ケーススタディ 10年目のISO事務局 その7

12.11.11
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
山田の営業時代の元上司で現在関連会社大法螺おおぼら機工の取締役となっている福原から、その会社のISO事務局が傍若無人で好き勝手をしているので、担当者をいさめてその会社のEMSを役に立つものに見直してほしいという依頼があった。山田は直接その担当者を指導するのではなく、監査で不適合を出して、それを是正させる過程で教育していこうと考えた。
そして定例の環境保護部による環境監査を行った結果、案の定、たくさんの法律に関わる問題やISO規格への不適合などが検出された。
是正も相手に任せたらまともなことをするはずがない。そこで山田は是正処置の指導を行うことにした。
是正指導といっても、単に目の前の不具合をどう処理するかではことはすまない。
ISO規格の意味、解釈を説明もしたし、今回は別の認証機関の審査に立ち会わせて、世の中にはいろいろな審査をする認証機関があることを教えようとしている。
今回は、その続きでございます。
と、これだけではストーリーがお分かりにならないでしょう。ぜひ「10年目のISO事務局」をはじめからお読みください。



今日は藤本が川端を連れて、栃木県某市にある関連会社で栃木鷽機械という、従業員400名ほどの工場のISO審査見学に来ている。
藤本、山田、五反田が相談して、いくら言葉で説明しても川端はなかなか納得しないだろうから、一度まっとうなISO審査を見せようということになったのだ。
岩口氏
岩口審査員
理想の審査員としてまず頭に浮かんだのは、以前、五反田と藤本が出会った審査の岩口氏であった。
岩口氏が審査する会社に立ち会えないかと五反田が探したところ、幸い栃木鷽機械が岩口氏の会社から認証していて間近に審査を受けること、そして社長である岩口氏みずからが審査することがわかった。五反田はさっそく工場と岩口氏の双方に陪席をお願いして了解をいただいた。
ということで今日は藤本が川端を連れて審査見学である。

審査前に藤本は川端を連れて岩口に挨拶した。
藤本
「岩口さん、ご無沙汰しております。以前ご指導をいただいてから1年以上になりますね。今日は岩口さんの審査を拝見させていただきますのでよろしくお願いします」
岩口
「藤本さん、お久しぶりです。お話は伺っております。こちらが川端さんですね。こちらは中島審査員です。今日明日はこの二人で、みなさんのご期待に応えるように審査をしたいと思います」
中島
「中島です。下世話な話で恐縮ですが、これを機会に川端さんにぜひとも私どもの会社へISO審査を依頼されるようご検討をお願いします」
岩口
「おいおい、中島君、それは審査を見てもらってからの話だよ、アハハハハ」
ということで審査が始まります。

オープニングです。
川端はまずオープニング会場をみて驚いた。場所が会議室ではない。社長室である。そして出席者は、審査側は審査員2名、会社側は社長 、管理責任者である製造管理部長 、環境課長 の3人である。陪席の藤本と川端の2名を合わせてもたったの7名だ。

こんな感じですね
部長部長
岩口岩口社長社長
中島中島課長課長
川端五郎
川端
藤本
藤本

川端の会社では毎年の審査のオープニングには、各部門の部長全員、環境管理部門のほぼ全員、更に審査を受ける部門では課長とISO委員が出席する、合計50名はいるだろう。従業員1000名の会社で50名も出席するを当たり前と思っていた。しかしこの会社は従業員が400名いるのに、オープニングに3名しか顔を出さないのだ。
川端の会社で、そんなに大勢が出るようになったのはわけがある。10年も前のこと、川端が事前に主任審査員にオープニングミーティングにはだれが出席すればよいのかと問い合わせたら、多い方が良い、全部門のマネージャーと審査を受ける部門の主要メンバーは出るべきだという答えだった。川端はそれ以降、主任審査員の機嫌を損ねないように言われた通りにしてきたのだ。それが10年続くとおかしいとも思わなくなっている。

1997年のこと、私が初めてISO14001の審査を受けたとき、それまでISO9001審査を受けた経験から、工場長、管理責任者、環境担当者をそろえて審査を受けたら、審査に入らずに主任審査員が大声で怒鳴った。
「これしかいないのか!」
その方は中■審査員といったが、ご自身を大層えらいと自覚されていたようで、自分の話を聞く人が少なくて大層なお怒りであった。
私はしかたなく工場を歩き回って暇な人、いやとりあえず参加できる人をかき集めた。今考えるとばかばかしい限りだが、そのときは必死だった。
その後、中■審査員は評判が悪くて審査員を辞めたと聞いた。さもありなん。


オープニングでは、当たり前だがルールで決められたことを岩口氏が説明する。審査の範囲、スケジュール、案内者の確認、問題があったときの処置などなど、決まりきったことだ。
しかし岩口氏が異議申し立ての説明をしたとき、川端は「あれえ」と声を出した。
藤本
「どうしました?」
川端五郎
「私はISO事務局を10年していますが、異議申し立ての説明をするのを聞いたのは初めてです」
藤本
「そんな〜あなた、異議申し立てを説明しなくはISO17021違反になりますよ。以前ならガイド66ですが。川端さんの委託しているところは、とんでもない認証機関ですね」



経営者インタビューです。
インタビューといってもオープニングミーティングと同じ場所で同じメンバーである。
岩口
「昨年お話を伺った時、東日本大震災の影響で工場が被害を受けたこと、電力規制など震災対応が喫緊の課題とおっしゃいましたが、その後どうでしょうか?」
社長
「いやあ、大変でした。あの震災は日本と日本人にとっての大きな試練でしたねえ、いやいやまだ過去形になっておらず、傷はいえていません。
昨年はそういった状況を踏まえて省エネをできることから徹底的にしようということ、また破損した建屋もありましたので生産ラインの再配置などを重点的に行いました。それによって安全確保と省エネを図りました」
岩口
「方針をそのように見直したわけですか?」
社長
「弊社の年度は4月からですので方針の見直しというよりも、2011年度の方針でそう示したということです」
岩口
「なるほど、そうしますと2011年度方針を出されてから1年半経過したわけですが、どのような成果になりましたか?」
社長
「まず生産ラインの再配置ですが、従来4つの建屋がありましたが二つが半壊しました。地元の建築士の団体が点検してくれた結果、半壊した建物は補強しても使えるようにならないというので解体することにして、安全と評価された残り二つの建屋に移しました。もちろん工場4つ分の機械が二つの建屋に入るわけがなく、遊休設備などはこの機会に処分しました」
岩口
「実施の過程では計画はどのように策定されたのでしょうか?」
社長
「そうなんですよ、なにしろ突然のことですし、一刻も早い復旧をせねばなりませんので、それは大変でした。
従業員も自宅や実家が被害を受けた人が多く、パートの方などはかなりの人数が退職されてパワーが落ちました。
お客様にも出荷日程の調整も多少はしていただきましたが、もう火事場ですわ・・
工場建屋、人員、資材調達、出荷計画などいくつもの項目についてプロジェクトを設けて行いました。
ISO的に言えば目的・目標・実施計画とでもいうのでしょうね。まあ、どんな仕事でもトップが方針を示して管理者がそれを具体的にブレークダウンした計画に示さないと掛け声だけではどうにもなりません」
岩口
「結果として省エネはどうだったのでしょうか?」
社長
「ご存じかもしれませんが、政府の省エネ規制への対応は、鷽八百グループ全体として活動しております。グループ内で負荷や対応の可能性などを評価しまして、弊社は10%削減を割り当てられました。事前の検討がよかったのか、ほぼ計画通りの削減ができました」
岩口
「過去1年の結果を踏まえた今年の社長方針への反映といいますか、展開状況はどうでしょうか?」
社長
「やはり緊急事態対応が不十分だったと認識したことですね。ISO14001でいう緊急事態とは『環境に影響を与える』という枕詞があります。もちろん環境の定義はその会社次第でしょうけど、ISO14001を読めば事業全般とは思えない。またBCMSというのもあると聞きますが、実際の会社では、これはQMS、これはEMS、これはBCMSと分けられるものじゃありません。私たちは会社の基本的なこと、つまりISO規格対応じゃなくて実際の仕事を中心に見直すということを始めました。いわゆるMSの統合とは違います。そうじゃなくて会社の仕組みそのものを見直し強化するというイメージですね。
まあ、それは私が掛け声をかけただけですから、実際に社内でうまく進んでいるかは岩口さんのほうでお調べいただきたいと思います」
岩口
「ありがとうございました。今日明日にわたって御社のマネジメントシステムがISO規格要求事項を満たしているか、御社に見合っているかどうか調査して、クロージングでは調査結果を社長に報告いたします」
川端五郎
「あれ、審査結果を社長に報告するって、どういうこと?」
それは川端の独り言であったが、場が少人数でありみんなの耳に入った。
岩口
「川端さんでしたね、ISO審査をどう定義するかですが、私どもは社長さんから会社のマネジメントシステムが適正かどうか、社長方針が徹底しているかの調査を依頼され、それを報告するものだと考えています。認証というのはその結果の一部に過ぎません」
川端五郎
「はあーそうなんですか、初めて聞きました」
岩口
「では経営者インタビューを終わります。社長さんありがとうございました」
管理責任者と環境課長が審査員と陪席者の4名を案内して社長室を出た。



現場審査です。
現場審査です
6人は工場を一回りする。
真新しい重油タンクと防油堤がある。
岩口
「これは自家発ですか?」
課長
「そうです。震災後、供給電力が制限されると電力会社から通知がありましたので、レンタル発電機をなんとか見つけました。まあ使用電力のほんの数パーセントの能力しかありませんが、罰金を払うかどうかというとき1%でも大きいですからね。当社は規模は小さいのですが、電気使用量が多く、規制対象なのです。
発電機は仮とはいえ、電気事業法から大気汚染防止法、騒音規制法などに関わりますし、重油タンクは消防署への設置届など大車輪で行いました。行政も状況が状況で素早い対応をしていただき感謝しています」
岩口
「電力事情はそうとう改善されているでしょうけど、撤去はしないのですか?」
課長
「発電機はレンタルでしたので既にお返ししていますが、重油タンクは簡単に撤去するわけにはいきません。使わないとなれば邪魔は邪魔ですがね・・・来年以降の電力規制は不明ですし、どうしたものかと」
解体した工場跡地は更地になっている。
岩口
「こんなことを言ってはなんですが、土壌汚染などを調査するのは最適ですね。調査をしたのでしょうか?」
課長
「しました。幸い地下水汚染はないということを確認しました。
しかし不思議ですよね〜」
岩口
「なんでしょうか?」
課長
「以前から省エネ推進のために、工場のレイアウト見直しとか設備の大幅更新などを提案していたのですが、お金がかかるとか生産を止めなくてはならないという理由で起業計画が認許されませんでした。このたびの大震災でそういう制約というか固定観念がリセットされてしまいましたからね」
部長
「おいおい、それは状況が状況だから・・・」
課長
「緊急事態の対応というのがありますが、緊急事態になったときのことしか書いてありません。むしろ緊急事態を起こすにはどうするかを考えることも必要かと思いますね」
部長
「お前の話はおだやかじゃないね」
課長
「事故を起こすという意味ではありません。会社とか自分の仕事のあるべき姿のイメージを誰でも持っていると思うのですよ。それを実現したいのだけど、そうするには乗り越えなくてはならないものすごくたくさんの障害がある。そういうものを一挙に打破するための手順というのを考えておく必要があるという意味です。
天災が起きたときにどうするかというのも重要ですが、自らが革新していくという手順を仕組みの中に内在しておかないとならないと思います」
岩口
「なるほど、ISO9001は一定環境の下で一定品質を作る規格、ISO14001は変化する環境の下で対応する規格と言えると思いますが、課長のお考えは自らを変革していくということですね。素晴らしいアイデアです」
川端五郎
「話に加わっていいですか? 私もISO事務局を担当しているのですが、ISO審査で問題がないように、不適合を受けないことだけを考えていました。非常に受動的といいますか後ろ向きだと思います。
みなさんはそういう積極的攻めを考えているのでしょうか?」
課長
「だって、昨日と同じことをしていたら進歩がないわけでしょう。あるときISO審査で適合と言われても、状況が変われば不適合になることもあるでしょう」
川端五郎
「え、そんなことあるのですか?」
岩口
「課長さんがおっしゃることはよく分りますよ。マネジメントシステムは継続的改善をしなければならないとあるでしょう。改善というのは現状よりも良くするという意味もあるでしょうけど、それよりも状況変化に対応していくことが求められるでしょうね」
川端五郎
「なるほど、昨日と同じことをしていても、変化があれば状況に合わなくなったり、かえって悪くなることもありますね。 経営に寄与する審査とはそういうことを指導するようなことですか?」
岩口
「ISO審査が経営に寄与することはできません」
川端五郎
「えっつ、飯塚教授などがISO認証の効果は、経営に寄与するといっているじゃないですか?」
岩口
「私は飯塚教授という方が何を語っているか知りませんが・・・
審査とは社長の方針が社内に徹底しているか、社内の仕組みがISO規格を満たしているかの確認をして社長に報告することだけです。ただそれが無意味だとは思っていません。外部の者が厳格な目で情報収集して分析した情報は立派に価値があると考えています。しかし、それを経営に役立てるか否かは経営者のすることです。
例えば私たちが審査に行って調査したことを報告しても、それを活用してくれる社長さんもいるし、活用しない社長さんもいるわけです」

川端は黙ってうなずいた。

危険物保管庫に来た。
岩口も中島も事細かにチェックする風もない。中を見回して足元を見て・・・
中島
「課長さん、保管庫の棚のアースは取っていますよね?」
課長
「はい、そのつもりですが」
中島
「アース戦が切れているところがあるようですよ」
課長
「はあ、そうですか・・・ああ、わかりました。対処します」

一人の作業者が台車を押してやってきた。
棚からいくつかの1斗缶を降ろして台車に載せまた出ていく。
中島
「すみません、今ISO審査をしているのですが、質問してよろしいですか?」
?
「ハイ、なんでしょう?」
中島
「危険物庫の在庫管理というのはどのようにしているのでしょう?」
?
「在庫管理ですか・・帳簿は特にないです。ご覧のように棚には品名が表示されていて置く場所が決めてあります。その場所に置けるだけしか置かないことになっています。ほら1斗缶の大きさに四角に枠を書いているでしょう。そして1斗缶を順々に取っていって枠の色が変わったら、ほらここから枠の色が違うでしょう、そこが発注点で、そのとき一定数量を発注することになっています」
中島
「なるほど、いいアイデアですね。でも先入先出はできるのですか?」
?
「そこがちょっと面倒なんだけど、新しいものが入着したら、残っていた1斗缶を初めに取り出すところまで移動するんですよ。だから先入先出になります。実際には新しいものが入るときにはほとんど1缶か2缶になっていますね。そうでなければ発注点がおかしいわけで・・」
中島
「なるほど、良く考えてますね。
ところで紛失とか盗難などで少なくなった場合は気が付くのでしょうか?」
?
「今日はみなさんが扉を開けてましたけど、出し入れする人がカギを開けますので盗まれることはないでしょうね。ほら、私は鍵を持ってきているでしょう。
それと発注は先ほど説明したようにしていますが、生産数量と発注数量は常に照合しているので、普通と違えばすぐわかります。それは盗難対策よりも原価管理です」
中島
「あなたは危険物取扱者の資格はありますか?」
?
「ええ、甲種を持ってますよ。おっと、いけねえ、取扱者免状を携帯していませんね。携帯していることにしてください」
中島
「どうもありがとうございました」

コンプレッサー室 コンプレッサー
岩口
「コンプレッサー室は以前と変わりませんね」
部長
「こんな鉄骨構造の建物は軽いですから、地震で倒れたりはしませんよ」
岩口
「今までコンプレッサーと敷地の外の住宅の間には工場建屋がありましたが、撤去してしまったので騒音などは問題ないのですか?」
部長
「スクリューですし、騒音はお聞きの通りそれほどじゃないです。もちろん敷地境界のレベルは規制値以下です。
それにね、こんなことを言ってはいけないのでしょうけど、ここから見える数軒の住宅はみな地震の時、半壊しましてね、住民のみなさんは数か月避難生活していたんです。その後、住宅の補修工事をしてまた戻ってきたのですが、そのときは既にこちらは工場建屋を撤去しており現在の状況になっていたので、住民も音が変化したことに気付かないと思いますよ」
課長
「部長、いい加減なことを言わないでくださいよ。私は住民が戻ってきたときあいさつ回りしています。そのとき音はうるさくないですかとちゃんと確認しています」
部長
「おお、そうか、そうか、それはご苦労だ。アハハハハ」
たまたま作業者が一人、コンプレッサー室に入ってきた。見ているとコンプレッサーにぶら下がっているA4のカードケースに入っているチェックシートにボールペンで何やら書き込んでいる。ほどなく部屋を出ていく。
岩口が部屋から出たところで呼び止めた。室内はうるさいからだろう。
岩口
「今、ISO審査をしております。少しお聞きしてもよろしいですか?」
?
「はい、なんでしょうか?」
岩口
「今されていたのはコンプレッサーの日常点検ですか?、異常などあるのでしょうか?」
?
「日常点検で異常があるなんてまずありません。日常点検は、問題が起きそうな前兆を見つけることですね」
岩口
「なるほど、予防処置というわけですか。
ところで社長さんが毎年年度の方針を出していると思いますが、あなたはどんなことを目標にしているのでしょうか?」
?
「私はコンプレッサーばかりでなく機械や設備の保守が仕事です。まず故障が起きないようにすること、故障が起きたらすぐに復旧することが課題です。特に今年は社長は省エネって叫んでいますが、省エネって省エネ機械を入れたり消灯をすればいいってもんじゃないです。一番の省エネって何か、あなたご存知ですか?」

岩口
さすがの岩口も逆に質問されて面食らった。
「いや、知りません。教えてください」
?
「無事これ名馬っていうでしょう。平穏無事に生産できること、生産計画に支障を起こさないことなんです。
機械の故障で生産計画が狂うと、その対策は材料の手配、人員の配置、出荷計画、お客様との調整なんてとんでもなく波及していくのです。生産計画の部門から強く言われているのですが、1%の省エネよりも、トラブルを起こさない方がありがたいってね。私はそれが私にできる省エネだろうって思ってます。だから単純に見た目の省エネを追及するのではなく、保険をかけるというか多少の冗長さを確保するのです。
もちろん無駄をしても良いという意味じゃありませんがね。そこは勘と経験ですよ」

ご異論があるかもしれないので若干補足説明する
この会社はたぶん年間の電気代は1億数千万だろう。省エネ1%で200万削減になる。それは大金だし、省エネが厳しく言われている時代だから省エネが大事なことは論を待たない。
しかし一旦生産に支障が起きた場合を想定すると、材料の輸送に赤帽やチャータートラックを使うとすぐに数十万は飛ぶ。パートに休日の振り替えを頼んだり、休日出勤をすればあっという間に時間外費用は数十万以上になる。重要な顧客向けの製品の場合は、社員が飛行機で手荷物として客先まで運んだりする。状況が状況だから安売りチケットを探す余裕はないだろうし、荷物が重ければ別途支払う運賃はばかにならない。もし顧客が海外だと航空運賃を想像しただけで気が遠くなる。もちろん納期に遅れた場合は損害賠償となる。これは契約次第だが相手の生産計画や最終顧客への納期遅れが起きればその金額は予測できない。それに、偉い人が客先に謝りに行くことも必要だ。あっというまに200万を超えるお金が出ていくだろう。
なにしろ私はそんなことをたびたび・・いや、私の過去にはそんなことは一度もない 笑


岩口
「確かに省エネというのは工場内に限定されるものではないと思いますが、お金がかかることとエネルギー消費の関係はどうなんでしょうか?」
?
「もちろんエネルギーと費用は一対一の関係ではないかもしれません。しかし物事は最終的にはお金に還元されます。輸送エネルギーが少ないにも拘らず運賃が高いということはないでしょうね。休日や時間外出勤になると、時間外手当だけでなく、パートさんの通勤のためにバス会社と契約して通勤用のバスを手配したりしなければならないのです。路線バスで間に合うところを、わざわざ通勤のためにバスを運行しなければならないのですからエネルギー増加は大変です」
岩口
「いや、勉強になりました。ありがとうございます」

ボイラー室である。
部長
「この工場は昔、製糸工場だったのを戦後買収したと聞きます。岩口さんは以前もお見えになっていますからご存じと思いますが、ここにレンガ作りの煙突がありましてね、使ってはいなかったのですが記念碑的に残していたのです。
だいぶ老朽化してきまして、2010年の夏でしたか、撤去したんですよ。近隣住民から保存してほしいなんて声もありましたが、維持するのも大変なんです。
その半年後に地震でしょう、撤去していてよかったと胸をなでおろしました。高さが20数メートルありましたから、残してあれば大変なことになったでしょうね」
課長
「あの地震ではまず間違いなく倒壊しましたね。このボイラー室も鉄骨スレートぶきで軽く作られていますし、ボイラーも2トンだけですから地震で何の被害もありませんでしたが、煙突が崩壊したらこの建屋は壊滅したでしょうね」
岩口
「いや、想像しただけでざわざわしますよ」



そんなに大きな工場ではない。40分もあればゆっくり歩いても終わってしまう。環境課の会議室というのかついたてで仕切った机とパイプ椅子が置いてあるところに来た。 コーヒー
コーヒーを飲んで一休みである。
川端が岩口氏に話しかけた。
川端五郎
「質問です。あちこち回られましたがチェックリストで事細かく点検する風はなかったですけど、法で定める表示とか状況が適正かなどを見ているのでしょうか?」
中島
「見ていますよ、それが商売ですからね。でも指さし確認するとか危険物貯蔵所の表示は法で定めることを網羅しているかなんていちいち見なくてもわかるじゃないですか、我々も一応はプロなんだから。
私が1斗缶を取りに来た人と話をしたとき、岩口が危険物庫でMSDSとか消防法や毒劇物法の表示などを見ていたのに気が付きましたか?」
川端五郎
「いや、中島さんの話に気を取られて気が付きませんでした」
中島
「そうでしょう、そうでしょう。我々もこずるいですからね、会社の人に気づかれずに調べたいものがあると、ほかの者が注意をひきつけるというスリのような手口を使うわけですよ、ハハハ」
岩口
「中島君は冗談がすぎるよ。二人いれば同じことをしていたら能率が上がらないし、なによりもお金を払ってくれている会社に申し訳ない。二人は別々の仕事をしなければね。
もちろんチェックリストは作成していて、項目ごとに必要なことはチェックしている。しかし巡回中に見てわかることはわざわざ質問しないから、調べていることに気が付かないこともあるでしょう」
川端は感心した。



書面審査である
書面審査
岩口
「では社長方針をどのように目的に展開しているのか説明してください」
部長
「今年度の社長方針には大きくみっつあります。ひとつは省エネ、特に電力事情への対応です。ひとつは製品の環境規制対応、ひとつは緊急事態対応の体制の構築です。今年度はこれらを実現しようと活動しています。
とにかく現時点で一番の問題は省エネ、特にピーク対策が問題です。物が作れるか作れないかということですからね。当然製造部門だけの問題ではなく、会社全体、全部門で対応策を考えています。
電力不足になった場合は交代勤務とか振替休日とか想定していますし、空調のコントロールは組合問題にもなりますから、環境部門だけの仕事ではありません。
また鷽八百グループ全体でピーク対策をしていますので、コントロールセンターから指示があると、それを受けて展開しなければなりません」
岩口
「それはどのように展開しているのでしょうか?」
課長
「社内職制としては社長の方針を受けて各部門横通しの省エネ対策会議を設けています。そこで決めた計画書がこれです。 組合とは震災対応委員会というのを協議会以外に設けていまして、ほぼ毎週開催して、省エネだけでなく被災した従業員の支援なども含めて共同して検討しています。これも年間計画書を作りまして・・・これですが・・活動しています」
中島
「なるほど、しっかりやっていますね」
部長
「我々の場合、ISOのためじゃなくて、仕事そのものですからね」
中島
「話が変わりますが、震災で建屋の解体や設備の移動などをしたわけですが、それによって環境側面などは変わったでしょう。どうですか?」
課長
「ご存じのように弊社ではわざわざ環境側面を特定し著しいものを決定するというような杓子定規の手順ではありません。新設備、新物質などの導入や新工程の採用などの際に、コストはもちろん、法規制や安全衛生などの観点から評価するという仕組みが過去よりあり、その結果必要な場合は管理方法を定めることにしています。ISO審査ではそれを著しい環境側面にあたると説明しています」
中島
「私は御社に審査に来たのはじめてですが、そのお考えはよく分ります。
それでは震災以降に追加や削除されたものは・・」
課長
「まず自家発電をするために重油タンク、配管、発電機などが追加になりました。製造設備は移設しても、もとから管理していたわけで特段変更はありません。もちろん法の届や要領書の見直しなどは状況に応じて行っています。例えばコンプレッサーの集約や塗装設備の新設や廃止などがあり、それに伴い届出は多数発生しましたし、点検や防災のための手順の見直しを行っています。加除の詳細は・・・こちらです」
中島
「ああ、わかりました」
川端はそのやりとりを熱心に見ている。今まで川端が見聞きしていた審査とは全く違うことに驚いていた。
岩口
「部長さん、私たちは緊急時対応の体制構築の話をしましょう。具体的にはどのようなことをしているのでしょうか?」
部長
「まず地震の時、全員粛々と避難しました。それは今までの訓練の賜物で問題なく行われました。しかしその先は全く考えていませんでした」
岩口
「その先と言いますと?」
部長
「3月と言えど冬です。あのときは、ときおり雪がちらついていました。暖房のきいている室内では作業服だけですから、外に長時間いられる服装じゃありません。とても寒かったですが、余震は続いていますし、見ている前で建屋にひびが入ったりときおりガラスが割れたりしている状況でから屋内にも戻れません。建屋から全員が無事避難しても、それは始まりであってそれ以降があるのです。
あのときは全員が寒風吹きすさぶグラウンドで押しくらまんじゅうをしていたといっても過言ではありません。それも5分10分ではなく、余震が少し落ち着いてきたのは暗くなった頃で、それまで何時間も外にいたのです。トイレも正直言いまして周りを人が囲んでというような状況でした。
そういうことを考えると、防寒着、炊き出し、少なくてもあたたかい飲み物くらいは用意しなければならないでしょう。
そしてそれから帰宅するにも会社や組合がどこまで支援できるのか、また付近の状況を把握するにも全く手がありません。総務担当者はどこまで偵察に行くべきか、固定電話も携帯電話も使えないときは、市役所とか警察まで行くべきか、検討することは限りなくあります」
岩口
「しかし会社ができることには限度がありますよね。どこまでするのかということになりますが・・」
部長
「そうです。しかし会社の社長も私も一人一人を考えればみな個人のわけです。個人ができることは限度がありますが、みんなが協力すればその限界は高くなると思います。
東日本大震災のようなことは二度と起きてほしくないのですが、もし再び起きた場合にはもっと手際よく対応したいと考えています」
岩口
「お気持ちはよく分ります。具体的にはどのような計画でどのような活動をしているのでしょうか?」
部長
「先ほども話に出ましたが、労働組合も健保会館も含めて震災対応委員会を設けまして、その中の一課題として計画を立てています。これですね」
岩口
「なるほど、大変な数の項目がありますね」
部長
「ISO審査に見せるために環境目的のテーマを掲げて、その計画を進めるだけなら簡単です。
しかし現実に問題が起きて、次回以降そういったときダメージを軽減するために何ができるのか、どうすればよいのかと考えると、これは真剣な問題ですし、解決は難関です。答えがあるわけではありません。防災用品、緊急用飲料水を備蓄しても、その保管庫が破壊したときどうするのかとか考えると、冗長を持たせるにも限度がありますし、少しでもダメージを軽くできるような方法を考えるしかありません」

川端は脇で聞いていて、これは自分たちが今までしてきた緊急事態とは次元の違う話だと恐れ入った。川端が今までしてきたのはISO審査に見せるために適当なことを緊急事態にとりあげて、その訓練とさえ言えないようなオママゴトをしていただけである。
他方ここでは現実に建物が倒壊し火災が起きたときのこと、そしてその後になにをするか考えているのだ。

岩口
「環境側面と環境方針、そして目的・目標・実施計画はよく分りました。ではここで午前の部は終了しいったん休憩しましょう。午後は1時から再開でよろしいですね」



審査員二人が応接室で昼食を食べている間、藤本、川端と部長と課長の4人は部長席の脇のテーブルで会社の給食を食べた。食べながら川端はいろいろと質問する。
川端五郎
「お宅の会社では環境方針という名前のものはないのですか?」
課長
「今はないです」
川端五郎
「今はとおっしゃいますと?」
課長
「5年くらい前まではISO規格に合わせて環境方針という名称の書面を作っていました。でも認証してから何年も経ちまして、誰からともなくそんなのわざわざ作るのも変だという声が出てきました」
川端五郎
「今は社長の年度方針を環境方針に充てているのですか?」
課長
「そうです。年度方針には、遵法から改善まで全部網羅していますから?」
川端五郎
「でもそれは社外に公開することはできない情報も含んでいますよね?」
課長
「おっしゃるとおり。社外に公開するときは細かい数値を除くことにしています。とはいえわざわざ公開はしていません。要望があれば回答するというルールにしておりまして、過去10年間、一度もお問い合わせはありません。
正直言って、社外に方針を示して、興味を持つ人がいるものでしょうか?」
川端五郎
「ええと、環境方針は社外に公開しなければならなかったのではないでしたっけ?」
課長
「いや、そういう要求はありません。『一般の人が入手可能である』です。ですから予め広報するのではなく、方針がほしいと言われたら出せばいいんです。」
川端五郎
「なるほど、わざわざ方針を社外広報することはないのですか。当社では過去10年間していました。
そうしますと、目的目標もその社長の年度方針のわけですね?」
課長
「そうです。それも5年前までは環境ISO用に作っていたのですが、止めました。
年度方針にいつまでに何をするとみんな入っていますからね」
部長
「環境方針とか経営方針とか、年度方針とか、そんなものがいくつもあったら企業の経営は分裂症というかでたらめですよ
私どもでは裏も表もじゃなくて、ISOも本来業務もありません。経営はひとつしかない」
課長
「もちろんその見直しはすんなりいったのではありません。
内部で激論したんですよ。ISO規格にあるとおりしなければ問題じゃないかという不安はありました。それで認証機関に相談に行ったのです。そしたら規格とおりの文言がないとダメだという回答でした」
川端五郎
「はあ では?」
部長
「当時契約していた認証機関の回答はそうでしたが、我々も必死に考えて認証機関の回答はおかしいと思ったのです。それでいくつかの認証機関を訪ねて話を聞きました。そして会社のあるがままの姿で良い、その仕組みがISO規格を満たしているかどうかを点検してくれるという認証機関がありましたので鞍替えしたのです。それが今の岩口さんのところです」
川端五郎
「その切り替えは御社にとってどのような効果があったのでしょうか?」
部長
「効果があったのかと言われると難しいですね。効果がなかったというのが本当でしょう」
川端五郎
「え、なにも改善効果がなかったというのですか?」
部長
「いや、その逆といいますか、今までISOのためにしていた無駄がゼーンブしなくてもよくなりました。だからそれ以前に比べれば改善効果はありましたが、それは見方によれば改善ではなく元々無駄なことをしていたことをしなくて良くなっただけですから、改善と言えるかどうかという意味です」
課長
「部長は禅問答が好きだから誤解を招くんですよ。
鞍替えしたことによる効果はたくさんありました。
まず環境側面なんて調べるのを止めました。環境側面なんて初めからわかりきっていて、あれは単なる儀式になってましたからね。紙が200万枚使おうと300万枚使おうとあまり会社に影響はありません。まして再生紙配合比が50%か60%かなんて大騒ぎするようなことではないです。
企業は事業活動そのもので社会に貢献しなければなりませんし、事業活動そのものの環境負荷低減、いや積極的に環境負荷を下げる製品を提供すべきなんです。
もちろん、電気とか塗料とか重油は考えるまでもなく著しい環境側面でしょうけど、私どもでは環境側面という言葉さえ使っていません」
川端五郎
「そりゃまた・・・ISO審査ではどうなっているのでしょうか?」
課長
「今日の審査でもおわかりのように、新設備や新化学物質あるいは新事業などにおいて法規制やリスクを調査しているか、対応しているかをチェックされます。私たちが法の届出とか社内のルールの作成や教育をしているかということを見て、環境側面を把握しているかその対応をしているかを点検してくれるのです」

川端はここでは山田が言ったとおりの審査をしていると感じた。
川端五郎
「他のメリットとは?」
課長
「ISOのためにたくさんの文書や記録を作ってましたが、実はISO認証のためにそんなものはいらないことがわかりました。従来から会社が業務上必要で作成していた文書と記録で規格適合を説明できるのです。だから廃止しました。紙とパソコンの電気代の削減ですね 笑
それまでISO事務局という部署を置いていて一人専従者がいたのですよ。当然廃止しました。たった400名の会社にISO14001のために1名いたということは0.25%も人件費がアップしていたということになり、これは大きいですよ。人件副費も含めれば一人当たり1千万以上かかっているわけで、それを回収するには3億くらい売り上げなければなりません。ISO事務局一人なくしただけで3億の売り上げ増と同じ効果があるのです。
それに以前は従業員に環境方針を覚えろとかISOの教育とかしていましたが、今はそんなことしてません。
ただ上長方針を良く理解して、その中で自分の関係することについて自分の立場では何をするべきかを良く考えろと指導しています。そして毎年上長が個人面談して、その実現について話し合いをすることになっています。
カードを配るなんて周知とは無関係ですよ。社長の方針を成し遂げるには、方針を暗記することではなく自分の任務は何で、自分は何をするか理解すること、それが大事です。そんなことはISOとは関係なくて会社としては当たり前のことですよね」
川端五郎
「ISO審査では環境方針、御社では社長の年度方針ですが、それが周知されているかどんな形で審査するのでしょうか?」
課長
「方針の周知とは各人の立場で考えると、自分の任務を知り、行動すべきことを認識することでしょう。
岩口さんは『あなたは会社の仕事でどんなことをしようと考えていますか?』とか『あなたの今年の目標はなんですか?』といった質問をしていますね。
その回答が社長方針に掲げられていることと、その人の立場との関係をみて周知されているかをチェックしているのでしょう。
そういう質問は私たちは大歓迎ですね。社長方針を知っているかという質問に、カードを持っていますなんていうようじゃ会社員として失格ですよ」
川端五郎
「御社では認証機関を鞍替えしてから不適合はありましたか?
なにかお話を聞きますと、この認証機関は何でもOKのようで、不適合を出さないように思えます」
部長
「いやいや、そのようなことはありません。むしろ今までの認証機関に比べて不適合を出すのに躊躇しないように思えます。実際に今までたくさん不適合が出されています。
しかし、内容的には妥当なので、私は不適合に反論するとか取り下げてほしいと言ったことはありません。昨年は震災後の社長方針の展開が遅いと指摘されました」
川端五郎
「それを不適合にする根拠ってなんでしょうか? ちょっと思い当たりませんが・・」
部長
「おい、あれはマネジメントレビューの項目で出されたんだっけか?」
課長
「責任権限だったように記憶しています。ま、なんであろうと我々もまずいと思っていたので、規格項番などどうでもいいのです」
藤本
「しかし、そういうことはISO審査で言われるまでもなく分っていたことでしょう?」
部長
「まあ、そうなんですけど、我々も棚上げにしていたということもあり、社長自らもあきらめていたところはあるわけで、 そんなあいまいな状態を、先送りはいかんと、はっきりさせてくれてよかったと思います」
課長
「その前の年は開発での問題解決がとられていないというのがありましたね。あれには参りました。要するに誰も解決策がわからず、ズルズルと時間ばかり経っていて・・」
部長
「ISO審査員が解決策を知っているとかアドバイスしてくれるということはありませんが、これはダメだということを言ってくれるという意味ではお灸をすえられました」
川端五郎
「ISO規格対応といいますか、規格文言を基にした不適合というのはないのでしょうか?」
課長
「おっしゃること、わかります、わかります。
目標未達の時、何%未達なら是正を開始するかを定めていないとか、環境担当者が公民館で一般市民に環境講演を行っているが外部コミュニケーションの記録を残していないとかってやつでしょう。うちも5年前まで、つまり前の認証機関の時はたくさんそういう指摘がありました。
普通の会社ではああいった形而上というかバーチャルな指摘を撤回させる人をカリスマ事務局というそうですね。当社にはそんなカリスマがいないもので、そんなばからしい指摘の是正をまじめにしていたのですから今となっては笑うしかありません」
部長
「今考えると、あんな指摘にはまったく意味がないですね。企業として必要なら対応しているよ。対応していないのは必要ないからです。
今、あんな指摘を出されたら笑い飛ばすでしょうね。それでもめたら認証機関を変えますよ」

川端は顔面蒼白で真剣に聞き入っていた。
部長
「お、もう開始10分前ですね。じゃあ行きましょうか」



翌日も藤本と川端は審査に陪席した。
最終的に不適合がふたつ出されたが、川端にとってそれはどうでも良いことであった。
審査方法がまず驚きであったし、会社側の対応もあるがまま、飾らず、言い訳せず、指摘を出されても、それが意味があるか常識で考えて納得できるかしか関心がなかった。
ISO規格ではという言葉は双方とも使わなかった。



最終日、審査が終わってからの帰り道、上野までの新幹線の中で川端は感想を藤本と話した。
藤本
「川端さん、どうでしたか、あの審査の印象は?」
川端五郎
「当社の監査是正の打ち合わせのとき、藤本さんも山田さんも会社のあるがままを見せて審査を受けることができるとおっしゃいましたが、確かにそういう審査をする認証機関はあるのですね。まずそれに驚きましたね。
それから会社側が硬直な考えでないのに驚きました。指摘されたらその内容次第で考えようという柔軟さですね。私のところでは、指摘を絶対に出されないようにということがまずありましたから」
藤本
「でも柔軟ではあるが、みんなしたたかだね。指摘内容が納得できるなら受け入れるけど、納得できない場合は反論して受け入れないだろう。要するに価値観が、ISO認証のためというのではなく、会社の仕事を基準にしている。
そしてここは重大なことだが、彼らは指摘を受け入れたら会社の仕事の仕組みそのものを改定することになる。要するにISOのための仕事がない代わりに、指摘は即、会社の本質に反映されるのだ」
川端五郎
「結局、今までの私とスタンスが違うのですね。私はISO規格から会社を見ていましたが、ここでは会社の業務からISO規格を見ています。
それと別ですが、一つ気が付いたといいますか開眼しました。
会社経営に寄与するISO審査なんて語っている認証機関はたくさんあるというか、すべての認証機関がそう言っていますが、現実には経営に寄与なんてできない。それは審査員の能力の問題もあるけど、相手の会社のためという見方をしていないからでしょうね。ISO規格の単なる文字面もじつらを見て審査しているのではだめなんですね」
藤本
「環境方針ひとつとっても面白かったね。先日も環境方針について議論しましたが、世の中は広いでしょう」

川端五郎
「まったくです。私が井の中の蛙かえるだったと気が付きました。さて、どうしたものかと・・・」
藤本
「どうしたものかというと?」
川端五郎
「今まで私がしてきたことは、まったく無意味だったということです。先日、藤本さんや横山さんが監査されましたが、そのときの不適合が5つありました。
ひとつは環境側面をしっかりと把握していない、ふたつは環境側面の運用手順が不十分、三つは教育が不十分、4つは文書体系がふたつあること、5つは内部監査、順守評価が機能していないでした。
私の会社のEMSには、横山さんが指摘した問題があるということがよく分りました。
これらはすべて私が担当してきた10年間、ISOが会社のためではなく、ISO認証のためのものであったということです。社員に合わせる顔もないですし、自分自身がみじめですよね。私がばかだったのでしょう」

藤本は川端の言葉を聞いて、川端は私利私欲のためにかりそめのISOをしてきたのではなく、それがISOというものだと信じていたのだろうと思った。彼もISOの犠牲者なのだろう。ただそれは川端が真剣にISOや認証というものを考えなかったむくいでもある。川端は善意の人であり、それは無知ということである。

藤本
「『過ちて改めざる是を過ちという』という言葉もありますから、そんなこと気にすることありませんよ。川端さんは52歳と聞きました。私がISOに関わったのは55歳の時でまだ2年しか経っていません。川端さんはまだまだこれからですよ」
川端は返事をしなかった。

うそ800 本日の懸念
一体何回続くのか?

その8に続きます To Be Continued


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/11/11)
「無事これ名馬」いいですねぇ。アホな管理者に限って蹄鉄や拍車なんつー細かい話に拘るんすよ。「現場に迷惑を掛けない」ことの大事さを知っているのは、逆に迷惑をかけた経験・・ケフンケフン
それにしても川端氏の改心が早すぎないでないすか?つーまんない、つーまんないw

鶏様 毎度ありがとうございます
私も現場に迷惑をかけた・・・いや、迷惑をかけられたと言っておきましょう・・ともかく、問題を起こしてかっこ良く解決するよりも、問題を起こさないことが重要と言いますか優先します。
ところで改心が早すぎますって!
困ったなあ、もう川中さん、いや川端さんのお話は幕引きしたいと思っています。
善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや・・アッ、関係ないかww


外資社員様からお便りを頂きました(2012.11.12)
おばQさま いつも有難うございます。
今までのお話が凝縮された言葉が随分と出てきます。

ISO審査をどう定義するかですが、私どもは社長さんから会社のマネジメントシステムが適正かどうか、社長方針が徹底しているかの調査を依頼され、それを報告するものだと考えています。認証というのはその結果の一部に過ぎません

その通りだと思います。 ISO講習会に習いにゆくより、社長や会社の方針が末端の部門まで、システム(文書を含む)として行き渡っているかが、マネジメントシステムの当然の姿と思います。
お書きになっているように、審査で判ったものを活かすか、活かさないかも会社側の判断なのですね。

それにしても、川端氏は、潔いですね。 これだけのパラダイムシフトが起きたのですから、精神的に打ちのめされてダメになるか、それでも自分は正しいと言うか、誰かのせいにする事もあるかと思っていました。
周囲も、彼の考えを人格諸共 否定するのでもなく、本人が判るまで待ってくれたのが良い結果を生んだのでしょう。どんな人であれ、社員は会社の重要な構成員ですから、役に立てるように指導するのは重要ですね。
それには、人間としての幅や寛容の徳が必要で、それを思うとわが身を恥じるばかりです(笑)

外資社員様 まいどありがとうございます。
ここに書いたことと同じことをオープニングで語る認証機関はいくつもあります。
当然ですが、その反対にISO審査とは審査員が企業を指導啓蒙する場だと公言している認証機関も多数あります。きっとその認証機関の審査員はチョウ優秀なのでしょう。(皮肉です)
川端氏のこと・・・まあ、お話と言えど、不幸な人を書くのは苦手なのでハッピーエンドにしましょう。お金がかかるわけではありませんから。
名古屋鶏氏からは、面白くないぞという声がありましたが、不幸な人を作らないというのが外資社員様の教えですから
正直なことを言って、私はこういった指導を数多くしましたが、実際の天動説信者は信仰を変えませんね。外資社員様がおっしゃるように精神的に過去を否定することはできないのだと思います。
道を間違えても、今までの人生を変えずにそのまま地獄に行くというのも潔いのかもしれません。


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012/11/17)
いやー、岩口氏の審査って、ウチを担当してもらっている審査員とソックリで驚きました。どこの認証機関がモデルなのか、こっそり教えてください。費用が安ければ移転を検討します。
ところで、一つツッコミがあります。

そんな〜あなた、異議申し立てを説明しなくはISO17021違反になりますよ。

組織に異議申し立ての手順を説明しなければならないのはその通りですが、それは初回会議(オープニング)ではなく最終会議ですよ。ま、実際にはどっちでも同じ事ですけど。

9.1.9.8.2 最終会議は,次の要素を含めなければならない。(中略)
f) 苦情対応及び異議申立てのプロセスに関する情報

たいがぁ様 毎度ありがとうございます。
その1
某BV○○です。もっとも私がそこと付き合いがあったのは1996年頃までですので、その後は保証しません。
その2
クロージングの件、おっしゃる通りですが、クロージングは時間が押しているので、ほとんど(まっとうな)認証機関はオープニングで説明しています。御社が契約している認証機関もオープニングで説明しているはずです。
そしてオープニングで説明しなくて、クロージングで説明しているところを知りません。
まあ、状況証拠ですけど



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