,相手にやる気が無いと,無理に教えても無駄と終わりにしてしまう事が多いです。

>「艦長は何人艦長を育てたかで評価される」
耳が痛いですが,理由は判ります。部下の資質は千差万別。
だからこそ,それぞれに応じた指導を,諦めずに丁寧にできる人を評価するのでしょうね。
私の場合は,とりあえず,どの職場でも自分の後任を一人は育てていたので,それだけは,かろうじて合格ライン?
もちろんおばQさまのように,継続する力のない怠け者なのですが,出来る範囲くらいはやってきたと言えます。

勝海舟が大阪適塾に入りたくて行ったら,緒方洪庵から「君は江戸者だから辛抱が無くて駄目」と言われた事に妙に納得しています。 やっぱり都会モンの欠点で辛抱が無い,諦めが早いのです。

外資社員様 毎度コメントありがとうございます。
内部監査をすると、ものすごい権力を持ったような感じになる人もいます。私は気が小さいので、明日は我が身と思うとそんな態度はとれません。ただそれだけのことです。
自分は懇切丁寧に教えるから上手になってほしいのです。でも腕があるから教師になれるかというとそうではないようです。昔の剣術使いは論理的に体系的に教えなくても、弟子が素晴らしいものだと理解してくれるから良かったですね。
吉田松陰などどこまで真実かわかりませんが、牢に入れられたらあっというまに囚人の尊敬を集めたとか、わけわかりません。そんな手品みたいなものがあるなら知りたいです。


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