最新情報 1996年11月分
1996/11/30
実行犯端本悟の証言(詳報)
先日速報しました橋本証言について、報道関係より詳細な証言録を入手しました。かなり生々しいものです。
1996/11/29
今日、茨城県勝田市にある都子さんの実家大山家のお墓参りをしてきました。写真等詳細は追ってご報告します。
坂本都子さんのお母さん、大山やいさんが、民事損害賠償請求訴訟の証拠として提出するため「陳述書」を作成されました。小島周一弁護士が丹念にお話をうががい、文書にまとめてくれたものです。少し長いですが、お母さんの思いが痛いほど伝わってきます。是非お読みください。
「陳述書」はここをクリック
1996/11/26
実行犯端本悟被告、早川紀代秀第14回公判で、検察側証人として出廷。坂本事件について供述。
端本証言についてはここをクリック
取りあえず速報です。さらに詳細な証言内容が入手できましたら、追加します。
埼玉県警所沢署などは26日、特別手配中の菊地直子容疑者らオウム真理教元信者四人が所沢市など埼玉県西部に潜伏している可能性があるとみて所沢、狭山、川越、東入間、新座の五署管内で一斉捜索を実施した。
捜索にはヘリコプターや警察犬も動員し、機動隊や機動捜査隊の応援を加え捜査員約五百人が参加。ゲームセンターやパチンコ店など立ち回る可能性がある店舗のパトロールのほか、橋の下や公園、神社、狭山湖周辺など野宿できそうな場所では、たき火の跡がないかどうかなど詳しく調べたが、この日は発見できなかった。逮捕した八木沢善次容疑者らが潜伏していた所沢市内のアパートで見つかった菊地容疑者のものとみられる衣類のにおいで、警察犬に追わせたりした。
所沢署管内では11月になってから、八木沢容疑者ら特別手配の元信者三人が出頭するなどして相次いで逮捕された。他の手配者も同じアパートで生活していた形跡があり、24四日に逮捕された松下悟史容疑者はアパートの摘発後、市内の公園などで野宿していた。
埼玉県警幹部は「長期の逃亡で手配犯は精神的にも肉体的にも限界に来ているはず。所沢近辺に潜伏していれば、今回の捜索は出頭を促す効果がある」と話している。<共同通信ニュース速報より>
※矢木沢の出頭による逮捕劇は11月14日のこと。今まで何もしてなかったとは思わないけれど、警察の対応って少しとろいんじゃないですか。
1996/11/21
今日の松本公判(96/11/21)
松本被告のわがまま認められず
地下鉄サリン実行犯豊田被告が松本被告を批判
1996/11/20
昨日11月19日に行われた早川紀代秀第13回公判の中で、検察側証人として出廷した岡崎一明が、「坂本事件」について非常に重要な証言をしていますので、一部をご紹介します。
1996/11/15
昨日の矢木沢、北村の逮捕劇は、何のことはない、矢木沢が逃走に疲れて自分から出頭したから逮捕できたのであって、警察が居所を突き止めたのではないということを聞いて愕然とするやらあきれるやら。
狭い日本で、これだけ長期間特別手配犯が一人も捕まらないのは、警察が一部の者の居所をつかんでいて、それらをあえて泳がせ、全員を一網打尽にする作戦に違いないと、私などは好意的に解釈していたのに・・・。何のことはない、奴らが自分から出てくるまでアジトすらわかっていなかったのである。
坂本事件の時も、実行犯岡崎が、事件発生直後、龍彦ちゃんを埋めた場所を地図に書いて送ったにもかかわらず、パフォーマンスの穴掘りだけで「ガセ」を決めつけ、結局5年を空費させている。しかも、最後にも岡崎の任意の陳述書がなければ3人の遺体は絶対発見できなかったわけである。国松長官狙撃事件に関する警視庁のお粗末な対応なども考えると、かつて「優秀」と言われ続けてきた日本の警察の能力って一体???
矢木沢に「お前らまじめに捜査してんのか。この税金泥棒がっ!」と怒鳴られた警察の顔が見たかった。
1996/11/14
何と一気に1,500名突破!!
NHKの昼のニュースで放映されたのが利いたらしく、つい三日前に1000名を越えたと思ったら一気に1500アクセスを突破してしまいました。ご意見ご感想そして激励のメッセージもたくさんいただきました。本当にありがとうございます。風邪などで寝込んでいる場合ではないですね。
最新情報の更新に期待する声も多くいただきました。折しも、地下鉄サリン事件の実行犯とされる北村浩一容疑者と新宿駅青酸ガス事件の矢木沢善次容疑者が逮捕されたとのニュースが飛び込んできました。この後残る5人の特別手配容疑者らも芋づる式に逮捕できるのでしょうか?これによって破防法の適用にどの様な影響がでてくるのでしょうか?刑事民事の裁判は?松本はそれでもしらを切るのでしょうか?これが全容解明に向け、大きなきっかけになればいいのですが。
詳しい情報入手と分析はこれからですので、追って続報したいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
1996/11/12
ついに、1、000名突破!!
先日の追悼の旅で名立の山から風邪を連れて来たらしく、熱とせきでダウンしてしまいました。更新もできないままおりましたら、昨日、OPENから11日目にして、ついにアクセスが1、000名を突破いたしました。みなさん本当にありがとうございます。
5年10ヶ月の間には、全国各地で救出を求める集会・イベントを300以上作ってきましたが、参加者が1000名を越える集会は数えるほどであり、またそれだけの規模の集会を作る時の人的物的負担は、それはそれは大変なものです。そのことを考えると、このインターネットのもつ力と可能性の大きさを感じずにはいられません。
今後とも、より多くの皆様に見ていただけるようなホームページ作りを心がけますので、よろしくお願いいたします。
記念品プレゼント
ということで、アクセス1000件を記念して、ご意見ご感想等をお寄せいただいた方の中から抽選で5名様に、オリジナルのオレンジカード(JR用 3000円分)を差し上げます。
「坂本事件」に関わりがあれば、「警察」「マスコミ」「オウム」「裁判」etc・・・どんなことでもけっこうです。「救う会」の今後の活動に対するアドバイス(例えば、真相解明のためにどんなことをすればいいか、事件を忘れないようにするためにはどうしたらよいか、警察やマスコミのミスにどう対処すればよいか等々)がいただければさらにうれしく思います。
締め切りは、1996年11月30日とします。
なお、記念品は郵送いたしますので、メッセージの中に必ずご住所お電話番号を書き入れてください。
よろしくお願いいたします。
法律の窓(仮称)を作ります
私たちの日常生活の中には、普段全く意識していなくても、様々な形で法律が関わっています。交通事故、借金、売買、男女問題、相続、隣地、雇用、投資・・・・・
そこで、「救う会」」の弁護士がそれぞれ自分の得意な分野の中から、一般の方が誤解しやすいところや注意した方がいい点などについて簡単にわかりやすく解説をするという企画を考えました。「救う会」の事務局弁護士には様々な分野で活躍されているものが大勢いますので、バラエティに富んだものができるのではないかと期待しています。
なお、ここで展開するのは、あくまで一般論としての法律情報です。個別のご相談ないし弁護士の紹介は、各地の弁護士会にお問い合わせください。
法律の窓へ
1996/11/8
今日、麻原彰晃こと松本智津夫に対する第15回公判が行われ、傍聴して参りました。
傍聴記は、ここをクリック!
1996/11/7
追悼の旅
昨日6日、都子さんの遺体発見現場(富山県魚津市の僧ヶ岳)と、堤さんの遺体発見現場(新潟県名立町大毛無山)に行って来ました。オウムの実行犯らが、3人の遺体を3カ所に埋めたのが7年前の11月5日から6日のようですから、まさに同じ時期に現場に立ったわけです。やり場のない激しい怒り憤りがこみ上げてきました。
朝1番の飛行機で富山に行って、レンタカーで回りました。今回は日帰りのため、長野県大町市の龍彦ちゃんの発見現場には行けませんでした。この2カ所であれば、日帰りで行って来ることもさほど大変ではないことがわかりました。
あいにくの雨模様、特に名立の方は山はみぞれ混じりの暴風雨で、もう冬がすぐそこまで来ていることを実感しました。帰りに名立町役場によったところ、間もなく雪になって、来年7月頃まで山には入れなくなるであろうとのことでした。来年夏にはまた行きたいと思っています。
現場はどちらもきれいに片づけられており、3日4日の連休で大勢の方が来られたらしく、新しい花がたくさん供えてありました。本当にありがたいことです。
昨年ここに来てから1年がたちましたが、現地に行くと、こんな寒くて寂しいところに6年近くも1人で埋められていたのかと、改めて胸が締めつけられる思いです。3人の遺骨は鎌倉にありますが、やはり現地にいくと、まだ魂が残っているような気がしてなりません。私たちの悔しさや怒りの原点であることを再確認しました。都子さんのご両親は、何回も現地を訪れておられます。「もうこれで最後にしようと思いながら、またつい現地に行ってしまう。」とおっしゃっていました。
それにつけても、現地の慰霊塔が去年9月の急ごしらえしたときのままであり、花生けや線香台も地元の人が用意してくれた空き缶であったりして、とても寂しく感じました。費用や管理などいろいろ問題はありますが、もう少しきちんとしたものにできないものかと痛感いたしました。現地の弁護士会、日弁連そして「救う会」の方でも前向きに検討するよう働きかけたいと思います。
1996/11/5
驚いたことに、あっというまにアクセスが600件を越えてしまいました。ほんとうにありがとうございます。
まだ風化させてはいけない!と今でも多くの皆様が応援して下さっていることをひしひしと実感しております。 警察問題、TBS・マスコミ問題、オウム問題、どんなことでもいいですから、ぜひ皆様のご意見をお聞かせ下さい。よろしくお願いいたします。
明日は、富山と新潟の遺体発見現場に行って来ます。雪が心配です。また、ご報告します。
1996/11/4
11月4日。今日は、坂本弁護士一家の命日。 私たちにとって忘れられない日であり、忘れてはならない日です。

北鎌倉円覚寺にある墓地に「救う会」のメンバー約20名、そして坂本さちよさんとでお墓参りをしました。 3連休最終日、陽気もいいとあって、大勢の観光客に混じっての墓参りとなりました。マスコミはさすがに察しがよく、テレビカメラや記者が大勢来ていました。
死亡から丸7年目、いわば「8回忌」(こういう言葉はないけど)。しかし、事件後ずっと「生きてかえれ」と願い信じ続けてきた私たちにとっては、今日はまさに「1周忌」です。 墓前には、列をなして線香が手向けられるため、この陽気のせいもあってか、炎が大きく燃え上がっていました。まるで3人の無念がここに残って、私たちに何か訴えているようでした。 
もう何回も来ていますが、やはりこの日は特別の思いがします。
墓前であの日の憤りを新たにしました。
1996/11/3
ホームページをオープンして3日目ですが、何と200件を越えるアクセスをいただきました。テーマがテーマ、時期が時期なのでなので、あまりアクセスはないのではないかと思っていたのですが、予想外に大勢の方に見ていただき、ご意見ご感想もたくさんいただきました。 工事中が多くて本当に恐縮しています。鋭意、更新していきますので、今後もよろしくお願いいたします。 マスコミ世論の関心は移ろいやすいものです。去年の今頃あれほど大騒ぎした「坂本事件」も今は全くと言っていいほど話題になりません。 しかし、遺族や私たち救う会にとっての「坂本事件」は、まだ決して終わっていません。そもそも、実行犯や主犯松本の刑事裁判が遅々として進ます、それに引きずられて損害賠償の民事裁判も先が見えません。 事件の事実関係は謎だらけです。 また、警察捜査のミス、TBSのミスは明らかであるのに、その解明と責任追及も全く不十分です。
視聴率と警察リーク情報に振り回されるマスコミの体質は未だ変わりません。「じゃまな弁護士は消せ・脅せ」という弁護士業務妨害事件は増加傾向にあります。坂本さん一家3人の貴い犠牲が無駄にならなかった、と言える社会にはまだまだなっていないのです。
どうか、「坂本事件」のことを忘れずにいてほしいと思っています。
1996/11/2
11月2日、埼玉県坂戸市のコミュニティセンターにおいて「坂本弁護士一家追悼ヒューマンコンサート」が開催されました。
約500名の会場は前売りで満員。おおぜいお断りしたそうです。 大変すばらしい、感動的なコンサートでした。みなさんの手作りの感じが出ていて、よかったと思います。 世の中、マスコミ、もう坂本事件は終わったという風潮をひしひしと感じるこの時期に、これだけの立派なコンサートを成功させた今野強さんはじめ坂戸のスタッフのみなさん。本当にご苦労さまでした。
それにしても、都子さんのフルートを使って演奏してくれた大平記子さん、最初ステージに出てこられたとき、都子さんがでてきたかと錯覚するほどよく似ていて、びっくりしました。 お母さんの大山やいさんの言葉が印象的でしたね。「犯人に対し怒りと憎しみばかりだった気持ちが、フルートの音色を聞いていてすーと静まっていくような気がしました。今は泣いていますが、うれし涙です。」さちよさんといい、大山ご夫妻といい、本当に立派です。 日本フィルの松本さん、辻野さん、山下さん、中務さん、いつもながらすばらしい演奏でした。
1996/11/1
救う会は、坂本さんの命日に当たり、声明を発表。破防法には断固反対。国はオウム被害者救済を。
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