福本 武久
ESSAY
Part 4
 福本武久によるエッセイ、随筆、雑文などをWEB版に再編集して載録しました。発表した時期や媒体にとらわれることなく、テーマ別のブロックにまとめてあります。
 新聞、雑誌などの媒体に発表したエッセイ作品は、ほかにも、たくさんありますが、散逸しているものも多く、とりあえず掲載紙が手もとにあるもの、さらにはパソコンのファイルにのこっているものから、順次にアップロードしてゆきます。
ビジネスマンの風景……会社人間の未来
初出:NOMAプレスサービス」 No.449 (社団法人 日本経営協会)  (1986.06)

 ロクでなし″とワカラズヤ″
  ビジネスマンの会話にみる人間関係




 かつて営業マンだったせいだろうか。オフィスで交わされる会話をしばらく聞いていれば、職場の雰囲気から人間関係まで透けてみえてくる。
 Kは仕事がらみで親しくなった知人のひとりである。たまたま所用で出かけたビルに、かれの勤める会社もあった。ひさしぶりに昼飯でも食おう……ということになった。
 フロアに入ってゆくとKは「五分だけ待ってくれ」と言って、書類を持ってあわただしく席を離れた。デスク脇のソファーに腰を降ろすなり、Aが懐かしそうに声をかけてきた。AとはKを通じて顔見知りになった。
 「部長の五分はアテになりませんよ」
 Aはいわくありげに微笑んだ。どこか投げ捨てるような口ぶりなのである。
 「部長さんなのか? かれは……」
 知り合ったころのKは課長になりたてだった。Aもいまは課長になっている。
 Kがもどってきたのは二十数分後だった。なにやらけわしい顔つきである。デスクにつくなり、「Aクン! ちょっときてくれ」と手招きした。
 「どうなってる? あれ……」
 Kはひそめた声でたずねた。
 「はあ?……」
 Aは首をかしげたまま、ボケッとしている。
 「あれ……だよ。あれ……」
 「あれ……と、言われますと?」
 「ほら、例の]社との話じゃないか」
 Kはじれったそうに腰を浮かせて声を高めた。
 「ああ、あの件ね。何も手をつけてませんよ。オレに考えがあると言ってたのは、どなたでしたかね」
 Aは木で鼻をくくるように吐き捨てた。だんだん険悪な雰囲気になってゆく。
 「そんなことまでオレにやらせるつもりか」
 「ムリですよ。いまさらそんなこと言われても。ぼくはデキませんよ」
 Aはわざとらしく視線をそらせて言い放った。
 「いいかげんにしろ」
 Kはとがった眼で、ふてくされているAをにらみつけていた。
 どういうことなのだろう? かつてコンビで仕事をしていたころの二人は一心同体だったのに、いまは深い亀裂が生まれているらしい。
 「いったい何年、おれの下で働いてるんだ、あいつは。まったくロクなヤツがいないよ」
 Kはレストランの席につくやいなや苦笑いした。
 やはり……。あらかじめ予想した通りの科白がもれてくる。部外者としては、あいまいな笑顔で、うなずいているほかなかった。
 オフィスのよりよい人間関係は眼で語り、皮膚で感じる会話で積みあげられてゆく。「あれ……」と言われて、すぐに「例の……ですね」と察知できなくては、とても呼吸がピッタリ合っているとは思えない。
 「あんなヤツらに重要な仕事を任せられないよ」
 Kは何度も繰り返した。あくまで傍観者にすぎないから、異論をはさむ立場ではない。だが、そういうかれ自身にも問題がありそうな気がした。〈ロクなヤツがいない〉という物言いこそが、すでにして管理者としての無能さをさらけ出しているからである。
 〈売りことば〉があれば〈買いことば〉がある。〈ロクなヤツがいない〉で売られたケンカの買いことばは、さしずめ〈うちの上役はワカラズヤなものでねえ〉というところか。まるで追っかけるようにして、その一言を耳にすることになる。
 Kとビルの玄関で別れて、歩きはじめたときである。背後からこもった声で呼びかけられた。振り返るとAが立っている。ちょっと、お茶でも……。誘われて地下の喫茶店で向かい合うことになった。
 「ワカラズヤなもんでねえ。まったく、うちの部長ときたら。もっと、ぼくらを信用して仕事を任せてくれなければ‥…」
 Aは堰を切ったように話しはじめたのである。
 「そりやあ、部長がヤリ手なことは、ぼくも認めますけどね。でも、ちょっとヒドイじゃないですか。他人の前で、あそこまで言うことはないでしょう」
 Kは同期の誰よりも早く部長になった。〈デキル〉人間である。きっと部下の仕事が手ぬるくみえてしまうのだろう。知らず知らずに手も口も出てしまう。そうなると部下たちは、つねに上司の顔色を見るようになる。部下を自分の手足のようにしてしまえば、人材が育つはずがないのである。
 「機会があったらKさんに何か言ってくれませんかね。それとなく、アナタから……」
 Aはためいきまじりに言うのだったが、かれの言動にも問題がないわけではない。
 〈ムリですよ。……デキません〉などというストレートな表現は誤解を生みやすい。きわめて正直ではあるが、相手に対する気配りがまるでないからである。自分の意見や考えを相手に納得させるには、捨て科白ではダメなのである。もっと、ことばを尽くす必要があるだろう。〈ダメなやつ〉と評価される下地はAの側にもありそうだ。
 〈おれんところの部下には〉ロクなヤツがいない……。〈うちの上役は〉ワカラズヤでねえ……。勤め人ならば一度はかみしめた〈ことば〉だろう。しかし……である。この二つのフレイズは裏腹の関係にある。部下を〈ロクでなし〉呼ばわりする上長は、かならず〈ワカラズヤ〉 と陰口をたたかれている。上長を〈ワカラズヤ〉 と椰輸する部下は〈ロクでなし〉 という評価を受けている。
 どちらにしても半分は自分にも責任があると思うのだが、いかがなものだろう。


目次
海の魚と川の魚
雑誌「経済往来」(経済往来社)1978年 9月号 (1978.08)
机と椅子
雑誌「商工にっぽん」(日本商工振興会)通巻499号 (1989.05.15)
ロクでなし″とワカラズヤ″
NOMAプレスサービス」 No.449 (社団法人 日本経営協会) (1986.06)
Eやんの見事な年金生活
雑誌「年金時代」2004年4月1日号(社会保険研究所) (2004.04.04)
運転しながら化粧をしないで!
雑誌「Forbes」2004年11月号(ぎょうせい) (2004.11)
会社人間、「勉強会」に走る
雑誌「プレジデント」(プレジデント社)1987年10月号 (1987.09.10)
「出世レース」を疾走する「不惑」の男たち
雑誌「プレジデント」(プレジデント社)1988年5月号 (1988.04.10)
相続をめぐる「悲しき骨肉の争い」
雑誌「プレジデント」(プレジデント社)1988年9月号 (1988.08.10)
「遺書」が浮き彫りにする男の生き様
雑誌「プレジデント」(プレジデント社)1989年4月号  (1989,3.10)
23年ぶりの民間選出の理事長となった「北浜の風雲児」
雑誌「プレジデント」(プレジデント社)2001年2月11日号 (2001,1.20)
西堀流部下活性法
講座「ビジネスリーダー活学塾」(プレジデント社)

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