力量の謎5

20.09.28

最近、いや昨年まで異世界審査員物語なんて小説もどきを書いていて、それからここ半年はISO認証についての恨みつらみを書いていた。
ということで初心に帰り、2015年版の規格について考えようかと思い立った。
オイオイ、規格改定から5年もたって今更かとか、既に次期改定作業が始まってるよとか、書くアイデアがなくなったのだろうとか本当のことを言ってはいけない。
この寂れたウェブサイトにご訪問された方に、何か一つお役に立とうとする思いは本当だし、気は心だよ。

ということで規格解説を眺めて、まだ書き足りない項目について駄文をしたためることにした。
おっと、まだ解説していない項番がたくさんあるけど、私は気が変わりやすいから空きが埋まる前にまた別のことを始めるかもしれない。同士からまた小説もどきを書けという声も来ている。ひょっとして私はネット小説家なのかもしれない。いや、それは勘違いだろう。


国語辞典によると、力量とは能力とか能力とか腕力の程度であるという。能力があるとか腕力がというけど、能力でも腕力でも大中小があるわけで、その程度を力量というらしい。
なんか違う気がするぞ
いや、待ってくれ。ISO規格は英語で書かれている。日本語訳で力量といっても、その訳語が適正なのか間違いなのかということを考える必要がある。
力量の原語はcompetenceである。

英英辞典をひくと、

  1. the ability to do something well
    何ものかについて良い仕事をする能力
  2. law the legal power of a court of law to hear and judge something in court, or of a government to do something
    裁判所が何かを判断する権限、または政府(行政)が何かを行う法的権限
  3. a skill needed to do a particular job
    特定の仕事をするために必要なスキル

ISO14001の定義は上記の一般的な意味と違い、上記の意味より一歩手前というか直接的でない。

ISO14001:2015 力量の定義
ability to apply knowledge and skills to achieve intend results
意図した結果を達成するために、知識及び技能を適用する能力


ISO14001:2015 7.2での力量についての要求は、

a)組織の環境パフォーマンスに影響を与える業務、及び順守業務を満たす組織の能力に影響を与える業務を組織の管理下で行う人に必要な力量を決定する。

b)適切な教育、訓練又は経験に基づいて、それらの人々が力量を備えていることを確実にする。

要求はまだまだ続くが、とりあえずここまでを考えてみよう。
上記、特にa) は修飾部分が長くて更に漢字が多く意味がスッと理解できないが、平たく言えば「環境に影響を与えたり、環境法規制に関する仕事に従事する人たちに必要な、知識や技能をはっきりさせておけ」ということだ。
順守義務という文字面からは、法規制に関わることを守れと読めるが、順守義務の定義が環境に関わることに限定されている。
しかしなんだね、環境に関わらなくても問題を起こしちゃいけないし、環境に関係しなくても法律は守らなくてはならない。しかし環境以外はISO14001の範疇ではないと言われるとそうではあるが、要求事項で環境に関わると断定しちゃってよいのだろうか?
審査のときに、「確かにこれは法違反ですが環境にかかわるものではありません」と言って通用すると思うのかね? それとも審査員は環境以外知らないから見逃した時の言い訳のために付記しているのか?
おっと、本日はそういう疑問は置いといて、a)b)について考えよう。

会社で仕事をするということは結構予備知識が必要だし、その会社や部門の決まり事、約束事を知らないとなにもできない。
昔々、半世紀も前のこと、高校を出て図面書きになった。組立図を渡されて部品図に展開しろと言われた。組立図から部品を拾って寸法や公差を考えて部品図を描く。どんな図面にも右下に升目がいくつか並んでいて、設計とか製図とか書いてある。設計欄に自分の名前を書いて持っていったら、設計欄にサインできるのは大卒以上だという。高卒は23歳になって社内の試験に合格したらサインできるという。会社の規則にそんなことは書いてなく、そのセクションの決まりだと教えられた。
私のような下賤の者は作成欄に名前を書くのだという。

作 成設 計照 査係 長課 長
北海青森岩手山形宮城

注:都道府県名で名字がないのは愛媛と沖縄だけだそうだ。
「道」は都や県と同じ行政単位だから固有名詞は北海である。
なお「北海」は「ほっかい」でなく「きたみ」と読むそうだ。

いや仕事だけでなくもっと雑多なその部門その部門の決まり事もある。月給日に1000円払えと言われてぎょっとしたら、毎月1000円積み立てて毎年職場旅行に行くのだという。教えてもらわなければカツアゲかと思う。
月千円なんて笑ってはいけない。当時の初任給は1万9千円くらい。今とは10倍違う。
午前中に机に牛乳瓶が置いてある。何事かと思っていたら、牛乳を契約している人に毎日配達されるのだそうだ。たまたま配達する人が机を間違えて私のところに配達したのだ。飲まなくてよかった。
まあ、そんな決まり事を覚えるのはひと月もいれば分かる。

だが本来業務の知識や技能を知るにはどうすればいいのか?
いやいや、そうじゃないだろう。そもそも会社というか管理者が新人をどのように一人前に育成するかの責任があるはずだ。ISO14001も主体は、組織となっている。
なお、組織とは一般語ではなく、ISO14001では認証する範囲のこと。

でもって振り返ってみると、私はまともな職場教育を受けた記憶はない。ただひたすらに先輩や上司がしていることを眺めて、それと同じことをしようとした。非効率なことこの上ない。


高校を出て1年後、同級会をした。後にも先にも同級会はそれ1回きりで、それ以降半世紀以上していない。これからも決してないだろう。
同級生は49人いたが、卒業の翌年の正月に、7割くらい集まったと思う。まあ集まると月給やボーナスの話が多かった。
もちろん職場の話、上司の話、教育方法の話もあった。
職場での教育がしっかりしているなと思ったところは自衛隊だった。49人中3名が自衛隊に行った。当時は不景気を抜けきらず就職口もなかったし、私の時代は自衛隊が月給泥棒とか殺人の訓練をしているなんていう輩はいなかった。学生運動が激しくなったのはその後である。
自衛隊 ともかく自衛隊に行った3名は口々に訓練はカリキュラムが決まっていて、訓練の目的と達成すべきレベル、自分が今どのレベルなのかというのがビジブルになっているという。すごいことだ。自分の職場もそういう仕組みであればと思った。
某家電メーカーに行った同級生が語るには、職場は徒弟制度のようなものだが、希望者には定時後に英語やフランス語や専門科目を学校のように教えるのだという。そいつは後に欧州の駐在員になった。
大手ゼネコンに行った奴は、昼休みにはノミ屋が来る、夕方になると職場においてある一升瓶からコップ酒を飲んで帰る。先輩上司はやーさんのようだという。もっともそいつも40前に技術士になったし、業界誌にいくつも奴の名前の論文が載っていた。見た目はともかく中身はしっかりした会社だったのだろう。
私は毎晩、先輩や上司と場末の飲み屋で流しの歌を聞き酒を飲んでいた。私が一番低レベルではないか!
朱に交われば赤くなるというのは事実だ。教育体制とか方法ではなく、人格も立派で知識もある人を集めれば、自動的に教育できるというのも真実のようだ。

その後職場が変わった。そこは生産現場で私をゆくゆく現場の監督者にするつもりだったのが見えていた。
異動してすぐに、一部のレイアウトを改善したいから考えろといわれた。そこは手作業の組み立て場だったので自分なりに考えた。そして一人で何とかなるかなと思い、定時後にヨイショヨイショと作業台の移動とかした。夜遅くに上長が来て、なんだ一人でやっているのかという。そしてそもそもお前はレイアウト案を考えて自分に提案してくればよい。照明や工具用の電気配線も必要だし、エア配管もしなくちゃならないからとかいう。なるほど、仕事とはそういうふうにするのかと理解した。
とにかく何をしろと言われても、こうしろと言われたことはなかった。目的を示されるだけで、方法も手段も教えてくれない。

注:方法とは目的を果たすやり方、手段は方法を具体的に展開したものだそうです。

軍隊で命令には三つの種類があるそうです。
部下に命令するときどれでも良いというわけではない。

そういう分け方からすると、私への指示は訓令のようです。元上司は私の能力を買いかぶっていたのでしょうか?(皮肉です)
会社で部下に仕事を頼むとき、相手が一人前であれば「こんな理由でこんな風にしたいのよ」といえば、具体的な方法とか日程などは自分で決めてやってくれるでしょう。修業中の者に頼むなら「こんな理由でこうしたいんだわ、そいで何をいついつまでやってくれ」となり、新入社員に頼むときは「これをいつまでにこのような処理をしてくれ」っていうべきでしょう。相手の能力より低いレベルの頼み方では不満を持たれますし、相手の力量以上の頼み方ではお手上げになる。
私の場合、入社後二三年経ってましたけど、その職場に来て数日なのですから、もう少し具体的に指示すべきだったと思います。
指示方法は命令された者の能力判定の根拠となるでしょうけど、同時に指示した上長の能力判定でもある。私の場合はその職場に来て間もないことを考慮すべきだったと思う。となると上長の教育的能力は足りなかったわけだ。

その上長は細かいことを教えずに私に何でも命じた。そのためにたびたび失敗した。というよりも一発でうまくいくことなどめったにない。必ず初回は失敗し、二度目以降同じ失敗をしないようにと注意した。とはいえ二度目三度目も異なる失敗をした。
その上長の方針は、最初は失敗させて学ばせることだったのかもしれない。程度の小さな失敗は私がリカバリーし、大きなことは上長が文句を言いながらやった。そんなことを10年して、私がその部門の管理者になった。やはり育成制度としては能率的な方法ではなかったと思う。
あるいは私から見て育成は能率的ではなくても、上司から見て手がかからなければ良かったのかもしれない。


たった一度の同級会から半世紀が過ぎ、同級生はみな引退したはずだ。
今集まって企業内教育とはと議論したら、さぞかしいろいろな論や説が飛び交うだろう。
自衛隊のようなカリキュラムが整備された教育方法が良いのかというと、それは標準化されたものならあり得ても、業務が標準化できないようなものとか、常に仕事が変化するような場合は適用できないのではないだろうか。

そんなことを考えると、ISO規格に書いてあるような

a)組織の環境パフォーマンスに影響を与える業務、及び順守業務を満たす組織の能力に影響を与える業務を組織の管理下で行う人に必要な力量を決定する。

ということは、かなり標準化された変化のない業務と思われる。
発生する事象が常に過去に例のないようなことの場合は、必要な力量を決定しようがないだろう。それともそのように突発的に多様な問題が起きても対応できるという力量を定義しようとするのか?
ISO規格要求事項は自衛隊ならぴったりだと思う。しかしそれも士クラス限定だろう。幹部レベルは難しい。そして一般企業は低階層の仕事もそこまで標準化されていないし、製造部門なら機械設備の更新や製品のモデルチェンジ、最近では事業そのものが変化していくから、必要な力量は数年間でどんどん変化する。
また事務作業は創造的な部分が大きければ力量の定義は異なると思われる。
ISO規格要求がそのまま使えるものは、標準化された変化のない作業限定かなと思う。

まったく未経験の問題が常に発生するという部署の管理者には、私の元上司がしたような教育が適しているのだろうか?
いや、あれは教育というよりも、単なる選別のような気もする。


うそ800 とりあえず本日の結論
ISO14001の力量についての要求事項はあまり役に立たないようだ。
ISO9001でもISO14001でも、7.5.1に、

文書化した情報の程度は、次の理由によって、それぞれの組織で異なる場合がある。
−組織の規模、並びに活動、プロセス、製品及びサービスの種類
−順守義務を満たしていることを実証する必要性
−プロセス及びその相互作用の複雑さ
−組織の管理下で働く人々の力量

と注記がある。

だが、上記要件が異なれば文書化の程度だけでなく、そこに表す情報量だけでなく、項目も異なるし、必須事項も替わるだろう。
力量の要求を一般化しようとするとかなり難しいだろう。現行の記述は、ある程度標準化された作業なら妥当かもしれないが、レベルが高くなれば規定することが困難になる。ISOMS規格は適用可能な業務範囲が限定されるのかもしれない。

こんな文章を書くようになったということは、私も丸くなったというかISOなどどうでもよくなったからだろうか?

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過去に力量というタイトルで何度も書いている。是非お読みください。
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