ISO第3世代 10.アメリア研修計画

22.08.18

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。


ISO 3Gとは

アメリアが広報部への応援から戻ってきたが、その後彼女が何をしているのか磯原は知らない。何しろこの職場は一人ひとり仕事が全く違い、情報共有する意味もなくお互いに助け合うこともできない。
もちろん講習会などイベントをする際は、会場設営とか運営を手伝うこともあるが、廃棄物の削減は廃棄物担当者の仕事であり省エネ担当者が関わることは全くない。また業界団体には環境部署があり種々の活動をしているが、これまた代理出席してもお役に立てないから当然しない。


ある日、朝一番に鈴木課長から打ち合わせだと呼ばれた。会議室に入ると、鈴木課長だけでなく山内参与とアメリアがいる。

鈴木課長 「山内さん、私はこれで……」

山内参与 「オイオイ、施設管理課は君が管理しなくてよいのか?」

鈴木課長は何も応えずに部屋から出てしまった。磯原はわけがわからない。
山内参与は苦笑いしながら話を始める。

山内参与 「ええと、ここにいるアメリアさん、本来なら吉本さんと苗字を呼ぶのだろうが、なぜか女性は名前で呼ぶ人が多いね。
アメリアさんは環境部門のお仕事の研修のため来ているのだが、どうも体系的な研修計画がないようだ。(苦笑)これからアメリアさんのチューターを磯原君に頼みたい」

アメリア 「磯原さん、よろしくお願いいたします」

磯原 「はあ?、ご指名とあれば……しかし研修計画がないとおっしゃいますと? というかアメリアさんの研修責任は鈴木課長ではないのですか、まあ先ほどの様子では……」

山内参与 「アメリアは今まで向こうでは……と言っても半年くらいらしいが、我が社のアメリカ拠点事務所で広報を担当していたという。
今年アメリカにある複数の工場と販売会社をまとめて、スラッシュ電機アメリカという一つの法人に再編成することになったのは知っているね。アメリアは新しい会社の環境部門でアシスタントマネージャーになる予定で、広報をするにも工場などの環境管理を知っておかねばならない。向こうの工場や営業の実態を知ることも必要だが、こちらの環境部門がどんな仕事をしているのかを知るのが今回の研修の目的だ。

既にこちらに来て4か月経つがCSRレポート編集だけで過ぎてしまった。私も気にしていたが受入責任者の本部長も心配している。あと8か月弱で一通り研修していかねばならん。ということで私に回ってきた」

磯原 「なるほど、それは大変ですね。ええと学ぶべき範囲はどうなりますか? 私はエネルギー管理ですが、環境部門のお仕事となれば、エネルギー管理、廃棄物とリサイクル、環境施設と公害防止…とここまでは施設管理課で対応できます。

しかしその他にも多々ありまして、広報はともかく、化学物質管理、環境配慮設計、負の遺産対策、環境マネジメントシステムなどあります。それらは別部門ですからどうするか考えないといけません。
環境配慮設計なんていいますと、製品ごとに事業本部が異なります……これは環境本部を解体した欠点でしょうか。ともかく真面目にやろうとしたら、8か月では難しいでしょうね」

注:環境部門の仕事をどのように分けているかは企業によって全く違う。そもそも環境のお仕事とは製造や営業と全く違い、企業の本来業務でなく支援業務だ。環境関連業務をまとめて一部門にすることも可能だろうし、 感染性廃棄物 それぞれの業務の中で行うことも可能である。
例えば廃棄物処理を考えると、工場全体を一つの部門がまとめて処理することも可能だし、それぞれの部門がそこで発生した廃棄物を処理することもできる。工場として廃棄物をまとめて処理していても、診療所とか特殊な廃棄物は発生部門が処理委託することもある。
環境配慮設計など環境部門が手法や標準化を環境部門が担当するのは黎明期ならともかく、職務分掌からは設計部門が行うのが筋だ。

山内参与 「磯原君とは本社のISO14001の維持審査のことを話したことがあったっけ?」

磯原 「環境の全社目標と工場の目標の矛盾の一件のときに、山内さんからISOの審査で問題ないようにしたいと指示をいただきました。もっともあのときの趣旨は、ISOで提示するものを当社の環境計画と一致させることであって、審査の話ではなかったと思います」

山内参与 「ああ、そうだね。それで本社のISO14001審査の準備はどうなんだ?」

磯原 「鈴木課長からは担当するよう言われております。ええと審査の予定は11月だと思います。あと三月ありますので、今月中に日程を調整するつもりでした。鈴木課長と打ち合わせてと考えていました。
とりあえず一番の問題は、えらいさんの日程を抑える必要があります。どなたをいつ何時間拘束しなければならないのかまだ調べておりません」

山内参与 「うーん、少し遅れ気味かな? まあまだ時間がある、なんとかなるだろう。
審査対応に関しては俺もいろいろ意見がある。昨年と同様に審査員の要望通りではまずいと考えている。
おっと、今その話をしてはアメリアの研修から離れてしまうが……」

アメリア 「アメリカ本社でもISO14001を検討しようかという話もあります。磯原さんがこれから審査対応されるなら情報共有したいです」

磯原 「私がISO審査担当のわけですから、もしアメリアさんがISO審査についても研修するならもちろんよろしいでしょうし、そのように計画します。
研修計画のことに戻りますが、施設管理課担当のものは内部で計画できますが、施設管理課が担当していない環境関連業務をどうするかですが……」

山内参与 「押し詰まってから磯原君に丸投げして申し訳ないが、それについても計画策定を頼めるか?
先ほど磯原君が上げたほかに、オフィスの環境管理も加えたい。これはこれからISO審査対応の準備で本社や支社を何度も訪問するだろう。そのとき環境管理体制や文書と記録そして目標管理と内部監査……おお、内部監査もしてもらうか、もちろん主体でなく同席してもらえば状況を知るには十分だろう。

そうそう、公害対応の教育なら施設管理課内でできると言ったが、実際の現場は工場に出向いて見るだろうから、そのとき環境配慮設計とか化学物質管理状況も一緒に見られるだろう。うーん、家電事業部の工場は関東近辺にいくつもあるから近いし良いんじゃないか。工場で環境施設を見ると同時に環境配慮設計とか工場に解説してもらうということにしようや」

磯原 「廃棄物管理といっても日本独自というわけでなく、例えばマニフェストは元々アメリカの制度を真似て作られたわけで、わざわざこちらで教えるほどのことではないかもしれません(注1)

山内参与 「そういっちゃほとんどの公害防止施設は向こうから来たものだ」

アメリア 「アメリカでも各工場の実地見学はするつもりです。こちらはこちらの状況を拝見したいので全場所ということでなく、最低でもいろいろな環境施設を一通り見学するようお願いしたいです」

磯原 「明日にでも施設管理課内部で打合せて荒い計画を作りますから、それにコメントいただけますか。もちろん家電事業部とも調整をします。
ただエネルギー管理については、正直言って工場で使われるエネルギーが日本とアメリカでは大違いなのですよ。工場省エネといっても全く違いますからね」

山内参与 「そうだな、我々にとっては省エネとはイコール節電だが、アメリカでは電気より蒸気の利用が多いそうだね(注2)

磯原 「その本社のISO審査についてですが、まず私は引継ぎをしておらず過去何をしていたのかまったく分かりません。サーバーを探って前回の準備や審査の記録を見つけましたので、それを基に準備しようと考えていました。
先ほどの山内さんのお話ではスタートが遅いとのこと。それに山内さんが前回の方法に異論があるようですので、そういった情報をいただきたいのですが」

山内参与 「俺もISO審査なんて関わったのはここに来てからで、まして管理責任者をやれと言われたのは昨年の審査直前だった。だから審査を受けた経験は一度しかない。今でも俺は名目は管理責任者なんだ」

磯原 「えっ、それじゃ審査対応の中心人物ではないですか。初めから山内さんにISO審査の準備をお伺いしたらよかったのですね」

山内参与 「いやいや、俺が管理責任者になったときISO14001担当から何も勉強することはないから、審査のとき出席していればよいと言われただけだ」

アメリア 「ISO審査の本社組織の経営者ってどなたですか?」

山内参与 「マニュアルで経営者とされているのは大川常務だ。まさか社長を引っ張り出すわけにはいかない。
他社を調べたが全社まとめてとか本社を認証しているところで、社長を経営者にしているところは大会社ではないらしい。多くは環境担当取締役とか委員会設置会社なら環境担当執行役を経営者にしているようだ。執行役員を経営者にしても文句は言われないだろうけど。というか、トップマネジメントに誰が良くて誰なら悪いとかあるのか?」

注:執行役、取締役、監査役は会社法/施行規則で定める役員である。他方、執行役員は法で定められた用語ではなく社内呼称である。役員は雇用者であるが、執行役員は従業員である。

山内参与 「規格の読み方だがトップマネジメントとは最高経営者または経営層のことだから、社長に限らず取締役会/執行役会そのものあるいはそのメンバーを、トップマネジメントと考えてよいよな、アメリア」

アメリア 「概念としてはよろしいと思います」

山内参与 「概念としてはか……アメリアは日本的なあいまいな言い回しが上手だ。
次にrepresentativeの意味合いだが、辞書では代表者とも代理者とも訳されている。日本では代表と代理では意味が違うが、英英辞典では代表者であり日本語の代理者という意味ではない。つまりrepresentativeとは、企業なら社長、労働組合なら委員長、有権者の代表が議員であることは自明だ。そこには日本語的な代理……つまり社長の代わりに秘書室長が葬儀に参列という意味合いはない」

アメリア 「representativeとmanagement representativeは意味が違いますよ。Representativeはおっしゃるように代表者ですけど、management representativeとなると経営層ではなく、管理者とか監督者など指揮・監督する人です(注3)

磯原 「へえ、representativeとmanagement representativeでは意味が違うのですか」

山内参与 「そうであるなら執行役会の一員である大川常務を経営者として、従業員である私を Management Representative 管理責任者と位置付けることは至極まっとうだ」

アメリア 「ただ山内さんはスタッフで管理者じゃありません。あっ、別に部下がいなくても権限があれば良いのです。ともかく規格にある管理責任者の権限を持つというには微妙かもしれません。例えば磯原さんに命令する権限はルール上はないですよね。
もっとも2015年版では管理責任者という言葉は規格からなくなりましたが」

山内参与 「確かに管理責任者のお仕事はいろいろあるが、トップマネジメントへの報告はスタッフの職責そのものだが、システムを規格要求に適合させるとなるとスタッフの仕事ではないな。規則に権限移譲が明記されているわけでもない。
司令部の参謀が作戦を立てて師団長のサインをもらって命令しても、命令したのは師団長だ」

アメリア 「明文化された会社規則では、経営者も管理責任者も大川常務というのが正しいですね」

磯原 「同一人物が経営者と管理責任者を勤めて良いのですか?」

山内参与 「2015年版では管理責任者がなくなってしまったが、2004年版では兼務でも良かったはずだ。
ただ大川常務は忙しい人だから、ISOに数日取られるのはまずい。だからインタビューは仕方ないとしても、経営者に関する審査の対応などさせられたらたまらないな」

アメリア 「環境担当役員というものは個人の役職でもありますが、種々の権限を考えると機関でもあるわけです。一つの機関が複数のメンバーからなるのはおかしくなく、その責任者が環境担当役員であるのは明白です」

山内参与 「なるほど、そう考えるとまったくおかしくない。いや現実をそのまま言い表したものだ。それと管理者でなければ権限を持てないわけじゃない。正式に権限を与えれば済む話だ。
そうすれば大川常務の代わりに俺がインタビューを受けても良い。いや良い悪いでなく、審査員が了承するかどうかが問題だな」

磯原 「理屈だけでは審査員が納得しない可能性が大ですね。それに山内さんの意図としては大川常務が不在でなくてもすべて山内さんが代行したいと解しますが」

アメリア 「悪いとする根拠もなさそうですね。大川常務のではなく、生産技術本部長の環境に関する事項については山内さんが代行するという一文があれば反論はないでしょう」

山内参与 「アメリア案を採用しよう。本部長室の執務規定に本部長が担当している各業務について業務担当者に本部長不在時の代行を明記しておこう」

アメリア 「いっそのこと不在時の代行を記述するのではなく、各業務の遂行を移譲するとしたらどうですか」

山内参与 「それがいい、そう記載しておこう。どっちみち経営レベル以外は本部長室が処理していて、経営に関する事項を常務に報告しているのが現実だから。
ISO審査については、それ以外にも改善、簡略化したいことがある」

磯原 「ここで細かいことまで議論すると時間がありません。それについては別途……と言っても今週くらいに概要を詰めて進める必要がありますね」

山内参与 「いろいろ課題があるな……ええとその観点のことでは……昨年と同じで流すというのもありだろうが、俺は今年一挙に簡略化というか、ISOの真の要求事項に絞りたい。
過去の審査で規格に記してない要求を出され、それに対応して余分なことをしている現状を見直したいんだ。2015年版になったことだし、これを機会にと思っている」

磯原 「今時刻は10時半です。とりあえず本日はここまでとしませんか。私は今日・明日にアメリアさんの研修計画を立てます。
ISO関係については不勉強ですので、諸準備事項を再確認してWBSを作ってみましょう。先ほどの常務をどれだけ拘束するのかというのもはっきりさせないと」

山内参与 「わかった。では明後日、朝一でこの三人でアメリア研修計画の確認をする。それとISOについては俺が昨年のWBSと審査場の問題点……と言っても不適合とかではなく、経営者の位置づけとか指示命令系統の現実との齟齬などをまとめておこう。
明後日は午前中半日取っておいてほしい。それから研修は計画の修整はあるにしても、本日からでもできることを進めてほしい」


うそ800 本日のコンテンツを3行でまとめると、

トップマネジメントとか管理責任者とかいうのはネーミングではない。現実の指揮統制そして情報の管理がしっかりとなされているか、それが有効に使われているかということが大事だということだろう。
ご存じないかもしれないが、経営者と管理責任者は同一人物でよいか悪いかなどという議論(注4)とか、管理責任者の職階はいかになんてことが審査の場で討論()された時代もあったのだ。今は認証機関のレベルも向上し、そんな神学論争などないだろう……いや、今現在 規格が理解されているかどうか定かではない。


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注1
アメリカで1976年に制定された資源保全再生法(RCRA)で有害廃棄物を管理するシステムとしてマニフェストの交付等のシステムが定められた。
日本の産業廃棄物管理票(通称マニフェスト)はアメリカの有害廃棄物管理制度を参考に作られ、特別管理産業廃棄物については1993年、産業廃棄物全体については1998年から適用された。

注2
煙突から出る煙 日本の工場のエネルギー源は、1970年ころまで工場のボイラーで作った蒸気が85%を占めていた。当時は工場といえば高い煙突があり目で見える煙をもくもくと吐き出していたものだ。
その後、大気汚染防止で排ガス規制が厳しくなり、また使いやすくきれいな電気の使用が多くなってきた。だが21世紀の今も製造業の使うエネルギー源は種々の化石燃料によるボイラーが8割近くを占めている。
・資源エネルギー庁 エネルギー白書(2022)第2節 1.企業・事業所他部門のエネルギー消費の動向

他方、アメリカの製造業におけるエネルギー源は化石燃料による蒸気が多く、電気13%程度である。
U.S. Energy Information Administration
Early-release estimates from the 2010 MECS show that energy consumption in the manufacturing sector decreased between 2006 and 2010

注3
Law Insider Management Representative definition
Management representativeとは、スーパーバイザーまたはクルーチーフのレベル以上で勤務し、従業員の業務を指示する責任を有し、当該業務の指示に関して独立した判断を行使する個人をいう。

注4
「アイソス誌(2010.01月号)」では、システム規格社が各認証機関に種々のアンケートを実施した。
その時の質問は次の通りであった。
  1. 有益な側面がなければ不適合か?
  2. 管理責任者が監査責任者を務めても良いか?
  3. すべての部門で目的を持たなくてはならないか?
各社の回答と私の見解はこちら参照のこと
あれから干支が一回りしたが、認証機関の質向上は図られたのだろうか?



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