ISO第3世代 40.更新審査5

22.12.22

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

ISO14001の意図は遵法と汚染の予防である。では普通の企業がISO14001を認証しようとしたとき、法違反が見つかったとか、事故とまではともかく 漏洩事故 汚染水を垂れ流していたのに気付いたということがあるだろうか?
私の経験ではまずない。せいぜい工場の緑地のレイアウトをいじったのを届けなかったのに気付いたとか、危険物保安監督者の届け出が定年退職した人のままだったという程度ではなかろうか?
それなら問題ないとは言わないが、ISO認証の準備によって、重大な違反とか事故直前だったのが発覚したなんてことを聞いたことがない。

言い換えると、ISO認証のための活動で遵法と汚染の予防が向上するということはなさそうだ。
そして審査でシャカリキになって見なくても、概ね遵法と汚染の予防は大丈夫なのである。言い方を変えるとしっかり見ても遵法と汚染の予防が担保されるわけでもない。せいぜい文書に鉛筆の書き込みがあったとか誤字脱字を見つけるくらいだろう。
誤字脱字というと笑うかもしれないが、ISO審査員は誤字脱字を見つけるのが得意だ。それ以外は?


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スラッシュ電機の更新審査は三日目となった。朝倉(初出)は初日に本社でオープニングの後、新潟に移動して信越支社の審査を行い、二日目の朝、飛行機で北海道に移動して札幌の北海道支社の審査を行い、札幌に泊まった。
三日目の今日は札幌から旭川市まで電車で移動、午後まで旭川営業所を審査して16時の飛行機で羽田に飛ぶ。今日の夜は自宅に帰れると思うと少しうれしくなる。

旭川まで、車窓にはときどき雪がちらつくが風はなく日は差し穏やかである。朝倉は一面の雪景色を眺めながら、10年以上になる自身の審査員歴を思い返す。
自分の仕事の意義は何だろう? 社会に貢献しているのだろうかと考える。物を作ることは使う人の喜びとなるだろうし、労力を軽減するだろう。物を売ることは作る人と使う人をつなぐ重要なお仕事だ。形のないサービスの理容師だって美容師だって、お客さんの見目を良くし、生きることを楽しくする。

注:札幌から旭川への車窓から何が見えるか、この物語の2016年12月の気温、積雪を調べてしまったよ(笑)
おっと、下のほうに出てくるが最高気温とか最低気温なども一応見た。最近、東京から旭川に移住した人のブログなどもいくつか拝見し、暮らしや住まいのことを参考にした。何事にも興味を持てばボケないかな?

ではISO審査員はどうだろう?
法的な判断はできないし、そもそも法律を良く知らない。
固有技術を知らないから、技術的な問題は分からないし改善指導もできない。もちろんルール上できないわけだが、仮にルールはOKでもその能力がない。

できることは規格要求事項を、満たしているか否かの判断だけである。だが多くの審査員は規格要求事項との比較ではなく、己が考えた要求事項との比較だ。そうでなければ有益な環境側面など登場するはずがないし、環境目的は3年後という発想もあり得ない。ISO規格から離れた自分の主観で適合・不適合を語っていれば良いとは簡単なお仕事だと自嘲する。

そもそも要求事項では継続的改善を求めている。だがそれは必然なのか、当然なのか?
すべての組織は改善しなければならないのか?
そりゃ福沢諭吉の語るように「人は学び続けなければならない」のは分かる。だがそれはあるべき姿(should)であって、必須(shall)とか義務(duty)ではない。正しくは「人は学び続けるべきである」だろう。
ISO審査で「これは現状維持です、改善ではありません」というのは間違いではないだろうか?
審査員の中には会社の文書体系とか書式が気に入らないと、己が考える形に変えるべきと語る人もいる。そうすれば「遵法と汚染の予防」が実現すると考えているのだろうか?


朝倉の10余年の経験は、現実を見て法を守っているを判断する・法の把握が概ね大丈夫・リスクが妥当・事故や違反を隠していないならOK、つまり認証するという基準を持つようになった。
それでは大甘とか、ゆるゆるだと言われることもあるが、現実問題として社会が求めることはそういうことではなかろうか?

朝倉は無能な審査員ではない。実は朝倉は不適合を多く出すほうであり、契約審査員をしている認証機関の中では不適合件数を出す審査員上位10パーセントに常にいる。それほどダメ出しが得意なら顧客である企業から不評であるかというと、絶大な人望を得ている。忌避されたことは一度もない。

それは朝倉が不適合探しをするのではなく、おかしなことがあれば現象から問題を明らかにして、その原因となっている要求事項未達を不適合にする。だから相手は納得もするしむしろ不適合が喜ばれている。
それができるのは、まずおかしなこと……会社の業務を滞らせるとか危険があることに気が付くからだ。どうでもいいことを不適合だと叫んでも被審査側の同意は得られない。


そして朝倉が普通の審査員と違うのは、世の中の一般的と思われている常識を疑うからだ。審査でテレビアニメの一休さんの中に出てくるドチテ坊やのように無邪気な質問をする。

世紀の境目頃は環境保護と称して、ビオトープだ、植林だ、里山保全だ、トンボを救えと、極楽とんぼのようなことを語り、 ドングリ 実際に行っていた会社がたくさんあった。
もちろんそれを宣伝に活用した。エコプロ展では、ドングリを配ったり、工場敷地を流れる小川にメダカが泳いでいると宣伝したものだ。
だが企業がすべきことは「遵法と汚染の予防」をより現実的にした「違反をしない、事故を起こさない」ではなかろうか?

植林やマングローブの保護、希少動物(含 昆虫)保護活動は、企業がすべきことだろうか?
もちろんメセナという考えはある。メセナというと環境保護だけでなくコンサートや講演会なども思いつくが、それはゴルフの冠大会と何が違うのか? マスコミの広報ではゴルフトーナメント主催もメセナなのだそうだ。ちょっと納得いかない。
いずれも宣伝効果を目指しているものではないのか。
カブトムシ 朝倉は企業が里山保全をすることに意味があるのか理解できない。ましてエコプロ展とかテレビコマーシャルで広報するのはどうなんだろう?
本来なら定款に期すべきことではないかと思うが、現代では社会貢献なら定款になくても行なっても良いらしい。「良い」ということは株主訴訟の危険はないということだ。

いや、定款との関わりでなく、植林とか昆虫の保護が実際に意味ある事なのか、効果があることなのか、それもわからない。


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朝倉は9時少し過ぎにスラッシュ電機の旭川営業所に入った。事前情報によるとスラッシュ電機は北海道を3つに区分していて、道東地方と道北地方を旭川営業所が担当し、道央を札幌支社が、道南を函館営業所が担当している。
旭川営業所が担当する面積は北海道の44%を占めるが、人口は30%で(面積と人口は2022年現在)、旭川営業所の売上は北海道支社の20%そこそこしかない。だから営業所一つで担当しているわけなのだろう。

とにかく守備範囲が広い。面積は関東地方より広い。距離的にはもっと広がっていて営業所のある旭川から、北は190キロ、東200キロ、南は170キロ、西は60キロもある。旭川を東京に持ってくれば、北は郡山市、北西は新潟市、南は三宅島に相当する。営業マンが巡回するにも泊りがけである。

まずお茶と一緒に営業所長が現れて名刺交換をする。特段営業所長にヒアリングをする予定はなく、即各部門のヒアリングと現場確認だけだ。
営業所長が出張に出かけると、業務課の佐藤課長と担当者が応対する。業務課とは何でも屋で、営業課と経理課以外のすべてを担当しているという。建屋、社有車、勤怠、福利厚生、倉庫、在庫管理などなど、要するに物を売ることとお金を扱うこと以外は全部ということだ。

佐藤業務課長 業務課担当者 朝倉審査員
佐藤業務課長 業務課担当者 朝倉審査員
旭川営業所のメンバー ISO審査員

審査するといっても規模が小さく見るべきものもない。なにせ営業所の人数は20数名しかいない。
電気使用量といっても照明とOA機器くらいだ。2016年の夏8月の最高気温は33℃だったが30℃を超えた日は10日、真夏の夜は暑くても20℃そこそこで20℃を下回る夜が20日もあった。だからエアコンはあるが動かすことはめったにない。
そして冬はエアコン暖房では効果がない。暖房はもっぱら灯油だ。

社有車が15台と多く、燃料が月2,000リットルになる。東京と違い車がないと仕事にならない。営業マンが客先を回るには車がなければ行けないのはもちろん、客から部品の注文があれば百キロくらい配達することもある。

廃棄物は事務所からのごみと使用済み梱包材くらいがメインだ。OA機器のリースはここでも徹底している。社有車もリースだ。
PCBは営業所設立が新しいからない。

灯油タンク 灯油タンクは既製品のしっかりした防油堤があり漏洩の心配はない。400リットルのタンクだが、ひと月もたないという。雪国は大変だ。

法律関係は問題ないようだし、リスクといっても灯油タンクくらいだ。灯油タンクの屋外タンク貯蔵所関係の手続きはしっかりとやられている。
営業所としての最大のリスクは交通事故だろう。聞くと安全運転教育、日常点検、工具、スペアタイヤ、毎日燃料タンクの確認などをしている。長距離移動が多く、無人のところも多いから、故障や燃料切れがおきないように留意しているという。

あとは改善活動だが、社有車のエコ対策は本社でまとめて検討と聞いており、オフィスの電気は微々たるもの。本社でも聞かされたがFA機器の営業活動そのものが環境側面ということは理解した。そして販売計画の中で環境性能の向上だけでなく、FA機器を使用した生産効率向上を提案して拡販を図っていると、まさにエコ活動そのものだ。
特に注文を付けるところもない。

ヒアリングを終えて建屋を一回りすると、点検項目はすべて完了だ。腕時計を見るとまだ昼前。16時の飛行機までどうしたら良いか悩む。
16時の前は13時台が2便あるが、スマホで見るといずれも満席だ。

とりあえずクロージングしよう。

朝倉 「佐藤課長さん、ええと旭川営業所で調査すべきことは終了です。問題はありません。また私のほうから提案することもありません。以上で審査を終わります。
そちらからご質問などありましたら……」

佐藤業務課長 「いえ、特段質問はありません。
13時発の飛行機もありますが……既にお調べになったでしょうけど、」

朝倉 「ええ、スマホで見ましたが、2便とも満席でした。空席待ちするほどのこともありません」

佐藤業務課長 「ここは街はずれで近くにはしゃれたレストランもありません。出前を手配しましたので昼食を食べていってください。お昼を食べて13時、空港まで車で20分はかからないでしょう。
でも16時では街でショッピングをするほどの時間はありませんね」

朝倉 「中途半端ですね。昼食を頂いたら空港に行って文庫本でも読みますよ」

佐藤業務課長 「もしよろしかったらお昼を食べてから少しお話できませんか?」

朝倉は佐藤課長の言い方から、苦情だろうと見当をつけた。断るという選択肢はないし、企業でISO審査を受ける立場の声を聴くことは参考になるだろうと期待した。

朝倉 「よろしいですよ。飛行機の時間まで間が持つなら、なお結構です」

お茶 お昼を食べ終えた頃、事務員が来て改めてお茶を持ってきて店屋物の食器を引き上げる。
茶碗が二つあるところを見ると、佐藤課長が来るのだろうと思っているとドアが開いて顔を出した。

佐藤業務課長 「朝倉さん、先ほどの件ですが、よろしいですか?」

朝倉 「どうぞ、どうぞ、」

佐藤課長は朝倉の座っている90度の位置の椅子に座り、話始めた。

佐藤業務課長 「今回の審査では従来と方法を変えたと本社から通知がありました。その発端は当社の宮城工場の『環境実施計画』です。といっても2015年改定でまた名称が変わりましたね。生れたときは『環境マネジメントプログラム』、青年になると『環境実施計画』、年老いた今は『環境目標を達成するための計画』ですか、やれやれスフィンクスの謎のようだ。規格を作る人たちも意味のないことばかりしている、いや暇だから仕事をしているふりをしているのかな?
おっと、閑話休題、
方法を変えたのは当社が広報している環境行動計画と、宮城工場がISO審査で見せたその環境実施計画とに齟齬があったからとありました」

朝倉 「私もそう聞いております。宮城工場が全社計画より盛った目標としていたそうです。かっこいいところを見せようとしたのでしょう」

佐藤業務課長 「実は私は一昨年まで宮城工場の環境課長でした。来年定年になります。それで当時、上司に出身地の北海道に戻りたいとお願いしておりました。北海道には弊社の工場がありません。それで北海道にある関連会社のどこかに出向できないかと希望したのです。
まあ、そんなこんなで昨年4月に、ここ旭川営業所に異動になりました。今は上富良野町の実家から通勤しています。ありがたいことです」

朝倉 「はあ〜、そうですか」

佐藤業務課長 「というわけで私は一昨年まで宮城工場でISO14001審査の対面だったわけです」

朝倉はハッとした。佐藤課長の老後の話と思い真剣に聞いていなかった。
佐藤課長は2014年まで宮城工場で環境課長をしていてISO審査の審査を受ける中心人物だったということは、環境目標の数字をいじった張本人だろう。今回の問題について何か言いたいのだろうと朝倉は見当をつけた。

佐藤業務課長 「お話にありました当社が広報している環境行動計画と、宮城工場でISO審査のとき見せた環境目標が違うことには理由があります。
私が悪者になりたくないとは思っていません。数字をいじった責任は私にあることは間違いありません。それに今更査定も退職金も変わるわけもありませんからね」

朝倉は身構えて次の言葉を待つ。

佐藤業務課長 「朝倉さんはどんな審査をしているのか存じません。しかし多くの審査員は……御社のことですよ……自分が好む目標や数字にするよう要求するのです。

この会社では全社計画を立てて省エネを推進しています。また省エネ法でも会社あるいは企業グループ全体で省エネを図れば、すべての工場で法の目標をクリアすることはないとしています。
弊社のそれぞれの工場の状況は違いますし、生産している製品の市場動向も違います。ですから全体均しくではなく、重要とか伸ばそうとしている工場には省エネ投資をして、伸びない工場や閉鎖する予定の工場に投資しません。経営として当たり前ですね。

そして省エネ投資をしたところは一挙に数パーセント低減しますが、投資をしないところは微々たるものです。もちろん本社は総合的に効果の最大化を狙っているわけで、投資しない工場は削減ゼロで良いとしています。
まあ工場が報告するのは地方の経産局ですから、ゼロっていうわけにもいきませんので、補修費とか部門費を使って、少しでも低減を図っております。

よく審査員が、工夫しろとか従業員の改善提案でと言います。大和魂だけでは勝てるわけがありません。勝つためには武器弾薬が必要でそれにはお金です。お金をかけずに精神論で省エネができるなら国も家庭も簡単に省エネできるはずです。そんなことはありません。
投資をするから改善が進む、投資効果が期待できるから投資する、それが資本主義の当たり前なのです。
ところが宮城工場に3年連続で来ていたお宅の審査員、お名前は三杉さんと言ったかな?」

朝倉は三杉と聞いて、頭を巡らす。朝倉は顔と名前は知っているが、一緒に仕事をしたことはない。英語が得意な男で、東南アジアの審査を一手に引き受けていた。聞くところによると、時代遅れの審査をしているらしい。環境側面は点数、環境実施計画は二つ必要……2015年改定になってからもそう語っているのだろうか?

朝倉がそんなことを考えているときも佐藤課長の話は進んでいた。朝倉は気を取り直して耳を傾けた。

佐藤業務課長 「今から4年前のことです。審査に来た三杉さんは省エネ法の1%ではなく、業界団体の申し合わせである1.5%以上にしろというのです。
投資しないでそんな数字になるはずがありません。ドンブリ勘定じゃないんです。
我々も計画を立てるとき詳細まで詰めますよ。設備のプリヒート時間をいくら短くすると○kWh減る、負荷の少ないトランスを1台切り離して系統を見直すと鉄損がいくら減る、ドアや窓のパッキン見直しでと、すべて詳細まで試算するのは当たり前です。その結果がお見せしている数字のわけです。そんなことは省エネに限らず、売上でも費用でも同じですよ。
でも当社の計画や法規制をいくら説明しても、三杉先生は納得しないのです。審査ストップ状態で、当方はもういい加減どうでもよくなってしまいました。部長が時間が無駄、もういいから言われたとおりにして帰ってもらえと決断しました。
それで宮城工場の省エネ目標を1.5%にしました。当然数字の裏付けが必要ですし、翌年は結果を出さなくてはなりません」

朝倉 「どうしたのですか?」

佐藤業務課長 「実はその2年前、宮城工場は当社で順繰りに省エネ投資を行いました。ですからその年と次の年に……というのは省エネ投資をしても効果が即出るものと時間を必要とするものがあるからです……ともかくその過去の成果を実際より低めて成果を2年後にずらした環境計画を修正し、そのを三杉さんに見せました。
三杉さんはいたく喜びました。我々は呆れましたけど」

朝倉 「それで……」

佐藤業務課長 「次の年は実態とますます離れて、その計画を延長して実績欄を埋めたわけです。もう我々もどうでもよいと考えてました。ISO審査員が喜ぶために余計なことをしていただけです。
最近はISO認証企業で不祥事が起きると、認証機関は審査では虚偽の説明をしたと語っていますね。虚偽の説明をさせているのは認証機関というか審査員ですよ。
この怒りをどうしたらよいのでしょう?
実は私もこの問題を忘れていました。第一世代の仲間である佐久間から電話があるまでは」

佐藤課長は過去の出来事を語ることで興奮してきた。
ところで佐久間とは誰だ? 聞いたことがあるような……朝倉はノートをパラパラめくる。本社の経営者インタビューのとき対面に4人いたが、管理責任者が山内、次席が磯原、三席が年配の佐久間、そして記録のアメリカ人女性だった。
そうか佐久間はずっと黙っていたが奴が主役で黒幕だったか……

佐藤課長の話は終わらず、朝倉が聞いていないのにも気づかず語り続けた。

佐藤業務課長 「私の語ることを嘘と思うかもしれませんが、環境課に速記の得意なやつがいまして、三杉さんとの応酬を記録していて、その後ワープロお越しをしたのを記録としております。
いや、ひょっとして録音していたのかもしれませんね、アハハハ
もし今回の審査でもめたらそれを証拠に出してほしいと、本社の佐久間さんに一式渡しています」

朝倉は大急ぎで話題を変える。

朝倉 「佐久間さんとは話をしませんでしたが、確かに本社でお会いしました」

佐藤業務課長 「もちろん私どもが書いたものを見ても信頼性はないでしょう。実は私は今回の話を聞いて宮城工場の私の後任課長に頼んで、過去数年分の宮城工場のISO所見報告書を送ってもらいました。じっくり読みなおしましたが、三杉さんは自分が実施計画について目標を上げるよう指導して、それが反映されたことが大変良いと書いています。お疑いならそれを読んでもらえば信用できるでしょう」

注:審査所見報告書をコピーして外に出すことに問題はない。現実に所見報告書をまるごとウェブにアップしている会社もある。
してはいけないことは、報告書の「一部だけ」を使うことである。過去に良いことが書かれたページのみをウェブに挙げていて、注意を受けた自治体があったはず。

朝倉 「審査員は指導をしてはいけないのだが……」

佐藤業務課長 「私も存じております。なにしろ私も佐久間もISOの第一世代ですから、ISOのことなら自分のたなごころのようになんでも知っていますよ」

朝倉 「第一世代とは何でしょうか?」

佐藤業務課長 「深い意味はありません。1990年代初めにISO9001認証が始まったときISO認証の担当になり、手さぐりでISO認証制度や規格を調べ認証に挑んだ我々が自称したのです。我こそは道なき道を切り拓いたパイオニアだという自負でしょうか」

朝倉 「佐藤課長さんも佐久間さんも、もう20年もISO認証に関わってきたのですか?」

佐藤業務課長 「1992年に欧州に輸出するためISO9001認証した時からですから、25年になりますか、四半世紀こんなことに関わってきたと思うと残念というか馬鹿らしいというか」

朝倉 「バカらしいとはどういうことですか?」

佐藤業務課長 「規格の理解が間違っているし全然進歩がないからです。QMS時代はおいといて、EMSのことに限定しましょう。環境目的は3年以上とか言いましたね。環境側面は点数でなければというのもありました。通勤の環境影響を評価してないとだめとも言われました。環境実施計画は目的と目標の二つなければ不適合、有益な環境側面は21世紀になってからでしたか?
どれが遵法と汚染の予防に貢献するのでしょうか?

そんな無知蒙昧な審査員を相手に、我々第一世代は涙・涙の物語を重ねてきました。そして今も三杉さんのような審査員がいるわけです。
彼はまだ審査員をしているのですか?」

朝倉 「はい」

佐藤業務課長 「聞くところによると、宮城工場の本社計画と異なるISO向け計画書を作ったのは私になっているそうです。まあ先ほど言いましたが責任とか不名誉とかはどうでも良いですよ。私もあと1年で定年退職です。でも三杉さんがのうのうとしているのは許せないですね。
宮城工場の審査では三杉審査員が工場に目標に上げろと指示したことが発端だと御社に伝わればどうなりますかね。聞くところによると、今回の問題で御社の幹部も大変だったようです。正しい情報が伝われば、もう一度地獄を見ることになるでしょう」

朝倉 「今の情報が弊社に伝われば、弊社の幹部はまた大騒ぎでしょう。しかし三杉はなにも思わないでしょうね。それほど審査に責任を感じてませんよ」

佐藤業務課長 「そうですか、私が子供の頃、植木等のドント節なんて歌が流行りましたが、審査員は気楽な稼業のようですね」

朝倉 「今回、本社で審査をしている三木が事業本部や監査部に、今の件をなぜ見逃したのかと問えば反撃を食らいますね?」

佐藤業務課長 「佐久間は本社で審査員のアテンドをすると言ってました。彼は虎視眈々と反撃のチャンスを待っているはずです。彼の奮闘に期待してます。奴は我ら第一世代の星ですよ、アハハ」

朝倉 「佐藤課長さんが、ここで私に教えたわけは?」

佐藤業務課長 「以前の審査員が何をしたにしろ、現在審査に来ている朝倉さんたちは無関係です。もちろん認証機関の代表としての立場ではあるでしょうけど、今更責任を追及することもないと私は思います。
それはお宅も今更問題をぶり返すこともないということです。それでクロージング前の審査員打ち合わせで、そういったことを突っ込むなと他の審査員に伝えてほしいのです」

朝倉 「うーん、事業部と監査部の審査はスケジュールでは昨日ですから既に実施済ですね。明日の審査員打ち合わせで伝達しても証文の出し遅れでしょう。すでに返り討ちにあっているかもしれません。もちろん弊社が謝罪すれば済むことでしょうけど」

佐藤業務課長 「それなら私が朝倉さんにお話ししなかったと思えば、同じでしょう」

朝倉はすぐにも三木に電話したいが、三木は審査中だろう。というか既に手遅れだ。そもそもこの問題は三杉が悪い。だが審査員教育がなってなかった会社が原因だ。とはいえ、それは現在の経営陣ではなく10年前、20年前の経営層の責任だろう。

だが三杉の発言があったにしろ、審査を受けた企業だって責任があるのではないか、そう朝倉は考える。

朝倉 「ええと、審査では必ず異議申し立てについて説明しなければならないことになっていますが、当時三杉はそういうことを説明していましたか?」

佐藤業務課長 「私はISO14001認証が始まった頃は、ガイド66を、その後はISO17021やISO19011が制定されてからは、それらをひたすら読んでおりました。そういうルールについては私たちのほうが、審査員より勉強したつもりです。ですから審査において異議申し立ての説明をしなければならないことは存じております。

でも三杉さんに限らず御社の審査員は説明しませんね。今回の審査では、オープニング時に異議申し立てを説明したのでしょうか?
そういえば三杉さんの審査を受けたとき、なぜ異議申し立てを説明しないのかと尋ねたことがあります」

朝倉 「なんと答えましたか?」

佐藤業務課長 「パワーポイントの図中に書いてあるから良いのだとのことでした。確かにありましたよ、小さな字で、
あげくに説明のとき、そのページは読まずに飛ばしてましたね」

朝倉 「でも佐藤課長さんがご存じなら、審査後に異議申し立てをすることもできたでしょう」

佐藤業務課長 「実は部長に提言しました。すると部長はもうISO審査のことなど忘れろとのことでした。非論理的で意味不明なことを考えるだけ時間の無駄で気分が悪いと思ったのでしょう。私も諾としました。
そして佐久間さんからの電話を受けるまで、この問題を忘れていました。佐久間さんから久しぶりに電話が来て、嫌なことを思い出したのです。そして彼に頼まれて当時の録音と資料を送りました。少なくても御社が真実を知ることは必要だと思いましたから」

朝倉は、三木が異議申し立てを説明しなかったことに、佐久間が異議申し立てをする恐れがあることに気が付いた。思い返しても、今回のオープニングで三木が異議申し立てを説明した記憶がない。説明しただろうか? まてよ、ISO17021ではクロージングで異議申し立てを説明すればよいとあったような……(cf. ISO17021-1:2015 7.4.7.2f)

これは問題だ。クロージング前に磯原と佐久間と調整しなければならない。気は焦る。


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突っ込まれる前に補足説明である。
ISO審査員の場合は、審査する拠点の情報を得て審査スケジュールを作るから、予定より早く終わることはまずないだろう。
私の場合はまったく事前情報がない所にお邪魔することが多かった。だから行ってみれば予想より大規模とか環境負荷が大きいとか、あるいはその逆ということは頻繁にあった。
規模が大きな場合はとりあえず主要な設備や法規制を重点的に見て、残りは次回ということにした。ない袖は振れません。予想より規模が小さいときは、そりゃ監査が終われば終了ですよ。

ボーイング737 でも早く終わることが良いとも限りません。
山口県の関連会社に監査に行ったときのこと。帰りは山口宇部空港から羽田に飛ぶ予定だったが、監査が2時間ほど早く終わり、行くところもないので空港に来た。
ところがまったくの田舎の空港でなにもない。飛行機を待つ人もいない。ガランとしたところでただひとり座っていた。当時はまだガラケーだったので時間をつぶす方法もなく途方に暮れた。10年も前のことだけど、今でも覚えている。

ところでこの山口宇部空港はコロナの影響により、2020年以降は以前より70%以上の利用者減少である。とはいえ羽田が2019年比64%減、関西空港が53%減で推移している。コロナ流行の影響は甚大である。
安倍元首相は「日本を取り戻す」と語った。今一番欲しいのは「日常を取り戻す」ことだろう。


うそ800 本日の予想される質問

これは全くのフィクションかと問われると、ノンフィクションではありませんが、登場する個々の事柄はみな実話です。私は想像力がないので、具体例がないと書けません。
もし認証機関幹部に、審査員が審査している企業に目標が低い、もっと上げないとダメだと指示しているはずがないなんて思う人がいたなら、事実誤認というか実情を知らないのだ。

私は異議申し立てを説明しないなんて姑息なことはしません。
異議申し立ては受け付けます ⇒ どうぞこちらへ


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秋池様からお便りを頂きました(2022.12.22)
ありがとうございます。
力作、楽しく拝読させていただきました。
昼食、夕食、カラオケ付き、そして、お土産はわが社はパスしていました。
変な時代でしたね。
日本と言う風土が作り出したものでしょう。
台湾ではこのような悪しき接待は無かったです。(キリッ

秋池様 毎度ありがとうございます。
審査員の接待が問題になったのは2003年頃だと思います。読売新聞や朝日新聞が審査員がお土産を要求した、うまいものを食わせろといったということを三面記事にしました。
私から見るとそんなこと1993年頃からずっとあったんですけどね。必要に迫られていた会社は飲ませる食わせる○せるくらいならしたほうが良いと判断して言われるままにしてたんですよね。
私の働いていた会社に来た審査員は、近くの食堂からとった店屋物を見て、昨日言った○○社ではステーキだったなんてほざいていました。残念ながらそんな高いものお出しする予算がありませんでした。
ISO認証が必要な会社が一巡して新規認証が減ると、ISO認証は会社を良くすると宣伝し、それを信じて認証した企業は別に急ぐこともなく、おかしいなと思ったことはおかしいぞって言えたのだと思います。
それが2003年頃だったのでしょう。
水戸黄門に来てほしい。


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