学ぶ・教える17・述部

21.10.21

前回は話があちこちとんだ上に、長いだけでまとまりもなく終わってしまった。とはいえそれはいつものことか。
実用日本語はどうあるべきかというのは大きな課題だから範囲を狭くして、日常のコミュニケーション、いや更に絞って教えたり学んだりする上で、分かりやすく誤解しにくい言い回しはどうあるべきか考える。今回は述部に限定して考える。
教室あるいは現場において知識、情報を明瞭に伝えるには述部をどう書けば・話せば良いかということだ。
前回はあまりにも長すぎたので、今回は4,000いや3,500文字くらいで止めることを目標にしよう。


読み手に勘違いしてほしくない文章は何だろう? あるいはそう思って書いている人は誰だろう。
すべての文章も書き手もそうだといってはいけない。保険会社の約款、旅行会社の旅行条件、アパートの賃貸契約、どれもが利用客に分かりにくくあるいは勘違いしやすいように書いている……と思っている私はひねくれものだろうか?

10年ほど前、私が病気になって入院した時、契約している生命保険に入院一日いくらお支払いというのがあったのを思い出して申請したら、契約書に適用外と書いてあると言われて結局パーであった。
ルーペ 契約書を引っ張り出して見れば文字高さ2ミリそこそこで、老眼になりかけの目では読むのが困難である。まさに悪魔が書いているとしか思えない。
おっと私は努力しない人間ではない。私の机上にはルーペを置いていて、細かい字はルーペで見ている。
文字高さはともかく、契約書約款のたぐいはわざと読みにくく分かりにくくしていると私は思う。

ちなみに
保険の法定要件は8ポイント以上の文字となっている(注1)。だが8ポイントとは文字高さが2.8ミリである。老眼鏡ではきつい。ルーペでないと苦しい。なぜもっと大きくしないのか? 文字高さを5割増ししてもお金がかかるはずはない。
公文書は10.5ポイント(3.7mm)が多かったが、今は12ポイント(4.2mm)になっているようだ。民が官に提出する書類は、12ポイントから14ポイント(4.9mm)指定が多い。
14ポイントでは大きすぎる気がするが、12ポイントなら適切だと思う。私の所属する老人クラブでは配布資料は12ポイントにしている。


もちろんお客さんに分かりやすく勘違いしにくいように書いてある文章も多い。私が結構考えているなと思っているのは、技術評論社で出している各社のスマホの取扱説明本である。
本来なら買ったスマホに取扱説明書が付いているのが当然だろう。実際に携帯電話の時代は携帯電話本体の倍とか3倍の体積の取扱説明本が付いていた。

スマホ しかし携帯電話からスマホに変わってからは、付属している取説は本ではなく数枚の紙を綴じたものとか、ひどいものになるとA3くらいの紙に印刷して折りたたんだもの1枚というのもある。製品に取説を添付することという法的な規制はないのだろうか? (注2)
ともかくスマホに取扱説明書が添付されていないために、技術評論社が機種対応の取扱説明本を発行しそれが売れているという実態がある。取扱説明書を発行するサードパーティのために詳しい取扱説明書を付属しないのだろうか?

スマホの取扱説明書がなくなった(もしくは非常に簡易なものになった)ことの理由は聞いている。

  1. アップルがiPhoneは直感的に使えるように作ったから取説は不要と廃止して、それがスマホのデフォとなった。
  2. スマホの使い方が多様で取説が膨大となり、全部を読む人がいない
  3. ソフトウェアを変更することが多く、バージョンアップやバグ修正により、初期の表示や使い方が変わることが多い。

だが現実に技術評論社が各社のスマホ全機種の取扱説明本を発行し、それが売れているという事実がある。まして店頭にあるそのシリーズで一番多いのはiPhoneであるということをみれば、スティーブ・ジョブズの思惑は完ぺきに外れた証である。
、ジョブス、文句あるなら墓から出てこい
上記二番目も三番目も理由にならないことは、毎年新機種が出るたびに取説本が出され売れているということで否定される。
更に今 販売店で質問すると有料というところもある。取説を廃止するならオンラインでの相談窓口を整備するなど努めるべきだろう。
我々は消費者である。知る権利はどこにいってしまったのか?

私はスマホを、直感で使えるほど賢くないし、カットアンドトライにチャレンジするほど忍耐強くない。それで機種変をすると毎回 技術評論社の取扱説明本を買っている。細かいこととかイレギュラーなことは書いてないが、基本的な使い方はこれで間に合う。
スマホの使い方など皆同じだと言われるかもしれないが……違うのだよ。
2021年の夏にスマホを変えたら、OSがアンドロイドのバージョンが11となっている。それまでバージョン8のスマホを使っていたが、アプリの終了方法が変わっていた。いったん聞けばそれまでだが、知らないとどうしたものかと途方に暮れる。
おっと、話がそれる一方だ。3,500文字の約束はもう無理みたい……

技術評論社の本(注3)を読むと、述部の表現はすべて統一されている。
目をつぶって本をパット開いてみよう。絵や写真が多いが、見開き2ページには10以上のセンテンスがある。それら文末はどうだろう?
「します」、「できます」、「替わります」、「あります」、「戻ります」、「可能です」がほとんどを占める。190ページの本の30ページくらい見たが、これ以外の述部はまずない。
特筆することに「できません」と二重否定は1個もなかった。

述部の種類がこれしかなくてスマホの使い方を説明しているということは、我々が話したり文章を書くときもできるはずだ。
著者が技術評論社 編集部となっている。複数の人が書いているはずだから、事前に使用する用語とか述部をどうするか決めていて、それ以外しないようにしているのだろう。立派なことだと思う。


こればかりでは心もとない。私の後ろの本棚から取説をいくつか見てみよう。

Canonのプリンター(注4)の取説を手に取った。
パラパラと見ると章によって「ですます調」と「である調」がある。両方あるページもある。これは要改善だ。

おっと今書いている文もそうだが、私の文は「ですます調」と「である調」が混在している。だがこれは意図してやっている。講義とか現場で指導するときの口調そのまま書いている。その方が読んですぐに理解できるかなという思いがある。まさか私は教科書を書いているつもりはない。私は自分が話しているままにワープロを叩いている。言文一致である。

ともあれCanonプリンターの取説を見ても、文体に揺らぎはあるが、述部の種類は多くはなく、「ある」、「する」、「します」、「ください」、「です」などやはり5〜6種類くらいしかない。


もう一冊と、やはり技術評論社の「HTML5 & CSS3」(注5)という本を見たが、こちらも述部は6種類くらいしかなく、文体は「ですます調」に統一されている。
文体が異なるのは著者も違うからだろう。一冊統一されていればおかしくはない。


なお上記3件いずれにも、二重否定はもちろん否定形もなかった。当然といえば当然だが、素晴らしいことだ。
一般に二重否定は使うなと言われる。説明するまでもなく、分かりにくい、誤解しやすいからだ。そもそも二重否定を使うのは、責任の所在をあいまいにするためか難しく話すのが好きな人くらいだろう。論理回路でもなければnot回路を重ねるのはいけない。

ちなみに
論理回路でNANDが多用されるのは、NANDさえあればNOT、AND、ORなどを組めるからだ。そしてNAND回路を多用してもわかりにくいと文句を言う素子もなく、勘違いする素子もないからだよ。

それから指導するときは否定形や禁止文を使うなと言われる。
「こうはしないのだ」とか「あれをしちゃいけない」と言われてうれしいか? わかりやすいか?
「しないこと」や「してはいけないこと」を教えてもらうよりも、「すること」と「してよいこと」を教えてもらったほうが直接的で有用だ。

「インクをセットするとき印を奥にしてはいけません」より、「印を手前にしてインクをセットします」の方が操作ははっきりわかる。
逆にしたらセットできないように設計しろというのも正論だが、取扱説明の書き方も正しい方法にすべきなのは言うまでもない。


ともかく文体の統一はともかく、否定形、禁止形を使わず、述部の表現は5〜6種類あれば十分であることが経験的に分かる。
前回も述べたが、法律の文章は述部が次の8種類で法律の文章の9割をカバーしている。

こちらには否定文も禁止文もあるが、文の性格からそれは当然だ。

以上のことから我々は話すときも文章でも、述部を6種類くらいで収めることができるはずだ。
でも述部はそれを使おうと心で思っていても、キーボードを叩いているとついつい普段の口調がでてしまい、自分のルールを破り勝ちだ。そのためにルール遵守のために、ワープロに述部を単語登録しておく。「します」で「します。」、「しませ」で「しません。」というふうに登録しておくと早く打てるしルールから逸脱しない。

ここまで来て気が付いたのだが、私がなぜ述部を決まった形にすることを語っているかおわかりいただけただろうか?
単に標準化したほうがいいということではない。述部が決まっていれば、文章あるいは話がどういうことか理解できるからだ。
かな漢字変換で「します」なら「します。」、「しませ」なら「しません。」と変換するように、述部の頭を聞けば最後まで間違いなく分かってしまうというメリットがあるからだ。
文章を書いた人が二重否定が大好きとか、述部が多種多様の言い回しをするなら、読者は最後まで一字一句聞き漏らさず、読み漏らさないように注意力を100%維持しなければならない。それは疲れるし、ミスが多くなる。
だから少しでも読者、聞き手の緊張をゆるめて負荷を減らし、伝達ミスを減らすために、文章や話を単純明快に定型化しなければならないのだ。
ちょっと違うが、英語の場合否定は初めに来るので、最後まで聞かなくても分かるのが良い。日本語の語順を変えなくても文章を書く人が少し注意すれば誤解・勘違いは大幅に減る。

読みやすく
絵でも文字でも明瞭であれば作業
者は安心して仕事ができ、能率も
上がる。
「(文書は)読みやすく」というのはISO9001の初版から2015年版まで一貫した要求事項である。
それと同じく「文章も音声も明瞭であること」は当然だ。


いやいや文末を5〜6種類では表せないよ……そうおっしゃる人もいるかもしれない。
でもあなたのお仕事は、それほど複雑な作業があるのでしょうか?

サーブリックなんて聞いたことありますか? サーブリッグと呼ぶ人もいる。
100年前にアメリカで、フランク・ガルブレスと嫁さんのリリアン・ガルブレスが作業改善の研究をした。ちなみにサーブリックとはギルブレス(Gilbreth)の苗字を逆につづったものだそうだ。
彼らがレンガ積み作業を調べた結果16種の要素があるとした。のちに18種になったというがその種類は次のようだった。

探す、見出す、選ぶ、つかむ、つかみ続ける、運ぶ、延ばす、位置を決める、組立てる、使用する、分解する、調べる、用意する、放す、避けられない遅れ、避けられる遅れ、考える、休む

もちろん、対象となる仕事によって動作は変わるだろう。しかし動作が何十種類もあるはずはない。
もしなにものかを作るのに一人で何十種類もの動作をするなら、実際には作業をいくつかに小分けして行うだろう。
見方を変えると、それほどの多様な仕事であれば口頭で教えたり見て覚えることは困難だ。長年徒弟をして体で覚えるとか、分厚いマニュアルを見ながら仕事をするのではないだろうか。

ずっと昔のこと、飛行機組立工場を見学していたら、作業者が分厚いドキュメントを見ながら作業していた。また実施したことをチェックリストに書き込んでいたようだ。非常に重要な仕事であれば記憶を頼りに仕事するのではなく一工程ごとに読んで実行するほうが管理者も実施者も客も安心するだろう。その分手間賃が高くなるのも必然だ。


昔、北欧スウェーデンの自動車会社は少人数で完成まで組み立てるとテレビで観たことがある。だが彼らは板金加工も機械加工も塗装も溶接もしているわけではない。していることは組み立てだけ。部品をねじ締めする、パッキンを取り付けるなどの仕事に限定され、動作の種類としては5〜6種類だったように思う。

1980年頃、日本でジョブエンラージメント(job enlargement)なんてのが流行った。ジョブエンラージメントとは文字通りジョブを広げる、つまり今まで何人かで流れ作業をしていたのをひとりで全行程する。もちろん何人もでしていた仕事量をひとりでできるわけがない。流れ作業をしていた人が皆同じく多工程持ちの仕事をするわけだ。
そうすることにより単純作業から脱却し、仕事への意欲を取り戻すんだそうだ。いや深い意味はなく、単に北欧の自動車組立ての真似かもしれない。

それを行っている会社を見学したことがあるが、動作の種類は少なく使う工具も少ない。増えたのは一人が持つ部品数だけだ。そもそも工具の持ち替え時間などを考慮すると、一人で製品のねじ全部を締めたほうが効率が良く、流れ作業にしていたのが誤りだったのかもしれない(笑)

ところでアメリカのGoogleでみるとジョブエンラージメントは良い意味ではない。
Job enrichment means improvement, or an increase with the help of upgrading and development, whereas job enlargement means to add more duties, and an increased workload.(注6)
ジョブエンリッチメントは改善、または手順の見直しや仕組みの改革による増強を意味するが、ジョブエンラージメントはより多くの責任と負荷を増加させることを意味する。
日本に入ってきたとき誤訳だったのか、日本で解釈が変わったのか? まあ40年も前のことだ。


スマホを操作するときの動作を思い浮かべると、
(スイッチを)押す、タップする、ダブルタップ、スワイプする、フリックする、ピンチイン、ピンチアウト、 スマホ使いこなそうぜ 二つ同時に押す(プリントスクリーンなど)都合8種類だ。指一本で操作しようとすると種類が多くなるのだろう。

キーボードとマウスを使う場合は、キーを押す、二つのキーを同時に押す(Ctl+α)、マウスを動かす、左クリック、右クリック、クリックしてドラッグと6種類でスマホより少ない。しかしキーボードのキーは100個もあるし、マウスを動かす場所も食う。似たようなものだ。


このように考えると動作や思考を、言葉でも文章でも表現する述部を限定することは容易にできることがわかる。
おっと、文末がすべて「する」では単調だとか情緒がないと言ってはいけない。前述したがスマホの取扱説明本でもプリンターの取扱説明書でも、「する」「する」「する」がスルスル……と続いている。そして実用文すなわち必要な情報を最小の文字数で正しく伝えるためにおいて、そんなことを気にする人はいないだろう。

また文章の中で同じ言葉が並ぶと気になる人がいる。

…プリンターの電源スイッチをONしてくださ…
…イルのタブをマウスの左ボタンでクリックし…
…あるところをマウスの左ボタンでクリックし…
…ンターに用紙が入っていることを確認してス…

上表のように同じ言葉が並んでいると、見た目が悪いとか変化に乏しく単調だからと気をきかせて、和歌で変体かなを使う感じで単語を変えるとか漢字を平かなに変えるなんてアホなことをしてはいけない。
同じ単語が並んでも気にしてはいけない、というか気にすることなどない。


本日は述部を決めて文章を書くことができることを知った。あなたが話すとき、書くとき、分かりやすく誤解されないためにはそれを実践することが望ましい。
 いつから
 今から


うそ800 本日の反省

冒頭で3,500字に収めると語ったが、約束は果たせなかった。
今回は6,500字をわずかに超えた。今回の文を原稿用紙に書くと25枚になる。黙読で25分、通勤時間と始業前では読み終わりそうにない。

注:上記の原稿用紙枚数は私の書いた改行、レイアウトで算出した。
普通、応募小説の場合は400字詰め原稿用紙1枚を170字くらいに計算するらしい。もっとも最近ではワープロソフトで書くので○○文字という表現もある。


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注1
金融庁ウェブサイト 保険監督上の評価項目

注2
(公社)全国家庭電気製品公正取引協議会というのがあり、そこで「家庭電気製品製造業における表示に関する公正競争規約及び施行規則」を定めており、「取扱説明書の必要表示事項」として「(4) 主要部分の名称、働き及び操作方法」としかない。具体的に何を書かねばならないかは定めてないようだ。

注3
「Xperia AceUスマートガイド」、技術評論社編集部、技術評論社、2021

注4
Canon PIXUS TS 6030、2016年購入

注5
「HTML & CSS3」、森 史憲 他、技術評論社、2018

注6
Human resource management
Job Enlargement





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