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いつ「サーッ……」と、時雨がきても不思議ではないどんよりした空のもと、途ぎれることなく人の流れがのびていた。立川駅から昭和記念公園まて、その流れに身をゆだねてゆけばよかった。 箱根駅伝といえば、いまや正月の国民的行事のひとつである。2日から3日にかけての東京・大手町界隈は早朝からすさまじいまでの熱気につつまれる。あの熱狂ぶりはただごとではない。 39校のチームが9つの出場枠をめぐって激戦をくりひろげる。 箱根駅伝予選会は毎年、10月中旬から下旬におこなわれている。3年まえまで予選会からの出場枠は6校だったが、80回の大会以降は3校増えて9つになった。だが、いぜん狭き門であることに変わりはない。 箱根を走りたい……。 長距離ランナーならば誰しもが馳せる夢である。 ひとたび社会に出ながらも、箱根を走りたさに進学を決意、夢を実現した箱根ランナーたちも数えき切れないほどいる。 近年は予選会の「ガイドブック」なるものが刊行されているらしい(陸上関係の雑誌の付録かもしれないが……)。ガイドブックがあり、テレビ放映(CSは実況をやっている)もあるとすれば。予選会といえでも立派なレースである。もうひとつに「箱根駅伝」といったほうがいいだろう。 事実、本戦に出場できるのは9校の選手だけ(選抜チームのメンバーには何人かが選ばれるが……)で、残る30校の選手たちにとって、箱根駅伝といえば、この「予選会」だということになるからである。 予選会の会場に向かうおびただしい人の群れ、ぼくのような駅伝ファンだけでないだろう。大会関係者や出場チームの関係者、そして選手の親戚縁者、友人や知人たち、家族総出て駆けつけてくる人たちもいるようだ。かれらにとっても、本戦にひとしく、この「予選会」もまた「箱根駅伝」なのだ。 土曜日の早朝とは思えないほどの時ならぬ雑踏にもまれながら、ふとそんなことを考えていた。
午前8時前、すでにスタート地点(多摩総合庁舎)の周辺は分厚い人垣ができていた。ほどよい観戦ポイントがみつからなかった。ずいぶんと先まで足を伸ばすことになった。駅から数えるとおよそ30分ちかくも歩いただろうか。細長い立川駐屯地の敷地にそって、とろとろと歩き、その半ばあたりでようやくポイントを確保した。 いつもながら駅伝観戦というのは、何ともあっけない。とくに今回は駅伝予選とはいえ、駅伝方式のレースではなく、出場選手の全員がいっせいスタートして、チーム毎の走破タイムを合算して順位を決めるレースである。 8時30分……。 スタートした選手たちは、あれよあれよと眼をこらすうちに、道幅いっぱいの奔流となって、あっという間に駈けぬけていった。 ぼくの立っていたところはスタートして1q足らずの地点だったが、すでにして前評判の高い山梨学院大のメクボ・J・モグスと流通経済大のサイラス・ジュイが飛び出していて、後続集団をぶっちぎっていた。 思わぬ誤算……。 選手がスタートしてしまえばレースのメインは公園である。ところが……。公園の入り口から、あまりにも遠くまで足をのばしすぎていた。選手を見送った観戦者はいっせいに公園入口に向かうのだが、歩道いっぱいにあふれる観衆が壁となって、追い越してゆけない。 やっと立川口についたと思いきや、入場券を買わねばならない。幾重にも折り重なった長いながい人の列、選手たちがスタートしてから、なんと13分になろうとしているではないか。5qを13分台でゆくモグスなら、もうすでに5q地点にさしかかっているはずだ。 選手たちは公園内にはいって1周4.78qのコースを3周する。ぼくがやっと入場したころ、先頭はすでに1周目の後半にさしかかっていた。 公園内はやたらと広い。当初は5q地点と10q地点で待機、そのあとは最短距離を移動して、残り1qの地点へ。そこから「広っぱ」を横ぎってゴール地点に向かおう……などともくろんでいたが、時間的な余裕がなくなっていた。もたもたしているうちに10q地点に足を伸ばすのさえむずかしいありさまだった。 やむなく残り1q地点で待ち受けることにして、長蛇の列にまみれて、トロトロと歩くはめになってしまったのだ。
ゴール地点からひろがる「みんなの原っぱ」には、出場各校の拠点があって応援にやってきた学生やOBたちが大勢たむろしていた。立川口から入場した人の群れもそちらをめざしていた。 「原っぱ」の周囲をめぐる道路がゴールに向かってのびている。選手たちにとっては最後の踏ん張りどころになる。 あと15分もすれば……。 選手たちの足音が波打って聞こえてくるだろう。粗い吐息をつきながら次々に駈けこんでくる。最後の力をふりしぼって、ひたすらゴールめざして死力をつくす。そんな姿を目の当たりにできるはずだ。 だが、15分前の路上は、ときおり各校の選手たちをサポートする学生たちが行き来するだけで、ひっそりと静まりかえっていた。 ぼくは残り500m付近で待ち受けることにした。人影もまばらで、近くには若いカップルが一組、芝生に腰をおろしているだけだった。ぼくはカメラを取り出して点検していると、その男性のほうがツカツカと近寄ってきた。 「この道、通るんですよね?」 かれはガイドブックの地図をひろげている。 「ええ、そのつもりで、ぼくもこうして待っているですがね」 「そうですよね」 かれとともにコース図をのぞきこんだ。 「まちがいないですよ」 ぼくが言いきると、かれは安心したかのようにうなずいてもどっていった。 そんなぼくたちを尻目に、彼女のほうは、われ関せず……というような顔で、手鏡を手にして、しきりに化粧を直していた。きっと化粧をするヒマもなく、飛び出してきたのだろうな。 かれは気まぐれに彼女を誘って、公園にやってきたわけではなさそうだ。予選会を観戦するためにやってきたのだ。彼女のほうはそれほど駅伝などには興味がないらしい。 かれはいったい……。どんなふうに彼女を言い含めたのだろう。 あれこれと勝手な想像をふくらませていると、なだらかにカーブしている前方から先導車がゆっくりとすべってきた。 とっさに時計をみる。 9時25分をすぎたところである。速い! 先導車の後ろから姿を現した黒い影、やはりスタートで後続をぶっちぎっていた山梨学院のモグスである。速すぎて、カメラのレンズが追いつかなかった。モグスはファインダーのなかを跳ぶがごとく、あっという間に通りぬけていった。
シャッターが追いつかなかったモグスが通過したあと、2位のジュイがくるまでのおよそ1分あまり、ひどく長く感じられた。日本人1位がやってくるまで、さらに1分あまりのブランクがあった。 胸には「W」の大文字、早稲田の選手である。今年の早稲田、チームのナンバーワンといえば1年生の竹澤健介である。あれが竹澤なのか。初見参の早稲田のエース、心なした頬がぽおっと紅潮していて、いかにも初々しかった。 正月の箱根からエンジのユニフォームが消えれば、いかにも寂しい……と思うのは、ぼくだけではないだろう。 後ろからくるのは専修の座間であった。昨年の日本人1位である。すでに見知った顔だけに、遠くにいても、すぐにそれとわかった。(座間の写真は撮りそこねた。天候が悪くあたりは薄暗い。ASA400の設定にしておいたが、明かりが暗いせいか、シャッタースピードが落ちていたらしい。そのせいか今回の写真は総じてブレた感じになってしまった) 座間が通り過ぎたあとは、ほとんど途ぎれることなく、選手たちは次つぎになだれこんできた。 東洋大のユニフォームがやけに眼につく。次いでは早稲田……。モグスの山梨よりも早稲田、東洋の勢いがきわだってみえた。 長い帯のようにつらなってゴールをめざすランナーたちから、ふいにひとりがこぼれた。背をまるめて立ち止まった。いかにも苦しそうである。背をまるめ、足を引きずるかのように歩きだしたかと思うと、やがて、ゆっくりと走り出した。 ゴールは、すぐそこだ。踏んばれ! ファインダーから顔をあげて背中に向かって思わず声をかけていた。 瞬時のことで顔はしかと判別できなかったが、通過したタイミングからみて、明治のエース・幸田高明くんだったろう。明治がきわどく残ったのは、途中でブレーキにあえぎながらも粘りぬいて、明治の選手として4番目にゴールした幸田の執念によるものだろう。「みんなの広っぱ」を横ぎって、ゴール前にゆくと、次つぎにゴールする選手たちを迎える観衆の声が曇天の空にたえることなく弾けていた。広っぱにのあちこちには各校がテントが張られている。運命の結果発表をそこで待っているのだ。 ゴール付近にはクルマの上に大型スクリーン、CS放送の実況が映し出されている。画面が粗くてととも見づらい。となりに用意されたステージで結果発表があるらしい。すでにして人でいっぱい……。 テレビの画面をみる。10人ゴールだけでみる各校の順位は次のようになっていた。 東洋、国学院、早稲田、明治、拓殖、大東、城西、専修、山学、国士舘、帝京、青学、平国、農大、関学……。 東洋、早稲田は前評判どおり、当確だろう。山梨もモグスがタイムを稼いだだろうから、まちがいなかろう。帝京、青学あたりは圏外、インカレポイントがないにひとしい専修、国士舘あたりがボーダーになるか。 いまにも雨が落ちてきそうな空ののもと、あれこれと思いをめぐらせていた。
上位から順にあげると、東洋、早稲田、國學院、山梨学院、大東文化、城西……、以上6校は無条件で予選通過。東洋、早稲田などは順当なところだが、健闘したのは3位の國學院だろうか。 あとの3校はインカレポイントが援用されるのだが、最終的に国士舘、明治、専修の3校が残った。 貧乏くじをひいたのは、またしても拓殖であった。レース順位では9位ながら、インカレポイントを加味した総合では、なんと10位の国士舘に出場権をゆずる結果になってしまったのである。国士舘はインカレポイントを4分も持っていて、そのアドバンテージで総合順位を7位まで押しあげている。 インカレポイントの是非については、いまさら繰り返すまい。 端的にいえばインカレはインカレ、箱根は箱根……である。金持ち優遇のシステムはスポーツの世界にはとうていなじまない。 ワリを食った拓殖大はわずか20秒のアドバンテージしかもっていなかった。酷な結果というほかないが、そんなことは最初から判っていたことである。拓殖ぐらいになると、予選通過など目じゃないだろう。いや、そのような低いレベルを到達点にしてもらつては困るのだ。予選突破、シード権獲得などのレベルではなく、本戦でも上位争いできるほどのチームづくりをしたうえで、予選会の出てきてほしいのである。 そういう観点からいうと、今回の予選突破校はいずれも小粒というほかない。本戦ではあまり期待できそうにない。 それにしても……。 早稲田、山梨学院、大東文化……みんな箱根優勝経験のある古豪である。そんなチームが、なんで、こんなところでモタモタしてるの? モグス一人の山梨は今年もシード落ちを免れないだろう。問題は早稲田と大東文化……である。昨年は両校ともに指導体制を刷新、大きな変わり身が期待されたが、結果は裏目になってしまった。今シーズンはまさに真価を問われるシーズンになる。早稲田の渡辺、大東の只隈といえば、ともにかつては箱根のスター選手であった。指導者として正念場、勝負駈けのシーズンとなろう。 結果発表がはじまるころになって、曇り空から雨が落ちてきた。出かけにバッグに放り込んだ折りたたみ傘が役に立った。いかにも秋の深まりを感じさせる風情の時雨である。拓殖はもとより、有力視されながら10位以下に甘んじた帝京や青山学院にとっては、文字通り涙雨となった。 ★開催日:2005年10月22日(土) 東京・立川市、陸上自衛隊立川駐屯地〜昭和記念公園=20km (詳しい結果は日本テレビと関東学連のサイトでごらんください) |
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