ケーススタディ 10年目のISO事務局 その5

12.11.04
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
主人公の山田は大手企業の環境保護部の課長である。担当は環境監査、ISO対応、法規制や公害防止、事故防止、など広報以外のもろもろである。
山田の元上司で現在関連会社の取締役である福原から、その会社のISO事務局が傍若無人で好き勝手をしているので、担当者をいさめてその会社のEMSを役に立つものに見直してほしいという依頼があった。山田は直接その担当者を指導するのではなく、監査で不適合を出して、それを是正させる過程で教育していこうと考えた。
そして定例の環境保護部による環境監査を行った結果、案の定、たくさんの法律に関わる問題やISO規格への不適合などが検出された。
監査をした者が是正を指導してはいけないという論理から、これらの指摘事項の是正の指導を山田が担当することになりました。
今回はその続きでございます。
と、これだけではストーリーがお分かりにならないでしょう。ぜひ「10年目のISO事務局その1その2その3その4」をお読みください。



山田は毎週金曜日の午後に大法螺おおぼら機工に指導に行くことにした。なにしろ三鷹から千葉の自宅に帰るには電車に乗っているだけで1時間以上、ドアツウドアで2時間以上かかる。それに打ち合わせの後に、元上司である福原取締役が飲もうと誘うのでその付き合いもある。福原は単身赴任していることもあり、話相手いや飲む相手がほしいのだ。翌日休みなら帰宅が遅くなってもまあ我慢できる。
今日はその初日である。山田は藤本部長を同行した。山田はこれも藤本部長への教育であると考えている。ただ、藤本部長には絶対に口を出さないでほしいと念を押している。
大法螺機工からは福原取締役、川端係長、桧垣の三人が顔を出した。

川端川端五郎


■  ■


■  ■
福原福原山田山田
桧垣桧垣藤本藤本

山田
「監査で出た不適合の是正指導をするということですが、みなさんは環境管理についても会社員としても大ベテランです。ですから個々の問題の是正を方法をどうこういうのではなく、環境管理やISO規格というものについてお話して、スタンスというか考え方というものを摺合せしていきたいと思います。そういう発想で仕事をしていただくこと、それが是正だろうと考えています。
まずはじめにISO規格、ここではISO14001のことですが、それは何かということを再確認したい。川端さん、ISO規格とはなんでしょうか?」
川端五郎
「環境マネジメントシステムについて基本的なことを定めたものでしょう」
山田
「そのとおりです。
ISO規格を作った人たちは、企業に限らず組織がしっかりと環境に関して経営を行っていくには環境マネジメントシステムというものを確立しなければならないと考えたのです。
勘違いしてはいけませんが、環境マネジメントシステムという独立したシステムが存在するわけではありません。どの会社にも事業を推進していくシステムがあるのは間違いない事実です。その包括的なシステムの中で環境に関するものを抜き出したものを環境マネジメントシステムと呼んでいるのです」
川端五郎
「ちょっと待ってください。すると環境マネジメントシステムというのは、独立したシステムではないとおっしゃるのですか?」
山田
「システムってなんでしょうか? まずその定義というか概念から考えないといけませんね。システムとは元々は社会制度とか国家体制を意味しました。いや、辞書を引けば今でもそういう意味が一番目にきます。そしてシステムの三要素とは『組織』『機能』『手順』だと言われます」
桧垣
「あのうシステムって、インプット、プロセス、アウトプットじゃないんですか?」
山田
「おっしゃるとおり、今ではそういう発想もあります。システムがそういう意味で使われるようになったのは過去40年くらいでしょう。特に自動制御やプログラムなどの分野でそういった意味でつかわれています。言葉の意味はどんどん変わりますから、それが悪いわけではありません。
ともかくシステムとは複数の要素が組み合わさって、なんらかの仕事をするときに必要とする仕組みをいいます」
川端五郎
「それは新説ですね。品質マネジメントシステムとか環境マネジメントシステムというものがあるとISO審査員も言いますし、審査員研修でも教えていますよ」
山田
「そのようなことを語る人はISO規格を読んだことがないと思われますよ。新説とおっしゃいますが、ISO14001の定義には私が言ったとおりに書いてあります。いや違いますね、私はISOの定義を説明しているだけです」

川端は驚いて常に持ち歩いているISO14001対訳本を開いた。
川端五郎
「なるほど・・・・組織のマネジメントシステムの一部か」
山田
「ですから環境マネジメントシステムとは私の言った意味でも桧垣さんのおっしゃった意味でも、システムと言えるのかという疑問があります。 先ほどいいましたように環境マネジメントシステムというものが独立して存在しているわけではないということです。それはひとつのシステムというよりも、組織の包括的なマネジメントシステムの中から、環境に関する部分を抜き出したものであるということです。そういう意味ではサブシステムでもないのです
なぜなら私が言ったシステムの三要素、組織、機能、手順をすべて具備していないように思えます。また桧垣さんのおっしゃったインプット、プロセス、アウトプットと言った場合でも、環境マネジメントシステムにこのみっつを処理する働きはないように思えませんか?」
川端五郎
「おっしゃる意味が分かりませんが・・・」
桧垣
「山田さん、私はわかったような気がします。例えば文書管理や記録管理というものは環境に特化しているわけではありません。だからISO9001でもISO14001でも真に環境だけが必要とする機能と、文書管理のようなインフラ機能が混在しています。そういうことと理解すればよいのでしょうか?」
山田
「その通り、今ISOマネジメントシステム規格の全面見直しが行われているそうです。そこではインフラ的な要求事項をまとめて一つにし、環境や品質など目的別の要求事項をまとめる方向で考えていると聞きます。まあ認証するための規格ならどういうまとめ方をしても審査に関わるだけのことですから、私たち企業で働く人にとってはあまり関係ありません。ISO規格改定は企業には影響を与えないということです」
川端五郎
「ええー、ISO規格改定は企業には影響を与えないですって?
規格改定があれば会社の手順書を見直ししなければならないでしょう」
山田
「会社には事業を推進していくための手順しかありません。余計なこと、無駄なことをする余裕はありません。ISOのために仕事をしていたら、市場競争に敗れ撤退するしかありません」
川端五郎
「でも規格改定があれば、会社の仕組みをそれに合わせなければ審査で不適合になってしまいますよ」
山田
「そうでしょうか? ISO規格が改定になったとき、企業がしなければならないのは、改定された規格に適合していること、より正確に言えば改定された規格要求を満たしていることを説明することです。
会社は法を守ってコンペティターに負けないように戦っているわけですから、当然ISO規格ごときを満たしていることは間違いありません。だからISO規格改定があったとき、企業がしなければならないことは会社の手順を見直すことではなく、会社の手順が規格を満たしていることを確認してそれを説明することだけです」
福原
「私は山田さんの言っていることがよくわかる。ISO規格と会社のルールのかかわりを、どうとらえるかということが川端君と違うんだね。ちょっとした違いだけど具体的な運用になると全く180度変わってしまう」
山田
「おっしゃるとおりです。ISO規格を基準とするか、会社の姿を基準とするかの違いですね。
では話を戻しますと、環境マネジメントシステムとは独立して機能するシステムじゃないということです」
福原
「山田さんがおっしゃっているのは環境マネジメントシステムとは会社のシステムの一部にすぎないということを理解しろということだね」
山田
「福原さんのご理解が私の意図と合致しているか確信がありません。
私の考えは・・・・何と言ったらいいでしょうか、そうですね、車を考えてみましょう。車は輸送機械というカテゴリーに入る機械システムです。このシステムはサブシステムとしてエンジン、ブレーキ、トランスアクセルなどのたくさんのサブシステムから構成されています。この場合、サブシステムは独立した機能をもち仕事をするわけです。
これに対して環境マネジメントシステムとはそういうものではなく、車のたくさんの部品の中からワッシャーとかOリングなどを集めたもののように思えるということです。つまり環境マネジメントシステムとは一つの機能を果たせない、実はシステムではない、単なるエレメントの集合ではないかと思います。いやご異論があってもよろしいのですが、トランスアクセルなら他のトランスアクセルシステムと交換しても機能を果たすことが期待できますが、環境マネジメントシステムを入れ替えてもまず機能しないでしょう。





×





山田
ともかく、私たちは企業において環境管理を担当しています。ISO認証もその一部です。環境管理にしてもISO認証にしても、会社全体のシステムや会社の事業と離れて考えてはいけないというか、離れてはありえないということを自覚しなければなりません」
福原と藤本はうーんとため息をついた。
川端は若干異議がありそうな顔をしている。
山田
「では次のステップに進みます。企業がしっかりとした環境管理、はやり言葉で言えば環境経営を継続していくには環境マネジメントシステムが必要だとISO規格の序文に書いてあります。それが真実なのかそうでないのか私にはわかりません。ただ序文で言っているのは、継続していくために必要だということで、短期的に環境経営を行うにはEMSはいらないのです。
そして、担当者が高いスキルがあるとかモラールの高い企業においては環境マネジメントシステムがなくても環境経営が実現できると読めます。
考えてみるとそれは一般論として仕事全般でも同じことが言えます。個人の力量も意識も高ければ組織とか手順を決めなくても粛々と仕事が進むでしょう。個人の意識が低ければ組織的管理と指揮命令を厳しくしなければなりません。個人の力量が低ければ、事細かく手順を決めて、そのとおりさせて、実施状況をチェックする仕組みを作らなければならないということです。
ISO14001では力量や意識が高くない場合を想定しているように見えます。もっともISOのマネジメント規格というのは、すべからくそういう前提というか思い込みで作られているのです」
川端五郎
「山田さんのお話を聞くとなるほどと思えますが、今までの多くの人が語っていることとは全く違いますね」
山田
「多くの人が語っていることと違うとおっしゃいますが、私はISO規格に反することは語っていません。むしろISO規格の序文に書いてあることを分りやすく話しているだけです。序文をよく読んでください。
さて環境マネジメントシステムといっても、それは概念に過ぎません。環境経営をするには環境管理をする仕組みをしっかりする必要があるぞということですから。
概念とはイメージのようなもので具体的ではありません。じゃあ実際には、どんな仕組み、どんな要素、どんなことをすればよいのか、そういう具体論を考えなければなりません。
川端さんはご存じでしょうけど1992年のリオ会議で持続可能社会を作っていくには環境マネジメントシステムが必要だということになったのですが、その具体的なものを作ってほしいとISO国際標準化機構に依頼したわけです。
そしてISOが環境マネジメントシステムの具体例として提案したのがISO14001規格なのです」
藤本
「なるほどわかったぞ、おっと私は発言しちゃいけないと言われていたのだが。
ISO規格とは環境マネジメントシステムの具体例なのか。つまり理想でもないし、必須要件でもない。ひとつのプロトタイプあるいは提案ということだ」
山田
「そうです。理想形なら規格改定があるはずがありません。既に2004年に改定され、今も改定作業中ですから。
もちろん単なる一例としても、それは大きな意味があります。そしてもう一点注意してほしいことは、ISO14001は具体的なものではありますが、設計図ではなく仕様書という性質なのです」
藤本
「わかった、わかった。開発設計は私のオハコだ。ISO規格はすべき方法が書いてあるのではなく、具備すべき要件を羅列したものにすぎないんだ。
お客様は材料とか寸法を指定しない。こういう機能や性能がほしいという。それと同じということだ」
福原
「山田さん、私が理解するとISO規格はこういう方法や手順であらねばならないということではなく、ISO規格に書いてあることを結果として満たせばよいということですね」
山田
「そうです、規格に書いてあることを満たす手段は企業や工場が自らに最適なものを考えればよいということです。いや最適な方法でなければ意味がないのです」
福原
「というとISO規格に書いてあるからこうしなければならないというのは間違いになる」
山田
「正しく言えば、ISO認証するためには『ISO規格に書いてあるからこうしなければならない』という必要はありませんが、『ISO規格に書いてあることは満たさなければならない』のです。
勘違いしないでほしいのですが、それが企業にとって正しいというわけではなく、認証するためには必要ということです」
桧垣
「だけどその方法は一つじゃないってことですよね。今まで会社がしていた方法でも良いかもしれない。いや会社が今までしていた方法は、その会社に見合っていたことは間違いない。それがISO規格を満たすかどうかを考えなければならないということになる」
山田
「そうです。ISO認証とは組織の環境マネジメントシステム、本当はそんなものないのですよ、組織のマネジメントシステムの環境に関する部分が、ISO14001規格に書いてあることを満たしているかどうかということです」
川端五郎
「すみません、山田さんがおっしゃるのは私が今まで習ってきたものとまったく正反対です。
まあ、それはともかく、とすると『ISO規格ではこうしなければならないといっている』という理屈は全くの間違いだということになりますね」
山田
「そのとおりです。ISO規格では具体的方法もその水準も決めていません。序文にもISO規格を満たしているそのパフォーマンスが異なることがあると書いてあります。パフォーマンスとは省エネなどの改善効果という意味ではなく、仕事のうまい下手という意味に理解してください。お芝居のパフォーマンスと同じ意味です」
川端五郎
「山田さん、どの講習会に行っても審査で審査員が語るのも、このように決めてある、こうしなければ、ということのオンパレードです。あれは間違いなのですか?」
山田
「ちょっと話を広げますが、ISO認証はISO14001規格だけで行われるのではありません。ISO14001は環境マネジメントシステムの規格です。他方、ISO認証は企業や自治体がそのISO規格に合っているかどうかの証明です。ISO認証はISO14001適合を確認するわけですが、その審査方法についてはISO17021、IAF基準、日本ならJAB基準、更には認証機関の審査契約とそこで引用する認証機関のルールが積み重なっており、それらすべてに適合していないと認証はうけられません。
とはいえ、そういう基準類でも環境側面や文書管理について手順や基準を定めているものはありません」

川端はウーンと言って考え込んでしまった。

桧垣は席を外して、しばらくしてコーヒーをのせたお盆を持って現れた。
桧垣
コーヒーコーヒーコーヒー
コーヒー コーヒーコーヒー

福原
「いやあ、桧垣君すまないね、私が忘れていた」
桧垣
「とんでもありません。山田さんのお話を聞いていると、今までもやもやしていた疑問がサッーと晴れていくように思います。受講料がコーヒー1杯なら安いものです」

藤本
藤本は早速コーヒーを飲みながら雑談モードに入る。
「私もISO14001の初心者コースから審査員研修コースまで受講したが、このようなわかりやすい話は聞いたことがない。みな硬直的なISO絶対で環境マネジメントシステムはかくあるべしという聞くまでもないような凝り固まった無味乾燥な話ばかりだった。
山田さんはいったいどのようにして、今の話のようなアイデアを考えついたんだい?」
山田
「こんなこと難しいことではありませんよ。私たちは会社で仕事をしてお金をいただいています。最近は春闘も下火ですが、労働者は賃金を上げろと言います。賃金は暮らしをする元手ですから多い方がいい。だけどそんな一方的なことが通用するはずがありません。
自分の働きがどれほどの価値があり、いくらもらうのが妥当なのかという見方もしなければなりません。また世間相場というのもあるでしょう。支払える以上を求めても会社が倒産して結果として自分の収入を失ってしまいます。
それと同じで、ISO認証ということを考えたとき、その目的は何かということがまずあります。お客様の要求であるなら、手間ひまをかけずに最小コストで認証を得ることでしょう。ではISO14001認証とはなにかとなればISO規格を満たしていることの証明ですから、現在の会社の仕組みが満たしていることを説明することになります」
川端五郎
「そこで問題が起きるのですよ。会社が規格を満たしていると説明しようとしても、審査員がそれを認めません」
藤本
「それは私も分る。審査員研修で『環境側面評価』とか『有益な側面』などISO規格にない言葉を語る講師がいるということは、現実の審査がISO規格を満たしているかどうかを確認することではなく、審査員の頭の中のISO規格ならぬUSO800規格を満たしているかどうかを確認することになっているからだ」
山田
「みなさんがおっしゃることは確かに現実です。しかしそれが正しい姿とかあるべき姿ではありません。
UL認定なんて受けたことありますよね。川端さんも桧垣さんも環境担当だから縁がないかもしれませんが・・・
UL規格でも『ああせい、こうせい』といろいろな要求があります。これはISO規格と違い具体的に決めています。この要求をみると『理解できない』ということがありません。
部品が混入しないようにラベルを付けておけというのは当たり前だと思うでしょう。だから要求に従う必要がないという発想が起きません。
ISO審査で審査員が語ることがISO規格になくても、内容が妥当であるならばそれに従うこともありかもしれません。しかし従ってもなんのメリットもなく手間とお金がかかるだけならそんなことをする気が起きませんよね。
私はISO規格にないからしないとか審査員の恣意的な考えには従わないと意固地になっているのではありません。前に申しましたように、それが会社の仕事に役に立つのか、貢献するのかという観点からしか考えません。環境側面を有益と有害に分けたとして、それが会社に貢献するでしょうか?」
川端五郎
「環境側面とは多くの場合、有害なものしかとりあげないから、社会貢献とか環境製品などの有益な側面を見逃しているという事実があります。だから積極的に有益な側面を考えることは必要です」
山田
「うーん、どういったらいいのでしょうか。
有益な側面と言われているものの多く、あるいは全部かもしれないが、それらは環境側面ではなく環境活動や成果物であるという事実があります。川端さんは照明をLEDに切り替えることが有益な側面であるとおっしゃいましたが、それはあきらかな間違いです。なぜならLEDに切り替えることは、環境側面ではなく省エネ活動なのです。この場合、環境側面は電気の使用とか照明ということでしょう。
もうひとつ、環境側面は有害なものだけとりあげて有益なものを見逃しているとおっしゃりましたが、環境側面は有害も有益もありません。それらは環境影響なのです。環境側面とは環境影響が出入りする窓のようなものであって良い悪いという属性を持ちません。また環境側面を見逃していたというなら、それはそもそも環境側面を把握する方法が間違いか作業のミスであって、有益なことを考えたところで漏れをなくすことにはならないでしょう。
私が見聞きしている例を申し上げますと、審査員から有益な側面を取り上げろと言われてどこも四苦八苦しています。多くの場合、こじつけ、でっちあげて、有益な側面として近隣の美化清掃とか自然保護とかとりあげていますが、あんなのは有益な側面でもなんでもありません。有益な側面など考えることはないのです」

川端はポカンと口を開けて山田の話を聞いている。
山田
「というわけで私は『有益な側面論』は、ISO規格にないのはもちろん、会社で仕事をする上で全く意味がないと考えています。
そもそもISO認証するために環境側面を調べましょうというのは間違いというか、ありえませんよね。会社発足時から、事故が起きないように、法違反をしないように、他社に遅れをとらないように、いろいろな仕事をしています。そして仕事を進める上でたくさんの管理項目があります。そのたくさんの管理項目の中で環境に関わるものを環境側面、正しくは著しい環境側面というに過ぎません。
だから安全側面とか品質側面とかその他○○側面という言い方もあります。そういった側面全部を集めると会社の管理項目全部になるのでしょう」
福原
「なるほど、そういうことか、山田さんの話を聞いていると、今まで持っていた疑問が解消する。環境経営とか環境マネジメントシステムというものが単独で存在していると考えること自体おかしいと考えると企業経営そのものじゃないか」
川端五郎
「そうすると現在行われているISO審査がまったくのまちがいということになる」
藤本
「いやいや、すべての審査が間違いではありません。私は今までに何度もISO審査に立ち会わせてもらいました。私の場合はいくつもの工場や会社、いくつもの認証機関の審査に立ち会うことができました。その中ではまったくおかしな審査、審査員の頭の中のISO規格で行う審査もありましたが、その会社の実態をヒアリングしてISO規格をみたしていることを確認するという立派な審査もありましたよ」
山田
「では話を戻して、今日はもう1点だけお話したいと思います。
ISO認証すれば会社が良くなるのかということです。私はそんなことはないと考えています。なぜなら会社がISO規格を満たしていることを審査員に説明して納得してもらうこと、それが認証ですから、その過程において会社を良くするというプロセスがありません。
もちろん初めに検討したら規格で求めていることに欠落があったという場合もあるかもしれません。でもその場合でも一回限りですよね」
川端五郎
「でもISO規格では、環境マネジメントシステムの継続的改善を求めていますよ」
山田
「おっしゃるとおりです。でもそれと認証は無関係です。認証しなくても継続的改善をすることはできますし、過去からすべての企業は事業を継続していくために必然的に継続的改善をしてきています。
言い方を変えると、認証しても継続的改善をしなくても問題ありません」
川端五郎
「ええ! 継続的改善をしなければ不適合になると思いますよ」
山田
「規格本文で継続的改善が出てくるのは『環境方針に盛り込むこと』『目的目標が方針の継続的改善に整合していること』『マネジメントレビュー』だけです。ですから『継続的改善をしていません』という不適合はありえないでしょう。継続的改善とは法律でいう努力義務のようなものでしょう。
いや本当のことを言えば、環境マネジメントシステムの継続的改善を外部の者が評価できると考えること自体大間違いでしょうね。
私は毎年100件くらいの審査報告書を見ていますが、そこで見ている継続的改善とは単なるパフォーマンス改善に限定されています。マネジメントシステムの改善に言及しているのはまずありませんね」
福原
「山田さんのお話を聞いていると、会社の仕事をまじめにやっていればISO規格は十二分に満たすということに思える。問題は審査員に説明することだね」
川端五郎
「そうですよ。現実問題として審査で審査員に簡単に納得してもらい喜んで帰ってもらうということが求められていますから」
桧垣
「川端係長、それもおかしいじゃないですか。お金を払うのはこちらですから、こちらが事細かく懇切丁寧に説明するのではなく、審査員が会社の仕組みを理解しようと努めなければならないはずです。
川端さんが毎回審査員から判定委員会に出す資料作成を頼まれていますが、あれっておかしくないですか?」
川端五郎
「ああいったサービスをしていると、審査であまり指摘を出さないようにしてもらえるんだよ」
桧垣
「だから、それこそがおかしいじゃないですか。当社に問題があれば指摘を出してもらった方がいいし、指摘が間違いなら正々堂々と反論すればいいじゃないですか」
川端五郎
「いいか、10年前当社がISO認証しようとしたとき、当時の担当者があるがままを説明しようとした結果が指摘事項の山だったんだよ。それをボクが担当に代わってあっという間に認証した。そういう実績を何と考えているんだ」
桧垣
「10年前は知りません。でも10年もあったなら川端さんのいう継続的改善でそうとう改善があっても良かったのではないですか。でも文書管理、記録、監査、どれも10年一日のごとくじゃないですか。
変わったのは有益な側面が追加になったくらいでしょう」
川端五郎
「だが10年間に審査で出た指摘事項は皆無だったのだよ」
福原
「川端君、指摘事項の有無はどうでもいい。指摘がなくても会社に貢献しなければ、過去10年間の審査費用はどぶに捨てていたわけだ。私は指摘があっても困らない。まっとうな指摘なら受け入れるし、それこそが会社を良くすることだ。また間違った指摘なら拒否する、受け入れたら会社を悪くすることになるからね。
もうバーチャルなEMSとか審査員のためのものはもう止めるんだ。これからは会社にどれほど貢献したかで評価したい」
川端五郎
「最大の難関は審査員に説明することなんですよ。先ほども福原取締役もそうおっしゃったじゃないですか」
福原
「もちろん私は最大の問題は審査員に説明することと言った。しかしそれは議論を避けるとか言いなりになるという意味ではない。私は審査員と見解が異なるなら、議論して相手を説得することを厭わないが、それはけっこう骨だねという意味で言ったにすぎない。
次回の審査以降、川端君はしっかりと当社の仕組みを説明して審査員を説得してほしい。それが君の仕事だ。我々はISO審査のための仕事はもうしないことに決めたのだ」

川端は福原の言葉を聞いて言葉に詰まった。
山田
「まあまあ、今日は最初で考え方についての話し合いですから。次回以降個別論に入っていきたいと思います」
藤本
「山田さん、今日は黙って聞いていろと言われたが時々発言してしまった申し訳ない。しかしとてもためになった。私もこのような基本的なことを考えたこともない。次回から五反田君と一緒に山田先生の講義を聞かせてもらいたいがよろしいだろうか?」
山田
「うーん、五反田さんは実質的に藤本さんの部下でしょうから藤本さんのご判断で決めていただいて結構です。しかしこんなことわざわざ聞くまでもなく、ISO規格に書いてあることそのままなのですよ」
福原
「藤本さん、山田君、このあとちょっとどうかね?」
藤本
「うれしいですね、喜んでお相伴にあずかります」
山田
「じゃあ今日は福原さんのお相手は藤本さんにお願いして、私は失礼します」
山田は今日は早く帰れるとほっとした。



藤本と福原は駅前の居酒屋で差し向かいで飲んでいる。





福原 生ビール 刺身
サラダ
生ビール
藤本



福原
「藤本さんは山田君との付き合いは長いのですか?」
藤本
「いや1年半ほどです。私は役職定年になったらISO審査員に出向する予定でした。ところが私は入社以来開発一筋で、まったく環境なんて関わったことがありません。
それで審査員の資格をとったり環境の仕事を勉強するために、一時的に環境保護部あずかりになりましてね、そのときのチューターが山田さんでした。
その後、出向予定の認証機関が身売りしたり紆余曲折がありまして、今では彼が私の上司というわけです」
福原
「10年ほど前、彼は私の部下だった。以前から正直で一生懸命働く男だったが、馬力というかガムシャラさがなくて、営業成績は特に優れてはいなかった。毎年課長昇進候補者について上司と周りの管理者が評価するのだが、私はいつも課長にすべきではないと評価していた。聞くところによると、彼は課長級を経験せずに同期で最初に部長級になったというじゃないか。たいしたもんだ。
今の山田君を見ていると、私が間違っていたのか、それともあるとき山田君が大化けしたのかどちらなんだろう?」
藤本
「そんなことを彼が話したことがありました。山田さんが福原さんの部下だったときはダメ営業マンだったのも事実でしょうし、そして今の彼が社内だけでなく社外でも優秀な環境管理のプロと目されているのも事実です。彼が営業に不向きで環境管理に向いていたというわけではないことは間違いない。短い付き合いの間にも、彼がまったく関わったことのない事件とか事業に関わるできごともあったが、彼は臆することなく対処してきている。
人間は成長するということでしょうね」
福原
「では彼はここ数年で並みの人の何倍も成長しているということだ」
藤本
「とにかく彼は個人的に成長しているだけでなく、今、鷽八百グループの環境管理レベルをドンドンと向上させるように動いています。私より年下ですが尊敬しています。
もちろん上司に恵まれたということもあるでしょう。今環境保護部の部長は廣井という人なのですが、鵜飼いのようなテクニックで自由にさせているようでいて、締めるところはちゃんと締めて山田さんを教育しています。廣井さんの様子を見ていると、山田さんを次期環境保護部の部長にするつもりのようですね」
福原
「ほう、そうなれば事業所長クラスというわけだ。
そんな彼を評価しなかった上司の私は、見る目もなく指導力もなかったということでしょうか。
翻って考えると、川端が今のように増長したのは、今までの上司にも問題があったのだろうね」
藤本
「今日一緒に飲もうとして来たのは、福原さんの真意をお聞きしたいからなのですよ」
福原
「はあ? なんでしょうか?」
藤本
「川端さんも前回よりはだいぶ我々の考えを理解できるようになったと思います。しかし彼が変わっても、御社の中では今までのこともあり快く受け入れてくれるかどうか心配です」
福原
「おっしゃることはよく分ります。しかしそれこそ彼自身が努力して、みなの信頼を得なければならないことだと思います」
藤本
「彼を別の部門に異動させることは考えていないのですか?」
福原
「正直言って難しいのです。山田君や藤本さんの話を聞くほどに、ISO事務局なんて不要だということがわかってきました。川端ももう52歳ですから引き取ってくれる部門もなく、古巣の生産技術に戻っても技術が進歩していますから使い物になりません。当社のEMSの見直しをしても結局あそこに置くしかないのかなと・・」
藤本
「川端さんの後任は桧垣さんという予定ですか?」
福原
「私が来る前から、桧垣をISOだけでなく環境管理全般を任せるつもりで育成しているのです。彼はエネルギー管理士や公害防止管理者の資格も持っていますし、もう少ししたら係長、ゆくゆくは環境課長にするつもりです」
藤本
「そうすると、どちらにしても川端さんは余ってしまうというわけですね?」
福原
「正直言って処遇を悩んでますよ」
藤本
「お聞きかもしれませんが、まもなく私と五反田は環境保護部から離れて、環境ソリューションビジネスを立ち上げる計画です」
福原
「ほう! 知りませんでした。私は藤本さんがこのままとは思っていませんでしたが、そうだったのですか」
藤本
「正確に言えば鷽八百本体ではなく、その子会社の鷽機械商事の事業部として発足するのです。
そこで、どうでしょう、川端さんを私に預けませんか?」
福原
「はあ!、彼は環境管理についてはからっきしです。ちょっとISOに詳しいと近隣では有名とか言っても、それも今まで皆さんのお話をお聞きするにつけ怪しいと思っています。結局、ISOを理解していない連中の中で、井の中のかわず、お山の大将になっているだけのことでしょう」
藤本
「これから形だけのEMS、気分だけのISOの会社の指導をしていくには川端さんのような人の方が適任かという気がするのですよ」
福原
「なるほど、盗人の番には盗人を使えとか、邪を禁ずるに邪を以てすとか言いますからね」
藤本
「実はね、廣井部長は自分のことを廃棄物業者だというんですよ。私もその向こうをはろうという気持ちもあるんです」
福原
「ほう、どういう意味ですか?」
藤本
「他部門で使えなかった人を引き取ってプロに育てるからといいます。野村再生工場なんて言い回しもありましたね、あれと同じです。確かに廣井部長は山田さんだけでなく、他部門でいらないとか、トラブルを起こした人を何人も引き取って育てています。
まあ、どちらにしても御社の是正が完了してからのことですし、彼としても御社の不具合を自らの力で対策しなければ今後の仕事をしていく自信も持てないでしょう」

福原はうなずいて酒をあおった。

うそ800 本日の実況放送
いやあ、本日は本当に完璧に酔っぱらいまして、意識朦朧、夢遊病状態で、メモ帳でテキストをhtmにしています。
もしミスがあったらゴメンナサイ
その6に続きます To Be Continued




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