ISO第3世代 43.反省会1

23.01.12

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

更新審査も大きなトラブルもなく終わり、山内は反省会をしようとメンバーを集めた。 オフィスビル 外は12月の風が吹いているが、本社9階の会議室は暖かく、木枯らしに転がる街路樹の葉も見えず、雲一つない青空が見えるだけ。
田舎の工場と違い季節感がないなあ〜と磯原は思う。福島工場ならもう雪がちらついているだろうし、ひょっとしたら雪が積もり雪かきをしているかもしれない。工場の環境部門の冬は雪かきが大きな仕事だ。メイン通路はフォークリフトの爪に除雪排土板をつけて、歩道は人力だ(注1)

本社勤務は肉体労働がないから楽といえば楽だが、そのために体力が落ちていると思う。なにせ毎日々々電気設備だけでなく、工場構内の主たる配線系統も巡回点検していた。それだけで毎日1万歩は歩いていた。歩くだけでなく階段やはしごの昇り降りもある。
点検すれば日々なにかは見つけた。カラスが電柱に巣を作っていたり、屋外のトランスの下に野球のボールが入っていたりする。その他ありえないとしか思えない不思議なことも多々あった。

磯原がそんな妄想をしていると、山内が話し始めた。

山内参与 「更新審査は無事終わったが、反省というか考えることは多々ある。今日は皆が感じたこと、思ったこと、考えていることをランダムで…ブレインストーミングでいいからいろいろ出してほしい。
それをまとめるから、次回……今年中にしたいが、それを踏まえて何をすべきかを話し合いたい。
アメリア、頼んでいた準備はよろしいか?」

アメリア 「ハイ、ホワイトボードでは小さいかと思いまして、模造紙を壁に貼りました。ここにマーカーで皆さんの発言を書いていきます。あとでグループ化とか相互関係を考えようかと思います」

私の知っているISOの認証機関の人たちは、打ち合わせとか会議とかでは、皆ホワイトボードでなく大きな紙に書くのが好きだった。語ったことが通り過ぎず後からも見られ、グループ化など考えるに便利だからか? それとも電子黒板がないのか?

アメリアは壁に模造紙を2枚重ねにしてマグネットで何枚も貼り付ける。一枚ではインクが裏抜けするからその予防だろう。
アメリアが席に戻らないところを見ると書記をするつもりらしい。山内さんがからんできてから、皆の仕事ぶりが変わったなと磯原は感じている。今も鈴木課長が指揮を執っていたらお通夜のような職場だっただろう。

佐久間 「それじゃ、早いのが取りえとも、隗より始めよとも言いますから、私が口火を切りましょう。
認証機関に審査の際の注意事項として要請しましたが、審査員に徹底されていませんでした。上意下達が不得手なのか審査員が理解できないのか、とにかく問題です」

山内参与 「不得手とは上品な言い回しだな、聞いた方が忘れやすいのか指示する方が命令できないのだろう」

アメリア 「あるいは顧客要求など意に介さないのかもしれません」

佐久間 「続いて、事前に審査員受諾伺いが来ますが、現在の経歴を書いた紙一枚では審査員の力量が分かりません。今回もレベルの低い審査員がいました。ちゃんとした審査員を選べる方法を考えるべきですね。
提出書類だけでなく、我々が事前に面接して力量を確認させてもらうとか(注2)

磯原 「佐久間さん、審査員を選ばなければならないなんておかしいよ。審査員のレベルが低いことが問題ですよ」

山内参与 「確かに悪いものをリジェクトするのではなく、良品しか作らないのが品質管理だな。ましてや不良品を顧客に選別させるとは頭がおかしい」

アメリア 「そもそも金を出してISO審査を依頼する必要があります?
それじゃ委託するのでなく、自分たちが監査したほうが早いですよ」

山内参与 「そういえば規格序文に、自己宣言とか第三者でなく第二者に確認を求める方法もあるとか書いてあったなあ〜 、そういうことをしているところがあるのか?(注3)

佐久間 「自己宣言はけっこうありますね(注4)。そのほかにもISO規格を卒業してそれ以上のことをしていると認証を返上した企業もあります」

山内参与 「ISO認証とはその程度のものなのか」

アメリア 「でも自己宣言では国交省の入札時の加算点が入らないのでしょう?(注5)

佐久間 「入札の際に5点プラスされることは、大きな影響はないのです。
それに仮に俺が発注先を選ぶなら、ISOの認証はどうでもよくて、いわゆるQCD、品質まあ技術かな、それからコスト、また納期が守れるところを選ぶよ。
そのとき同点であるならISO認証の有無を考慮するかな? いやしないだろうね。ともかく過去の実績やコストと、ISOの認証は同列に考えられないよ」

アメリア 「ということは、まっとうな会社は加算点目当てにISO認証はしないということ?」

佐久間 「国交省はともかく、一般企業の取引でISO認証が必須というのは独禁法違反らしい。とはいえグリーン調達では認証してほしいとする会社は多いな。
まあそんなことで、お義理で認証しているところは多いだろう」

アメリア 「えっ、義理、お付き合いのために認証するの?」

佐久間 「日本は義理と人情だからね」

山内参与 「世の中はISO認証していると、まっとうというか一人前とみなしているのか?」

磯原 「うーん、それはどうでしょう? 一般人、家庭の主婦、学生、販売や建設や交通などで働く人はISO認証なんて知りませんよ。
だいぶ前、池上彰がテレビでISOの解説をしていましたが、まったくの間違いでしたしね。要するに理解している人なんてほんの一握りです。

私の想像ですが、購買の担当者はISO認証の現実を知らないから認証していればベターくらいに考えているのではないでしょうか? 現実には21世紀になった頃はグリーン調達でISOや簡易EMSを求める内容が結構ありましたが、最近は減るばかりです。
EUの化学物質規制がありましたでしょう、それを見て形だけのマネジメントシステムではなく、法規制を絶対厳守する仕組みが欲しいとなってきましたね」

佐久間 「環境の第三者認証といってもISO14001だけではなく多種あります。
運輸関係はISO14001ではなくグリーン経営認証というのが多いですね。マイナーなものではありませんよ、認証件数も5,000くらいあるんじゃないかな」

山内参与 「ええとISO14001の認証件数は17,000か(数字はこの物語の2016年12月時点・以下同じ)、ISO認証の3割とはすごいね」

アメリア 「簡易EMSっていうのもありますね。あれだってKESとエコアクション21を合わせると14,000くらいになります。その他の簡易EMSを合計すれば、ISO14001認証件数と同じか、もしかしたらもっと多いですわ(注6)

山内参与 「ほう〜、そうなのか。ISO認証は絶対王者ではないのだな」

佐久間 「話がそれてしまいました。とりあえず更新審査の反省に戻りましょう」

磯原 「今回来た審査員4名ですが力量には結構バラツキがありました。三木さんというのはリーダーという役割もあるでしょうけど、温厚で審査員をまとめるのに努めたのが見えます。
朝倉さん、宮下さんも、審査を受けた支社の報告では特段問題はなかったようです。それに比べて寒河江さんはどこでもトラブルを起こして、審査中から私に苦情がきました。
言いたいことは審査員のバラツキは大きく、それは規格の理解やプロセスアプローチできるかなどの力量だけでなく、態度や言葉使いなどビジネスマナーも重要です。
ともかく審査員のバラツキは大きな問題ですね」

佐久間 「1990年代初頭にISO審査が始まってから、その問題は常にあった。俺のような会社のISO担当者は、それをいかに穏やかに納得させるかということをしてきたもんだ」

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アメリア 「穏やかに納得させるって、お金を払うのがどちらかわかりませんね。弁護士や税理士と話すとき、依頼者が弁護士や税理士の機嫌をとるなんてありませんわ」

磯原 「穏やかにというのが意味深ですね」

佐久間 「こちらがいかに理屈を説明しても理解できないんだ。だからなだめたり、すかしたり、脅したり……苦労するよ」

磯原 「脅すとは穏やかじゃありませんね」

山内参与 「当社の工場や関連会社に来た審査員のデータベースを作って、ダメな奴は拒否するという仕組みを作れ」

佐久間 「以前お話ししたと思いますが、当社の各工場の環境担当者のネットワークがあります。もちろん非公式ですが。
そこでは今までに来た審査員の評価をしていて、問題がある審査員は各工場の担当者がうまい理屈をつけてお断りするようにしています」

山内参与 「本社はそのメンバーに入っていなかったということか?」

佐久間 「正式な組織じゃありません。業務上なにかあったときお互いに連絡を取り合うほどメンバーといいましょうか。本社のISO担当はそれほど親しくなかったということです。
磯原さんの前任のISO担当者は、工場と親しく話すことがありませんでしたからね。磯原さんとアメリアが工場にヒアリングに来たときは、腰が低い人だと驚きました。手土産まで持ってきましたくらいでしたから」

山内参与 「それじゃ磯原君、ISO審査トラブルの情報共有化するようにしてくれ。それを基にISO審査員の諾否伺いを決めるのを当社のルールにしよう。情報が外部に漏れないようにせんといかんな」

アメリア 「話を変えます。今回の審査では北は北海道の旭川から南は九州まで範囲が広かったです。今回審査対象から外れたところには、沖縄、四国、北陸、関西、山陰もあります。
毎回審査は抜き取りでしているわけですが、地理的に広い範囲に所在するため、宿泊費も交通費もかかっています。 東北新幹線 また余計な移動時間がかかるために効率的な審査ができません。
費用節約のために支社や営業所を認証範囲からはずして、本社地区だけにしたらどうでしょう」

山内参与 「それでいかほど費用が減るのか?」

佐久間 「本社は現在の認証範囲の員数の6〜7割を占めます。また移動や宿泊はゼロになります。今旅費、宿泊込みで300万弱ですね。審査費用は半減、200万は切るのではないですか。

メリット・デメリットはもちろんあります。我が社は今、工場から本社・支社など全拠点認証していると広報しています。それが言えなくなります。
しかし見方を変えると、本社支社が認証しているメリットはなにかと言えば、なにも思い当たりませんねえ」

山内参与 「それって、本社も支社も認証は必要ないということか?」

磯原 「私どもが事前点検で見つけた不具合は複数ありました。例えば宮城工場で本社が広報している計画とISOで見せた計画が異なっていたこと、廃棄物処理を関連会社に委託しているが、手順書もなく運用に問題あったこと……そういったことは過去からのISO審査で検出していません。

今回の更新審査での観察でしたっけ? 不適合ではないが改善を検討すべしということでしたが、決裁者の代行した者が定められた決裁者が戻ったら報告する義務を記載すべきとか、賃貸ビルにおいてはビル管理会社の省エネ計画に協力することを明記するとか……どれもあまり重要ではありませんね」

佐久間 「まあ、あれなら平均よりは上だよ」

アメリア
札束
100万円の札束をコンニャク、
1000万をレンガ、1億を座布団
と呼ぶそうです
「でもあの報告書に300万払いますか?」

佐久間 「……うーん、自分の金なら出さないね。
とはいえ認証機関としては、人件費とか旅費とか原価がかかっているからなあ〜」

アメリア 「売値は原価では決められませんわ。需要と供給の関係もありますし、そもそも価値がなければ誰も買いません」

磯原 「メリット・デメリットの話に戻りますが、今現在のISO審査は、審査によって我が社の環境マネジメントシステムの改善に寄与しているとは思えません。遵法にも汚染の予防にも貢献していない」

佐久間 「まあ、そこはね……ISO審査は遵法点検ではないから」

磯原 「それは存じています。ともあれISO審査が我が社の役に立っているかといえば、限りなくゼロです」

アメリア 「今回の更新審査をした品質環境センターは、経営に寄与する審査をするって語っていましたよね」

佐久間 「俺も経営に寄与するという意味がわからんね」

磯原 「それは言葉の綾というかレトリックでしょう」




山内参与 「いろいろな意見が聞けて良かった。みなさんのお話を聞くほどに、ISOに対する敬畏がどんどん低下してしまったよ」

注:敬意は「尊敬する気持ち」で敬畏は「恐れ敬うこと」

山内参与 「さて、それでは今日のまとめだが……
まず、本日の話し合いで出た意見はアメリアがまとめてほしい。あまり労力をかけないでくれ。本日出た意見をKJ法(注7)みたいな感じで、関連をA3で1ページのダイヤグラムにまとめてくれたら良い。
明日にでもまとめたものを、このメンバーにメールで送ってくれ。
ああ、それから次回の開催を調整してくれ。
メンバーはそれを見て、対策すべきこと、これからやるべきこと、そんなことを考えて、簡単でいいから羅列して開催日前にメンバーに送信すること。

磯原君には追加の宿題だ。今までのいきさつを見れば当社の環境マネジメントシステムは不十分なことを実感した。 磯原 そういうことがないようにするにはどうすべきかを考えてほしい。わしはその対策にはISOとか認証とかが、直接的には効果がないと思える。形ばかり整えるのでなく、シンプルで有効なことを考えてほしい。

それから佐久間さん、あなたの今後のことだが、千葉工場の工場長には更新審査のためにテンポラリーの応援とお願いしている。だから年明けには戻らないとならないのだ。
佐久間 だが今議論したことを考えると、そもそも本社・支社のISO認証をどうしようかという話もあるし、更に言えば工場のISO審査をどうするべきかも検討課題だろう。
また佐久間さんが言っていた各工場の情報交換も公式にシステム化することも必要かと思う。そんなことを考えて本社に転勤してほしい。
そして本音を言えば、佐久間さんは間もなく定年だが、それ以降もこちらで嘱託として働くかどうか考えてほしい。通勤が大変かもしれないが、まあ一生のうち数年ラッシュを体験するのも良いかもしれんぞ。

アメリア アメリアは今回のISO更新審査の体験をまとめてくれ。英文にして出張報告に添付すれば、向こうのボスの覚えもめでたいだろう。売り込めば載せてくれる雑誌があるかもしれんぞ。
まあこれだけでなく、学んだこと、考えたことをまとめなさい。3月まではまだあると思っているかもしれんが、あっという間だ」


うそ800 本日の偉業

今回は文字数がたったの5,700文字しかありません。しかしそれがこの物語始まって以来の偉業なのです。
初回に一話6,000字以下にすると宣言しましたが、それを達成したことはなく、ほとんどが8,000〜9,000字でした。第9話に至っては12,500文字という金字塔()。
今回やっと約束を守れました。これはもう偉業と呼ぶしかありません。

それとも異形でしょうか


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注1
労働安全衛生規則の第151条の14に「フォークリフト等の車両尾計荷役運搬機械を荷の吊り上げ、労働者の昇降等主たる用途以外の用途に使用してはならない」と禁止されているが、「労働者に危険を及ぼすおそれのないときは、この限りではない」と但書がある。

注2
同志 ぶらっくたいがぁ氏は審査員を面接して諾否を決めていたという。そこまでするのか?と言いたいが、そこまでしないとだめなのだろう。
なおISO17021では氏名と経歴情報を顧客(審査を受ける企業)に知らせれば良いとあるが、どこまで情報を提供するのかは明記されていない。過去の審査トラブルと力量がわかる程度の情報提供は必要だろう。

注3
これはISO14001初版から序文にある。というか、むしろISO14001はそれに基づいて環境マネジメントシステムを作るのが本意であり、第三者認証は規格の使用方法の一例に過ぎないように思う。
なぜか第三者認証がメインで、自己宣言が従で、いつのまにかしっかりしたマネジメントシステム構築はどこかに行ってしまったようだ。

注4
ネットを見ると自己宣言した企業は結構ある。
サラヤグループ
(株)オリコム
東京都府中市
田中科学機器
東京都港区
(株)コバリキ

注5
注6
簡易EMSがいかほどあるかというのは統計がなく分からない。きわめて多いことは間違いない。自治体の設けているご当地EMSは相当数になる。東京都だけでも三鷹市、中野区、中央区、板橋区、北区、町田市……全部の区や市ではないがたくさんある。
仮に100種類あるとし、1種類で100件認証しているとしても1万になる。これに大手簡易EMSを加えると、その合計はISO14001認証件数の2倍は軽く超える。

注7
アメリアはアメリカ人だからKJ法を知っているかと疑問に思った。アメリカのGoogleでKJ methodでググると、たくさんヒットした。アメリカでも普通に通用するようだ。





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