学ぶ・教える18・言葉の意味

21.10.25

私たちは日々新しいことに出会う。新しいことというと、ピンと来ないかもしれない。知らないことを知ることや、したことがないことをすることと言い換えよう。
仕事が変わる、新しい料理を作る、新しい趣味を始める、スマホを買いかえる、新しいアプリを使う、引っ越す、そういうことはチャレンジであり勉強だと私は思う。


新しいことをすると多くの場合、新しい言葉がどんどん出てくる。プラモデルを作るにも60年前の経験しかない私が知らない道具、手法、塗料などたくさんある。
わかんねえぞ パソコンが不調でネットをググっても、パソコンの設定を変える手順や、調整方法などが一発で分かったことなどない。指定されている画面(ウィンドウ)までたどれないことも多いし、やっとたどりついてもそこに書かれている言葉の意味が分からない。
みなさんはそういう経験がないだろうか? 書いてある言葉が理解できるだろうか?

家電品はともかく、ソフトやパソコンの周辺機器の取扱説明書を読んでいつも思うのは、初めて出てきた言葉の説明はどこに書いてあるのかということだ。言葉の意味、定義といってもよい。
「○○を△△してください」とあっても、○○が分からないし、△△も分からない。分からないことが二つあると理解できるなんて、マイナスの掛け算のようなことは絶対にない。分からないの二乗はますます分からい。

研究なら分からないことが楽しみであり飯のタネだろう。でもなすべき目的があり、その目的を達するための道具や方法である。その道具の取扱いや方法が分からないのは困る。それは楽しみでなくフラストレーションでしかない。


新しいことを始めるとわからない言葉とどんどん接するが、スタート時にそれらの言葉の意味・定義を教えてもらえることはあまりない。
ちょっと違うが、我が愛しきISO規格もまともに読んだだけでは理解できないこともある。「考慮する」という言葉が出てくるが、「考慮する」とはどういうことなのだろうか? おっと「考慮に入れる」というのもある。その使い分けを2004年改定のときISOTC委員が解説本で講釈を語っていたが、規格を読むだけでなく解説本を買わないと理解できないとはおかしなことである。
そもそも普通の国語辞典に載っていない言い回しを理解しろなんて、無理・無駄・無用というしかない。
英文の意味をしっかりと分かりやすく和訳してくれよ。いや、和訳できないのなら「英文を参照願います」とでも書いてもらったほうがベターだ。

もうひとつ例を挙げる。
初めて水泳を習ったとき、コーチが「グライドキックしろ」という。グライドキックとはなにかとコーチに聞くと、手を動かさないでキックをすることだという。
疑い深い私はほかのコーチに聞いてみた。すると、けのびの体勢でキックすることだという。更にネットを見たらビート板を使わないで手を伸ばしてするキックの練習法とか、けのびの姿勢でキックすることとかある。手を伸ばすのとけのびの姿勢は同じといえば同じかもしれない。
英英辞典にはグライドキックという熟語の解説がない。アメリカのGoogleでヒットした文章を見ても、Glide kickというものがあるのでなく、gliding kickとかglide and kickとか、要するに熟語というより単にひとつの文章の中に双方が使われているだけのようだ。そして単にキックして伸びる(進む)こと、あるいはそういう練習という意味でしかないようだ。
ならばグライドキックという言葉を使わずに、単にキックの練習をしろではおかしいのだろうか?
ともかくよく聞く言葉だけど、その意味あいよく分からない。


会社で新人が配属されたら仕事の前に、知らなければならないことはたくさんある。同僚の名前もあるしトイレや喫煙室のありかも知らなければならない。そして職制も知らないとならない。
電話をとれるようになって、新人はやっとスタート台に立てる。電話なんて誰でも取れるわけではない。聞いた言葉が意味を持つようにならないと文字通りお手上げだ。

電話を取ると「『えいいち』お願いします」と言われたらどうするか?
会社なら「えいいち」は人名でなく「営業1課」かもしれない。書類の差出人が「本人」と書いてあっても、本人が出したのではなくは本社人事部の略称だったりする。
部門の略称が正式に決まっているならそれを覚えればよいが、仲間内で使っているだけかもしれない。まずは先輩に聞いて教えてもらわなければならない。

部門の呼び名だけでなく、部品・材料・作業などそこの人たちだけの言葉…いわば方言…を使うことが多い。 無関係の人がきたとき、周りが気を遣わずに<方言>で話し合っていては失礼極まる。


問題だ、問題だと語ってもしょうがない。教える立場であれば、その仕事や趣味で使う言葉の意味を、よく教えなければならない。その言葉がどの範囲まで通用するかも教える必要がある。その部署だけか、社内では通用するのか、業界内なら通用するのか、JIS用語なのか、
知っているなら発祥とか由来を教えれば理解が深まるだろう。

ノギス 例を挙げる。ノギスなんて誰でも知っているだろう。
ノギスはJIS用語にもなっているが、その語源はご存じだろうか?
ノギスがどのような経過でノギスと呼ばれるようになったか、調べてみてほしい。


スコヤだよ♪

スコヤもJIS用語になっているが、これは英語のsquare(正方形、四角いエリア)を日本人が聞いた音が元だ。ならば新人に教えるとき、これは英語のスクエアが訛ったんだと言ったほうが覚えやすく忘れない。

現場には俗語とか訛ったり、省略して頭だけ呼ぶとか、略語とかいろいろある。そういうことを教えるのは重要だ。
マテハン、オシャカ、コンパネ、バカヨケ…などなど。RC構造は知っていても、ただ単に「あーるしー」と聞くと、「森の中♪🐻熊さんに〜」が耳に聞こえてくる。
新人にしっかりと正式名称、職場での呼び方、由来などを教えれば、新人は自信をもってその呼び名を使える。それが自信をもって仕事ができるようになる第一歩だ。

また業種や仕事によって使われる言葉も意味も変わる。ある分野では<継続審査>が不合格の意味だったり、他の部門では<指摘>が不合格だったりする。<妥当>と言われてなんだ?と思ったら、合格の意味だったりする。

私もいろいろ仕事を変わったが、その職場で使われている言葉の本来の意味とか由来を、その職場の人たちが知らないことはたびたびあった。そういう言葉の起こりは、外国語由来とか、頭文字だけつないだもの、同音異義字に変えたり、さまざまだ。珍しいのは、昔その職場にいた人が出身地の方言で呼んでいたのが、そのままその職場に定着したものだった。
始まりはどうあれ、いつしかそういう専門語があると思われるようになる。


私は異動した職場の人たちはみなベテランで、使っている言葉は正統なものと思っていたが、現実にはそのようなことはめったになく、耳で覚えた言葉を見よう見まねで使い、知ったつもりというケースが多かった。

だがそれを不勉強とか向上心がないと断じるつもりもない。教育する側がしっかり教えなかったことが問題だと思う。新人を悩ませないこと、自分の言葉使い(礼儀作法という意味ではない)に自信を持たせること、自分の仕事に自信を持たせること、そういう教育をしなければならない。
もちろん教える人自身が知らなければならない。


昔、講師三倍学なんてアホなことを書いたことがある。
果し合い 梶原一騎のマンガに、剣道は長い武器を使うから、柔道や空手なら段位が三倍でないと剣道と対等に戦えないと登場人物に語らせていた。
  つまり剣道初段=柔道三段
もちろん真剣勝負でだよ。竹刀を手でつかむようなことができるならまた別だ。
私は武道などやったことがないから、本当かどうか分からない。
だが物事を指導することにおいては教えることの3倍の知識がなければ教えることはできないと思っている。それを講師三倍学と言った。

ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」という小説がある。主人公マヌエルは登場人物デ・ラ・パス教授(本当の教授ではなく学があるからそう呼ばれていた)を、前日に勉強してマヌエルに教えてお金を取っていたと批判する。すると教授はお前に教えるだけの知識は得ていたのだという。
10年前に知識を得ても、前夜に知識を得ても同じだ。それにきっとデ・ラ・パス教授は頭が良かったのだろう。


教える立場の人は、用語や行動の基本的なことを、最初の最初に教えなければならない。それがその後の行動に大きな影響を与える。
だから指導者になる人は教えることについて、十二分に理解していなければならない。

当たり前のことじゃないかって
当たり前といえば当たり前ですが、振り返ってみてください。
あなたが何かを指導するときに使う言葉は国語辞典に載っていますか?
載っていない言葉は、これはこういう意味だと教えていますか?
あなたがマニュアルや手順書を書くとき、使う言葉は国語辞典に載っていますか?
辞書に載っていない言葉は定義あるいは説明を記述していますか?

更にときどき自分が語っている言葉を理解しているか確認する必要があります。
そういう教え方をする人や本は、あまりないようです。


うそ800 本日の疑問

私は自分がした苦労は他人にはさせたくないと考えた。だから自分が困ったことは困らないようにした。でも成果が出なかったのはどうしてだろう?
人徳なんて言われるとそれまでだが……

とりあえず今回は3,500字に収まった、ホッと一息


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