審査員物語 番外編28 信頼性(その5)

16.08.25

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献はすべて実在のものです。

審査員物語とは

週末、三木が1週間ぶりに帰宅すると陽子から相談を受けた。三木が審査員であることを増田准教授や今猿コンサルに言ってしまったこと、そして増田准教授がぜひとも三木と話をしたいと言ってきたこと。
大学に行って話を聞くのはいいが平日は無理という三木の返事を増田に返すと、増田は土曜日でもいいという。
そんなわけで翌週の土曜日に三木は陽子の案内で増田准教授の部屋を訪ねた。今猿もいる。陽子はお茶と菓子を用意すると家に戻って家事をしてくると言って帰ってしまった。逃げたなと三木は思った。

増田准教授
「三木さんの奥様にはいつもお世話になっております。今日はお忙しいところありがとうございます。いろいろとお話をお聞きしたいと思っておりました」
三木
「こちらこそ家内がお世話になっております。ご質問にはわかることならお答えします。ただしお断りしておきますが、あくまでも個人的見解です。勤め先の考えであるとは受け取らないでいただきたい」
増田准教授
「それはもちろんです。その代りといいますか本音をお聞かせ願いたいです」
今猿さん
「三木さんが山田さんとお知り合いとは、奇遇です。私は山田さんの生徒と言いましょうか、いろいろと教えられて、天動説から地動説に宗旨替えしたものです」
三木
「天動説? 地動説?」
今猿さん
「アハハハハ、あまり一般的な言葉じゃありません。ISO規格に書いてあるからしなくちゃならないと考えるのが天動説、会社や世間の常識から考えるのが地動説です。アイソス誌や日経エコロジー誌に書いている人たちはほとんど天動説信者ですよ」
三木
「ああ、おっしゃることが分かりました。審査員、コンサルタント、企業担当者、いたるところ天動説信者であふれていますからねえ〜。私の同僚も天動説信者がほとんどですよ。 それでも以前主流だった環境目的は3年、環境側面は点数というおかしな考えは大分減ってはきましたね。もっとも最近は有益な側面なんていうトンチンカンなものも現れてきました。いったい誰がそんな馬鹿なことを考えたのか、この世界ではまっとうな考えは存在できないのでしょうか」
増田准教授
「今猿さんと三木さんは初対面でしょうけど、お考えがあうようですね」
三木
「実は私も山田さんに教えられたくちです。正直言いまして1年ほど前に山田さんの鷽八百社に審査に行きましてね、バッサリ切られてしまったのです」
今猿さん
「私は山田さんがコンサルするのを脇で見学しながら指導を受けました」
増田准教授
「そいじゃ本題に入ってよろしいですか?」
三木
「どうぞどうぞ、私から発言することはありませんのでどうぞご質問ください」
増田准教授
「私がISO認証の信頼性を研究していることは奥様からお聞きと思います。早速ですが三木さんの考えるISO認証の信頼性とは何でしょう?」
三木
「私自身、修行中の身でしてわからないことがあると山田さんなどに教えを乞うております。そんなわけで今の増田先生の質問はハードルが高いですね」
増田准教授
「そんなことおっしゃらずに、日々審査をされている三木さんとして現状の認証の問題は十分体でお感じになっていることでしょう」
三木
「ISO認証の信頼性が低下したと言われていることは重々承知ですし、JABや認証機関が鳩首を集めてアクションプランなんて出したのも知ってます。でも、そもそも信頼性とは何か、なにをもって低下したというのかと疑問ばかりです。ですから先生のご質問にはどう答えたらいいのか・・」
今猿さん
「三木さんが日々審査していて、ISO認証の価値をどう考えていますか?」
三木
「なるほど、そういう切り口の質問もありますね。それなら答えやすい。杓子定規に言えばIAF/ISOの共同コミュニケが回答となるでしょう。とはいえ今猿さんも先生もそんなことはとうにご存知でしょう。
私はISO認証の価値とは認証を受けた人の自己満足だと思いますね」
増田准教授
「自己満足?」
三木
「そうです。ISO認証すればどんなメリットがあるかと考えると人それぞれで一般的というか万人に共通なものなんてないでしょう。だからそれぞれ異なる期待があり、それが満たされるかどうか人それぞれなんです」
今猿さん
「でも国交省の入札時の優遇なんて誰にとってもメリットでしょう?」
三木
「確かに国交省の入札とか企業の取引時の評価が上がることでしょうか。実際そういう理由でISO14001やISO9001の認証をしている企業は多いですね。しかしほんとにそうかと考えると、どうもそうではないようです」
増田准教授
「実際は違うのですか?」
三木
「ああもちろん加点は事実でしょう。しかしISO認証による加点、5点でしたっけ? それが追加されれば仕事をゲットできると考えている会社はないと思います。実際は認証の効果はないと思いつつ、ないよりは良いだろう、他に遅れたくないという消極的な理由で認証しているだけでしょう。まっとうな仕事をしているならISOなんて関係ありませんよ。まして一定規模以上の企業であれば、そんなことを気にすることはありません」
今猿さん
「確かにそうですね。大手とか中堅が国交省入札のために認証しているのを見ると、なんでそんなことと思います」
三木
「一般の企業で、グリーン調達の調査でISO認証の有無を聞いたり、取引するには認証してほしいというところも多いです。もちろん強制することは独禁法違反というのでありませんがね」
増田准教授
「実際に取引先を決めるときは当然認証している会社が優先されるのでしょう」
三木
「私が以前勤めていた会社では、ISO認証を上げている理由の本音は切りたい会社を切るためでした。取引を止めるに相手の欠点をいうのも角が立ちます。それで誰が見ても文句をつけられないような項目でということでしたね。
好ましくない会社は認証していないことを理由に切り、良い会社にはISO認証しろなんてひとこともいませんでした。はっきりいって因縁つけですよ」
増田准教授
「まあ三木さんの元のお勤め先はそうかもしれませんが、他の会社ではどうですか?」
三木
「確かに一事をもって全部がそうだとは断定はできません。でもグリーン調達とかグリーン購入を推進している会社に審査に行って取引先の決定基準を見る限り、ISO認証が優先するとなっていたのを見た記憶がありません。多くの会社の評点をみるとISO認証は聞いてみただけってのが多いです。調査項目がアクションにつながってないのです。
やはり最重要は遵法と事故の有無、発生したときの対応状況ですね。だって考えてごらんなさい。ISO認証の会社と無事故・無違反の会社どっちを選ぶとなれば、迷うことありませんよ。自分の会社の事業継続に直結するわけですから」
今猿さん
「話を戻すと、三木さんの考える認証のメリット・デメリットについて教えてほしいですが」
三木
「そもそも企業が何を目的に認証をしようとするのか、そして認証はそれに応えるのかと考えたら簡単ですね」
増田准教授
「何を目的にしているのでしょうか?」
三木
「アハハハハ、増田先生も面白いことをおっしゃる。お宅の大学はISO認証したわけですが、何を目的に認証したのでしょうか? そしてその効果はありましたか?」
増田准教授
「何を目的に? えー、何を目的にしたのでしょうかねえ〜」
三木
「まさかカラオケで流行歌を歌えないと恥ずかしいからというのと同じく、流行に乗り遅れないためだったのでしょうか?」

増田は棚から何冊かファイルを取り出してパラパラとめくった。
増田准教授
「ええと2年前のISO14001認証企画書というのがあります。そこでは・・・ああ、ここに目的と効果という項がありますね。
ええと、目的として環境教育に重点を置き、学生に環境意識を持たせボランティアなどの積極的な行動につなげ大学のブランドイメージをあげることとあります。効果はと、本学のイメージアップ、受験者の増加、就活における競争力強化と書いてあります」

参考: 実はこういった研究や調査は2000年代にはたくさん見られたが、2010年以降はまずない。流行は過ぎたようだ。

三木
「なるほど、ではその目的は認証することによって達せられたのでしょうか、効果はありましたか?」
増田准教授
「ISO認証するためにISO学生委員会という組織を作りました。そしてISO認証の活動に参加することで何単位か与えることにしています。もちろん内容や条件は細かく決めていて、それを満たした場合ですが」
三木
「それで多くの学生がボランティア活動などに参加しましたか? その結果 環境意識が向上しましたか? 向上したかどうかはどんな指標で表せますか?」
増田准教授
「うーん、そういう見方をするとどうなんでしょう、確かに予想していた以上にISO認証活動に参加した学生は多かったですね。講義を取ったり試験を受けて単位を取るより、ワイワイと楽しんで単位がもらえるというのは楽でしょうからね。そしてそれによって環境意識が付いたかどうかとなると、はっきり言って分かりません」
三木
「そもそも環境意識とは何でしょう?」
増田准教授
「うーん、これまたどう定義すべきなのでしょうか。具体的には分別の徹底とか省エネの励行なんてのを環境意識というんでしょうか?」
今猿さん
「そんなことは環境意識ではなく学園のルールでしょう」
三木
「環境意識というのもおかしな言葉ですね。環境を大事にしようという心が必要なんでしょうか?」
増田准教授
「えっ、環境意識なんて無用ということでしょうか?」
三木
「無用というよりも環境意識という言葉がわざわざ必要かということです」
今猿さん
「そりゃ森林を保全、水質保全、景観保全が必要だと認識してほしいことはあるでしょう。例えば欧州は環境意識が高いと言われていますね。自動車も燃費がよくて排ガスがきれいでないといけないと規制が厳しいですね。フォルクスワーゲンはクリーンディーゼルなんて推し進めていますね。日本はハイブリッドとか電気とかがメインですが、向こうは一歩先んじてディーゼルでもガソリンエンジン同等の排ガスにできたといいます」

2009年当時は欧州のクリーンディーゼルはすごい、日本のハイブリッドは方向を誤ったと言われたこともある。しかし2015年に排ガス試験をソフトウェアで不正していたと暴露された。天網恢恢疎にして漏らさずというのは事実であった。神を欺くことはできないのだ。
三木
「確かに欧州は環境意識が高いといわれていますが、元はと言えば自分たちが環境破壊をしてしまったので身の回りの生活環境を守ろうとしたってだけでしょう。それを環境意識が高いという言い方をするのはどうでしょうね。ゼロをプラスにしたのではなく、マイナスをゼロにしただけって気もします」
今猿さん
「はあ? 昔の日本の公害、今の中国の公害は聞きますが 欧州で環境破壊ってありましたっけ?」
三木
「昨日・今日というわけではありませんが・・・2000年も前はヨーロッパは全部森林だったわけです。ギリシア、ローマなど南の先進地域ではその森林を切り開き材木を使い農地にし、土壌流出がおきてひどいところは草木も生えなくなった。次に北ヨーロッパでは産業革命で木を伐り石炭を燃やして、森林破壊、ばい煙、湖沼の酸性化、十分日本以上の環境破壊をしてきましたよ」
今猿さん
「なるほど、環境意識が高いということは環境破壊の反省ということですか」
三木
「ああもちろん環境を大事にしようという心は大事でしょう。でもそんなことを環境意識と名付けるほどのこともないように思います。自分の部屋をきれいにするのと同じことじゃないですか」
増田准教授
「自分の部屋というかみんなの部屋なんでしょう。つまり共有地のなんたらというやつでしょう」
三木
「それは個人の利益と自分が所属する集団の利益を理解できるかということであって、公徳心というか集団への責任を理解することで解決できるのではないですかね。フードコートを汚したり、車から吸殻を捨てることが罪であることを理解することと同じことです。旅の恥は掻き捨てという発想というか卑しさを理解し、それをしないことが出発でしょう」
増田准教授
「いやはや、三木さんにとって環境意識は道徳の一部に過ぎないってことですか。でも今の環境問題が道徳だけで割り切れるのかとなるとどうですかね?」
三木
「道徳というとなんですが、人間は自分が所属する社会に対して責任を負います。それを理解し自分の責任を全うするということができなくちゃなりません。脱税はやったもの勝ちじゃなくて社会に対する罪だと認識しなくちゃいけません。被害者のいない犯罪なんてありえません」
増田准教授
「責任って自分が所属する社会に対してだけですか? するとシロクマや鯨は私たちの社会のメンバーじゃありませんから、どうでもいいということになりますが」
三木
クジラ 「アハハハハ、追及が厳しいですね、共産主義政党の査問のようだ。でも突っ込まれても私は困りませんよ。
シロクマを救え、鯨を救えといいますが、それはすべて自分に利害関係があるからでしょう。シロクマは単なるインデックス、あるいはキャッチフレーズにすぎません。そうであるという証拠はたくさん知ってますが、そうでないという証拠は知りません。
ハブを救えとか、やぶ蚊を救えなんて聞いたことないでしょう」
増田准教授
「なるほど、そう言われると私もシーシェパードの親分はお金持ちで、そのお金はどこからという話を聞いたことがあります」
三木
「話がとりとめがありません。出発点に戻りましょう。
ISO認証の過程で、学生の環境を守ろうという気持ちや行動はいかほど変わったのか、それによってどのような効果あるいはアウトプットがあったのかというといかがなもんですか?」
増田准教授
「具体例としてエコ検定を受ける学生が増えました。その上位にあたる環境プランナーという資格も取った学生も多いです」
三木
「なるほどでは次に進んで、エコ検定によって就活が有利になったのか、大学の廃棄物が減ったのか、電力消費が減ったのか、どうでしょう?
環境プランナーを取るには講習会、登録、維持と大金がいります。いやな言い方かもしれませんが、学生がその資格、正確に言えば検定でしょうけど、資格を取ったことで元が取れますか?」
増田准教授
「うーん、就活で役に立てばと思います」
三木
「環境プランナーレベルでは、企業の環境担当者は勤まらないでしょう。ましてやエコ検定では・・・・
いやその意欲は悪くはないと思いますよ。でも同じ時間とお金をかけるならもっと就活に役立つことができるかと思いますね」
増田准教授
「すべてお金ですか」
三木
「企業ではお金というものは結果を出すために使うのです。お金は限りある資源(リソース)ですからね。それも成果が出ればよいのではなく、単価当たりの成果が大きなものを実行するのです。
ですからお金を使うときは、常に投資は回収できたのかを把握しフィードバックする必要があります。それは大学であっても個人であっても同じでしょう。
個人であれば環境プランナーになればいかほど就活に役立つのか、個人生活に役立つのか評価して実施の可否を考えることは当然でしょう」
今猿さん
「受験者数増加で認証費用を回収するには・・・私大の受験料平均は35,000円、願書1通1000円だそうです。今回の審査料金は300万くらいですか、でも内部費用が2000万や3000万かかっているでしょう。私のコンサル料金、三木さんの奥さまの賃金もありますし」
三木
「仮に3000万として受験者が1000人増えなければなりませんね」
増田准教授
「私の知る限り本学ではISO認証した結果の効果というかメリットはまだありません。受験者数の増加は来年の試験でのことになりますが、既に50大学以上が認証している今、うちが認証したからと言って受験者が増えるとは思えません。それに元々受験者数が6,000名位でしたから、いくらなんでも1,000人は増えませんよ。
あっ、でもISO認証活動の中でPPC削減、省エネそれに廃棄物の分別による処理費用の低減がありましたからそれは認証の効果ですね」
三木
「増田先生、それはおかしいでしょう。そもそもそういった改善はISOとは無関係です。私たちは日々改善をするのが当たり前で、ISOと無関係に無駄の排除、仕事の効率向上に勤めなくちゃなりません。ISOを持ち出さないと節電できないなら、それこそ環境意識がないってことですよ」
増田准教授
「さすが企業で働く方は感覚が鋭いですね」
三木
「大学で環境が売りになったのはもう過去のことですね。環境で有名な京都精華大学はISOにものすごく力を入れていて審査員の養成コースもありましたが、今年(2009)環境社会学科が再編と言えば聞こえはいいですがなくなりましたね」
増田准教授
「ほう、そうでしたか。しかし三木さんは詳しいですね。ヨーロッパの環境保護から環境プランナーから大学の状況から」
三木
「こんな仕事をしていると自然と耳に入ってきますよ。おお、環境意識なんてのもそういうことじゃないですか。日々テレビや新聞をながめているだけで最低限の環境情報は入ってくるでしょう。それすなわち環境意識じゃないですか。となるとわざわざ環境意識というほどのこともありません」
増田准教授
「ええっと、お話は大変興味深いですが信頼性については少しも進みませんね」
三木
「今猿さんがISO認証の価値をどう考えるかと問い、私が認証を受けた人の自己満足だと応えました。私は信頼性とは認証した組織が期待したものが達成できたかどうかだと考えてます。そして期待は立場によって違います。ですから認証の成果が同じであっても、満足する人と満足しない人がいるでしょう。信頼性は主体によって異なります」
増田准教授
「おっしゃることはわかるように思います。今まで会社や大学の例をだされましたが、いずれもメリットはなかったということになりますか?」
三木
「会社といっても目的はみな違うでしょう。ISO認証で会社を良くするとか会社を強くするなんて期待する人もいます。ISOで儲けようという人もいます。そういったところでは会社が良くなったり儲かったりすれば満足つまり信頼するでしょう。もっともよくなったというのはなにをもって評価するのかとか、投資対効果のレシオはどうかということもあるでしょうし」
増田准教授
「なるほど、メリットといってもそれを評価するのはものすごく多様ですね」
三木
「利害関係者は認証を受ける立場以外もあります」
今猿さん
「具体的には?」
三木
「公害対策は環境省ではなく通産省・経産省主導で進んできました。ISO14001認証制度も経産省主導でした。経産省はISO14001認証制度によって公害対策というか公害予防が前進すると期待していたと思いますね。しかし結果は変わらなかった。公害予防も事故も違反も、ISO以前と変わらなかったわけです。だから経産省は期待を裏切られたと考えたのかもしれません」
増田准教授
「それを裏付けるものがありますか?」
三木
「二年ほど前でしたか、『「公害防止に関する環境管理の在り方」に関する報告書』というものを出してます」
今猿さん
「ああ、ありましたね、読んだ覚えがあります」
増田准教授
「どんなことが書いてあったのでしょうか?」
三木
「ええと、うろ覚えですが近頃、違反や環境事故が多い。それは公害防止の認識が薄れたからではないか、企業の課題が公害問題から環境問題に移ったとはいえ基本をしっかりと勤めてほしいということでしょうか」
増田准教授
「ISOとの関わりについてはどんなことがありましたか?」

今猿さん
パソコンをいじっていた今猿が声を出した。
「増田先生、その報告書をみつけましたよ。プリントするにはどうするんでしょう?」
増田はプリンタをオンにしてプリントアウトした。結構な枚数がプリントされる。増田は紙が吐き出されるたびに手に取りを斜め読みする。
増田准教授
資料
増田准教授
「なるほど、この資料ではISOについての言及はほとんどなくて、事業者向けガイドラインとISO14001の位置づけについてという注記があるだけですか。
そしてこの注記を読むと、ISO14001に期待したが役に立たなかった、浮気せずに公害防止をしっかりやれという行政から企業への要請としか思えませんね」

参考:
今般策定する事業者向けガイドラインと ISO14001の位置づけについて
今般策定する事業者向けガイドラインは、実効性のある公害防止に関する環境管理体制の構築及び運用のための具体的な行動指針(法令の趣旨の再確認、適切な公害防止体制の整備及びその取組の在り方)を示すものである。
一方、ISO14001は、公害防止を含む環境管理活動全般において、PDCA を基礎とする内部統制の手法を示したものである。事業者は、ISO14001をはじめとしたマネジメント手法を採用し、実践することにより、PDCA 体制を構築することができる。
事業者は、ISO14001 をはじめとした各種マネジメント手法の導入により整備された PDCA マネジメントシステムを用いて、事業者向けガイドラインの内容を勘案し具体的な公害防止に関する環境管理活動を実施することで、より実効あるものとすることができる。

三木
「私にはこれは恨み節のように思えます。
経産省はISO14001によって企業の遵法と汚染の予防が向上するものと期待していた。しかしISO認証による向上は見られなかったことへの怒り、そんな風に受け取りました」
今猿さん
「結局ISOの要求事項は、実戦に役に立たないということですか」
三木
「そこまでは書いてませんが、例えば方針、組織などについて書いてあるところを見ると、公害防止組織法はISOとは違うといいたいのがわかります」
増田准教授
「ええっと、そうすると経産省はISOを見限ったということになりますか?」
三木
「いえいえ、確実な証拠はありませんんから私の想像にすぎません。
ただISO認証制度ではなく、従来からの公害防止の仕組みと活動が大事であるという考えであることは間違いないと思います」
増田准教授
「つまり経産省がISO認証の信頼性が低下したといったわけですか?」
三木
「そうでもないのです。官僚は頭がいいですから、報告書の言葉の使い方はよく考えています。経産省の報告書ではあからさまに認証の信頼性が低下したとはありません」
今猿さん
「えっ!そうなんですか。私はてっきり経産省が言い出したのとばかり思っていました。そうすると、信頼性が低下したとは一体だれが?」
三木
「過去の広報や講演会などを読み返すと面白いんですよ。経産省は『信頼性低下につながりかねない(注1)』とか、『信頼性が高まっているとはいいがたい(注2)』という表現です。ここんとこ重要です。講演会のパワーポイントには『信頼性低下(注3)』というものがありましたが、報告書には直接的言い回しはありません。

注1:「管理システム規格適合性評価専門委員会報告書」(2003)
注2:「マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン」(2008)
注3:「基準認証政策の現状と課題」(2008)

今猿さん
「そいで企業が嘘をついていると言ったのは誰なんですか?」
三木
「JABもトップとか広報責任者は言っていません。初めの頃、JABの文書でも『信頼を取り戻す(注4)』という表現をしています。もちろん文書として残ってものだけですから、口頭ではどうかはわかりません」

注4:「組織不祥事への認定・認証機関の対応について」(2008)
今猿さん
「いつ誰が企業が嘘をついていると言ったのですか?」
三木
「ええっと印刷されたものでは飯塚教授が『組織の情報に基づく検証の限界として虚偽もある(注5)』と言ってます。これが初出かどうかわかりませんが」

注5:第15回JAB/ISO9001公開討論会(2009)
今猿さん
「なるほど、でどういうことになるのでしょうか?」
三木
「つまり経産省がISO認証制度の信頼性が問われると言ったことが、関係部門、関係者の伝言ゲームによって趣旨がだんだんずれてというか拡大解釈されていったと思えます」
今猿さん
「元々経産省はISO認証制度よ、しっかりしろと言いたかったのかもいれませんね。そう言わずに、『認証が優良企業の目安にならない(注6)』とか語ったのは武士の情かもしけません。
それを誤解して、あるいはわざとすりかえて企業が嘘をついたというところまで行きついたということか。認証制度の問題から認証を受ける組織の問題へのすり替えですかね」

注6:IRCAフォーラムでの講演(2008)
三木
「仮にそうだとすると、認証の信頼性が低下したという問題は、信頼性そのものではなくミスコミュニケーションの問題だ」
増田准教授
「ミスコミュニケーションって伝達の不具合じゃなくて誤解のことですよ」
今猿さん
「増田先生、ここんところは過去の広報や発言を、いつ誰がどんな発言をしたのかという関連をできるだけ収集して、何から始まって企業の嘘につながったのかの伝言ゲームを調べなくちゃなりませんね」
増田准教授
「うーん、なるほどそういう伝言ゲームの問題なのか、あるいは意図的に話をずらしたという可能性もあるな。
それはそうとして三木さん、利害関係者には経団連とか認証機関など多々あると思いますが、そういった立場ではどうなんでしょうか?」
三木
「どうなんでしょうかねえ〜、経団連が信頼性についてコメントした記憶はありません。
認証機関も一枚岩じゃありません。私も調査したわけじゃありませんが、他社の知り合いと話した限りでは日系の認証機関と外資系認証機関では今回の信頼性の問題について見解が相当違いますね。日系の認証機関は信頼性の問題を重要視してましたけど、外資系は信頼性の議論そのものをナンセンスと思っているようです」
今猿さん
「そもそも日本の行政がISO認証制度を歓迎したのかどうかというところから考えないと・・・」
三木
「まさしく、ISO9001が出現したとき日本では行政も産業界も無視同然でしたからね。当時はジャパンアズナンバーワンの時代でしたから。現場レベルでは今でも、小集団活動、提案制度などがモノづくりのレベルアップをしてきたと考えている人は多いでしょう」
今猿さん
「そういえば、エコステージってありますよね。最近ではあれもマネジメントシステムというよりも提案制度、小集団活動というふうに中身が変わってきているようです」
三木
「ほう、今猿さんはそちらとも付き合いがあるのですか?」
今猿さん
「ISO認証機関にとってエコステージは商売がたきでしょうけど、我々コンサルにとってはどちらも歓迎です。ISO14001ではなくエコステージをというお客様があれば、そちらの認証のお手伝いをしています。
有楽町だったか丸の内だったか、毎年エコステージの認証企業や認証希望者を集めて総会みたいなのをしていますが、そこの認証企業の事例発表を見るとそんな感じでしたね」
三木
「日本ではマネジメントシステムなるものはあっていないでしょうかね」
今猿さん
「そうではなく、企業にとっては役に立つものならマネジメントシステムでも良いし、小集団活動でもいいってことじゃないですか。三木さんがおっしゃった、企業の論理ですよ」

私は自分自身の過去を清算するためにもISO認証の信頼性問題をはっきりさせたいと、引退してからいろいろと調べている。たどりついたことは、経産省がISO14001に期待したのを反省し、公害防止という原点に回帰したのではないかということだ。ISO14001の意図はご存知の通り、遵法と汚染の予防であったけど、ISO14001規格も認証もその意図を実現するには効果がなく、ヤーメタということなのではないだろうか。そして認証制度側もそれを認識したものの、こちらはヤーメタというわけにもいかず惰性で続けているという気がしてならない。
ある意味、経産省は公害が起きなくちゃどんな方法でも良いわけだが、ISO認証制度としては認証制度存在そのものが命であるわけで・・

うそ800 本日のお願い。
上記はもちろん私の妄想だ。私の論はおかしいと考える人もいるだろう。ぜひともお考えを聞かせてほしい。あしたに道を聞かば夕べに死すとも可なり、ISO認証の信頼性の真実を知れば私は安心してこの世におさらばできる。
おっと、ISO認証制度は人生ほど重くはないと言ってはいけない。価値はすべて相対的なのだ。



N様からお便りを頂きました(2016.08.25)
工学部出身ですので、「信頼性」というからには、分母と分子が必要だという感性を持っています。
何も計測数値を出せないのに、「信頼性」なんて議論はできないと思っています。
おばQさんの今までのお話でも結局根拠となるデータがないという指摘をされています。

言葉としての信頼。審査をしてきた経験から、審査結果に対して信頼なんてことは議論の対象にならないということですね。
審査に当たっては、業務プロセス上の不具合発生リスクを想定して、それを管理できているのかを見るにすぎません。

あくまでも規格適合の程度を見るだけで、適合の問題が顕在化しなければOKです。

それでも全部見れるわけでもなく、サンプリングなんて体の言い言い方をしていますが、時間内でできる範囲しか見れません。時間に制約されたサンプリングなんて工業製品を扱う場合に考えるサンプリングとは程遠いです。

こんな審査で「信頼性」云々は話になりません。

ただし、審査や認証に意味はないということではなく、認証のためには実態調査が必要だし、認証のニーズがある限りそれなりの意味はあるでしょう。

まぁ、その程度ですね。
というのが、個人的見解ですね。

N様 毎度ご指導ありがとうございます。
信頼性は『アイテムが与えられた条件の下で,与えられた期間,要求機能を遂行できる能力』と定義されていて、それを数値化(実行する割合)したものを信頼度というそうです。ただ英語はどちらもreliabilityですから日本語の言い回しの違いで、「信頼性は数字で表される」はずです。
JABの講演会の演台で見得を切るときは「信頼できない」っていうよりも「信頼性が低い」といったほうがカッコがいいと思って安易に信頼性という言葉を使ったのだと私は考えています。だって、過去に「信頼性が低下した」とのたまわった人は大勢いましたが、一人として信頼性(あるいは信頼度)として数字を示した人はいませんでした。みなさん工学の先生とか統計の先生だったのですが、最近は数字を使わない統計もあるのかもしれません。
ISO審査がサンプリング(抜取)であるとはISO17021で定められていますし、それによる見逃しがあることも明示されています。ただサンプル数も消費者危険も定めていないでサンプリングするという決定は科学的じゃありません。そこんところは難しいと思いますが、最低限、認証制度としてそういう危険がある仕組みであると社会に発信しておかねばならないと思います。それをせずに信頼性がーとか言ってほしくないです。
それをしないJABは信頼できません。

外資社員様からお便りを頂きました(20016/8/24)
ISO認証の信頼性と聞いて、ISO17000シリーズを思い出しました。
これは試験機関に対する規格と要求事項ですよね。

ISO17025では測定の不確かさについて定量化する事も規定されています。

素人考えなのですが、ISO認証機関ならば、当然にISO17000に基づいて認証試験所として管理されているでしょうし、認証の不確かさ、つまり定量的な信頼性については分析がされているように思うのですが....紺屋の白袴ってことは無いですよね。

人間が絡むものは定量化が難しいのは承知ですが、それでも変動要因や試験(認証)に関する誤差(判定の信頼性)が管理されていないといけないように思います。

私は測定屋なので、人間が絡むものでも管理できると考えるのですが、そうもいかないのでしょうかね?

      外資社員

外資社員様 毎度ありがとうございます。
ISO17000シリーズと言われても私は17021程度しか知りません。お便りを拝見してからJIS検索でISO17000シリーズを斜め読みしました(お恥ずかしい)。
認証機関の認定審査及び企業の認証審査において抜取数についての規定はないようですね。当然危険率もなにもなし。ただ審査工数の決定に関する指針というものがありました。とはいえ具体的な方法と時間は認証機関が決定するようです。実際私自身の経験ですが、A認証機関からB認証機関に鞍替えすると審査工数が違いました。当然審査料金も違いました。
基本的なことを決めてないのだから信頼性以前のような気がします。
  ↑
 本音はどうしようもないということです。

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2016.08.24)
「認証は自己満足」激しく同意します。
毎年々多くの新人に「ISO認証を知っているか?」と聞きますが誰一人まともに答えられる人は居ませんでした。
鶏自身も廃棄物業者の選定にISO認証を考えたコトはありません。順法性と能力、コストが考慮事項と言っていいでしょう。
すなわち、他社の心情に影響を与えないのだとしたら、自己満足といって間違いないかと。
逆にそれが「管理が出来てなくても出来ている感じ」という、向上心(飢餓感)を奪う原因になりそうですけどね。

名古屋鶏様、毎度ありがとうございます。
認定機関が認証は信頼できないといい、認証機関が認証は信頼のあかしと言い、認証受ける企業は義理とか出向者を出すためと考え、消費者には歯牙にもかけられず、ISOはどこに漂うのでしょうか?
きっと今年理事長になられました飯塚悦功様が「制度の信頼性の確保に努める」ことでしょう(理事長ご挨拶より)。
この理事長が認証の信頼性は低下している、企業は審査のとき虚偽を語るとおっしゃいましたんで、きっとこれから信頼性はドンドンと向上することでしょう(棒)
今後二度と認証の信頼性は低いなどとは、口が裂けても言いませんでしょうねえ〜

審査員物語番外編にもどる
うそ800の目次にもどる