異世界審査員146.満州その6

19.01.31

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

1928年3月 政策研究所会議室
グアムから伊丹夫婦が戻ってきたので、その報告会だ。
ちなみに高級官僚がグアムに行くには、横浜からサイパンまで飛行艇の定期便で行きそこで宿泊、翌日サイパンから船をチャーターして船中一泊して行くのがオーソドックスだ。この場合は、片道3日で着く。しかし伊丹たちは帰りはそのコースであったが、行きは伊丹が希望したのでサイパン行きの客船で行った。南洋諸島に移民や働きに行く人たちがどんな様子なのか見たかったからだ。一般人が片道月給の何倍もする飛行機を利用するはずがない。客船に乗らず、貨物船や漁船と話をして載せてもらう人もいるくらいだ。ということで伊丹夫妻が扶桑国を発ってから戻って来るまでひと月ほど経っていた。
出席は、皇帝、中野、高橋蔵相そして伊丹夫婦のいつものメンバーである。

伊丹
「グアム島で飛行艇への乗り込みなどの訓練を観てきた報告です。当初は兵士の輸送を予定していたのですが、 アメリカの戦車 戦車も空輸するという話を聞きました。実際に試行して見ると、水上での積み下ろしが困難でした。それで兼安大佐と先方の話し合いで、戦車は空輸せず事前に満州に送り込んでおくことになりました。
更に大変なことを聞きましたので確認しておきたい。グアム島で海軍の兼安大佐がアメリカ軍を乗せた飛行艇を扶桑国から発進すると語ったのです。それはご了承されたことでしょうか?」
中野
「実は伊丹さんの出発後にいろいろあって、兼安大佐と相談した。陛下の了承は得た」
皇帝
「苦渋の判断であったが、諸般の事情を勘案してやむを得ない」
中野
「これから施行されるアメリカの輸入制限や移民制限において、我が国は免除という約束は取った。アメリカの作戦にどっぷりつかってしまわないようしたいね」
伊丹
「さようですか」
皇帝
「将来はともかく今回のアメリカ満州攻略を我が国が支援するのは秘密だ。国内外にバレないために、我が国の飛行機が撃墜とか鹵獲されて敵方の手に落ちないことが必要だ。そして絶対にアメリカの満州制圧が成功しなければならない。大丈夫か?」
伊丹
「私の世界の情勢と比較すれば、中華民国の武装や配備は史実とおり、それに対してアメリカの方は、史実の日本に比べて国家の戦争として進めており装備も予算もあり、動かす予定の兵力は3個師団です。向こうの世界に比べれば圧倒的に有利ですね」
皇帝
「それを聞いて安心した」
伊丹
「私は今回の扶桑国からアメリカ兵を乗せた飛行機を発進させることについて賛同できません。それと戦車の輸送まで請け負ったというのも存じませんでした。いろいろ思うところがあり、私はこの仕事を辞退します」
高橋是清
「なんと!」
中野
「扶桑国から飛び立つことについて伊丹さんに伝えるのが遅くなったのは申し訳ない。あなたが出立してからアメリカ大使館からいろいろ要請があり、兼安大佐と検討したんだ。この作戦の我が国の活動の総指揮は私ということに理解してほしい」
伊丹
「我が国内の指揮命令など意味がありません。アメリカの作戦に我が国が巻き込まれてしまったこと、それが大問題です」
中野
「伊丹さんは気を悪くされたのか?」
伊丹
「個人的なことではありません。そもそもこれはアメリカの戦争です。我が国のための戦争じゃありません。アメリカが己の利益のために作戦を立て、その兵士の輸送を我が国に下請けさせようとしただけです。石原君からアメリカにない手段の支援を要請されたのが始まりです。
保護貿易の対象外になることは目的じゃありませんでした。アメリカ兵の輸送を引き受けるなら、それくらいの代償は欲しいということに過ぎません。プライオリティを思い出してください。我が国はアメリカ兵の輸送を断って、保護貿易から排除されるなら、それまでのことです。
まして陛下がおっしゃるように、アメリカの作戦を成功させるという条件なら、我々に指揮権がなければどうにもなりません。アメリカ軍に対して指揮権がないのに、我国がこの作戦を成功させるなんてできるわけがありません。
しかも人員輸送に対してでなく、この作戦の成功による我が国の分け前がないのに、なぜ成功させる責任があるのですか?」
中野
「それはそうだが・・・」
伊丹
「グアムでの話ですが・・・石原君は個人でアメリカ軍の作戦に参画しているはずです。しかし兼安君がこの作戦が十分検討されていないと指摘したことに対して、アメリカの指揮官は我が国の人が立案したのだと言いました。
このところは責任範囲をアメリカとしっかりと話をしておかないと、兼安大佐が腹を切るようなことになりかねません。もちろん私は腹を切るつもりはありませんから、この仕事を降りると申し上げました」
皇帝
「伊丹さんの言う意味がわからんが」
伊丹
「扶桑国のスタンスをはっきりすべきです。我が国はアメリカの作戦が成功することを保証しなければならないのか、作戦が失敗したらアメリカに対して責任を負うのですか?
そうではなく当初考えていた人員輸送を請け負っただけで、指定時刻に指定場所に運べば任務達成と言い切れるのかということです」
中野
「後者のつもりだったがあいまいになって来てしまった」
伊丹
「それはアメリカとの契約あるいは条約などで明確になっているのでしょうか?
私は兵員の輸送しか受けていないつもりでした。それでさえアメリカの軍事行動、政策に巻き込まれてしまうと懸念していました。
ところがグアムに着いたら戦車輸送も加わり、兵員輸送の飛行機も扶桑国から飛び立つことになっている。完全にアメリカの作戦に巻き込まれています。それも共同作戦どころかアメリカの指揮下にある。このままではこの満州の件に留まらず、今後ズルズルとアメリカの手足として使われることになりかねない。個人の問題ではなく国家の立ち位置が問題です。
このままでは日本の世界と同じく、我が国は中国大陸の戦争に巻き込まれてしまいます。更に向こうと違うのは、我が国の利害ではなくアメリカの利害のために戦うという更に悪い状況です。まるで欧州大戦に参戦させられた植民地軍のような位置づけではないですか。多くの犠牲を出しても、植民地が得たものはなにもなし」
幸子
「あなた、今回のことはちょっとしたニュアンスの違いか、解釈違いのような気がするわ」
伊丹
「昔、山本七平という人が太平洋戦争を始めると決定した人はおらず、その場の空気でどんどん暴走してしまったと書いていた。
ものごとの決定に関わった人はイエスかノウか旗幟鮮明にすること、誰が決定したのかはっきりすること、すべてを記録に残して置くことが重要だろう。
そして人は発言したことについて責任を負う。誉も恥辱も甘んじて受けなければならない。それができないならそういう地位に就いたり発言してはいけない」
幸子
「あなた、グアム島からきつくなったわね」
伊丹
「俺は変わってない。扶桑国はその場の雰囲気で物事を決めるような国ではいけない。今止めるのができるのは私しかいないと感じた。陛下に腹を切るつもりはないと申したが、空気で動くのを止めるためなら腹を切るつもりはある」
幸子
「まあ〜」

皇帝と中野が顔を見合わせている。

中野
「伊丹さんはどうすべきとお考えですか?」
伊丹
「まずアメリカに対して、我が国は人員輸送のみを請け負ったこと、それ以外はしないと明確にすることです。それを文書にしておく必要があるでしょう。
もしそうでなく、アメリカ軍の作戦に協力する責任を負うなら、見返りは保護貿易の対象外とするくらいでは割に合いませんね。いや、私は見返りがあってもそれはすべきでない。ゼニカネでなく、国家の将来がかかっているのです」
高橋是清
「うーん、伊丹さんの言うように、いつのまにかとんでもないことに引き込まれていたのか」
中野
「こちらがしっかりした考えがなかったから付け込まれたということか。伊丹さんに善後策はないのか?」
伊丹
「今申し上げた通りです。兵員はハルピンその他指定のところまで送るのみということをはっきりさせること。
幸い追加となった戦車輸送はアメリカが対応することになりました」
中野
「確かに哨戒機の支援とか戦闘員の派遣などは約束していない。ただアメリカ大使館からそういったことを支援してほしいという話はあったし、我が国はその能力はあるという発言はした。約束したとまでは言えないが」
伊丹
「それじゃ兵員輸送以外は、今後言わなければいいじゃないですか」
中野
「偵察機などの支援は?」
伊丹
「だいぶ前、こちらが支援する以上、観戦武官の派遣と上空からの偵察の了解を得ておくべきと中野さんに申し上げたと思います(137話)。それは兵員輸送を安全に行うため必要で我国の権利だと主張してほしいですね。
偵察して得た情報を提供しないのは構わないのではないですか。観戦武官が素晴らしい作戦を考えても、それを教える必要はありません。そもそも命令系統に入っていません」
中野
「飛行機を飛ばしておいて、そこで得た情報をアメリカに提供しないわけにはいかないな」
伊丹
「どうしてもというなら、写真を現像・焼付して提供するくらいはしかたないかもしれません。その場合半日以上のタイムラグが発生しますから、戦局に大きな影響は与えないでしょう。
しかし上空からリアルタイムで敵の様子を教示するというのはまずいでしょう」
中野
「上空からリアルタイムの情報提供を受けたら負けるはずはないな」
伊丹
「我が国が主体の戦争なら使える手段はすべて使うのは当然です。しかし外国の戦争にそこまでするのは将来の敵への利敵行為です」
皇帝
「中野、これから伊丹さんの提案通りに進めたとして向こうは何も言わないかな?」
中野
「陛下、まず我々は兵員輸送以外に提供すると明言していません。
振り返ってみますとアメリカ側の要望を厳命と受け取り、それに応えようと考えたのは我々の思い込みです。
それに伊丹さんに言われたように契約文書がないのですから、しなかったとしても責任は負いませんね。アメリカが何かイチャモンを付けてくるかどうかは別として」
皇帝
「分かった。それじゃ、決定だ。
我が国は兵員輸送を請け負った。仕事の内容はハルピンその他指定されたところに1000名を送り込むだけだ。その他、観戦武官の派遣、偵察機の飛行は我が国の権利と通告する。
中野、次回以降、それ以外は口にしないこと」
中野
「承りました」
皇帝
「それで、ここだけの話だが、アメリカが負ける可能性はあるか?」
伊丹
「石原君の能力が日本の石原莞爾と同じなら、向こうの3倍の兵力を与えられ兵站も確保してくれた戦いで負けることはないでしょう。
でもこちらの石原君は向こうと違い命令系統にありません。ですから安心できませんね」
幸子
「どんな事態が想定されるのですか?」
伊丹
「一番ありそうなのは奉天飛行場にある中華民国の飛行機が離陸して、満州の外に逃げてしまうかあるいは攻撃してくることでしょう。今までの情報ではアメリカの航空戦力はあまり期待できません。
日本の世界では関東軍が飛び立つ前に制圧したので問題が起きませんでした。正直いえば、向こうの世界でも危機一髪だったようです」
皇帝
「もしそうした事態になったとき、支援することは可能か?」
伊丹
「策はあります。しかし実施すべきでないと考えます」
皇帝
「その理由は?」
伊丹
「理由はいくつもあります。ひとつ、我々は兵力を安売りしてはいけない。ひとつ、我が国の技術力を秘匿するため。ひとつ、アメリカにある程度疲弊してもらった方が後々良いこと。ひとつ、」
皇帝
「わかった、わかった。要するに我国は国益を追求しなければならないということだ」
高橋是清
「アメリカと同じ側にいても軍事同盟ではないからか」
伊丹
「当然です。国家はその国民のために存在します。この国は神様が天下って建国されましたけど、普通の国は王なり国民が自分の利益のために建国します。だから国家が誰のために存在するのかとか国益とかが国民誰もが認識しています」
中野
「伊丹さんは、アメリカが勝てばよいが、負けても良いということか?」
伊丹
「そうです。どちらに転んでも我が国にとって最悪の事態ではありません。我が国がアメリカの手下になるのはもっと悪い。ましてや自ら進んで手下になることはない」
皇帝
「私もうかつな判断をしたことを反省する。この国は国民のためにあることを忘れてはならない。中野も私を諫めてくれよ。
伊丹さん、悪いが石原と会って彼の本意を確認すること、及び今の私の決定を伝えておいて欲しい」
伊丹
「了解しました。明日にでも、早急に」



1928年3月
翌日の夕方、駐アメリカ領事館である。
いつもの部屋に、伊丹と幸子そして対面に石原とさくらが座っている。

伊丹
「久しぶり。前回会ったのはいつだったかな?」
石原莞爾
「1月ですね。2月はお互いに仕事が混んでいて会合をもてませんでした」
伊丹
「グアムで行った輸送試験については聞いたかい?」
石原莞爾
「はい。まだ数日前のことで報告書は来ていません。無線電信で報告があっただけで詳細は分かりませんが、戦車の積み下ろしが難しくて別途輸送するとなったそうですね」
幸子
「急遽持ち上がったことらしいわ、検討もしていなかったのよ」
石原莞爾
「兵員輸送は問題なくいったと聞きました」
幸子
「それも飛行機の座席の全面変更とか、後部に荷物積載用ドアを追加するとか大工事があります」
伊丹
「ところで、ちょっと根本的な話になるが、扶桑国は兵員輸送だけで良いのだな。いつのまにかこちらへの依頼が増えてきたように感じているのだが」
石原莞爾
「そこんところは私も悩んでいるのですよ。ここで私は指揮系統に入っているわけじゃありません。作戦を考えて上司であるホッブス大佐に提案するだけです。彼らは私の案を参考に改めて作戦を考え大統領に提言するのです。それで私もアメリカの作戦を是とするわけではありません」
伊丹
「成り行きから、アメリカが扶桑国に飛行機による偵察とか中華民国の飛行機の制圧を期待しているなんてことはないね?」
石原莞爾
「私の案にはありません。しかし彼らがそれを織り込んでいるかどうかはわかりません。伊丹さんの方にどんな話をしているかも知りませんので」
伊丹
「ならいいんだ。アメリカは君の提案は我が国の見解だと理解するようだ」
石原莞爾
「そうなんですよ。立ち位置が変なことになってしまって」
伊丹
「私の世界とこちらと中華民国の航空戦力が同じかどうかわからないが、結構な機数があるようだ」
石原莞爾
「実は私が気をもんでいるのはそれ、中華民国の飛行機ですね。これが一旦飛び上がったらと思うと胃が痛みますよ。アメリカは満州に飛行機の戦闘部隊を置いていません。なんとか地上にあるとき急襲して抑えたいのです。でもそれは扶桑国におねだりすることじゃありません」
伊丹
「それをホッブス大佐に言ったのか?」
石原莞爾
「そんなことは言ってません。でも扶桑国からパラオに飛んでいる飛行機を見て、扶桑国の飛行機がアメリカより進んでいるのを知っているでしょう。当然扶桑国に支援を頼むことを思いつくでしょうね。
もしかしてアメリカは扶桑国に航空支援を依頼したのですか? そうなると我が国はアメリカの戦略に取り込まれてしまいます。依頼を受けてはいけません」
伊丹
「石原君がそう考えているのを知って安心した。」
石原莞爾
「扶桑国に航空機による兵員輸送の委託を提案したのは私ですが、戦闘そのものまで委託したらまともな国家ではありませんよ。もっとも異世界の某国はそうだったようですが」
伊丹
「耳が痛いよ、某国ではなく亡国だね。
ともかく石原君の意志を確認できてよかった。実を言ってあいまいなうちにそういう流れになりそうだったので心配した」
さくら
「ただね、通信機と上空から偵察した情報提供について、扶桑国の支援をお願いしたいわ」
伊丹
「さくらが思うのと、誰かに語ることは大違いだ。
要請するならアメリカから正式に申し出て欲しい。もちろん我が国はタダではできないし、見返りは安くはない。少なくてもハワイくらい割譲してもらわなければね」
さくら
「それは不可能ということですね。国家間のことですから当然ですね」

うそ800 本日の暴露
実はこのお話は前回前々回と一連のものです。三話の流れは決めていて書き始めたのですが、読み直すとなかなか意図を表せず、6000字をまるまる二度も書き直しました。
書き直しても全然面白くないと?・・・・・ごめんなさい。

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