力量の謎4

17.04.02
なぜ4なのかといえば、過去に同名で三度書いているからである。実を言ってそれ以外にも数多く書いている。
その1その2その3力量って何だ力量は動的である、などなど
ともかくそれは単なる番号なので気にしないでください。もちろん過去のものを読めなんて言いません。

先日書いた環境側面の話は、はっきり言ってあまり実務には縁のない神学論争かもしれない。だが力量について考えることは、実際の活動に関わると思う。つまり規格適合とか審査で問題がどうとかではなく、実際の運用をどう考えるかということだ。そもそも規格の意図が、顧客満足あるいは遵法及び汚染の予防なら、審査で問題ないことよりも会社が良くなることがより重要だ。そのためには力量とはなにかと考えることは、意味があるだろう。

「力量(competence)」は2004年版から使われているが「力量」が定義されたのは今回が初めてである。実は1996年版でもcompetentという言葉はあり、当時は「能力」と訳されていた。
ちなみに「competent」は形容詞、「competence」は名詞の違いで、意味するところは変わらないようだ。
ともかく2015年改定前は「力量」も「能力」も定義せず、本文の中で特段注記もなく使用していた。
ISO9000:2015の定義はもちろんISO14001:2015と同じである。しかしISO9000:2005では
「実証された個人的特質、並びに知識および技能を適用するための実証された能力」であった。

2015年版の定義は次のとおりである。
ability to apply knowledge and skills to achieve intend results
意図した結果を達成するために、知識及び技能を適用する能力


力量の定義が二転三転、四転五転してきた理由がわからない。
ここで関心があるのは、2015年版の「知識のスキルを適用する力量」とはどんなもので、どんな意味を持つのか? ここが論点である。なぜ「業務を遂行する力量」でないのか?

そもそも英語本来のコンピタンスの意味はISO規格の定義とは違う。それはニュアンスというより大きいように思える。
    英英辞典でcompetenceは
  1. the ability to do something well
    何ものかについて良い仕事をする能力
  2. law the legal power of a court of law to hear and judge something in court, or of a government to do something
    裁判所が何かを判断する権限、または政府(行政)が何かを行う法的権限
  3. a skill needed to do a particular job
    特定の仕事をするために必要なスキル
ISO14001の定義は上記の一般的な意味と違い、一歩手前というか直接的でない。

ISO14001で定義(実際はISO17021:2011の定義をそのまま借用したそうだ)したのだからそれに文句を言うなと言われると、ハイとしか言えない。しかしその意味するところには疑問がある。
だって「意図した結果を達成する能力」ならどんなものかわかるし、結果が期待できる。でも「意図した結果を達成するために、知識及び技能を適用する能力」となると、結果は期待できないような気がする。そんなものありがたくないのは私だけだろうか?
これは次のように修正すべきではないのか? いやそんなに大変更ではない。冒頭の単語みっつを削除するだけだ。
変更案 ability to apply knowledge and skills to achieve intend results
意図した結果を達成するための知識とスキル
これは英英辞典の1番目の、つまり一般的なcompetenceの意味と同じになる。

実際の業務を思い浮かべると、ISOの力量の定義はどうも腑に落ちない。
この仕事をしてほしいというとき、頼む相手が口達者であっても過去の実績がはかばかしくなければ頼むには躊躇する。成果を出してくれるという信頼感が持てる人に頼みたい。それが人情でしょう。
規格が結果を求めず、適用する能力という形式を求めているならば、実践にあたって結果を出せなくても当然規格適合となるのでしょう。つまりISO審査で適合であっても、実際の運用において期待されたアウトプットがでなくても問題ありませんとなるのだろう。
だってISO17021の力量が結果を出すことでなく適用する能力のみを要求していたのは2011年からでした。結果を出さなくても審査員が勤まるなら、その審査員が適合判定した組織が結果を出さないこともあることは自明でしょう。

注: 面白いのだが、ISO17021の2006年版での定義は 「力量とは、知識及び技能を適用するための実証された能力である(4.3)」であった。
この場合はSVOCは現状と同じようであるが、実証されていることが必須である。

もちろんなにごとにも絶対はなく、力量だって完璧ではないでしょう。
4割打者が常に四割打つことはなく、過去3回ノーヒットだったから今度は間違いなく打ってくれるということもありません。 バッター 大枚をはたいてゲットしたメジャーリーガーがホームランを打ってくれなければ困りますが、毎回ホームランを打ってくれるわけではない。30本なら文句ないだろうが、25本ならどうか、20本なら、15本なら、力量のラインはどこなのだろう?
過去プロジェクト崩れを起こしたことのないリーダーであっても、次も成功するかどうかは神のみぞ知る。
ルートセールスなら間違いを起こさなければ注文が取れるかもしれないが、新規顧客を開拓するのは可能性が1よりはるかに低い。
ですから力量も確率的であるわけです。そしてレベルの高い仕事ほど、創造的な仕事であればなおのこと成功する確率は低くなります。
そのとき「力量を備えていることを確実にする(7.2b))」というのはどういうことを意味するのか?
じゃ、力量には期待水準というかエラーレイトが考えられるのだろうか?

しかし現実はそれどころではない。仕事をするにあたりこいつは大丈夫だと信頼できる人間がいないこともある。そしてそうであっても仕事をしなければならない。じゃあどうするんだとなると、現実にはそれなりに考えて行動しているはずだ。
力量はイチゼロではなく低いレベルから高いレベルまで連続的であり、そしてレベルが低いから仕事ができないというわけでもない。初めは工程の一部を親方監視の下に行い、次は親方の指導しながら全工程をさせるようになり、やがて完成後に親方が仕上がりを見るだけになり、全部任せられれば一人前というわけです。それは現代のオフィスでも工場でも同じでしょう。
内部監査を例にとると、ベテランといえ公害から省エネから化学物質からリサイクルまで知っているはずはない。すべてを知っているという人は実は深さが足りない。だからその人の得意分野に合わせて監査項目の担当を割り振り、更に幅を広げるために他の人のアシストなり見学をさせて育成するというのが常套手段だろう。このとき力量とは何だろう。
ということを踏まえると、力量がある人に仕事をさせるのではなく、力量に合わせて仕事をさせるのが現実ではないか。となるとロジックは逆だ。
そんなことを考えると、力量をわざわざ定義することはなさそうだ。その代り本文の記述を
「適切な教育、訓練又は経験に基づいて、それらの人々が力量を備えていることを確実にする」ではなく、「適切な教育、訓練又は経験に基づいて、それらの人々が力量を向上させていくことを確実にする」としたら現実的じゃないのだろうか?

うそ800 本日の反省
過去に書いた力量とほぼ同じになってしまったようです。とはいえ月日が経っても同じことを考えていることは案外間違っていないことなのでしょう。そういうことにしましょう。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2017.04.02)
意図した結果を達成するために、知識及び技能を適用する能力
結局、4割打者ではありませんが、どんな仕事でも100%の結果が有り得ないって事かも知れませんね。
ですから「結果を確実にしろ」ではなく「相手投手のクセや球種に関する知識を持ち、2割5分以上の確率でヒットが打てる選手」を「代打としての力量」とみなそう、と解釈を改めたとか?そんな感じがしますね。

名古屋鶏さん 毎度ありがとうございます
ちょっと例えるには不適だったかもしれませんね。正直言ってバッターとかピッチャーの成果は100%というのはありえません。それはあまりにも高い要求水準だから、完璧はもともと無理なのでしょう。
そうではなくキーボード入力とか出荷エラーなどはレベルが低いから100%を要求するのは妥当だと言えると思います。


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