10年前

19.10.14
2019年10月11日、このウェブサイトのトップページのアクセスが300万を超えた。
3,000,000アクセス!
おめでとう!おめでとう!
ウェブサイトを開設して18年と2か月になる。18年とはウェブサイト開設時に生まれた子供が、大学生になる時間だ。私が産まれてからの4半分の期間になる。いやはや長い年月が経ったものだ。
そんなに長い時間このウェブサイトを紡いでいたと思うと、驚きと共に何か成果があったのだろうかと思い返す。
まあ元々たいそれた考えがあったわけでなく、はじまりはISO認証制度や社会に対する不満のガス抜きであったし、引退してからは暇つぶしであった。願わくは私のコンテンツを読んだ方が、ISO認証とか政治について考えてくれたらうれしいなという程度である。

だから私の関心事は、ウェブサイトの影響などより、実際のISO認証や政治の動きがどうだったのかということではある。
もう一つは、私が書いていることがある程度時間が経っても意味のあることだったのか、間違いではなかったのか、ということも気になる。誰だって恥は晒したくない。
こんなウェブサイトが社会に影響を及ぼせるなんてことはない。だから私自身が反省することは、自分が過去に主張したことに間違いがあったのか、自分の考えは成長してきたのだろうということだ。

ルーピー ウェブサイト開設後に、民進党が政権を取り、東日本大震災が起き、復興があり、保守が政権の座に帰り咲いたこと、韓国に左派政権ができて反米・反日の姿勢を強化してきたなんてことは、あるべきであろうとあらざるべきであろうと、市井の人に過ぎない私がコントロールできるはずはなく、私が反省する対象ではない。

例えば今月から消費税が8%から10%に上がったが、消費税増税を決めたのは民主党政権であり、今年の世論調査でも消費税増税を望む人は反対する人より多く、安倍首相が消費税をあげたのは彼個人の意志とか自民党の政策というよりも、民主党政権の約束を実現したということに過ぎない。
だから今、旧民主党に所属していた議員や支持者が消費税増税反対というのは筋違いであり、
羽左 万事お金 羽右
考えが変わったなら、消費税を上げないよう国民を説得して消費税増税反対法案ださなければならなかった。
おっと、私はこのデフレのときに消費税をあげるのは反対です。世論調査で増税賛成が多数派なのを見て絶望した。日本にはマゾが多いようです。

相済みません。前振りが長いのが私の特徴です。
まあ、人生が長ければいろいろあるし。ウェブサイトの歴史が長ければいろいろある。アクセス300万を超えたのを機会に、振り返って考えたことを書く。
ウェブサイト開設のときのことは、開設記念日に何度も書いているから、それはパスして、本日は10年前のことを考えたい。

そういえば: 以前「20年後」なんてばか話を書いたことがある。
本日「10年前」というのを書いたなら、開設20年記念には「20年前」というのでも書くのだろうか?

アクセス300万は2019年10月11日だが、今日は10月14日なので2009年10月14日にはどんなことを書いたのだろうか?
私は更新簿というページを作っている。これは私が半世紀前に高校を出て最初の職であった機械製図工をしていたときの図面改定欄の記入方法の癖で作った。これを見ればいつどんなコンテンツを書いたのか分かり、そのリンクもある。
10年前の本日は「ケーススタディ環境方針」というお話に頂いたお便りをアップしていた。10年前にお便り(ツッコミ)をされた、ぶらっくたいがぁ様、名古屋鶏様、湾星ファン様、外資社員様とは今でもリアルでのお付き合いがあります。
ではその「ケーススタディ環境方針」をみて10年前、そして10年間の変化を考えたい。

「ケーススタディ環境方針」とは山田太郎さんというサラリーマンが主人公のお話。
営業部門から環境部門へ異動した彼の新部門での最初のお仕事は、環境方針に社長のサインをもらうことだった。
彼が社長に環境方針へのサインをお願いすると、こんな稚拙な環境方針にサインなどできるかと拒否され、途方に暮れるというお話だ。
山田太郎

このお話のテーマは、当時のISO14001の環境方針が実際の社長の思いを表したものでなく、ISO規格の文言通りで無味乾燥なわけわからんものだと揶揄したものだ。
その背景とかストーリーは、私が想像で作り上げたものではない。2009年当時のISO審査では、規格文言がマニュアルにないとか、環境方針にISO規格の言葉が入っていないと不適合が普通に出されていた。まさに日常茶飯事だった。

でもちょっと考えれば、おかしいとしか言いようがない。だってISO規格に「継続的改善及び汚染の予防に関する約束を含む」と書いてあれば、環境方針には「(継続的改善に見合った)○○をします」とか「(汚染の予防のために)○○をします」と書けば良いはずだ。
それは私の独断ではない。世の中にあまりにもおかしな解釈がまんえんしたので、ISO14001の2015年改定では「この規格では、組織の環境マネジメントシステムの文書にこの規格の箇条の構造又は用語を適用することは要求していない( Annex A.2)」という文言が追加された。

しかし、審査員はそういう常識的理解というかまともな文章読解をせずに、環境方針に「継続的改善として○○をします」と「汚染の予防のために○○をします」と規格の文言が入っていないとダメですといった。
ISO規格にはそれだけでなく、「組織の活動、製品又はサービスの、性質、規模及び環境影響に対して適切である」こと、「継続的改善及び汚染の予防に関する約束」、「法規制、及びその他の要求事項の遵守」、「環境目的及び目標を設定し、見直す枠組み」、「文書化され、実行され、維持され、かつ全従業員に周知」、「一般の人が入手可能」とあるので、それらのすべての語句を環境方針に入れ込まないと不適合(不合格)になったのである。
もちろん全審査員がそうだったわけではない。正確に言えば、不適合にした認証機関と審査員が多数いたということだ。もちろん少数派であるが、不適合にしない認証機関と審査員も存在した。だがおかしな審査員が、大多数であったことは間違いない。

説明が長くなったが、山田太郎のお話はそういうアホな審査員を揶揄したのである。
しかしそれはアハハと笑って済む話ではない。担当者としては社長には「お前はバカか、こんなもん方針じゃない。恥ずかしいぞ」と諫められ、審査員には不適合だと言われ、絵に描いたような板挟みである。
困ったなあ そして主人公の山田太郎さんは頭を抱えて悶々とすることになる。
現実には山田太郎さんのような人が数多いた。このお話は想像で書いた絵空事ではなく、巷にたくさん起きた悲喜劇を企業や認証機関を特定できないようにしたものなのだ。

その事態打開に解決策が存在するのか?、論理が通じない相手には説得とか話し合いではなく、断固とした信念にもとづく実力行使しか打開する方法はなさそうだ。
まさに韓国との交渉のようだ

実を言って前回書いたコンテンツ「環境方針の現状調査」は2019年10月時点のISO認証を受けている企業の環境方針を眺めて、バカバカしい解釈の審査員が今も存在しているのかどうかというのを調べた結果を書いた。
興味ある方はそちらを読んでいただくとして、ひとことで言えば10年間の進歩はあるものの、その歩みは遅々としている。
そして環境方針だけでなく、審査員のレベルだけでなく、認証制度のレベルの向上は大きくないと感じる。

それと関連があるかどうは定かではないが、企業の認証離れが進む一方だ。
日本においてISO認証は、ISO9001については2006年から、ISO14001は2009年から減少に移っており、既に10年以上減少し続けている。10年以上も市場規模がシュリンクしていれば、ビジネス継続の打開策を考えるか、その事業から撤退するとかしなければおかしい。バッファローの群れが断崖に向かって、怒涛のように走る風景が思い浮かぶ。
もはやこれまで、負け戦だから死ぬまで突っ走るのだというなら、経営者を名乗ってはいけない。

ISO認証件数推移

もちろん10年間に身売りとか合併は少しはあった。でもEMS認証件数が10年前の77%とほぼ四半分も減ったにもかかわらず、EMS認証機関は1割しか減っていない。このままでは40社近い認証機関の多くが事業を継続していけるとは思えない。
固定費があるから損益分岐点以下になれば事業継続はできない。1社の規模を損益分岐点以上とするなら生存できる認証機関数は20程度までに集約しなければならないだろう。
もっとも審査員研修機関と登録審査員数はかなり減少してきた。

しかし今も現在進行形でシュリンクしつつあるマーケットに対応するには、固定費削減とか統廃合だけではどうしようもない。減らすだけでなく認証制度としての制度の見直しなど、生き残るための施策が不十分ではなかろうか?

実を言って、30年ほど前、私が関わっていた製品の市場規模が毎年1割減という状況だった。他社を食ってマーケットシエアを伸ばすなんてしても、壊滅するのを3年先から5年に延ばすくらいの効果しかない。
私は現場の監督者だから自分の職務でどうこうすることもなかったが、ビジネスのトップは新製品の開発とか、事業終息とか検討をしていて、目つき顔つきが変わっていたのを覚えている。精神異常少し手前だったのではなかろうか?

そんなことは私だけでなく多くの人が経験しているはずだ。ここ20〜30年を振り返っても、 製品ライフサイクル 製品がなくなったというのは多い。
フロッピーディスク、カセットテープ、VHSなどは新たに登場した代替え製品によって一掃されてしまった。例えばCDからDVDそしてブルーディスクに変わり、今は音も映像もネット配信に進んだ。パソコンはほとんどの用途でスマホに代わり、ハードディスクはSSDに変わりつつある。FDDはとうの昔になくなり、ソフト販売がネットからのダウンロードとなって最近は光学ドライブがないパソコンも多い。

過去の種々の業種や製品を考えると、30年がひとつの時代ではないのだろうか。世代とはふつう30年とされているが、それは人生だけでなく製品もそして事業も同じように思う。
造船、化学工業等のような大物から、音響機器やスキーというスポーツまで、半世紀を超えて流行したとか永続きしたものはまずない。ほとんどが30年で一区切り、一段落だ。1960年代末普及し始めたポケベルが90年半ばに携帯やPHSにとって代わられるまで30年、8ビットパソコンからスマホまでちょうど30年。

蛍光灯電球 LED電球 そして製品ライフサイクルの期間はいつまでも30年ではなく、科学技術の進歩によってどんどんと短縮している。
2008年の洞爺湖サミットで蛍光灯電球がもてはやされたが、2019年の今 蛍光灯電球はエネルギー無駄使いの悪者となりLED電球にとって代わられた。蛍光灯電球の栄華はわずか10年もない。
ISO認証ビジネスでも新しいISO認証規格がどうこうではなく、認証制度ができて30年を過ぎた今、ビジネスモデルを転換するときに至ったのではないか。そんな風に思う。


うそ800 本日の総括
10年前の振り返りをまとめると、本日取り上げたものだけでなく過去の膨大なコンテンツを一瞥して、私が間違っていた、黒歴史だ、隠したいというようなものはない。
もっともそれは私が以前から誤っていなかったことなのか、10年間進歩がなかったのかの何とも言えない。

認証制度側には特記すべき進歩は見られない。ただ当時私が予測したよりも認証件数の減少は少なく、このまま減少しても結構継続すると思われる。だが消滅が20年先だから手を打たないわけにはいかないだろう。
経営者としては早い時点でドラスティックな対策を打たなければならない。もしくは店じまいするのか?


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