ISO第3世代 60.人材育成3

23.03.23

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

昨年一年間のいろいろな問題を反映して、工場の環境担当者教育を今年度の課の実施事項の一つにした。
今日は午前中、具体的に環境担当者教育をどうするかという意見交換会である。柳田は庶務であるが、最古参ということとメンバーも少ないから参加してと上西が声をかけた。
ということで環境管理課全員…といっても4名が会議室に集まった。

上西柳田磯原増子
上西課長柳田磯原増子
公害庶務電気廃棄物
年齢順に並べてみました。
あっ、セクハラでしょうか?

上西 「私がここにきて3月が経ちその間いくつかトラブルもあったし、また過去の記録を見ていると、結構問題が起きている。連休後に監査部と昨年度結果について打ち合わせ(第58話)を行ったがそこでも監査結果の対策を求められている。

そういった問題の原因を調べると機械や施設の老朽化とかメンテ不足もあるし、まったく予想外の事が起きたというのもあるが、過半は担当者の力量不足、つまり操作を知らないとか教育されていないということのようだ。

ということで環境担当者の教育をしなければならないわけだが、過去の実施状況もわからない。というわけで、仕組みとか方法とか、環境教育をどう考えるか、そんなことを今日は自由に発言してもらいたい

柳田 「あ、私が書記をしましょう。どういう風に進めていきますか?」

上西 「全く自由の意見交換をしよう」

磯原 「全くの自由といってもなんでしょうから、まず私が先日の監査部との話のサマリーを述べましょう。
次に柳田さんから過去に環境部や施設管理課が行っていた環境教育について話してもらえますか。
そして工場にいた我々、上西課長、増子さん、私が工場で見聞きしていた環境教育について発表しましょう。
それまででせいぜい30か40分でしょうから、それを踏まえて自由討議としてはいかがですか」

上西 「ああ、それでいいよ。じゃ1番目から、監査部の件だな」

磯原 「監査部が主宰、環境管理課協力によって、昨年は工場や関連会社の環境監査を行いました。その結果見つかった問題は次のようでした。」

区分原因件数%具体例
事故(顕在・潜在)事故の予測不十分311漏洩範囲の予測が甘い
設計・施行不適切28ステンレス材質選択ミス
点検・保守不適切415定期点検で配管の水密検査をしていない
法に関わるもの法規制知らず8l31l書類保管期限・許可証期限知らず
仕事間に合わず14提出書類そろわず
計画性なし28有資格者育成遅れ
仕組み不十分内部監査機能せず622遵法を見ていない/真の原因まで至らず

柳田 「発言します。ええと磯原さんがお書きになった表を見ると、法規制を知らず、内部監査機能せず、点検保守不適切、事故の予測不十分で8割になります。
ということはパレートの法則で、重点的にこの4項目を対処すればよいということになりますね」

上西 「それでいいと思う。となると次は、対象者は誰か、教えるべき項目は何か、方法とかを議論することになるか」

柳田 「分かりました。とりあえずこの段階では現状の問題について認識するということで」

磯原 「まだ私の話が終わっておりません……と言っても柳田さんがお話したことの繰り返しになりますが……そういったことが原因で起きているということです。
それ以外の項目も元をたどれば力量不足になりますね……但しそれを補うために教育すれば良いかとなると、教えるべき基準や手順が確立しているのか、それは文書に定められているかをはっきりさせないとなりません。もしあいまいなら最初に枠組みを決める必要があります」

増子 「磯原さんの言っていること分かります。そもそも環境業務の手順や基準について全社のルールってあるのですか?」

上西 「あるのかな?」

柳田 「会社規則では環境管理について種々定めています。もちろん法規制のように細かく書いていませんが、手順の概要を定めていますし、具体的基準は何に依るか記述されています」

上西 「そうなのですか……ということは担当者が会社規則を見ればよいわけだ」

柳田 「いえ、会社規則は工場で即使うものではありません。工場はそれを工場規則として展開する義務があります。言い換えると会社規則の中で、工場が該当することについて具体的に工場規則に展開しなければなりません。もちろん工場規則にすべて書くのでなく、その下位文書、私はあまり細かく知りませんが要領書とか手順書とかにするのでしょう」

上西 「となると工場での展開不足になるのか?」

増子 「いや担当者が工場規則を読んでいないせいかもしれません」

上西 「なるほど、そういうこともあるか」

磯原 「ちょっと待ってください。それは一般論としてあるということですが、今 我々本社環境管理課が工場の環境担当者教育をしようとしているわけですが、それが会社規則に定めてあるのかという意味で私は話したつもりです。
私が調べたところ、そういうことをすると決めていないようです」

注:教育をルールで定めていないならISO規格に不適合だとおっしゃるかもしれない。もちろん教育訓練に該当することはISO対応の文書で定めているだろう。そうでなければ不適合だから。
だが、その会社の文書体系において、親子関係が正しくあって教育訓練を定めている組織はいかほどあるだろうか?

私は、なにごとかを会社規則で定めるとは、上位の規則で環境教育をすると定めて、その下の規則で誰がどの対象にどのような教育をすると定め、さらにその下の規則/細則で具体的実施事項を決めているような形態をイメージしている。法律と施行令、省規則を見ると、その精緻(と言うほどでもないが)な関係が分かるだろう。
そのような立派なものはあまりないというか、そもそも文書体系を調べれば叩かなくても埃がいっぱいありそうだ。

ISO規格対応の文書を見ると、そもそも単独で存在しているのが多い。単独で存在するとなると、その存在とその効力を裏付けるものは何だろう? そんな面白いというか欠陥というか、親子関係のない規則、ててなし子の文書、スパゲッティのような文書関係、たくさんある。もし、当社の規則体系は傷一つ、齟齬一つない自信ある会社なら、ぜひ拝見したい。

柳田 「ああ、ごめんなさい。おっしゃるように本社の環境管理課あるいはその上位組織生産技術本部が、工場の担当者教育をするということを定めていませんね。
昨年の環境監査員教育のように、今年度だけするなら公文ひとつで済むでしょうけど、恒常的に行うのなら会社規則を改定することになりますね」

磯原 「監査員教育も昨年だけのつもりではないのですがね……
それはともかくどちらにしても元から規則で実施事項として決めてあれば、有無を言わさず公文ひとつで推し進められますが、定めていないなら工場と事業本部にネゴして了解を取らないとなりません。
となると、工場であまり時間とか費用が掛かるものは難しいでしょう」

増子 「とりあえず今年はなにかひとつ実績を出さないとまずいでしょう。とりあえずやってみるということで、いいんじゃないですか」

磯原 「それじゃ今年度は会社規則にないけれど、種々の状況を鑑みて試行してみることでよいですか?」

上西 「それでいこう」

磯原 「それなら、工場や関連会社にはそういう趣旨で発信することとします。
では私の話は終わりです。次は柳田さん、お願いします」





柳田 「今日のテーマというか前提をここに来てお聞きしましたので、事前勉強はしてきません。それで漏れることもあると思いますが、そのおつもりで……
過去に本社が行った環境担当者の教育って、実はあまりないのですよ。
ええと元より廃棄物担当者はどこでも現場で定年間際となった方々が異動して担当する仕事のようです。皆さん見よう見まねでやっているようで、契約書とかマニフェスト票のミスは毎年のように問題になっていました」

上西 「毎年問題になっていたなら、過去の時点で手を打っていないと問題だよね」

柳田 「廃棄物担当は今まで奥井さんでした。もう10年くらい前から業界団体の廃棄物研究会で廃棄物マニュアルを編纂すると語っていましたが、いまだに形になっていません。
打ち合わせ もちろんマニュアルをまとめなくても、発生した問題について通知なり事例集などで関係部門に知らしめれば良いと思いますが、そういったこともしていません。

公害担当は山下さんが担当していました。彼も本社に来て10年ほどになりますが、環境教育というのはしていません。彼がしていた環境教育関係というと、産環協から公害防止管理者講習会の開催の通知があると、それを工場に転送していたくらいですか」

注:産環協とは(一社)産業環境管理協会の略。公害防止管理者試験と資格認定講習の実施、企業の環境担当者向けの講習会などを行っている。
以前はISO14001審査員登録機関だったが、その業務は2019年10月からJRCAに移管した。

柳田 「廃棄物と公害以外は、2年前の組織改正でここから切り離されて他部門に行ってしまいました。どんなものがあるかというと、ええとPRTRは教育したことないですね。教育など不要だったのかしら?
最近の欧州の化学物質規制は、環境部時代も施設管理課時代も事業本部が主導権を取っていて、環境部門は何もしませんでした。
電気関係は環境ではなく生産技術課が担当です。教育しているかどうかは存じません。
要するに本社が音頭を取って環境担当者教育をしたという実績は皆無に近いです」

上西 「環境担当者の教育というのは工場任せだったのですね」

柳田 「はっきり言ってそうですね」

磯原 「それじゃ次の項目で、工場での環境担当者教育についてに入りましょう。
まず、上西課長のいた岩手工場では、環境担当者教育としてどんなことをしていたのでしょう?」

上西 「私のいた岩手工場は規模が大きくて、現場には20名以上いた。その他に社内外注が30名くらいいたな。事務所も20名はいたね。ボイラー、排水処理、施設管理、廃棄物、建屋と植栽と別れていて、それぞれ技術系が2・3名いた。工場構内の清掃はまた別の社内外注で、それは総務管轄だった。

大学出て配属されると皆、公害防止管理者は全部受験するような雰囲気があった。人の余裕があるから製造現場作業の要領書と同じ感覚で、公害防止施設の作業要領書を作成していた。廃棄物処理も作業ごとに法規制や危険性などを網羅したものを作っていた。
だから現場の人が替わっても、その要領書を基にスタッフが就業前の教育をしたし、作業現場にもそれが掲示されているから、分からなかったらそれを読んで仕事するという体制だったな」

増子 「それは公害や廃棄物など、すべての分野で文書が整備してあったのですか?」

上西 「すべての分野というと、ええと……確かに公害防止は排水処理施設、大気関係だとボイラーの運転・点検・整備そして除塵機のメンテとか、中和での汚泥処理とか……確かに先輩時代から連綿としてきたものがありましたね」

増子 「よほどパワーがあったのですね。私のいた愛知工場では事務所が3名、現場が10名でしたからとてもそこまで手が回りません」

柳田 「増子さんのところではどんな教育をしていたの?」

増子 「私は廃棄物だけだったけど、毎年 定年間際の新人が来ると、特別管理産業廃棄物講習を受講させるのが唯一ね。とはいえこの講習会はめったに開催されないし希望者が多いから、下手すると環境課に異動して退職するまで受講する機会のない人もいたわ。法的には1名いればいいわけだけど、まともな教育を受けてないわね」

磯原 「私の勤めていた工場では、どの担当でも前任者が口頭と個人的な覚え書を伝えて引退という流れでしたね。
こんなことで大丈夫なのかなと思っていましたが、私は同じ部署でしたけど環境とは無縁の電気関係でして、余計なことは言いませんでした。
電気のほうは電検二種を持っている人が退職するというので資格を取りましたが、これは教育というより受験勉強ですね。まあ体系立った教育制度なんてまったくありません」

上西 「そんな状況を知っていて、磯原君とか増子さんは改善しようとしなかったのか?」

磯原 「確かにそうすべきでしょうけど、現実には私も電気関係をひとりで担当していたわけですよ。大きな仕事は外に工事を出しますが、蛍光灯が切れたなんていうとはしごをかけて交換するとか、コンセントの設置とか配線を動かすなんて私自身がしていましたからねえ。ご理解いただきたいですが、休みを取るのも大変な状況でしたよ」

増子 「先ほど上西課長のいた工場のお話を聞いて驚きました。まず課のメンバー皆がフル残業でしたし、連休は工事で立会、教育どころか休みをとるのも難しい状況ですからね。
そうだ、課長、工場の環境担当者の勤務状況を調べて、全社的に環境とか施設管理の増員補強を検討すべきじゃないですか」

上西 「いや……それは」





柳田 「先ほど本社は環境担当者教育と言えるものはほとんどしてないと申しましたが、全く何もしていなかったわけでもありません。
まず毎年上期下期に工場や関連会社の環境担当部長……本社では工場で環境管理をしている部署を管理している部長級を環境担当部長と呼んでいます……に集まってもらって会議をしています。
そこで方針とかいろいろ話をするのですが、前期に発生した事故や違反などをまとめて解説しています。

当然、環境担当部長は工場に戻って環境部門にその情報を周知されていると思います。それも教育でしょう。
上西さんは工場で課長でしたから、そういう資料はご覧になっていたと思います。部下に周知徹底されていたのでしょうか?」

上西 「は! そんなこと初耳だよ。全く聞いたことがない」

柳田 「そういう会議に部長が出ていたことはご存じですよね?」

上西 「覚えていない。資料を回覧していたら覚えているはずだけど」

増子 「それじゃ昨年本社から配られた監査結果の冊子はご覧になっていませんか?」

上西 「以前、磯原君にも聞かれたが見た記憶はない。どこに消えたんだろうね?」

柳田 「上西さん、元の職場の後任者に電話して、今年の環境担当部長会議の資料が回覧されたかどうか聞いてみたら……、上西さんに代わってからのことですから」

上西は業務用として配られているスマホを取り出して電話をかける。

上西 「あ、塚本君、俺だよ、上西、そうそう、元気だよ、課長の気分はどうだい?
電話する ちょっと聞きたいことがあるんだけど、4月かなあ〜、本社で環境担当部長会議ってあったんだけど、部長は出席したかい?
そう、配付資料は見た?
  ……
そうか、どうもね」

上西 「部長がその会議に出席したのは間違いない。戻ってからその会議の話はしていないって。配付資料の回覧もない」

柳田 「どこもそんなふうなのかな?」

増子 「私のところは毎年のその会議資料は回覧されますね。正直言って中を見る暇もなく、パラパラ見て次の人に回してますけど」

磯原 「それじゃ前期にどんな問題が起きたかなんてご存じないですか?」

増子 「申し訳ないけど……」

柳田 「環境担当部長会議で配っても意味がないようね。コミュニケーションが悪いのね。
ということは本社で環境担当者教育資料をまとめて配っても、意味があるとは思えないわ」

増子 「いっそ環境担当者宛てに、メルマガのようにメールで発信したらどうでしょう」

上西 「こちらから聞きたいけど、工場では毎月環境状況報告ってのを本社に出している。そこに主たる出来事、環境施設の定期点検とか投資計画の進捗、大事なことだけど事故や事故未満があったかどうかとか、人の異動とかを報告しているんだけど、あれってどのように活用しているんだろう」

柳田 「以前はそれをまとめて生産技術本部からの定期報告の一部にしていたのですが……一昨年に工場が真実を報告していないことが多いと判明したので、生産技術本部の報告に入れていません。つまり報告は無視されています」

上西 「活用していないなら、止めちゃいばいいんだ。工場では何時間か手間をかけているんだから。は本社の怠慢だね」

磯原 「実は一昨年そういう意見も内部にありました。しかし山内さんが継続すると決めた。なぜならその後も嘘をつくのかどうか見るためです」

上西 「うへぇー、性悪説か。で、その結果はどうなんだい?」

磯原 「あまり正直じゃないようです。監査で事故未満でも本社に報告するものを報告していないというのがいくつも見つかっていますが、それらを定期報告に書いていたというのはまずありません。
多くの工場で問題発生時に本社に報告していないだけでなく、事後にも報告していないのです」

上西 「それは……まずいな」





結局半日語り合って、工場によって状況が大きく違うということを知ったにとどまった。
一応まとめとして基本と専門知識に分けて、工場で教育できるような資料は本社で作るなり一般書なりを引用して形だけは体系を作ろうという話になった。

監査部の環境監査に参加する人の教育と資格要件は明確にして監査部の環境監査規則の細則にすることにした。

上西 「なかなか進まないもんだなあ〜」

柳田 「まあまあ、今までの歴代部長課長が全然進まなかったのに比べれば偉大なる一歩ですよ。ゼロはいくつかけてもゼロ、少しでもゼロでなければ成果です」

増子 「他部門に関わることはおいといて、とりあえず環境管理課の担当である廃棄物と公害防止だけでもスモールスタートしましょう」

磯原 「文書を作っても、使ってもらえないと意味がない。管理職宛を止めて、担当者宛にしないと」

柳田 「まあまあ、ポジティブに考えましょうよ」

武士は食わねど高楊枝 道は険しそうだ。
柳田ユミがポジティブで明るいのは、責任が及ばないことが明白だからだ。
現実に仕事で問題が起きたとき、表情だけは明るくしているのは部長/課長と庶務/アルバイトである。
責任者は部下の士気を落とさないよう武士は食わねど高楊枝であり、他方は責任がないから気楽である。


うそ800  本日の暴露話

話が進まなくてつまらないと思うでしょう。確かに行ったり来たりでつまらない話です。でも会社だけでなくいかなる組織でも、何事かしようとしてもなかなか進まないものです。
大企業ですと前例踏襲が基本で前例がないと言われますし、小企業ですと人も金もないからできないと言われます。

じゃあお前も何もしなかったのかと言われそうですが、良くぞ聞いてくれました!
私は自分がこれは良いと思いつくと、好き勝手に試験したり試作したり、資料を作って配布したり、それを使って社内講習会をしたり、自由奔放でありました。それを許してくれた上司がいたからですけど。
おっと、文句言われたことも数知れず。


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