ISO第3世代 74.助っ人来る1

23.05.29

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

4名しかいない環境管理課で4名も増強することに、影ではいろいろ噂が飛んだようだが、人事部も了解済であり、今年の春までは6名いたこと、工場で環境事故や違反があったことなどから、表立っての異論はなかった。
言い方を変えれば、人を減らしたから事故が起きた。だから従来に戻すとも見える。
いや本当を言えば、以前なら事故が起きても気がつかない人たちだったので、まともな人たちに変えたから事故に気が付くようになり、事故を無くすために補強するというのが正しいだろう。


候補者の身体検査結果、問題なしとなり、工場の人事に工場内の調整を依頼した。

ダメ。絶対。不倫
⌇⌇⌇
💓
不倫
奥様

注:この身体検査とは、政治家の身体検査と似たようなものである。もっとも政治家の場合は、カネ、異性、スキャンダルなどであるが、企業ではそんな重大なことではない。
まして人事異動であれば、既に社内で雇用しているわけで、大きな問題があるわけはない。業務によって反社会的勢力との関りある人を除く程度である。

具体的には候補者AとBがいて、Aは真っ白だがBは不倫しているとか多額債務者なら、わざわざBを選ぶことはない。
不倫は犯罪ではないが、奥方とか代理人が会社にやって来て騒ぎになることは芳しくない。不倫しているなら採用や異動を止めといたほうが吉である。

本社人事部から候補者4名について工場に打診すると、まずはどこも貴重な人材だと出すのを拒否するのが通例だ。三顧の礼ではないが二三度やり取りをして、最終的に、田中、坂本、石川については工場側と本人の同意を得た。
福田は公害防止管理者の資格者が足りないという理由で拒否された。本人が本社転勤の話があったと知れば地団太を踏んだだろうが、福田のあずかり知らぬところで話は消えた。
その代わりとして大山は論外だから、宇部工場に問い合わせた結果、岡山に決まった。


人事発令する前に山内と上西が各工場に行き、工場長に挨拶と本人に面接して異動の話をする。

田中は本社の環境管理課と聞いて、嘱託をしないという話などなかったような雰囲気で喜んでいた。
田中幹也 仕事は、当社の環境実施計画の指導と進捗フォローと、工場や関連会社の事故発生時の対応などと、上西課長が磯原から聞いたことをそのまま伝える。田中はそれを聞いて、任せてくださいと自信満々である。

山内が、田中君は嘱託をしないと公言していたと聞いているぞと茶化すと、そんなことを語った覚えはないとしらっと応えた。
異動の辞令が出れば夫婦で東京近辺に引っ越すという。山内が日本アルプス山麓に住む計画はどうしたのかとからかうと、それも記憶にないと答えた。
なお人事異動発令日時点では、まだ田中の定年日が来ておらず社員である。


坂本は本社転勤の内示をありがたく受け取った。現在、坂本は環境課で余り者扱いされていて居場所がない。定年になったら、近場の他社の環境管理の仕事を探そうと考えていたところだ。 坂本勇人 もし嘱託で雇用してくれるなら44年特例に該当するからありがたいという。
ただ通勤するのは、現在住んでいる家から静岡駅までは遠く無理という。単身赴任で一人暮らしはできないし、嘱託の身分では単身寮の利用ができない。
とりあえず社員でいる間は単身寮に住むことにして、2年後に嘱託になったのちは静岡工場駐在でも良いという話にした。山内はその頃には自分はいないだろうと、未来の後任者に投げておしまいだ。


高崎工場に行くと、工場長はじめ部長も、予想外に満面の笑顔で石川が本社勤務になることを喜んだ。 石川リカルド 高崎工場で飼い殺しにするよりも、高崎工場出身者が本社で活躍してくれたほうが良いと考えたのだろう。
工場長は、その場に石川を呼んで挨拶させた。石川も宝くじで1等が当選したような笑顔である。
高崎から東京まで通勤もできるが、石川は通勤できるところに引っ越すという。


宇部工場に行って工場長と会うと、扱いに困る岡山を引き取ってもらってハッピーという顔をしている。 岡山一成
岡山本人も、今までいろいろなことをしてきて、それなりに成果を出してきたつもりではある。そして今の職場ではやりたいことはやった思いがあり、新たなことに挑戦したいという。
山内はそれを聞いて、いろいろ手を出すのは良いが、途中で放り出すなよと釘を刺した。それは口だけでなく、山内は心底から心配している。


****

2018年10月1日月曜日の朝、4名は本社に初出勤した。
山内が環境管理課の全員を集めて人事異動の説明と転勤者の紹介をする。山内の話が終わると、上西課長に業務内容を説明するようにと言うと、上西課長は磯原に説明してくれと丸投げだ。山内は苦笑いである。
磯原はまたかという顔をして、4名の仕事は磯原個人としては計画していたから、それを説明する。

4名いずれも引き継ぎということでなく、今まで誰も担当していなかったことをしてもらうことになる。田中の仕事は正しくは本来課長がしなければならない管理業務をしないから田中にしてもらい、同じく上西課長の担当である緊急事態対応と公害防止関係を坂本に担当してもらう。
もちろん説明では本来は上西課長の仕事であるとは言わない。言わないが柳田も増子も、当然山内も分かっている。田中だって坂本だって仕事内容から想像はついただろう。知らないのは亭主ならぬ上西課長だけだ。

会議室 坂本は公害防止関連の標準化と運転の点検、指導をやってもらうこととした。どこも担当者の育成が成り行き任せで体系立っていない。ゆくゆくは全社共通の仕組みを作っていきたいと磯原は考えている。
とりあえずレベルアップを図るために、全社の工場と主たる関連会社を巡回して現場の指導と作業標準の点検をしてほしい旨、そして事故発生時は現場に飛んで指揮を執ることをお願いする。
坂本は自分の得意とする仕事で満面の笑みである。
週一くらい本社に顔を出すだけならテレワークでも良いのではないかと坂本は発言するが、それについては今後の検討と磯原は答えた。


石川は当面増子の下について廃棄物行政(下記注)の仕事を学んでほしいこと。今まで増子だけでは多忙で進んでいなかった廃棄物削減とリサイクル推進について増子と話し合い計画を立てることを指示する。

石川はそれを聞いて了解したと答えたが、廃棄物処理費用削減などたかが知れているから、微々たる費用削減にパワーを投入するより、遵法の徹底、廃棄物業者の監視監督のほうに注力すべきと意見を述べる。
磯原はそれはそうなのだが廃棄物担当が二人になれば、遵法だけでなく廃棄物削減やリサイクルの推進もしなければならないと説得した。

注:このときの「行政」とは、「立法・司法・行政」の行政ではない。企業内で「行政」という場合、アドミニストレーションの意味で、会社などの組織において「ルールに基づき業務を管理(具体的には支援と統制)すること」で、本社機能そのものである。


岡山に決まったとき、福田にやらせようと想定していたことを、そのままさせるのは不適当と考えた。当初は福田の予定だったので公害防止施設管理の標準化と教育を想定していた。福田と違い、岡山の今までの業務経験では、公害防止施設管理の標準化といってもすぐには使い物にならないだろう。それでそれは坂本にお願いすることにした。
岡山には監査部の環境監査対応全般、すなわち監査員の教育、監査員派遣計画、監査結果の分析とフィードバック、及び当社グループの環境担当者教育制度の検討をしてもらうことにした。今まで手を付けてないまっさらな原野だから岡山にとってはやりやすくまた成果を出しやすいだろう。

岡山は今までまったく未知の仕事でも、先入観なしに取り組んできた経験が豊富であり、磯原が言うことは半分も理解していないがチャレンジするものができたと単純に喜んでいる。


話しながらチラチラと上西課長を見るが、何か発言する様子もないので、磯原は話を進めた。

磯原 「ええと、本日、これから午前中一杯は、転勤してきた4名の方を、柳田さんが案内して本社内のツアーをお願いします。会議に行くにも、外から来た人に会うにも、どこに何があるのか知っておかないと困ります」

柳田ユミ 「承知しました。ついでに1階2階のショッピングフロアと地階の飲み屋街も案内しておきますね」

磯原 「それなら地下3階の「スラッシュビル管理(第28話)」も案内してほしい。その他、コピーや製本をしているスラッシュプリント、情報システムの委託先も地下3階にあったね。そういったところを一通り教えてください。警備会社まではいらないだろう。
そうそう、役員区域とか情報システムのセキュリティ区域など、立ち入り制限のところも教えておいてほしいな。
最終的に昼前には事務所に戻ってきて、昼食の説明をしてほしい」

柳田ユミ 「かしこまりました」

磯原 「午後は石川さんと岡山さんの二人に、私から仕事の詳細な話をしたいのでこの会議室にお集まりください。
ええと私は体が一つしかないので、田中さんと坂本さんへの説明は、明日にしたいと思います。お二人は今日の午後はフリーになりますが、もし石川さんたちの話を聞きたいなら同席されてもよし、本社の知り合いに挨拶回りするなら、そうしていただいてもよろしいです。
そうそう、柳田さん、田中さんと坂本さんが挨拶に行きたいところを聞いて、午前中のツアーのときに場所を教えておいてください」

田中 「私は特段挨拶回りはありません。石川さんと岡山さんのお話を、脇で聞かせていただきたいです。よろしいですか?」

坂本勇人 「田中さんのご意見に賛成です。私もそうさせてください」

岡山 「お互いの仕事を知ることは重要です。私は明日の田中さんと坂本さんのお話のときには陪席させていただきたいですね」

結局、それぞれに対する仕事の説明をするときに、全員一緒に聞くということになった。どうせすぐには仕事に取り掛かれるわけではないのだから、その方が良いだろうと磯原は思う。

上西 「私も磯原君の話を聞いてもよいかな?」

山内 「おいおい、上西君、それを言い出すなら、この打ち合わせも各人への仕事の説明も、磯原君にさせるのではなく、君がするべきではないのかね。
それに二人がかりですることではあるまい。それほど暇ならこの4人に来てもらう必要がなかったわけだ」

上西 「あっ、やはり磯原君に任せて、私は仕事をいたします」


戦闘において兵士が恐怖を感じるのは劣勢の時ではなく、指揮官が無能だと気付いたときというのを本で読んだことがある。会社では上長が無能でも恐怖は感じないだろうが、やる気はなくすだろう。
そしてまた指揮官や上長が無能だと、職場のモラルもモラールも低下する。まして命令がたびたび変わるようでは、職場の規律は完全に崩壊する。だって、いつ何時取り消されるか分からないことを、熱心にする人がいるわけがない。

注:モラル(moral)とは道徳とか倫理のことで、モラール(morale)は士気とか意気込みのこと。エンコーはモラルが低く、私は常にモラールが高い(謎)


つい最近、コロナ流行時のことである。研究会のようなところで私が経験したこと。
会長が、私に○○係を担当せよという。別に異議がないから承った。
いろいろなイベントがあると、その準備とか対外交渉とかあるわけだが、私がそういうことをすると、 怒るぞ 会長が「それは既に自分が決めておいたから、この通りしろ」とか「○○氏とは私が話をするから、お前は交渉するな」と苦情というか命令が来る。
二三度は分かりましたと従っていたが、もう私の立場も何もなくなってしまった。
どうせ大したことのない団体だ。会長と一戦を交えて、その会を脱退した。驚いたのは、会長は自分が悪いことをしたという認識がなかったことだ。
権限を委譲したときは、委譲したほうもしっかりとメリハリのある行動をとらないと問題が起きる。どうしても口出ししたいなら、任せるではなく、手伝ってほしいというべきだ。


****

じゃ挨拶は終了と磯原が言うと、皆ぞろぞろと会議室を出ていく。上西が立ち上がりかけると、山内が声をかけた。

山内 「上西君、ちょっといいかな?」

上西は座りなおす。

山内 「以前も話したけれど、君は環境管理課の課長だ。課長というのはお飾りの名誉職ではない。自らが企画し決定し人を動かし成果を出さなければならない。
しかし見ていると君は課長という職は部下が提案してきたことを、OK/NGの決裁するのが仕事と考えているようだね。

昔のトップは天皇陛下も将軍も大名もおみこしに担がれて、下から上がってきたものによきにはからえと言うだけだったのかもしれない。
だが今のトップは首相も社長も、自らリーダーシップをとって国を動かす、会社を動かすようになった。

ましてや課長はハンコを押すのが仕事じゃない。企画は部下と一緒に作る、部下と一緒に現場に出る、状況報告は部下から受けるのではなく、日々自らフォローするというスタイルでないと務まらなくなった。君にはそういう行動を期待している」

上西 「私が岩手工場にいたときは課長というのは動かずに、部下の提案や活動結果を評価するという仕事でした」

山内 「岩手工場はそうかもしれない。しかし熊本工場の事故の後に、君をこの部屋に呼んで話したことを覚えているか?第67話)」

上西 「ええと……」

山内 「あのときわしは、自分が考えたことを自分の口で話せといったはずだ。
転勤してきた人にどんな仕事をしてもらうかを伝えるのは、管理者である君の役目だ。どうして今日も磯原に説明させたのか?」

上西 「ええと、元々、環境管理課に補強が必要と言い出したのは彼でしたし、今回のメンバーが決まったときにどんな仕事を割り振るのかも、彼が考えました。私は彼から説明は受けましたが、彼の考えたことを私が話すのも失礼かなと思いまして」

山内 「君は指揮とか決裁ということの真髄を知らんな。指揮官は検討し決定し命令するのが仕事だ。もちろん自分一人で情報収集もできないし、多様な条件を考慮して最善策を考えることも難しい。だから副官がいたり参謀がいたりする。
副官とか参謀とは軍隊の用語だが、企業ではそれをアシスタントとかスタッフと呼んでいる。
言いたいことは、情報収集や案の作成は任せても良い。だが決定するのは管理者であり、それを命令するのも管理者だ。管理者に権限がありその結果責任を負うからだ。
磯原が人が足らないと言ったとか、他人事のようなことを言うな。君はそれを是としたのなら、君が自分の課の負荷に対して人が足りないと判断したのではないか? 違うのか?
磯原が、転勤者にどんな仕事をさせたいと言ったとかでなく、上西課長は誰に何をさせたいと考えたのか? 考えてないのか?」

上西 「ええと……私はどうすればよかったのでしょうか?」

山内 「君は練習問題を解くのは優秀だが、実際の問題を解くのは得意ではないね。
今検討すること、決定することがあるとしよう。君のアシスタントとかスタッフとして課員がいる。彼らに情報収集とか対策案の提案を命じるのだ。

そして出てきたものを見て検討し最善と思うものを選択するでもよいし、それを参考に自分が案を考えてもよい。いずれにしても自分が最善と考えたものを選択し、自分の決定として命令する。そのとき誰が考えたかは問題ではない。自分が……権限者が決定したという事実が重要だ。

だから今回のことなら、転勤してきた人たちに何の仕事をしてもらうかは、磯原の案が良ければそれを採用してもよいが、採用した瞬間に上西課長の決定となり、上西課長の権限で業務を命じるのだ。
そんな当たり前の基本的なことを言わせるな」

上西 「すると今回は磯原の提案を採用したのだから、それを私が説明すれば良かったということですか?」

山内 「そうだ。そしてその結果責任はすべて課長にあるということを忘れてはならない」

上西 「今日は磯原が彼の案を説明しました。それを実施した結果 問題があれば、それは磯原の責任になるのですね?」

山内 「なるはずがないだろう。課長の前で磯原が説明し、課長がそれを否定しなかったのだから課長が承認したわけだ。問題があれば課長の責任に決まっている」

上西 「日常の業務すべてがそうなのですか?」

山内 「当たり前だ。課長が命令したことも、都度に課長が指示しない規則に基づく日常業務でも、問題が起きたらすべて課長の責任だ。
謝罪会見 部下がチョンボをしたらすべて上長の責任。子会社で談合や粉飾決算があれば、親会社の社長が記者会見で頭を下げる。

当たり前だが、責任を裏付けるのは権限だ。上長は部下を管理監督する権限があるから、部下が問題を起こしたらその責任は上長にある。
親会社の社長は子会社を監査する権限がある代わりに、子会社で問題が起きればその責任がある。
権限が及ばないところに責任はない。もし持ち株比率が低くて監査できないなら、その会社で問題が起きても責任はない。当然だな」


注:関連会社、関係会社、子会社の関係は下表のようになる。
実際には株式保有率だけでなく、融資額や事業における支配状況によって判断される。

関係会社子会社通常は子会社とは50%を超える議決権を持っている場合をいうが、持ち株がそれ以下であっても実質的に財務や事業の決定に影響力があるときは子会社扱いされる。
関連会社保有株式が50%未満でも20%を超える場合は、影響力が大きいとみなされる
それ以外単なる関係会社
但し冠称会社(社名に親会社の名前が付いている会社)の場合は、事故など起きるとグループの名が既存されるとして、株保有が少なくても監査などをすることもある。


上西 「課長である私が、問題について十分な理解をしていない場合はどうなるのでしょうか?
例えば今回の場合、当社の環境管理状況を私はよく把握していないわけです」

山内 「いやはや、大学を出て20年選手の社員が、しかも本社部門の課長に任じられた者が、そういう質問をすることに驚くよ。
まずその職務を執行する能力のない者をその地位に就けたことが間違いだろう。
しかし周りを見てみれば分かるが、日本はメンバーシップ雇用と言われるように、職務を限定しないで雇用する。だから昨日まで設計で明日から製造とかいうことは普通のことだ。それは平社員も管理職も同じだ。
だから一旦その職に就いたなら、当人は努力してその職務を遂行する能力を身に着けなければならない。それができなければ職を辞すか、実務能力のある者を副官あるいは指導員に付けて育成するか、そんなことだろうな。

だがそんなことを語ってもしょうがない。実を言ってわしは最後に言ったパターンの指導者のつもりでいた。だから熊本工場でも、帰って来た後でも、機会あるたびに君に苦言というかアドバイスをしてきたつもりだ。
磯原も故意か無意識か知らんが、常日頃、君にいろいろと提案とかアドバイスをしているのを見ている。それに奴は事前通告もなく君から丸投げされても拒否していない。そういうのをよく見て考えないといけないぞ。
もし磯原がいなかったら君はどうするのか? 明日にも環境管理課は倒産か?

補強が必要になったとき、どこの誰がいいかを考えるのは無理としても、どんな人が欲しいのか、何をやらせるのかは君の仕事だろう。担当者にそれを考えさせるというのは職務放棄だろう」

上西 「……まことに申し訳ありません」

山内 「何か失敗して申し訳ありませんなら分かるが、積極的に動かないことを申し訳ありませんでは困る。人に動くことを期待するのでなく、積極的に人を動かそうとしないのかね?
ざっくばらんなことを言うと、君がここにきてちょうど半年だ。タイムリミットは近いぞ。環境管理課担当の事柄ならなんでも俺が対応してやると大言壮語するくらいにならないと、相手にしてくれる人がいなくなる。

これは冗談ではない。もしまたどこかの工場で問題発生したとして、事業本部の担当者が上西課長ではなく、磯原に相談に来たら面目丸つぶれだ。いや存在価値がないということだ」

上西は頭を机に当てるほど下げて黙っているだけだ。


****

そのころ柳田が率いる本社ツアーは順調である。
柳田はまず一旦、受付から外に出て、入社するときの手順、身分証明書をタッチセンサーに当てて入口のストッパーが開くのを見せて入り方を教える。それからロビーに行き、行幸通りが見えるところに座ってコーヒーを頼む。

柳田ユミ 「ここで飲み食いしたのを部門費に付けられるのは、社外の人と会った場合だけです。本社の人だけとか社内の人と会うときは自腹になります。
まあ本社の人や社内の人と会うのはロビーではなく、通常は会議室になるでしょうけど」

坂本勇人 「私らが社外の人に会うなんてまずないでしょう」

柳田ユミ 「いえいえ、関連会社の人が坂本さんに相談に来るとか、ISO認証機関が売り込みに来て田中さんが対応する、あるいは石川さんが排水処理設備メーカーを呼んで話を聞くなんてしょっちゅうありますよ」

岡山 「あれ、私の名前をお忘れですか。私にお客さんは来ないのかな?」

柳田ユミ

岡山
うかつなことは言えません
● ● ● ●
「岡山さんにはテレビ局とか新聞社が来るんじゃないですかね。 ただ報道機関関係は環境部門だけで会わず、広報部がアテンドすることになっています。というのは語ったことが記事になったとき問題にならないかなどチェックが入ります」

岡山 「なるほど、地方紙とは違うのですね」

柳田ユミ 「地方紙でも地方局でも同じですよ。工場なら総務が陪席するはずです。まあ、正直言って工場では総務もあまり気を使わないのかもしれません。

過去に某工場で環境活動の取材を受けた人が、雑談で新聞記者に休日はお店で働いていることをしゃべったそうです。新聞記者はその方がいろいろ活躍しているという意味なんでしょうけど、お店で働いていることを記事の中に書いて、それを本社人事が見て、ダブルワークは就業規則違反だと問題になりました。

大げさにしなければ会社は黙認したのでしょうけど、新聞記事になっては黙っているわけにはいきません。懲戒解雇にはなりませんでしたが、結局その方は退職してしまいました」


注:法規制はないが、就業規則でダブルワーク(副業)を禁止している会社は多い。現在、ダブルワークを認めようという方向にあるが、労働契約で決めている場合で、次のような場合は懲戒にあたるされる。但し、判例では一発で懲戒解雇は難しいとされている。
副業のために欠勤や遅刻が多いなど会社の業務に支障が出ている、会社の技術の漏洩、特に競合他社である場合、会社の名刺を使った場合、風俗関連など会社の品位を毀損する恐れのある時。

岡山 「うーん、それは大変ですね。記者も記事を載せる前にご本人に確認すべきでしょう?」

柳田ユミ 「そのときはゲラの確認依頼はあったそうですが、ご本人がダブルワークのことを問題と考えてなかったようです」

石川 「なるほど、社外に情報発信するときは注意しなければなりませんね」

田中 オレンジジュース 「ここに来たとき柳田さんがおっしゃった自腹の件だけど、今我々はコーヒーを、石川君はオレンジジュースを飲んでいるけど、割り勘で払うのかい?」

柳田ユミ 「あっ、ご心配なく。部門費で処理します。今日のみなさんはお客様です」

坂本勇人 「ヤレヤレ、柳田さんは融通無碍だねえ〜」



うそ800  本日 思い出したこと

私が社会に出た50年ほど頃、海外テレビドラマに「鬼警部アイアンサイド」という刑事物があった。調べると日本での放送は1969〜1975年とある。
サンフランシスコ警察のアイアンサイド警部は勤務中に撃たれ歩けなくなる。警察は彼の能力を惜しみ、部下3人を与えられアームチェア・ディテクティブ(現場に行くことなく推理で事件を解決する探偵や刑事)となる。事件が起きると部下に調査させ、その情報から警部が考えて事件を解決するというお話。
警部の吹き替えは若山弦蔵で、オープニングに「私は世に存在する悪を許すことは出来ない」と語るのがかっこよかった。

リボルバー ともあれ単なるドンパチでなく推理ものであり、警部と部下3人の葛藤もあり、厚みのあるドラマだった。
その物語のひとつに、こんな話があった。

事件を追っているとき部下の一人がある考えを述べた。だが警部はそのアプローチを否定する。しかし部下は自分の考えで捜査を進め解決する。その結果、警部の手腕がほめられる。
部下は自分の手柄にならなかったことを警部に文句を言うのだが、警部は皆の失敗は私の失敗なのだから、部下がなした誉れを自分が受けるのは当然だと答える。
このときアイアンサイドが<当然>という表情で、<すまない>とか<分かってくれ>という言葉を語らないのに驚いた。
そして責任と権限というものは、そういうものかと感じた。
企業において、部下の成功を独り占めする上司は多いけど、問題はそこではなくミスを部下に負わせることではないのだろうか。




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外資社員様からお便りを頂きました(2023.05.29)
おばQさま
大手企業の人事の内情がよく見えて、非常に面白かったです。

私は、前の大手企業では専門職だったので、こういう人事で、アレコレ人物評をして判断する体験はありませんでした。たぶん、自分もこんな風に批評されていたのだと思うし、登場人物の中では、岡山氏が近い感じで、外部発表も多いし自分の興味がある事は一生懸命だがそれ以外は手抜きをしていた気がします。 だから上司は使いづらかったと思います(笑)

責任と権限の話は、まさに仰る通りです。
自分が部下の立場だった時には、上司の指導がウルサイと思いましたが、人を使う立場になったら「全ては自分の責任」、だからこそ部下にやるべき事を要求・指示しないと管理していない事になります。部下が企画、提案した事でも、上司が業績を受け取るのも当然。
結局 責任を取らない上司こそが問題なのも同感なのですが、これも多かった気がします。

いつもの事で恐縮ですが、帝国陸海軍の作戦で、責任ウヤムヤ、作戦司令官が失敗しても栄転とかどれだけ多かったか。
ノモンハンなんて、現場で必死に頑張った中隊長レベルが、戦死や自殺の強要など現場に責任押し付けの悪しき習慣。
米軍と比較すると、組織面で負けていたのだと良く判ります。

外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
私の経験ですが、環境部門というのはどの会社でも正統派ではなく、あぶれ者、行き場のない人の行くところ、あるいは出世競争から外れた人とか病気持ちとか、まさに私のような者ばかりでした。20世紀末の10年間だけそういった部門にも光が差しましたが、それは一時のことだったようです。

おっと、それはともかく20世紀には、責任・権限なんてまっとうに理解している人なんていなかったですね。私も世紀が変わったと同時に職場を変わりましたが、新しい職場には驚きました。何が驚いたかというと、上司が部下をさん付けで呼ぶのです。呼び捨てとか上司が決めたあだ名ではなく戸籍通りに呼ぶなんてと衝撃でした。
また部下がミスしても、納期に遅れても、怒鳴らないのですよ。もう異文化というか衝撃でしたね。
権限とか規則とか法令とかとはかけ離れていたというのを実感しました。そういう企業文化のところに30年もいて染まってしまったんだなあ〜と。
それまでの職場は、倫理もマナーも根付いていなかったのだと感じましたね。

負け戦で死を持って償えなんてのは、一揆があれば坊さんとか庄屋の首を何個出せというような文化の延長じゃないかと思います。傍目にはバカバカしいとしか思えませんが、そういう風土のところは周りがみんなそういう価値観なのでどうしようもないですね。
私の駄文も、全くの空想ではなく体験、伝聞を基に書いてます。書いていて笑っちゃいますが、そのときは迷ったり、苦しんだりしたものです。今振り返ると、ばかばかしいとしか言いようがないですね。ほんとに


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