お断り |
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからとりあげた本の内容について知りたいという方には不向きだ。 よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。 ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。 |
私の住んでいる市の図書館は、専門書の類が少ない。市内にある工学部をもつ大学は、図書館を一般市民に公開しているが、市内といえど結構遠く行くのも電車賃がかかる。
引退した当時は、専門書は東京の某大学の図書館を利用していたが、行かなくなって久しい。現役時代は毎日東京まで通勤していたわけだが、歳を取ると出かけるのが億劫になる。特に今は新型コロナウイルスが流行しているので、収まるまで東京には行かないことにしている。
とはいえ引退した身、高い本や一度読めばいい本は買いたくない。特にISO本は最低でも2,000円、そしてはずれが多い。規格対訳本となれば5,000円から8,000円くらいする。現役時代は仕事がらみでISO19011などMS規格の周辺の対訳本まで買っていた。今はそんな金はない。だからマータイさんではないが、もったいない(死語)から、買うのは抑えている。
そんなわけでときどき市の図書館に新しいISO関係の本がないか蔵書検索をしている。今回、最近購入した本が2冊見つかった。とはいえ1冊は著者名を見て読むまでもないと思ったので、この本だけ借りた。
この本は発行されて1年半経過しているが、市図書館の蔵書印の日付は今年5月だった。最近誰かが購入依頼したのだろう。
書名 | 著者 | 出版社 | ISBN | 初版 | 価格 |
ISO9001品質マネジメント システム入門[改定版] | 小林久貴 | 日本規格協会 | 9784542920330 | 2019/02/15 |
サッと一読してひっかかったところがいくつかあり、そのまま放っておくわけにもいかないなと感じた。
一言で言ってコンサルが売らんがために書いたような本ではなく、認証制度とか規格解説から、認証する手順まで真面目に書いている。
とはいえ、やはり間違いを放っておくわけにはいかない。論評せねばと思い、駄文をしたためた。この本を読む人たちへの注意喚起である。
いや悪気はない……もっと頑張ってほしいという激励である。
全体に渡ってコメントするのも面倒だし、そこまで気を使うことはあるまい。おかしいと思ったところだけ書く。
なお、ヴァイオレット色の文字は、本書または文中に記した本から引用したものであり、
初心者を相手にするからこそ、「一光年は年ではない」ことや「環境側面は側面でない」と同じく、「品質マネジメントシステムはシステムではない」と明記すべきだ。それを初めにはっきりさせておかないと、ISO規格を理解することができなくなる。
ひょっとして著者ご本人が、品質マネジメントシステムとは、品質に関するマネジメントシステムと理解しているのかな?
それならもっと問題だ。
ISO14001の審査で某審査員が「ごみの分別は全員参加でなければなりません。アリの穴から堤も崩れるというでしょう」と語った。
真面目に考えないと「全員参加」にだまされるかもしれない。だがちょっと考えればおかしいよ、ルールは全員が守らなければならないのは分かるが、全員参加で守るとはどういうこと?
私がそう言うのは、根拠があるからだ。
上記のカラムのISOTC委員はもう一つ語ったことがある。それは ISO規格には検証不可能な要求はない ということだ。
検証可能とは証拠が残ること、あるいは客観的に判定できるような性質でなければならない。「気持ちを持つこと」とは客観的な検証は不可能だ。
裁判では「どう思ったか」は意味がなく、「何をしたか」だけが重要だ。殺そうと思っても罪ではない。殺そうと思ったかどうかは、既に死者が出たときに意味がある。殺そうと思って殺したのと、誤って殺したときは罪状が違う。
家庭生活でも同じ。奥さんを愛していても、心の中で思っているだけではだめ。いつも感謝を口にし、記念日には花束を贈りましょう。怠ると離婚が待ってます。
もっとも我が愚妻には花束より札束が良いといわれます。お札1枚ならともかく、札束は無理です。
行動の前に、各個人に己の仕事の意義を理解させなければならないという意味なら、認識(awareness)が該当するであろう。それは「思う」でなく「理解する」であり、検証可能である。どんな場合なにをするのか言わせればいいのだから。
Q: | 当社ではISO9001を認証しているが、一向に製品品質が良くならない。ISO9001には限界があるのか? |
A: | ISO9001の認証は、規格要求を満たせば取得できる。しかしそれはあくまでも規格要求を満たしているだけで、品質マネジメントシステムが有効である、つまり良い結果が出せるとは限らない。認証取得だけで満足せず、より良い結果が得られるように、継続的に品質マネジメントシステムを改善していくことが必要である。 |
著者は真面目にそう考えているのだろうか?
ならば、このような本を書く前にもっと勉強しなければならない。
ISO9001というのはマネジメントシステムの規格なのだ。守備範囲はマネジメントシステム限定である。
いくら品質マネジメントシステムを継続的に改善していこうと、製品品質が良くなるはずがない。
製品品質は、マネジメントシステムではなく、技術に依存する。設計技術や製造技術、検査技術などによって達成されるのだ。
コミュニケーション不足、訓練の未実施、文書管理不備などによって起きた問題は、業務の仕組みとその運用の問題だ。だからマネジメントシステム/ISO規格で対応できる。しかし製品・サービスに関わる固有技術の問題には対応できない。それを忘れてはいけない。
製品/サービスの品質を維持向上するには固有技術が不可欠だ。ISOMS規格は管理技術であり、管理技術は仕事の効率アップをするが、製品・サービスの出来栄えには無関係である。
いや、私が語るまでもない。ISO規格に書いてあるじゃないか、
ISO9001:2015 序文 0.1 一般
この規格で規定する品質マネジメントシステム要求事項は、製品及びサービスに関する要求事項を補完するものである。
この通り規格序文には、己の守備範囲が記してあるじゃないか。しかもこの文章は、初版である1987年版からずっと序文にあり、絶対にISO9001が固有技術に関するものではない、誤解してはいけないと明記してあるのだ。
ISO9001は開発とか技術力を向上させるものじゃない。しかし開発とか技術向上を効率的にする仕組みの基準を示している。それだけにすぎないが、それだけでも素晴らしいことなのだ。
贔屓の引き倒しがISOの評価を下げたという事実を忘れてはいけない。
具体的に考えてみよう。過去半年を振り返って、あなたの会社で起きた問題はシステム(仕組み)の問題だったのか、それとも固有技術の問題だったのか? それ以外だったのか?
私が現場で働いていた30年前を思い返すと、そもそも工程能力がない悪い機械でなんとかしようと頑張ったがダメだったとか、塗装が自然乾燥で天候が悪いと乾かないとかいう、技術的というか設備的なことがほとんどだった。
対策として精度の良い機械を買えといわれても対応できないし、乾燥炉を導入しろと言われても先立つものがない。せいぜいがてるてる坊主をつるすくらいである……これは実際にやった。
それは、会社に力がないからだ。ともかくISO9001の範疇ではない。
私が勤めていたような低レベルの会社はともかく、多くの会社で問題というのは、まだ技術が確立していないことが過半を占めるのではないか。そんなことISO規格で解決できるわけがない。
今はだいぶ違うだろうが、20世紀では半導体で技術的に対策できないものは、歩留まりという言葉を使っていた。原因不明で不可抗力だから不良ではないのだ。不良ではないがインプットに対して100%アウトプットが得られないから歩留まりである。
そう考えると、設備がプアで現場レベルでは手がなかった昔の私も、不良でなく歩留まりと言ってもよかったのかもしれない。
注:歩留まりとは元々は木工で、材料からとれる製品の割合をいった。
木材は皮を剥いたり、節穴があれば取り除くし、切断すれば
高校を出て初めて木材の図面を引いたとき、私が計算したより2割も少ない枚数しか取れなかった。おかしいと現場に聞きに行った。すると作業者が、
そういった損失は結構大きく、合板には皮も節穴もないが、歩留まり7割とか8割なんてことは普通だった。木工の丸鋸の幅は3mmから4mmあり、小さな部品になればなるほど鋸代で歩留まりは下がる。
もしかしてLSIを作るときも、ウェハーの皮をむいたり、節穴のあるところを捨てたのかもしれん。
ISO規格で仕組みが見える⇒仕組みが見えれば問題が見える⇒問題対策ができる
世の中、そんな簡単なもんじゃない。
そもそも著者は新入社員になったとき、その会社の就業規則の説明を受けていないのか?
例えば、著者が品質に関することで出張したとき、伺い出、決裁、勤怠、旅費清算などの手順は品質マネジメントシステムと称するものにあったのか?
勤怠管理も、人事考課も、費用処理も、「品質マネジメントシステム」にはない。
組織のマネジメントシステムは唯一無二であり、会社の業務プロセスを定めている。
品質マネジメントシステムとは組織のマネジメントシステムの中から、品質に関するものを抜き出したものの集合に過ぎない。だから項目が並んでいても相互に関連もせず作用する要素でないものも多いのだ。
ISO9000:2015 定義3.5.1
システム:相互に関連する又は相互に作用する要素の集まり
だから私は「品質マネジメントシステム」はシステムでないと言ったのだ。それは「組織のマネジメントシステム」から品質にかかわる要素を抜き出して集めたもので、システムではない。
同じく「環境マネジメントシステム」もシステムでなく、「組織のマネジメントシステムの環境にかかわる部分(ISO14001のシステムの定義)」なのである。
私が語っているのはISO規格の定義そのままだ。私は嘘をつかない。
それにさ、品質マネジメントシステムなんて言葉ができたのは2000年、だけど会社の歴史は1000年以上さかのぼるだろう。そう考えると、そもそも考え方が逆じゃないの?
ISO規格ができる前は仕事の手順がなかった会社なんてのは、ISOコンサルとか審査員の頭の中にだけ存在するのだろう。
マネジメントシステムの構築なんて語っているアホもいるし、困ったもんだ。
本日の講評
この本はあちこちおかしな点があり、その間違いに気が付く人しか読んではいけない。
間違いに気づく人のみが読むべき本とは、その存在意義はどうなのかと考えるのも暇つぶしになろう。
言いたくはないが、この著者もこれからは「あっ、あの人か」と猫またぎだな。
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