ISO第3世代 85.上西は変わります

23.07.06

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

前回のあらすじ
磯原と衝突した上西課長は機嫌を悪くして、磯原をどこかに飛ばそう(転勤させてしまおう)と考えた。猪突猛進の上西はすぐに人事の同期の下山のところに行ってその話をする。
しかし上西の考えと逆に、下山下山さんは上西の評判が悪い、磯原が一生懸命上西のミスをカバーしているのを知らないのかと諭されてしまう。
上西は今までも山内さんや磯原からそういったことを聞かされてきたが、それは一部の者の認識ではなく、本社の多くの人から笑われているということを知った。
これはまずい、反省しなければと思うのであった。
だが思うのは簡単、実行は困難、人の評価を変えるのは相手次第、どうなりましょう?


人事から戻ってきた上西は時計を見る。11時40分、もうすぐ昼休みだ。いつも会社が契約している弁当会社の弁当を食べているが、今日は食欲がわかない。どうしようか……見回すと環境管理課には柳田だけしかいない。彼女は伝票とモニターを見比べている。どうせ大した仕事じゃないだろうと柳田に声をかける。

上西 「柳田さん、ちょっと気分転換に外で昼飯を食べるにはどこがお勧めかな?」

柳田ユミ 「気分転換、いい響きですね。いつもオフィスの机では悲しいですからね。
おにぎり まず安上りというかお手軽という方から行きますか、コンビニでサンドイッチとかおにぎりを買う。コンビニには買ったものを食べるスペースもあります。
それじゃ気分転換にならないなら、行幸通りの歩道の石に腰を下ろして食べるのもありです。

次は神田あたりまで行って路上の椅子で食べるなら、鉄火丼なんて安いですよ。500円あれば十分だと思います。今日は雨じゃありませんし

普通のお値段というなら、このビルの地階は飲み屋街ですがお昼は飯屋ですね。そば、うどん、安いイタリアン、和食、洋食、値段は平均で800円ですかね。

少し上品になら2階のレストラン、若者のデート用くらいですか。カテゴリーは地階と同じですが、ランチで2000円くらいかな。

余裕があるならこのビルの35階がお勧め。お客様とあるいは大人のデート用という感じでしょうか。ランチで4000円。お店の広告はいつもエレベータで見てるでしょうけどいろいろです。
気分転換ならちょっとお高いけど35階を推薦します。外を眺めながら食べるランチは間違いなくハイになりますよ。自分へのご褒美ってやつかな」

上西 「よし、それじゃ35階にしよう。昼飯付き合ってくれないか。いや、口説こうってわけじゃない。いろいろ教えてほしい」

柳田ユミ 「よござんすよ。予約しましょうか。お好みはなんでしょう?」

上西 「タイ料理とかベトナム料理とかってあるかい?」

柳田ユミ 「両方ありますよ、中華もありますし」

上西 「それじゃタイ料理にしよう」

柳田ユミ 「お昼まであと20分、今ならまだ予約しなくても大丈夫でしょう。ではすぐに行きましょう 💕


*****

スラッシュ電機ビル35階、タイ料理のレストランである。
上西と柳田は食後のコーヒーを飲んでいる。

柳田ユミ 「課長、本題ですが、ご相談とは何でしょう?」

上西 「私がこちらにきていろいろご迷惑をかけて申し訳ない。柳田さんにも熊本の時のスマホのこともあるし、お世話になっています」

柳田ユミ 「あれあれ、熱でも出ましたか?」

上西 「これからは心を入れ替えて、心機一転やり直そうと思っています。ついてはどういうことから始めたら良いか、柳田さんのアドバイスをいただきたいと」

柳田ユミ 「私は課長が転勤しきててから、3回か4回アドバイスを求められて話したことがあると思います。でも今まで私の提案を実行したって記憶ないんですけどね、」

上西 「厳しいお言葉ですね」

柳田ユミ 「いえ、単なる事実です。課長が来たとき面接されましたよね(第56話)。そのとき課の問題とかやらなければならないことなどを話したつもりですが、特段それに基づいて上西課長が何かしたというのは思い当たりません。
課の年度方針策定とか(第57話)のことも話しましたね。課の業務手順を文書化する話もしたことがあります(第62話)
いつも私はいろいろと意見を述べました。課長が何をすべきか、しなければならないか。どれも進んでいないようです。

コーヒー それから恐れながら申し上げますが、課長はご自身の発言をどう認識されてますか?課長が命じてないことを部下になぜしてないと責めたことが何度かありますね(第61話)
他方、言ったことを覚えがないと言ったことも何度も。ご自身は認識してますか?
あれでは部下が不信感を持つのは当然です。

課長は私がいろいろと口をはさんでいることが、単に茶々を入れているのでなく、なすべき方向に誘導しているつもりなのはご存じでしょう。残念ながら私の意向を汲み取っていただけたことはなかったようですけど、」

ユミの話を聞くほどに、上西はどんどん気分が落ち込んでいく。確かに会議で自分が命じていないことを、してないと責めたこともある。それで自分は未熟と思われていた、いや駄々こねしている子供と思われていたのだ……

周りの人たちは自分を指導しているつもりだったのか。ユミの行為も独自に行っているのではなく、下山など人事と話し合っていたのかもしれない。スマホを取り上げて磯原に投げ渡したことが、人事まで伝わるとは思えない。
下山は今まで俺をどう見ていたのだろう?

柳田ユミ 「心機一新とおっしゃいますが、口で言うのではなく姿勢を見せなければいけませんね」

上西 「何をしたら良いの?」

柳田ユミ 「新たに何かを宣言しても誰も信用しません。過去に約束してやっていないことをすることでしょう」

上西 「ええと、具体的には?」

柳田ユミ 「課長が異動してきて、それまで磯原さんが見ていた課宛ての文書や電子メールを、これからは自分が見て担当に割り振るとおっしゃいましたね。しませんでした。あれから半年、以前と同様に磯原さんにお任せしていた。
秋の人事異動で田中さんたちが来ても、自分がせずに放置。磯原さんがやむにやまれず田中さんにお願いして既に数か月。
やる気がなかったなら、やるといわないほうが良かったです。少なくても嘘つきにはなりません。

まずは田中さんから、その仕事を引き継いだらいかがでしょう。それを毎日しっかり遂行したら皆さん課長を信用するでしょうね」

上西 「それは非常に気にしているんだ。でもハードルが高そうだ」

柳田ユミ 「ハードルが高いかどうか……田中さんは異動してすぐに取り掛かり、今では磯原さん時代と変わらない速さで、朝1時間、夕方1時間で処理しています。今では環境管理課の仕事を一番把握していると自慢しています」

上西 「それは課長の仕事だと言いたいわけか」

柳田ユミ 「課宛の文書やメールを、課長が見ずしてどうするんですか? 本当に心機一転する気があるなら、これからオフィスに戻ったらまず田中さんに声をかけて、引き継ぎの打ち合わせをしてください。時間をおけばやる気が失せて元の木阿弥です」

上西 「おっしゃる通りだ。今1時10分前か、事務所に戻ったら田中さんと話をする。
新人になったつもりで頑張るよ」

柳田ユミ 「最近読んだ本に『努力とは頑張ることではなく、継続すること』とありました。田中さんも慣れるのにひと月くらいかかったようです。上西課長がひと月継続できるかどうかみんな見てますわ」


*****

オフィスに戻るとめったにないことだが、全員机にいる。そして午後のチャイムが鳴るにはまだ数分あるが、みな仕事している。
上西はそれを見て、自分の部門も真面目に頑張っているのだなと変な感想を持った。

早速、田中に声をかける。

上西 「田中さん、ちょっと打合せしたいんですが、ご都合よろしいでしょうか?」

田中 「よろしいですよ」


上西と田中は空いている小会議室を探して入る。
柳田は様子を見ようと、言われてないのにコーヒーを注いで会議室にもっていく。
とがった雰囲気でないので安心したようだ。

コーヒー
ミルク
ミルク

コーヒー

上西 「柳田さんも曲者くせものというか気を使ってますね。ふたりで口論していると思ったのでしょう」

田中 「まだお話を伺ってませんので、口論するにもこれからですね」

田中は役職定年まで工場で課長をしていたわけで、上西より目上だと認識しているから上西への対応はそれなりだ。
いや、田中は磯原のほうをはるかに尊敬している。実際、磯原を君付けで呼んだことはなく、いつも磯原さんと呼ぶ。

上西 「ああ、話は簡単なんです。明日からでも、今 田中さんがしているメールと受信した発信文の処理を私が担当しようと考えております。それで引継ぎというか方法を教えてほしいのです」

田中 「おお!そうでしたか。ぜひともお願いします。だいぶ慣れてきてお渡しするのも惜しい気もしますが、本来は課長の仕事ですからね。
メールと公文を見ているだけで、会社の動き、工場の問題などが手に取るようにわかります」

上西 「処理する時間が大変と聞きます。田中さんも初めは午前中かかっていたそうですね?」

田中 「すぐ慣れますよ。ところで実は私は磯原さんと同じことをしていないのです」

上西 「と言いますと?」

田中 「磯原さんの時代は、担当者が担当の仕事をしていません。廃棄物担当者は外に行ったきり、公害担当者は何をしているのか分からない。ISOは担当者が転出して後任がいない。含有化学物質であれば各事業本部の技術担当に送るか、工場の技術部門に送るのか、問い合わせしてからになる。
まあ、そんな状況だったので、磯原さんは受けたメールや公文を振り分けするだけでなく、処理までしていたわけです。

忙しい忙しい 例えば廃棄物の契約書の記述について、民法や商法で問題ないかという問い合わせが来れば……実際そういうケースもありましたが……彼は法務部とか資材部を回って問題ないか、類似のケースがあるか等々を調べて回答していたのです。

朝一のメールで約50件、日中来るのが40件くらい。合わせて一日90件の内、定例の報告とかが8割ですが、手間がかかるのが2割18件もあれば、その日のうちに処理できないのは理解できるでしょう。となると借金が積み重なる一方です。

もちろん問い合わせもパターンがあり、最初は一から調べなければならなくても、ひと月もすればパターンが一巡しますから、前例を思い出して1件10分程度で処理できるようになります。それでも日に18件あれば3時間潰れます。
大変な仕事ですな、アハハハ

でもそれは磯原さんの時代です。私が引き継いだ時には、増子さんも坂本さんもいたわけです。廃棄物契約書の問い合わせであれば増子さんに、公害なら坂本さんに、転送して処理をお願いすればおしまいです。
課長も私の場合と同じく、各担当に割り振って課長コメントをつけて転送すれば完了です。みなさん発信元に回答するとき、CCを課長に送るから完了したか分かりますし、もし早急に対応が必要なら、本人に一声かければおしまいです。

もちろん誰が担当か分からないものもあります。予算の費目を変えたいとか、固定資産にしたくないとか怪しい、いや微妙な相談もありましたね。
まあ、単純な経理上のことなら柳田さんに振ればよいし、管理者の考えが絡むなら上西課長が工場の部長に電話でネゴするのもありでしょう。
どうしても分からなければ、磯原さんに頼むよと転送すれば彼はすべて処理してくれます。ありがたいです」

上西 「田中さん、ありがとうございます。私にもできそうな気がしてきました」

田中 「そうですよ。課長は裁量権があります。担当者なら扱いに困ることでも、課長なら問題にならないものもあります。
言い方変えると権限を持たない磯原さんが、怒涛のように絶え間ない問い合わせや相談事を、日々右から左に片づけてきたのは偉業です。事業本部や工場に、彼を信頼する人が多いのには理由があるのです。
私もメールの割り振りを1時間でできるようになりましたが、それは質問や依頼の対応をしてないからです。もちろん課長も私と同じレベルで処理すれば良いわけで、朝1時間、退社前に1時間割けばできます」

上西 「それにしてもすごい仕事量ですね」

田中 書類受け 「電子メールがない時代は、机上のインボックスにINにある書類を取っては読んで部下に振り分けるとか自分で処理していたわけですよ。それを思えば全く同じです。
それが管理職の仕事といえばそうなのですね」

上西 「そう言われるとそうですね。私は管理職の仕事をしていなかったわけだ。
だが今までの私はそれをしないで浮いた時間を何に費やしていたのだろう?」

田中 「管理者の仕事は受けた公文の処理ばかりではありません。計画の推進とか、何かあれば現場に行って見るとか、会議とかすることはたっぷりあります。やらなくてよいのなら、その時間を他の仕事に回すのも当然です」

上西 「ともかく明日からは始業時より1時間早く来るようにいたします」

田中 「それがよろしいでしょう。大川専務は1時間半前に会社に来ています。専務あてに来たメールを即環境課長に回すことはないでしょうけど、専務が部長とか山内さんに回したメールが、夜とか朝早く課長に回ってきているのも結構あります。朝一に山内さんや部長から問い合わせがあると泡食いますからね」

上西 「そういうのがあるのですか。となると私が見ていないで……」

田中 「従来からの延長で、今でも磯原さんにメールが来てますので、磯原さんが私宛に転送してくれてます。だから漏れはありません」

上西 「知らなかった。明日から私が処理します。山内さんにもお話しておきます」

田中 「ともかく手順は簡単ですよ。振り分けた担当者をフォローすればよい。
もちろん単純でなく関係部門との関わりのあるものがあり、そういったものは課長と担当で関係部門と調整することになります」

上西 「流れが変わっても昔と変わらないということでしょう。それが管理者の仕事ということで」

紙から電子メールになっても何も変わらない。ただスピードがどんどん速くなっている。部門から部門への発信文は、昔は起案して上長決裁を受けてコピーして社内便で送る。コピー機がそばにありすぐにコピーができるようになったのは1980年くらいからだろう。それまではコピー室に行ってコピーした。郵便も、同じ敷地内でも一日数回しか配達しないから朝送って午後見てもらえばヨシとするしかない。

1995年頃からパソコンが一人一台となり、ワークフローを使うようになり、起案して決裁を受けると自動的に送信され、在籍していればメーラーがピンポンとなりすぐに見てもらえるようになった。
社内の電話が携帯とかPHSになったのは1990年年代末だろう。そうなると席にいなくても電話で話ができるようになる。
今の人は当たり前のことだが、たった20年くらいでそうとうな革新が起きた。
とはいえ決裁が早くなったという話は聞かない。


*****

田中さんがしていた他部門からのメールの処理を、課長がすることになったということは、すぐに課員全員に伝わった。
皆の反応は、まあ〜、いろいろである。

石川 「さすが課長ですね。あの人はやると思っていました」
若者は純真アホである。

柳田ユミ 「何日続くかしら」
ユミは高いランチをご馳走になったのにシニカルである。
上西「感謝の心はないのか
柳田ユミ「ないわよ、そんなもの」

田中 「磯原さんより私は遅い。課長は私より遅く、今より数時間は遅くなるだろう」
上西と話したときはニコヤカであったが、田中は鉄のプラグマティストである。
田中は上西が頑張ると言っても意に介さず、これからの行動をウォッチするだけである。

注:プラグマティズムは実用主義と訳されているが、その本意は「理論や信念でなく、行動の結果がすべて(成果が出たか)という考え」である。
高校の先生が「努力なき者は去れ」と言った。学校ならそれでよいかもしれないが、金を払う会社では「成果なき者は去れ」ではなかろうか?


増子 「その日の分はその日のうちに処理できるのかしら、貯金というか借金にならなければ良いけど」
増子は廃棄物関係が滞り、自分の評価が下がるのを気にする。上西の処理が遅れて増子が怠けていると思われてはたまらない。

岡山 「今度は私が採点する番ですね、フフフ」
岡山はせんだっての恨みを忘れていない。

坂本 「やる気になったのは良いけど、できないって放り出されたら余計問題だな」
坂本はまだ上西との関りが少なく第三者的立ち位置だ。

磯原 「やっと振り出しにたどり着いたか」
磯原はちょっとホットした。

皆 期待していないのは同じだった。



うそ800  本日の言葉

「継続は力なり」とよく言われる。それほど継続は難しい。
40年も前のこと、その時の上司は私が大変尊敬する人物だった。彼は仕事の流れを見直して大きな業務改善をした。しかしそのとき彼が言ったのは「自分なりに素晴らしいものを作ったと思う。だけど維持するのはできないな」であった。
開発者本人が言ったように、そのシステムは数年後状況が変わり手順が合わなくなった。するとすぐに使われなくなった。何事も作ることも大変だが、状況に合わせて維持していくことは大変な労を要する。

「男子三日会わずば刮目して見よ」といいます。
上西の場合、毎日顔を合わしていますから周りの人は変化に気が付かないかも?

坊主頭

「三日坊主」といいます。
もし上西が三日で放り出したら、頭を剃るのでしょうか、そして出家するの?

「牛に経文」といいますが……
山内さんの言葉は聞かず、下山の言葉は多少響いたようですが、柳田の経文は通じたのでしょうか?



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