マネジメントシステム物語67 ISO14001の限界

14.07.17
マネジメントシステム物語とは
今日のお話は前回から2年ほど経った2006年、佐田は54歳になりました。飛ばし過ぎだとおっしゃいますな、早いところ2014年までいかないと・・・・終われません。
以前も物語の年代表を書いたことがありましたが、今回も付けてみました。

物語リアル年佐田の年子の年齢世の中の主な出来事
1話〜2話1990年38歳1歳と4歳バブル真っ盛り
3話〜9話1991年39歳2歳と5歳欧州輸出している企業でISO9001認証が始まる、バブル崩壊
10話〜29話1992年40歳3歳と6歳EU統合、リオ宣言
30話〜31話1993年41歳4歳と7歳ISO9001認証が流行になる
32話〜34話1994年42歳5歳と8歳松本サリン事件
 1995年43歳 阪神淡路大震災、オウムテロ事件
35話1996年44歳7歳と10歳ISO14001規格制定(仮認証始まる)
36話〜41話1997年45歳8歳と11歳ISO14001認証本格的に始まる、京都議定書
42話1998年46歳9歳と12歳アジア通貨危機
43話〜48話1999年47歳10歳と13歳ユーロが使われ始める
49〜53話2000年48歳11歳と14歳ISO9001規格改定。雪印集団食中毒事件
54話2001年49歳12歳と15歳えひめ丸事故。アメリカ同時多発テロ
55〜65話2003年51歳14歳と17歳スペースシャトルコロンビア号事故。三菱ふそう欠陥隠ぺい事件。
66話2004年〜2005年52歳 ISO14001規格改定
67話2006年54歳17歳と20歳ライブドア証券取引法違反、姉歯構造計算書偽造事件
竹山竹山が環境管理部に戻ってきてもう2年になる。バカバカしいチョンボして本社から工場に飛ばされて4年間、工場でいろいろ経験を積んだおかげか、竹山も大人になって帰ってきた。世の中のルールを覚えただけでなく、会社とは何ぞやということを理解したようだ。本社に戻ってからは仕事をまじめにこなすだけでなく、日々、その改善に努めているのがわかる。もっとも30を過ぎているのだから当然と言えば当然だろう。
そんなわけで佐田は環境監査の計画とフォローそしてとりまとめを竹山に任せている。監査報告書の提出前にチェックはしているが。
今では新たにISO14001を認証しようという会社はなく、審査員も規格を理解するようになったためか、審査でのトラブルもあまりない。佐田はもっぱら環境法規制や事故防止の教育、そして関連会社からの環境管理全般に関わる問い合わせの対応を主にしていた。
時と共に環境規制はどんどんと幅も広くなり奥行きも深くなった。ほんの数年前は主に鉛規制であるRoHS規制にあたふたしていたものだが、今ではREACHやPFOSも現れた、RoHSなどはるか昔に感じるほどだ。国内のPRTRも対象物質も増えたし要求精度も厳しくなったが、それに対しても特に大変だということもなくあたかもルーチンワークのごとく対応している。しかしだんだん高くなるハードルを、自分たちが軽々でもないが次々と越えていくのも不思議と言えば不思議だ。みながものすごく力を付けたのだろうか。受験勉強と同じで経験を積めば実力が付くのだろうか? もっとも規制が厳しくなったことが意味があるとは思えず、単に厳しくするために厳しくしているような気もするが・・
鉛の危険性とかPFOSの生物への影響は明白なのだろうか? 単に予防原則を根拠にしているような気もする。
話は違うが、DDT禁止が正しかったのかどうか、私にはわからない。

ときどき佐田は塩川課長や大河内部長と、環境管理部の仕事がどうあるべきかと話しあったりしている。いつも結論は今ある仕事をしっかりと努めて顧客満足を図ることということに落ち着く。顧客とは工場や関連会社の環境部門であり、社内の各事業部であり、販売会社であり、最終顧客であり、行政や近隣住民すべてであると考えている。もちろん顧客満足といっても、言われたことにハイハイと応えることではなく、佐田たちが考えるあるべき姿を教え、それを理解させ、その実現に協力させるということでもある。往々にして人は自分が真に必要としているものを知らないこともある。もちろん佐田たちが考えるあるべき姿といっても、独りよがりにならないようにコミュニケーションを図り双方が理解できるものでなければならないだろう。
まあそんなことを目指して、各種講習会や教育の実施、情報提供、教育のためのテキストなどの作成提供をしている。だいぶ前に関連会社から環境監査に来てダメと言うだけでなく、その前段として教育をしっかりしてほしいと言われたことへの回答でもあった。
もちろんなにごともいつかは標準化されルーチン化しマンネリ化する。それにチャレンジは面白いが同じことの繰り返しはつまらない。佐田は環境管理部のあるべき姿を常に考えている。
ただ仕事を改善すると言っても、自動化、合理化は推進すべきであるが、何でも自動化すればよいというわけでもない。データベースの構築やその最新化をシステムで自動的に行うことは悪くないと思う。もちろんそのデータベースの活用の道がある場合だけれど。しかしものごとの処理というかあるプロセスを自動化することは、したほうがいいのかしないほうがいいのかは考えなければならない。行政届その他の決裁はパソコン画面でのワークフローの承認で良いのかというと、それははなはだ疑問である。決裁といっても多種あるが、計画とか実績の確認・承認となれば、それらをとりまく周囲の環境、上司の方針、その他多くの要素を考慮しなければならないから、真に確信を持って決裁するためには紙にプリントアウトして関係データを参照しなければならない。いや伺い出者と議論した方が良いだろう。であれば決裁者がモニターで見るだけとか、自分がプリントアウトしてチェックするのではなく、伺い出者と資料を前にして話し合うプロセスを持つべきではないかと思う。合理化とはそういったことをすべて考慮して最適化を図ることだろうと佐田は考えている。
今、佐田が考えているというか計画しているのはISO14001認証のために作成している資料をすべてなくそうということだ。現在素戔嗚すさのおグループの多くの企業・工場でISO14001を認証しているが、本来業務に必要な文書だけで認証を受けているところはない。本社でさえ認証機関の要求で「環境マニュアル」なるものを作成している。環境マニュアルなんてものはISO14001規格(2004年版)では要求していない。なぜ作成しているかと言えば、認証機関が作成した「審査登録ガイドブック」というものの中で、規格要求事項と該当する組織の文書の対照表を作れと要求しているから作成している。ところがその「審査登録ガイドブック」では「規格要求事項と該当する組織の文書の対照表」と記述しているものの、実際の審査では、規格の個々のshallがなんという文書のどこにあるのかを書くだけでなく、そのshallをいかにして実現するのかの概要を記載しないと、「マニュアルの記述が規格要求を満たしていない」という根拠不明のわけのわからない不適合にされてしまう。佐田はそれについて認証機関に苦情を申し立てたが、いくつもの認証機関は佐田の意見を理解することさえできなかった。やむなく佐田は諦めて、猫を追うより猫に餌を与えることを選んだ。
猫
この文章を理解できない人は、ISO規格を理解していない人である。
そもそもISO審査員研修でマニュアル審査というのが一項目になっている。そこではISO規格のshallがすべてマニュアルに盛り込まれているかをチェックする作業の練習をする。はたしてそんなことがISO規格の要求事項にあるのだろうか? 大きな謎である 
認証のために作成している文書をまったくなくせば、認証に関わる内部工数は大幅に減る。一般的にISO認証の費用というと、目に見える審査費用や審査対応の手間ひまを思い浮かべるが、実際には審査のための文書作成とその維持にけっこうな手間ひまがかかっている。その時間にチャージレートをかけると毎年の審査費用と同じくらいかかっているのに気が付くだろう。
ISOのための文書の維持に0.1人工かけているとすると、年間100万くらいかかっていることになり、中規模の組織の審査費用とほぼ同額になる。
もっとも能のない人にISOの仕事をさせているとおっしゃる会社もあるかもしれない。そういったところではISOのための仕事を継続する意味があるかもしれない。 
いやその人のために認証しているのかもしれない。
最近では審査費用の値引き交渉も普通に行われるようになったが、そうではなくISO規格の要求事項にない余計な文書をなくした方が、費用削減効果があるかもしれない。佐田はそんなことを考えている。

佐田がぼんやりしているように見えたのか、隣に座っている竹山が声をかけてきた。
竹山
「佐田さん、ちょっとお話してよろしいですか?」
佐田は竹山を振り返った。
佐田
「はい、なんでしょう?」
竹山
「以前、佐田さんがISO認証のパフォーマンス改善効果を調査したことがありましたね。環境管理部のサーバーにあるデータをながめていて見つけました。とても参考になりました。それを見て、ここ最近の遵法や事故の状況と認証の効果をまとめてみたのです」
佐田
「それはすばらしい。でその結果はどうですか?」
竹山
「ここではなんですから、コーヒーでも飲みながらお話しできませんか」
佐田
「いいとも」
コーヒー

二人はコーヒーを給茶機から注いで打ち合わせ場に座った。
佐田は竹山がなにか相談事があり話をしたいのだろうと思う。
竹山
「ISO9001が日本に現れた時に、当社では佐田さんがまっさきに認証したと聞いていますが本当ですか?」
佐田
「一番かどうかは定かではないけど、まあ早かったと思うよ。もう10年以上前になる」
竹山
「そのとき品質を良くしようと思って認証したのでしょうけど、その効果はあったのでしょうか?」
佐田
「うーん、ちょっと違うな。今の人は分らないかもしれないが、日本でISO9001認証が始まったときは、品質を良くするとか会社を良くするためではなかったね」
竹山
「はあ? じゃあISO9001認証は何のためだったのですか?」
佐田
「簡単だよ。商売のためだ。商売というと変に聞こえるかもしれないが、買い手であるお客様からISO9001を認証しなさいと言われたから認証したわけだ。そもそもがISO9001の1987年版は品質保証のためのものだったしね」
竹山
「はあ? それってどういうことでしょうか?」
佐田
「そのまんまさ。当時ISO9001は『品質保証の国際規格』というタイトルだった。だからお客様から品質保証の一環としてISO9001認証を求められたからやむなく認証したということにすぎない。そんなわけだから、認証によって品質が良くなるとか会社が良くなるなんて思うはずがない」

ここを勘違いしてはいけないが、ISO9001:1987を満たせば品質保証を満足したわけではない。規格でも「規格の中で規定した品質システム要求事項は、技術的規定要求事項を補うものであることを強調しておく」(序文)と記述している。
だかいつしかISO9001要求事項のみを満たせばOKという認識が広まったように思う。良く考えればISO規格に書いてあることだけで品質保証は大丈夫なんて思えるはずがない。それ以前に取り交わされていた品質保証協定ではISO9001よりも幅広い範囲について定めていたのを覚えていませんか?

竹山
「ええっと・・・・じゃあ、お客様から要求されなければ認証しなかったということですか?」
佐田
「当然さ。企業が無駄なことをするわけがない。アメリカに輸出しない企業がUL認定をとろうとするかい?
もっとも当時、私がいた会社で認証したのは、お客様からISO9001認証を要求されたわけではない」
竹山
「とおっしゃいますと?」
佐田
「当時 BtoB の取引では、お客様と品質保証協定を結ぶというのが一般的だった」
竹山
「品質保証協定とおっしゃいますと?」
佐田
「今の人はそんなことも聞いたことがないのか。それとも竹山さんは品質保証を担当したことがないからかな?
ええと、製品やサービスの取引をするとき、それも一回限りではなく継続的な取引をするときには、買い手は安定した品質のものを買いたいと思うよね。もちろん製品仕様は図面なり仕様書で決めているわけだけど、それを作るためにどんな管理をするか、あるいはどんな工程で作るかということを要求することはおかしくない。そのときどのような管理をするとか、どんな記録を残すとかいう要求をすること、そういう契約をすることが一般的だった。それを品質保証協定というんだ。そして買い手は品質保証協定を根拠に売り手のところに品質監査に来る。これが大変煩わしい。なにせ、買い手は大勢いたからね、年に何回も品質監査を受けるわけだ。
ところがISO9001の認証を受けていると、この買い手による品質監査が省略されるというので認証したわけです」
竹山
「佐田さんのいた工場でISO認証を受けた理由はわかりました。話は違いますが、その品質保証という言葉ですが、どうも一般的な保証とは意味が違うようですね」
佐田
「確かに保証といっても日本語の一般的な意味とは違うね。この場合の保証とは、英語のassuranceの訳語だからね。うーん私のつたない知識ではアシュランスとは『約束を確実にする(firm promise)』とか『実行の確信(belief in one's own powers)』というのかなあ〜。ともかく製品を製造条件などをお客様と約束することだ」

    longman online英英辞典によるとassuranceとは
  • a promise that something will definitely happen or is definitely true, made especially to make someone less worried:確実に行うように約束して、心配ないようにする
  • a feeling of calm confidence about your own abilities, or that you are right about something:実行能力や権利が大丈夫であるという確信

竹山
「ええっと、そうするとなんですか、ISO9001認証と品質向上は関係ないのですか?」
佐田
「うーん、それは時代と共に変遷があった。まず1987年版は品質保証で品質改善などとは書いてない。そもそも真に品質保証なら品質改善を求めるはずがない」
竹山
「話をさえぎってすみませんが、品質保証なら品質改善を求めないとはどういうことですか?」
佐田
「語義からいえば、品質保証と品質改善はまったく別なことだ。うーん、製品の品質を確保するための要素としては、この方法で、このように訓練された作業者で、この機械でと・・・・5Mというのがあるよね。マシン、メソッド、マン、マテリアル、残りの一つは人によって違うがメジャーとかマネーとかマネジメントとかあるのだが、ともかくそういった管理要素がある。品質保証とは、それらを一定条件に保って作るという約束だから改善ということはありえない。だって改善とは5Mを変えることだからね。まさか物質ではなく精神力で改善はできない」
竹山
「なるほど、そうするとISO9001は一定品質のものを作る約束ですか・・・」
佐田
「初めはそうだった。しかしそれは過去形だ。2000年改定でISO9001は『品質マネジメントシステムの規格』と改名したからね」
竹山
「そうすると品質改善になったのですか?」
佐田
「2000年改正で規格の構成は大きく変わったが、実質的には品質保証であり多少見た目を変えた程度だろうねえ。品質マネジメントシステムというものがどの範囲を意味するのか私には分らないが、品質マネジメントの全範囲を網羅しているとは思えない」

品質マネジメント図

竹山
「なるほど、でも狭義の品質管理とか品質保証の標準化は可能であるかもしれませんが、品質改善というものを標準化できるものでしょうか? 初歩的な疑問ですが・・」
佐田
「私もそう思う。2000年版の序文では『品質保証という言葉を含んでいない』なんて高らかに宣言しているが、実際には継続的改善という項目が追加になっただけだ。そしてその継続的改善の定義は『要求事項を満たす能力を高めるために繰り返し行われる活動』(ISO9000:2000)とある。しかしISO9001本文の継続的改善とは『組織は、品質方針、品質目標、監査結果、データ分析、是正処置、予防処置及びマネジメントレビューを通じて、品質マネジメントシステムの有効性を継続的に改善すること』(ISO9001:2000)とある。
要求事項を満たす能力を高めるというのはどういうことなのか、よく分らない。だって認証を受けた組織は要求事項を満たしているわけだよね。満たす能力が不十分なら、そもそも規格要求を満たしていないわけだから規格不適合にならないとおかしい。あるいは要求事項を満たす能力がなくても、たまたま要求事項を満たしている可能性があるというのかもしれない。しかしその場合は起こり得る不適合が潜在しているから不適合にしなければならないともいえる。
そんなことを考えると、満たす能力を高めるってどういうことだろう? ISO規格適合にも完璧に適合しているとか、ほぼ適合しているとかランクがあるのかもしれない。いや、これは冗談というか皮肉だよ」
竹山
「なるほど・・・それでISO9001認証によって品質が向上したとかしないとかいう議論はあったのでしょうか?」
佐田
「正直言って私はよくわからない。学生とか大学の先生が書いた認証効果の論文をいくつか読んだことがあるが、そこでとりあげているのは文書管理が良くなったとか、社員が規則を守るようになったという観点のものばかりだ。会社勤めしている人から見たらバカバカしいことしかない。
ところで経産省の工業標準調査会というところが『管理システム規格適合性評価専門委員会報告書』という報告書を2004年、今から2年前に出している。竹山さんも読んだことがあるかな? その中では『ISO認証の信頼性が低下している。それはしっかり審査していないからだ』と断定しているが、その根拠となるデータはない。想像と思い込みで書いたような報告書だね。だからあれは参考にならない。
そういえば以前、某雑誌の懇談会に出た時に聞いた話だが、欧州ではEMASとISO14001認証そして認証していない企業の遵法やパフォーマンスの調査をしていると聞いた」
竹山
「それは興味深い研究ですね。結果はどうなったのでしょうか?」
佐田
「REMASというらしいが、私の知るかぎりまだ結論が出ていないと思う。
話を戻すとISO9001認証すれば規格本来の意図を満たすのかという観点での研究を私は知らない」
実際にはREMASの最終報告は2006年に出ている。しかしなぜか日本ではこれに関して広報がなかったように思う。
竹山
「規格本来の? ISO9001規格の本来の意図ってなんですか?」
佐田
「おいおい、品質は無縁だと言ってもISO9001の目的というか意図くらいは覚えておいてくれよ。ISO9001の目的は顧客満足だ。ところでISO14001規格の意図は覚えているかい?」
竹山
「ええっと、法規制の遵守と汚染の予防でしたっけ?」
佐田
「そうだ。ともかくISO9001認証は商取引における要求で始まり、その後認証機関、企業の思惑がいろいろあったようだが今ははっきりとしていない。商取引の際にコンペティターに優位に立つためという説もあるが、今ではどこでも認証しているから劣後にならないためというネガティブな効果くらいしかないだろうねえ」
竹山
「なるほど、結局ISO9001認証はその価値を確立できずに埋もれてしまったということですか」
佐田
「その通りだ」
竹山
「すみません、話が本題に入るまでだいぶ回り道をしましたが、とても勉強になりました。
ええとISO14001の話になりますが、まず私が調べた結果では当社グループにおいてISO認証の有無に関わらずISO規格の意図である法規制の遵守と環境事故の発生についてはまったく差がみられませんね」
佐田
「そうか、私が調べたのは3年くらい前だったけどそれ以降も変わりはないか」
竹山
「認証の有無による差はありません。もちろん有意差の検定まではできませんが。
認証している企業群も、していない企業群も、両方とも遵法と事故の指標は時間と共に減少しています。まあなんだって時間が経てば進歩するのは当たり前ですよね」
佐田
「当たり前と言われるといささか悲しいね。私たちが法違反や事故の把握と原因調査、そして対策をした結果として改善していると思いたいね」
竹山
「おお、失礼しました。我々や工場担当者の活動によって改善してきたということですね」
佐田
「本来ならばISO認証することによって、自動的にそうならなければいけないと思う。しかしISO審査が遵法や事故予防に結びつかないことがある」
竹山
「佐田さん、それは言い過ぎじゃなくて言い足りないんじゃないですか。私は工場でISO審査を何度も受けましたが、それがバカバカしいイベントに過ぎないって身を持って知りました。あんなものでは遵法にも事故予防にも役に立つはずがありません」
佐田
「竹山さん、そもそもISO認証は遵法を保証しないよ。あれはマネジメントシステムが規格適合か否かを見るのだから」
竹山
「おお、もちろんそうですが・・・規格適合かどうかを見てませんよ。審査員が確認するのは、彼らが考えていることに適合しているか否かであって、規格に書いていることに適合しているかを見ているわけではありません」
佐田
「確かにそう思う。もし真に会社の環境管理が適切か否かを・・・・遵法とか事故のリスクとは言わないよ・・・・環境管理の仕組みが適切か否かを見てくれるなら、我々がISO審査とは別に環境監査を行う必要はないわけだ」
竹山
「話がやっと私が佐田さんのご意見をお聞きしたいところに来たように思います」
佐田
「ええと、本題はなんだったっけ?」
竹山
「先ほど申しましたように当社グループ企業の遵法や事故の推移を見ていたのですが、そこから考えたことについてご意見を伺いたいと思いまして」
佐田
「なんだろう?」
竹山
「ISOを認証したグループと認証していないグループの差がないということですが、単純に認証の効果がないとみなすべきですかね?」
佐田
「一般論として認証の効果がないかあるのか、私には何とも言えない。認証の効果があったという話を見てみると、認証するために法律を調べたら抜けているものがあり、その対応をしたなんてのがある。それを認証の効果と呼ぶのか、単に法律を知らなかった問題じゃないかというのか、はっきりしない。
まあそれを認証の効果というならば、認証しないなら法規制を守らなくても当然だということが演繹されるようにも思える。だから、それは認証の効果ではないような気がするね。
あのさ、あまり厳密とか一般論を考えると実用的な解にたどりつけないと思う。我々は研究者じゃないし、行政でもない。だから世の中全体を考えることはない。言いたいことは当社グループの企業が法を守って事故を起こさないようにすることについて、ISO認証が効果があるのか否かと限定して考えるべきだろう。他の会社でどうかということは我々の仕事の対象外だ。興味があるかどうかは別として」
竹山
「なるほど、理屈とか厳密ではなく実用的なことを考えろということですね」
佐田
「何事も目的次第だ。竹山さんが論文を書こうとかドクターになろうとか考えているなら論理の隙間がないように構築しなければならないだろうけど、今の仕事は当社グループ企業の遵法と事故予防の推進なのだから、求める解は厳密でなくてある程度誤差があってもよい。微分方程式を完璧に解こうとするのでなく、変数にいくつかの数値を代入してだいたいの変化を見きわめれば間に合うということさ」
竹山
「おっしゃることはわかります。でもその観点では当社グループにおいてはISO認証の意味はなく、グループ全企業において認証返上することが費用対効果があるということは明白ですね。そうしない理由はあるのですか?」
佐田
「以前のことだが、前の部長の時それを提案をしたことがある。そのときの判断は当社グループにおいては認証を継続するということだった。もちろんあれから時がたったということで再度伺い出る意味はあるかもしれない。しかし私としては今更問題にするまでもないように思う」
竹山
「どうして問題視することがないのですか? 年間審査費用だけでも数千万いやグループ全体では1憶近く社外流出しているわけです。売り上げではなく費用で1億削減なんてできるのはまずありませんよ」
佐田
「竹山さんのように純真な考えの人には不純と思われるかもしれないが、当社から認証機関に審査員として何人も出向している。また当社が出資している認証機関には取締役を出している。それはそれなりの人事処遇策でもある・・・わかるだろう。そういったことを考えると、まったくの社外流出とも言えない。いや費用を回収しているとも言えるね。
ちょっと待ってくれ、ええと出向者の賃金の半分補填することは、見方を変えると半分を認証機関から補てんされていることになる。出る人はそれなりの人だから、年収1000万の半分の500万の補てんを受けていると考えると20人出せば元は取れることになる。今まで大勢の人を送り出したけど、常時それくらい出向者はいるのではないだろうか」
竹山
「うわー、そういうことを言われると言葉がありませんね。すると認証の有無による効果だけでなく、認証を継続するか否かの要因は多々あるということですか?」
佐田
「おっと、認証の効果といった場合はそんなことは無視してください。現実のパフォーマンス、それは省エネとか廃棄物削減だけでなく、運用全般、つまり遵法や事故発生頻度というものも含むわけだけど、そういう観点で考えてくれればいい。私だってISO認証の効果というものを客観的データを知りたいし、当社の遵法や事故予防を一層推進するにはどうあるべきかを知りたいからね。
出発点というか基本というか、ISO規格があって考えるという発想じゃなくて、法違反をしない事故を起こさないという至上命題がまずあるわけだ。そのために我々はどうすべきかと考えなくちゃならない。そのときISO14001というものが使えるなら使えばいいし、使えないなら捨てればいいということさ」
竹山
「話を戻します。
認証制度に問題があるとしてもISO規格は良かったかもしれませんね。会社の環境管理体制を考えるときに、ISO規格を参考に包括的な仕組みを考えるというアプローチはありでしょうね」
佐田
「確かに認証制度に欠陥があるか、あるいは不完全なもので役に立たないとしても、ISO規格はまっとうだという見方もあるかもしれない。しかし私はISO14001自体が欠陥というか役に立たないんじゃないかという気がしてならない。
具体的には環境側面を調べろとか法規制を調べろという要求事項がどうも論理的じゃないんじゃないか?
私が規格を書くならば、現状をよく把握してそれを出発点にすることとするだろう。昨日今日できた会社ならともかく、公害時代から歴史がある会社なら、そういった経験というか歴史の積み重ねの上に今があるわけで、そういった重みある現実を無視するような規格の文章はやはり信用できないね」
竹山
「そういえば工場の先輩が今管理しているものを著しいものにするのに苦労していましたね。どこの会社もISO認証するために、過去からのいきさつを無視して、現状を裏付けるためのものをでっちあげているということは間違いありません」
佐田
「その問題は企業にとっては重大な問題だ。無用なことをして費用、工数を費やすことはISO規格の価値を貶めるだけだからね。今後規格改定があるならば、そういったことについてもっとISO委員たちは真剣に考えないとバカバカしい規格を作るだけだ。そういった欠陥ができたのはISO委員が現実を知らないのか本当は理解していても意図を文章に表現する能力がなかったのか、いずれにしても現在の規格は欠陥だらけのように思う。
ともかくISO規格にこだわらずというか、ISO規格から出発するのではなく、現実を見て、それを改善するためにどうするかというアプローチで考えてほしいな」
竹山
「わかりました。当社グループの環境管理を進める上でISO認証が使えるかということですね。考えてみます」
佐田
「頼むよ。私もいつまでここにいるわけじゃない。私がここにきて環境管理レベルの向上に少しは貢献したと思うけど、これからは私が考えたことを否定することも含めて一層の向上を図っていってほしい」

品質保証なんて今更わざわざ説明されなくても分っている💢 、なんておっしゃる方は多いでしょう。
でも現実には忘れているってことありませんか?
ISO14001も実は品質保証の規格なのです。ISOは環境だから品質と関係ないなんておっしゃってはいけません。約束する相手がお客様であろうと、一般社会であろうと、社内の幹部であろうと、「実施することを明示してそれを行う」という意味ではassuranceそのものですからね。

うそ800 本日の心配事
当初30回で終わると言いながら、既に67回目、あと何回で終わることができるのか?



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