「学問のすゝめ」 福沢 諭吉 ・ 檜谷 昭彦(現代語訳)

出版社ISBN初版定価(入手時)巻数
三笠書房4-8379-1880-82001年03月31日1300円全1巻

有名な本である。当時の大ベストセラーで偽版(著作権無視で印刷した本)も合わせて340万部売れたという。当時の日本の人口は3000万だから、今なら1千万部というおばけである。
私は過去何度もこれを読もうとトライしたが明治時代の文を読めず、そのたびに挫折した。1788年の英語のアメリカ憲法が読めて、1873年の日本語の「学問のすすめ」が読めないのは不思議である。それは私の国語の力がないこともあるだろうが、日本語の変化はアメリカ英語の変化より大きいようだ。というか明治から昭和の間に国語の表記や漢字の簡略化がものすごく進み断絶を生んだのだろう。
てふてふ
「てふてふ」と書いて「ちょうちょ」なんて読めません
似たようなものに「・・でせう」「くゎじ」「けふ」なんてのがある。
この本も現代語とあるがタイトルは「学問のすゝめ」である。
その断絶は国語に限らず、日本人の生活習慣、思想、行動すべてにわたって同時進行したに違いない。
サムライ いまどき、腰巻したOLもふんどしを着けたサラリーマンもいないだろう。ポニーテルを除いて、髷を結った人は相撲取り以外見たことがない。夫が浮気してもばくちをしても、ひたすら耐える奥方など今どきいるはずがない。
では明治人に向かって諭吉が発した檄は現代に通用するのであろうか?

原文を読むことをあきらめた私は「学問のすゝめ」の現代語訳を買って読んだ。
いや、面白い。書いてある内容も興味津津であるが、その内容・書き方、不遜というか、言いたい放題というべきか。こりゃ時の権力者でなくても文句の一つ二つ言いたくなると思えるところが多々ある。実際に赤穂浪士批判などは、当時物議をかもしたそうである。

この本を読んで改めて明治は非常に近いと感じた。いや明治は遠くない、私たちの後ろを振り向けばそこは明治である。
私の父は明治45年(大正元年:1912)生まれである。私の祖父・祖母の4人のうち私が生まれたときに生きていたのは父の母だけで、彼女は明治12年(1879)生まれだった。学問のすすめ第一篇は明治5年(1872)発行で、ほとんど同時期である。

時間的関係を図に表すと次のようになる。
明治平成年表
まず気がつくこと。
明治維新1886年から今日2008年まで約140年である。私は60歳であるからその43%、ほぼ半分を生きてきたことになる。明治が終わってから私が生まれるまでわずかに30数年! 私にとって明治はいかに身近であったのか。
言い換えると私の人生はもうそろそろ終わりということかもしれない。

日清戦争から太平洋戦争終結まで51年、太平洋戦争終結から今まで63年、太平洋戦争は明治維新から現在までのちょうど中間、もうはるかかなたのこと。
日本が戦争ばかりしていたような話を聞くがそれは嘘だということがわかる。

卑近なことであるが、私がこのウェブサイトを開設して既に7年、明治維新から現在までの5%に当たると言ったら驚くのではないだろうか?
140年を長いと見るか、短いと見るか、それは人さまざまであろうが、この140年間に様々な出来事があり中身は結構濃い。
科学技術の主なものをあげると、ガソリン車は1886年、飛行機は1903年、人工衛星は1957年、月旅行は1969年、無線通信は1899年、電話は1876年、現在の私たちに身近なものはすべてこの期間に発明発見されている。

そして戦争も私たち日本人が関わったものだけでも、日清戦争、日露戦争、第一次大戦、シナ事変、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イランイラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争とほとんど連続している。
アジアでは中国が一番戦争好き
戦争への参加回数
とはいえ、この期間に日本人が加担した戦争というのは中国やロシア(ソ連)に比べるとはるかに少ない。そして戦争で与えた被害も受けた被害も中国による戦禍に比べれば少ないことを覚えておく必要がある。
なにせ、中国は内戦である文化大革命だけで3000万ないし6000万人と日本の人口の半分くらい殺している。
日本の太平洋戦争での死者は330万人と言われいる。その間の中国の死者は信憑性のある数字はないが1000万(1951)、1800万(1979)、2000万(1987)、3500万(1995)と増加傾向にある。だがいくら水増ししても、文化大革命の死者数にはなお及ばない。

洗脳されやすい方へ、注意事項
当時中国の人口は4億弱である。いくらなんでも3500万は大杉である。嘘をつくならある程度本当らしい数字を言わねばばれてしまいます。

福沢諭吉が書いている明治5年頃の日本はどんなだったかというと
 大名行列の際に道端で座ることがなくなって良かった。
 武士と平民の身分差がなくなったどころか、切り捨てご免がなくなって良かった。
 日本は列強によって植民地にされないかと心配している。
私にはちょっと想像つかない。きっと大変な時代だったのだろうと思う。
しかし文明開化で日本は良くなるぞ! 強くなるぞ! と坂の上の雲を目指して迷いのない時代でもあったろう。
地球温暖化とか資源枯渇などを悩むことはなかったはずだ。
明治はアメリカの開拓時代と同じく、安全と安楽はなかったかもしれないが、夢と希望は無限にあっただろう。
そして国家に対する価値観も現在のように外国の影響、売国的行為は表立ってはできなかったと思う。もちろんそういう思想や行動はあっただろうが、マスコミを使って自虐史観をすりこんだり、大々的に捏造報道することはあり得なかっただろう。
そんな時代をうらやましく思う。

ちょっと白昼夢を思った。
日本の長い歴史の中で生まれる時代を選べるなら、私はためらわず明治初期を選ぶだろう。
そりゃ21世紀の現在より貧しく、ろくなものを食えず、寿命も短い。しかし日本が文明が遅れたチョウ貧しい国からなんとか不平等条約をただし、そして東アジアの大国になった時代に生きることができたらそれは最高の人生ではないか。
21世紀の現在のように、特定アジアの反日運動、売国的マスゴミ、芸能人があふれる時代に生きるより、はるかにすがすがしいのではないだろうか?
皇国の興廃、この一戦にあり そして願わくは日本の国威を高めるために微力を役立てたなら、それはものすごいことであり誇りであろう。
例えば仮に日本海海戦の三笠の水兵であったなら、あるいは203高地を攻め落とした部隊にいたならば・・

いや、そんなことを考えるのは心が貧しい。
私たちは今現在にリアルで生きている。今努力しなくていつ努力するのか?
明治が偉大な時代であったのはよい。だがそれをうらやんだりすることは諭吉をはじめとする明治人から軽蔑されるだけだろう。そして子孫からも蔑まれることは間違いない。私たちは生きている現代を平成を偉大な時代にしなければならない。
それは可能かどうかわからない。しかしそうしようと努力しなければ、絶対にそうならないのは確かだ。
そして明治を偉大だと語るよりも、現在を偉大にしようとする努力が一層偉大だろうと信じたい。

本日のまとめ
人は、学び続けなければならない
そして諭吉は実務に役立たなければ学問ではないという。
私は定年後に大学院に行くのが夢だ。大学院を修了したら政治家にでもなろうか 


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続編を書きました。