ニムの木かげの家日時計 2001. 12月

 
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2001.1201(土)
購入本
エドガー・パングボーン/『オブザーバーの鏡』/創元SF文庫
T.E.カーハート/『パリ左岸のピアノ工房/新潮クレストブックス
ジョアン・ハリス/『ブラックベリー・ワイン』/角川書店

 新宿老辺餃子館踊るらいぶらりあんさんの上京オフ。そのまえに、大江戸さんかんちゃんMAKIさんまこりんとでお茶。「教育はどこまでおかしくなっちゃうのか」談義に、皆つい力が入る。メインの老辺餃子館オフは総勢18人が参加という大所帯だ。個室を借り切ったと聞いていたが、行ってみたら一瞬「なんで2団体一緒の部屋なの〜?」と思ってしまったくらいの大人数であった。自己紹介、他己紹介もなくひたすら喋って食べる。料理が出尽くした頃、ようやく一人一言。2次会の前後に通ったサザンテラスには一面の電飾だ。頭上からは朧がかった満月が見下ろす。「きれい〜!」と臆面もなく声をあげて喜ぶお上りさん(私です)。こんな時でもないとわざわざ来る事もないだろうが。このあたりの眺めなんかも、前世紀の遺物ね(*^_^*) 1日に2度ルノアールに入るというのもめったにない事だ(お茶と、2次会)。

2001.1202(日)
購入本
二木麻里・中山 元/『書くためのデジタル技法』/ちくま新書
高楼方子/『ココの詩』/リブリオ出版
ジョン・ベレアーズ/『ルイスと魔法使い協会 魔法の指輪』/アーティストハウス
イタロ・カルヴィーノ/『パロマー』/岩波文庫

 今日も朝ご飯を食べる気にならず。はい昨日もそうでした。ところがまたもや今日も責め苦が。娘「今晩はママのお誕生日のお祝い!何が食べたい?」「えーっ、今日は勘弁してよぉ」しかし私の弱々しい抗議はあえなく一蹴される。長い沈黙のあと「……天ぷら。」「ええ〜っ、天ぷらあ?そんなのがいいの?」いえ、いいという訳じゃないんだけど、消去法で行くとそうなる。イタリア…没、中華…没、焼き肉…没、お好み焼き…没、エスニックもラーメンもお寿司もおフランス料理もいや、つばめグリルのハンバーグもいいけど今日はとてもダメ、カレーも無理、とすると、しばらく前から行きたいと主張するたびに無視された天ぷらしかない。そう言った手前娘が外出したのをいい事に昼も抜いて備えたが、その甲斐があって、はい池袋パルコ舟橋屋のお天ぷらは大層おいしゅうございました。しかし、3日つづきの大食大会は、これは辛いよ。世界には…と思うと罰が当たりそうである。

 ベレアーズ『魔法の指輪』は、2冊目までそれ程の面白さというわけではなかったけれどわりに薄いのとなりゆきとで買う。高楼方子『ココの詩』は以前から買うか借りるかしようと思っていたがたまたま今日目に付いたのがサイン本だったので。『パロマー』はハードカバーがあるが病気で買う。

2001.1203(月)
購入本
池上俊一/『身体の中世』/ちくま学芸文庫
藤村和夫/『蕎麦屋のしきたり』/生活人新書
仲村敏雄/『[増補]オフサイドはなぜ反則か』/平凡社ライブラリー
『母の友 1月号』/福音館書店

 朝から、昨日出張先で連れ合いが大量に買ってきた甘いパンに閉口する。この三日間血糖値が上がりっぱなしで戻らないのではないかと危惧する。夜は豆腐とかサラダとかでおなかをふさぐ。

 それにしても月曜はどうしてやたらに忙しいんでしょう。土日とほとんど読書できなかったのが今日も昼休みわずかしか読めず。

2001.1204(火)

 きのうから娘がアルバイト開始。おもてむき学校では禁止されているのだが、まああくまでも建前。進学先も一応決まった(あとは形式的な面接のみ)ので、これから昼間はほとんど暇な生活になってしまう。2学期、3学期分の学費は一体…。というわけで社会勉強とか言ってうちでもアルバイト解禁と相成った。しかしありそうで意外にこれぞというのはなく、この前までバイト募集の張り紙が出ていた本やとかパン屋とか、全然求人がないのである。時給の良い写真屋(新規開店)も希望者殺到、決まりそうだったコンビニも長期じゃないとダメと言われるしで、結局池袋の某カジュアル中華レストランで夕方から夜にかけてのバイトに決まった。親は渋い顔。「リブロに張り紙してあったよ」とか「ジュンク堂に行ったらきっと痩せられるよ」とか、本をいじっていれば嬉しい私はそっちばかりお薦めするが、当人は、「人と接するのがいいのっ、ご飯やさんがいいんだ!」と張り切っている。だけど朝は親が出かける頃起きて日中だらだら過ごし、3時半にご出勤で夜は11時帰宅って言うのは、どう考えても(受験は終わったとは言え)現役高校生の生活じゃないでしょう。

 "The Ghost Dance"では、ShingebissはCzarに天使と思われて重用されているが、えせ魔術師はそれを自分の危機と感じ、Czarが渇望している不死の霊薬を作るためと称して、彼の下働きの男の子ChristianとShingebissの血が必要だと言い出す。気の毒なChristianは、霊薬をすぐに作れと言うCzarに急かされた兵士たちに、農場の豚のようにつるされ、のどを裂かれて死んでしまう。死の国からこの世に戻りかねていたShingebissの、魂の抜けた肉体もあやうく同じ目に遭いかけるが、すんでの所で彼女はshamanとしてこの世に甦り、えせ魔術師とCzarたちを恐怖に突き落とす。このテンポと、冷たい恐怖が叫びを挙げて渦巻くまじないの歌の場面は、スーザン・プライスの独壇場だ。Czarとえせ魔術師の骨身をむんずと掴む「恐怖」の氷の指。Czarは「あ・あ・あ・あ・あ」としか言えなくて、オシッコをもらしてしまうのだー。このえせ魔術師、Czarに対して「クリスチャンと言う男の子はクリスマスに生まれたからそう言う名なのだ」と言っていたけれど、クリスマスに生まれて、えせ魔術師に寒い中をさんざんこき使われた挙げ句、豚のようにのどをかっ切られて死んでしまうなんて、なんて哀れなんでしょう。でもプライスなら確かに二人とも間一髪助けるような展開にはしないだろうとは思ったよ。ううー。

2001.1205(水)

  ようやく"The Ghost Dance"読み終える。面白かったあ…!主人公の女の子Shingebissは、shamanとしての力を振り絞り、この世で最初のshamanであったLoki(ロキ…北欧神話で、バルデルをヤドリギで殺した…)を死の国から呼び出す。この時彼女は、呪術のためのゴースト・ドラムを持っていないので、歌いながら足を踏みならして踊るのである(Ghost Dance)。Czarも、えせ魔術師も、ロキが乗り移ったShingebiss-Lokiに迫られて恐怖のうちに死ぬ。Shingebissは力尽きながらも、さらにまじないの歌を歌い続けて、破壊されてゆく北の国の川や木々や生き物、人間たちまでも死の国に呼び寄せ、死の国の中に、命に溢れた北の国の森を再現させる事に成功する。死んだとは知らずに死の国の闇の中をさまよっていた男の子Christianを探してこの森に呼び寄せ、安らかに暮らすようにさせる。えせ魔術師は迷える死人たちと永遠に闇の中をさまよい続けることになる。Czarは亡霊たちについて行って死の国の水を飲んでしまったので、眠りについてこれも永遠に苦痛や拷問を夢見る事になる。死の国で彼らが見る夢は生者の世界では現実となるので、めでたくCzarが死んでもなお、地上には悲惨さや残酷さが絶える事がないのである。Shingebissはこの世をバルデルが夢見るとおりに破壊されてゆくに任せ、自らはハヤブサの姿になって、死の国の中に築いた永遠の北の森に戻ってゆく。
 いやもう、寒く冷たく、血腥く、怖く恐ろしく、心臓が口から飛び出し、全身総毛立つような、凄惨な話でした。Shingebissは死の国の中に生きた北の森を築く事が出来ても(死の女王が許したのではあるけれど)、この世に楽園を取り戻す事はどうしても出来ず、この世を捨て去るのだ。人々は、みずから破壊し続けているこの世界で、惨めな、つらい生を送らなければならないのだ。これは作者の、現代の世界に抱く諦念そのものだなあ。もう明るい見通しなんて、今や書けないのね。
 Ghost三部作を読みおえて、この三作目を読み始めた時に抱いた感想をもう一度反芻している…。

 はて次は何を読むか?噂のハリポタか…?もう2年も前なのですっかり忘れたよ。読めばそれなりに、読んでいる間はかなり楽しめたけれど、私にとってはそれ以上でも以下でもなかった覚えが。所で十二国記の新刊はどうした。

2001.1206(木)

 メイラー(OE)が不調。アプリケーション自体がエラーになって終了になってしまうのだ。Eudoraお試し版も言う事を聞かない。Beckyお試し版もいやがる。ノートン先生を噛ませるのを忘れそうになってあせったり色々。

2001.1207(金)
購入本
石浦章一/『タンパク質の反乱』/講談社ブルーバックス
遠山顕/『脱・「英語人間」』/生活人新書
キャサリン・ストウ/『マリアンヌの夢』/岩波少年文庫
マーガレット・マーヒー/『危険な空間』/岩波書店

  午後から新宿@仕事。池袋周りで帰宅したのが徒で、ついついリブロに寄ってしまった。自宅の最寄り駅に降りると、バスはついさっき出たばかり。20分も待っているわけに行かず、ちょっと足が痛いなと思いながらも歩き始めたら、次第に足が痛くてたまらなくなり、こんな時にタクシー代をケチった事を激しく後悔する。1日調子の悪かった次男を寝かせたら、そのまま一緒に寝入ってしまった。

 メイラーは結局、Beckyのちょっとした設定間違いをみつけ、サーバーからメイルを落とした。すると某オンライン書店のでかいHTMLメイルがご到着。これのせいかどうか、以後はOEもエラーを起こさず元通り動くようになった。これまで巨大メイルがあった場合、タイムアウトなどにはなっても、アプリケーション自体がエラー、終了になることはなかったのだけれど。謎ー。

 メイラーはそれぞれ使い勝手が色々で、慣れの部分が大きいのだろうが、EudoraのWin版(職場で使用)て何だかどうも使いにくい。調べようにもHelpがとってもわかりにくく不親切だし。Beckyは初めて使ってみたが、何となく可愛いヤツって気がするが深い理由はない。分かり易い感じがする。一太郎に付いてくるShurikenは、OE使用者が乗り換えるには違和感がないと言われているけれどどうなのだろう。電八は面白そうだけれど、私にはよく分かりません(;.;) なんだかんだ言ってもOEが、表面的な使い勝手としては万人受けすると言うところなのではないか。それにしてもいい加減、毎日のウィルス攻勢はイヤッ!

2001.1208(土)

 午後から娘と吉祥寺へ行く。うーん吉祥寺なんて何年ぶり?東急の裏の方なんて、昔は民家ばっかりで、夜はすっかり暗かったのに、今やどこまで行っても人、店、明かり。目当てはカレルチャペックトムズボックス。そのあとはあてど無くフラフラし、何となく楽しかった。お茶したところのおまかせケーキプレートは大変おいしかったのだけれど、客はおばさんたちのグループがほとんどで、それぞれが恥も外聞もたしなみもなく呵々大笑というかはしゃぎまくりしゃべりまくりでそれはもう騒々しく(息つぎ)、辟易した。建物の造りも、騒音に一役買っているらしい。

2001.1209(日)

 午後、第一生命ホールにてグスタフ・レオンハルトのチェンバロ演奏会。あやしい6巨頭集結、続いて銀座にて発起人会を開き、あたらしいCDレーベルを作るべく「愉快な古楽演奏家たち(仮)」プロジェクト立ち上げを決定(ほんとか)。それにしてもせっかく銀座にどっと繰り出したのにライオン(和食セクション)とは、トホホ。それもこれも、ピルゼンが消滅していたからだ。

2001.1210(月)

 土曜の朝のこと。お風呂場にあるものを取ろうと、ものぐさを決め込んで部屋のスリッパを履いたまま一足踏み込んでものを取ったは良かったが、振り返って出る時に、洗面所へ戻った一足の、スリッパの濡れた底が思いっきり滑った。尻餅こそつかなかったが、滑った右脚を伸ばし、左膝を折り畳んだ状態で否応なしに座り込んだのである。その左脚の上に体重がかかったので、腿の部分を思いっきり急激に伸ばした結果になった。腿の筋肉のトレーニングと称して、片足を前方に上げて人に持ってもらい、残る片足で膝の屈伸をやる、「ポンプ」とか称するあの運動のようなものである。幸いほかにけがもなく、明日は左腿が筋肉痛かも、なんて思う程度。
 さてその翌日(きのう)、ちょっとだるいくらいに感じてはいたが、1日別になにもなく過ぎた。と思ったら、夜、銀座であやしい発起人会が終わって立ち上がった時、異常に腿がだるいのに気付いた。帰宅してみると、何だか膝の上あたりがいつもの何割増しかの太さに腫れていて、次第にだるさは増す。寝る頃になったら、腫れが邪魔して膝が45度位より以上曲がらない(和式トイレだったら困ると思うが幸いに洋式)。何もしなければ痛くはないから、と、足を高くして寝た。
 さらに一夜明けて、今朝。膝は、なんと90度までしか曲がらない。自転車で出勤だから大丈夫、と思って乗り出したらさあ大変。膝の上の部分が痛くて、ペダルが上に来た位置にまで左足を曲げる事が出来ない。つまり自転車がこげない。歩いて行っては遅刻だから、我慢してなんとか職場までたどり着いたが、さあ今度は階段が難関である。上りもつらいが、手すりがないと下りられない(;.;) 職場の人たちは「年だ」「もうトシって事だ」とニコニコ嬉しそう。人のためにいい事をしたのね、私。終業後、表参道へ往復した地下鉄の階段は責め苦だったよう。帰ってきたらくたくた。

 その表参道。「井上直久個展 〜宛先未定のクリスマスプレゼント〜」オープニングパーティ@Pinpoint Galleryへ行ったのである。小さな小さな会場に、ぎっしりイバラーダーが集まって押し合い状態なので、壁に掛かった額絵も押されて軒並み傾いでいる。サイン地獄に嬉しい悲鳴の井上さん、これでおしまいだーとサインペンをしまおうとしたところへ、あせった私があわてて画集『世界はあなたのコレクション』を差し出したので井上さんは思わずひっくり返りそうになる。ごめんなさーい、サイン嬉しうございました〜!乾杯のあと、案内はがきにつけられた番号に対し、サイコロでイバラードゆかりの絵やグッズが当たる!というお楽しみイベント(しっかりはずれたが、最後には全員に何かしら渡った)。人混みをすり抜けながら、いつもとはまた趣の違った、淡彩の小さな作品群を見る。いいなあ!と思っても人の方が多くてよく見られない。もう一度ゆっくり行きたい。サンリオの方と紹介されていた男性が、遠目に見て先日のトムズボックスの土井さんに感じが似ていたのでアレっと思ってしまった。別人ですよね。どうやらたむらしげるさんも今日来られたらしい。直前まで次男の個人面談だったので、パーティの開始時刻に行くのがやっとだったことが残念。

 仕方ないのでハリポタを読み直しているのだが、出た当時に読んだ内容をすっかり忘れている。うーん、やっぱり面白いといえば面白いのではあるが、それも何だか他人事のよう(「それなりに面白いんじゃない?全然好きじゃないけど」)。半分あたりで飽きちゃったよ。あとは惰性。そのせいかちっとも進まない。

2001.1211(火)

 昼すぎ母を病院に連れてゆく。迎えに行くまさに直前、母から職場に電話。また訪問販売で必要もないエアコンや換気扇のクリーニングサービスを頼んでしまい、「今作業が終わったんだけど、お金がいるんだって、お財布にお金がないから、払うにはどうしたらいいかと思って」という内容だ。どうも母は、クリーニング会社の営業の人が来た時に、マンションの自治会かなにかが好意で(無償で)やってくれるものと思って依頼してしまうようだ。作業前ならともかく、終わってしまっては払わないわけにもいかない。数万円の額とはいえ、度重なると困る。成人後見人制度について調べる必要ありか。でも母が昼間一人でいる時に契約書にハンコを突いてしまうのは止められないしなあ。「安易に契約を取ってしまうと現場の作業員が困ると言う事を営業の人によくよく文句を言ってくれるように」と作業のお兄さんにきつく申し渡した。最初は不満げだったお兄さんも、話しているうちに分かってくれて、「かえって申し訳ありません」と言ってくれた。母は一見痴呆とは見えず、売り込みの話を聞いて「あ、そうなの」とにこにこハンコを押してしまうので、マジメな営業の人を無碍に責めるのも酷ではある。あーアタマ痛い。

 そんなわけで出がけに「またかよ」と、がーっくり落ち込んでしまったのが尾を引き、そのあとの診察の時に医者に「ケアマネさんの名前と事業所名は?」と訊かれたのに度忘れしてしまって出てこない。「先生、私の方が物忘れひどいかも〜」と一層落ち込み、ケータイで調べてやっと思い出す有様。帰宅後、娘に一部始終を話して慰めてもらう。「ママ呆けないように頑張って今からいろんなことしなよ」呆け防止には、頭を使うこと、好きな事を積極的にすること、引きこもらずあちこち出歩くこと、などが大事なんだよ!という日頃の教育が行き届いて、この発言である。「ハイハイ、よろしくご協力願いますよ」 さあ忘年会参加のお許しが出た(違うか)。

 ハリポタ1巻目(再読)終わり。見事に忘れていた。それにしてもほんとに都合いいヤツだなあ、ハリー。読んでいるうちはそれなりに面白いけれど、読み進むそばから前の部分の印象がどんどん薄れてゆくのは、別に私が呆けたせいではないぞよ。

2001.1212(水)
購入本
あかぎかんこ/『この本読んだ?おぼえてる? 2 教科書で習ったお話編』/フェリシモ出版
C.Sルイス/『沈黙の惑星を離れて マラカンドラ』/原書房
平野久美子/『アジアンティーの世界』/河出書房新社
矢沢久雄/『プログラムはなぜ動くのか』/日経BP

 うーむ、あんまり難しくないもので20ページがやっとかなあ。修行遅々として進まず。今日はSawyer "Fossil Hunter"のページを開いたと書いておこう。

 成り行きで、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』に進む。もっとナンセンスに徹したらいいのか。ポスターでも商品でも、デザイン的に素敵なのって、いまいち人気がなくて、ちょっとださい方向にモデルチェンジすると一般受けするようになる。ハリポタって、もとからそう言うふうかも。

 自分でも思いがけず、胃がきりきり痛む。ストレスだのう。脚はだいぶ回復して、階段もなんとか降りられるようになってきた。 

 「パソコンをサーバーに」話、私の方は、自宅ではちゃんとCGI動くんだけど、職場のほうではダメなんです。まったく同じファイル構成にして、configやなんかも同じものを使ってるんだけど…謎。ApacheもPerlもそれぞれは動いているのに。どこかに、なにか勘違いがあるんですよね、きっと。

2001.1213(木)

 所内報の原稿をお願いした人に、手直しの依頼。仕事のバックグラウンドや、そのような表現にした意図、行間の思い、などをじっくり聞いていると、うう2時間(ほかの仕事がぁ…)。せっかく意義ある仕事をしているのだから、原稿の中に出来る限りいいところが出るようにと思う。自分の守備範囲と異なる仕事の話を聞くのは大変面白い。みやさん、聞きに来て。

 『ハリー・ポッターと秘密の部屋』と"Fossil Hunter"のちゃんぽん。上記のため、昼休みが半分になってしもうた。

 帰りには日中の雨が上がって靄がかかっている。木立も枝を通しての眺めが良くなってきた。枝越しに見る空には、雲が晴れてきて一つ二つと星が姿を現し始めている。靄と濡れた地面とで、なんだか早春のような気がするが、朝の時点では真冬並みの寒さとの予報だったので、やたらに着込んでいるのだ。

2001.1214(金)
購入本
征矢清さく・林明子え/『ガラスのうま』/偕成社
クラフト・エヴィング商會/『ないもの、あります』/筑摩書房
恩田陸/『黒と茶の幻想』/講談社

 職場のイベント関係で1日都庁。ほんとに、無駄・無意味であるばかりか、使いにくくわかりにくく不親切きわまりない空間。我々の税金でこれが出来たのかと思うと、腹を立てても立てきれない。金をかけるならまともなものを作りかつ維持しろ!と終日腹立ちモード。

 痛む足を引きずって、早く帰ればいいのに、つい池袋で下車してリブロ。草臥れきって、夕食後次男と一緒に寝てしまった。

 『ハリー・ポッターと秘密の部屋』読了。ナメクジを口から吐き続ける(おえーっ)とか、終始不愉快な事象や人物がいっぱい。たしかに面白い事は面白いんだけど、色々な意味で読んでいて気分が悪くなり、途中で放り出したいと思ったのも事実だ。救われない気分になる。全然好きじゃない。

2001.1215(土)

 寝坊。次男だけ、登校。遅く起きてきた娘が、どうして次男がいないのかと訝しんでいた。娘は卒業までほとんどお休みなのに、またも3学期の授業料納入の通知が舞い込む。ただでさえお金がかかるのに、「免許取りに行く」とか「英会話習いたい」とか「髪を染める」とか。極めつけは、進学先が正式に決まったと思ったら間髪を入れずに入学一時金の振り込み通知が来た事である。今日配布されて、来週いっぱいに振り込めと。2月か、3月だと思ってたよ(;.;)

 湯川さんのいちじく話(12/11)は興味深い。オールズバーグの絵本の『まさ夢いちじく』(>原作"The Sweetest Fig")という作品を思い起こした。歯医者のビボット氏が急患のおばあさんの歯を治療したら、おばあさんは治療費をお金でなく特別ないちじく2個で払っていった。怒るビボット氏に、おばあさんは夢がなんでも叶う「まさ夢いちじく」だから、気をつけるようにと。ビボット氏が1個目を食べて寝た翌日には、確かに夢に見たとおりの、しかしとんでもない出来事が起きてしまったので、2個目を食べるに当たって、金持ちになる夢を間違いなく見られるように、かれは充分修行を積む。さて2個目の「まさ夢いちじく」いざ食べようとする直前、日頃からいい目を見ていなかった飼い犬が、そのいちじくを食べてしまう。烈火のごとく怒るが後の祭りである。さて翌朝、目を覚ましたビボット氏は自分がベッドの下にいるのに気付く。彼をのぞき込んだ顔は、彼自身のものだった。つまり犬は、ビボット氏と犬が入れ替わる夢を見たのですね。なぜいちじくなのか、と気になっていたのだけれど、英語にはfig newtonという言い回しがあって、それが下敷きになっているのだろうか。ちなみにこの手のお菓子は好きです。なお湯川さん言及の『20世紀SF6』での該当部分の訳は「わたしはあなたの度の過ぎた想像力が生み出した産物ってわけ」である。

 たむらしげるのCD-ROM『Phantasmagoria』が、たった今、届きましたあ!!まだあるらしいけど500部限定。

2001.1216(日)

 『ないもの、あります』、『ガラスのうま』読了。『ないもの〜』は、相変わらずクラフト・エヴィング商會らしい、雲をつかむような、ありそでなさそでやっぱりありそな、きつねにつままれたような気分になる本。いつもよりちょっとピリリと辛いかな。このところ毎年年末に本が出て、翌年明けに紀伊国屋ギャラリーで小さな展覧会があるというのが慣例だったが、ことしはそれはないみたいだ。

 『ガラス〜』の作者、征矢清(そや きよし)が書いた本としては、やまだ紫の絵で飾られた『ねこになった少年』を図書館で借りて(私はハードカバーで)読んだきりだが、独特の世界が印象に残っている。『ガラス〜』は林明子の表紙絵が美しく目を惹いた。いわばジャケ買いである。が、中味も確かな構成で、ちいさな男の子すぐりの心を的確に物語にあらわした傑作になっていると思う。まだ自分の世界と外界の境界がはっきりしない、ちょうどうちの次男くらいの精神年齢のこどもの、自分でもそれとよく分からない感情の揺れが、みごとに物語に昇華している。逆にそれだけに、インパクトの強い林明子の挿し絵はむしろ抜きで読みたかったという気もする。

 目白の珈琲屋さんへ娘と。おいし〜いチョコレートケーキ(なぜかピンクペッパーがぴったり)とピラミッド型の手のかかったイチゴショートケーキ。ううう、ハッピー。

 なんだかんだ言いつつ『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』に突入。メアリー・ポピンズに出てくるおっかないおばさん(名前忘れた)の方がずっと好きだわー。悪い人じゃないし。ヒバリのかごに入れられて空高く運び上げられるくだり、好きだったー。ヒバリの喜ばしいさえずりにぴったりの場面だ。お、ハリポタの話でした。人物にも世界にも、奥行きがないというか、雰囲気がないというか、良くも悪くもそれっきりなんだと思う。そして、非常に神経が疲れる。優しさがないと言ったらいいのか…。いいえ、たしかに面白い。面白いのですが。

2001.1217(月)
購入本
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/『魔女と暮らせば』/徳間書店
ジェイムズ・ヘリオット/『ドクター・ヘリオットの猫物語』/集英社文庫

 昼休みに、延び延びになっている払い込みをしに郵便局に行ったのだが、うーん15人待ち。昼休みに混むのは分かっているんだから、お願いだからなんとか窓口を全部開けてくださいよ。3つのうちひとつだけじゃあ、一人3分として45分でしょ。というわけであえなく敗退。

 『魔女と暮らせば』は絶版『魔女集会通り26番地』の新訳だ。なんといってもグウェンドリン(前の版ではグウェンダリン)すんごいぞ。猫のビヨリンは原作通りすんなりフィドルと訳されている。マザーグースのひそみがあるので、フィドルの方が良かろうな。ほかはまだきちんと読んではいない。しかしほんとに徳間書店、なんで話の勘所を全部内容紹介に書いちゃうのか!?バッカじゃなかろうか担当者。読んでいてなんだろうなんだろうと思い続け、分かった時にあっそうか!と嬉しくなる、そう言うところや、ええーっ、どうなってるのっ?と度肝を抜かれるところなど、そういうキモのところをかまわずばらしちゃってる。これを書いた人間は、商売ものとしてしか、本(作品)を扱っていないのではないか。本を読む楽しみそのものを読者から奪わないで欲しい。

2001.1218(火)

 『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』読了。小道具がそれなりに定着してきたせいか、ストーリーに目が行く。3冊の中で私はこれが一番面白いと思った。全体に都合がいいのは相変わらずだけど。ハーマイオニーの使っていた××××が欲しいなり。

2001.1219(水)

 休暇を取り、なんとか母をデイサービスに連れ出す。比較的近所の接骨院が開設した、リハビリ、マッサージなど中心の施設である。送迎つきで午前中は手作業、ゲーム、お茶など、お弁当を挟んで午後からマッサージなどとのこと。十数人ほどの利用者は、呆けている人もあり、そうでない人(主に脳梗塞後のリハビリ中)もあり。たまたま責任者が面識のある人だったのであれこれ話が弾む。母も特段いやがらなかったので、来週からも続けて行ってもらう予定に。良い刺激になるといいのだけれど。

 昼から娘と落ち合って、池袋へご希望の食べ放題に行く。きみそれは持って来すぎだよ>ケーキ。うーっぷ。その後、英会話学校の見学。ざっとガイダンスを聞いた後、「はいレベル判定しますから、おひとりづつどうぞ」。うー、そうだった。英語、しばらく口から出てないぞ。入ってきたのは若い男の先生である。「外国にはどこに行きたいですかー」(ここからあと一応英語)「はいっ、イギリスです」「おー、わたしイギリスから来ました!」「ほんとー、あらー」「何でイギリスに行きたいですかー」「小さい時からイギリスの本が好きだったから」「たとえば?」「メアリー・ポピンズとか、プークマとか、あとはエーと、指輪物語とか」「おー、指輪、ぐれえと・ぶっく!映画やりますね、見に行きますよ、絶対!」「オー私もっ」…「ロンドンで知ってる場所の名前は?」「バッキンガムパレスとか、ピカデリー・サーカスとか、えー、ほらほら丸くて、エーと、まんまるいでーっかいホール…」「うー、あっ、ロイヤル・アルバート・ホールでしょ!」「それからパディントン駅とか」「うーん、何もないところだよ」「あらほんと」「パディントンベアって何でパディントンて言うか知ってますか」「どっかから来てパディントン駅で見つかったんでしたっけ」「ぼく子どもの時に読みましたけど、たしかペルーから来て、パディントン駅で見つかったんでしたよ」「あー、そうだったかもー」…なんて会話を延々と。「ウェールズも行きたい」「妹がウェールズの、えーと、どこやらに住んでいますよ」「あら、カドフェル知ってますか?」「うー、あっ、昔の、修道士の」「そうそう、中世のミステリ」などなど。そのあとマジメに仮定法の用法を聞かれて分からなかった(;.;) でもレベル判定は、10段階のうち6。うーん娘よりずっとマシだったけど、やっぱりだめだわ。それにしてもこんな会話で「中級クラス」って…。

2001.1220(木)

 いちにちPagemakerとにらめっこ。『魔女と暮らせば』少々。

2001.1221(金)

 あと1日働けば今年は御用納め。26日以降は年休の消化をする事に決定。ところが、予算申請しなくてはいけなかったものを10月頃からずっと忘れていた事に気付く。25日に処理できるだろうか。

2001.1222(土)

 気分は1日ぐうたら過ごす。実際には午後から長男の保護者会、終了後、宝永たかこ展@東武百貨店を見る。連れ合いと落ち合ってビックカメラ(大混雑)、西武百貨店(大混雑)を経由して、焼き鳥。団体が入っていたせいか、串ものがいっこうに来なくて時間をもてあます。

 うちのTVは十年ものなのだが、あまり見ないせいかとくに故障や不都合はない。けれどやっぱり大画面に興味ないわけではなく、ビックカメラで連れ合いがレジに並んでいる間、ちょうど近くにあったプロジェクターの売り場を眺めていた。もう少し待てば、高価な液晶TVよりも、こっちの方がいいかも、と思ったりする。でも、あれこれ熱心に訊いていた客がいかにもオタクを絵に描いたようだったので、ちょっと引いてしまったけど。

2001.1223(日)

 片づけする元気もなく、本を読みかけても気が乗らず、英語に持ち替えてもやっぱり気が乗らず(理解できず)、そのほか何をする気にもなれず、結局次男・連れ合いが見ていたDVD『ハムナプトラ2』だの『猿の惑星』のメイキングだのを見る。宇宙ステーション・オベロンと、ポッドがもっと取り上げられていたらよかったのに。

 夜、気にかかっていたDavid Almond "Heaven Eyes"を読み出したら、これはとっても読みやすい英語なので、やっと読書モードに。身よりのない子どもの施設に暮らすErinとその友人が施設からエスケープする。Erinて、アイルランドの美称でもある、綺麗な名前。施設のおとなたちが、カウンセリングのつもりであれこれ子どもたちの記憶(事実、作り事を問わず)を根ほり葉ほり聞き出そうとする。Erinならずとも反吐が出そう。
 ほかにアフサンの続編を読みかけているのに、そっちは字が小さくて疲れるのよう。単語も難しいしちっとも進まない(;.;) でも頑張るぞっ。

 このところ『ガラスのうま』を、寝る前に次男に2章ずつ読み聞かせしている。16章あって、ちょうど子どもが飽きの来ない長さに章立てがしてあり、次男も毎日「どうなるのかなあ」「早く読んで」と楽しみにしてくれている。きのう、百貨店の干支の飾り物の売り場で「ママ、見てみて」と引っ張る次男、指さす先を見ると、まさにこの本の挿絵と同じようなガラスのうまの置物が。「ほんとだー、動き出しそうだね!」と二人で眺める。読み聞かせは、主人公すぐりが、自分のを含めて、動物の赤ちゃんたちのガラスのなみだを集めるところまで。

2001.1224(月)
購入本
粕谷知世/『クロニカ 太陽と死者の記録』/新潮社
ルーマー・ゴッデン/『ねずみ女房』/福音館書店
梨木香歩/『
からくりからくさ』/新潮文庫

 昼から、再び井上直久展@Pinpoint Galleryへ行く。ちょうど誰もいなくなったというところで、今日明日と来られている井上さんにいろいろ伺う事が出来た。先日井上さんがジブリ美術館で『上昇気流』の壁画を描かれた時にカオナシの時計をプレゼントされたいきさつとか(*^_^*)、もしかしたらそのうちパステルによる作品も見られるかも知れないとか。先日はあまりよく見ることが出来なかった、柔らかい輝きの金箔の額も、とても魅力的だった。淡彩のちいさな作品の数々に、なんだか後ろ髪を引かれて立ち去りがたくて。

 目白・ルプティニのクリスマスケーキと近所の鶏やさんのローストチキン。久しぶりに芽キャベツとにんじんのグラッセをつけ合わせに。次男は待望のシャンメリーに大満足である。彼にはサンタさん、まあまあ希望に近いものを持ってくると思うよ(ベイブレード)。でもいろいろ機種の希望がころころ変わるので、というより次々新しい機種が出るので、サンタさんも即対応できないと思う。一番気の毒なのは連れ合い。まあ実用的だからいいでしょ(ダヤンのタオルハンカチセット…だと思う)。

 サンタさんは北の国から空飛ぶ橇でやってくる予定だが、うちにも北の国から飛んできた男一人あり。長男がスキー合宿が終わって北海道から飛んできたのだ。帰りは夜11時近かったので、チキンはすでに部品状態に。向こうはマイナス15度とか言っていたけれど、なんと雪はたったの40センチしかなかったとか。あさってから長男、次男は別口のスキー合宿で菅平に行くが、雪あるのか?(とYAHOO検索…)おっ、85センチ。まあなんとかなるかな?

2001.1225(火)

 うう今年も仕事納め。でも家では大掃除が待っているのよ〜♪いえ別に嬉しくないです。せっかく"Heaven Eyes"乗ってきたのに、職場に持って行くのを忘れてむなしいお昼休みになってしまった。ブルーバックス『タンパク質の反乱』を半分くらい読む。

 終業後、大混雑・人波におもわずひいてしまう新宿で、半年ぶりにカナダから帰国中のMZT氏の顔を見る会。待ち合わせ場所の新宿南口はトーキョーの田舎ものの私には耐え難いような人、人、人…。早く着きすぎてしまったので人波がさほどでもないあたりをぶらぶらし、時間を見計らって青木みやさんに電話を入れ、待ち合わせ場所に行く。今そこにいるのが分かっていてもなかなか見分けられないくらいの混雑。キンタグリオだったら血みどろの争いだよ。わたしも空間がいっぱいのカナダにゆきたいです。メンバーは青木みやさん、青月にじむさん、安田ママさん、雪樹さん、風野ドクター、πRさん、主賓MZTさん、それに私。皆さんお久しぶりです。

 MZT氏にカナダの暮らしぶりをあれこれインタビューして詳細にメモメモするのは青木さん。言葉の事や気候の事、当然本の事。なになにン十年後には手広くカナダで古本業か?(冗談です) 今はネット経由で日本の事も手に取るように分かるから、海外生活と言っても隔絶感というほどの寂しさはないかも。でも、こーんなにあなたを愛している友達がいーっぱいいる日本って、格別でしょ!>MZTさん。

 帰宅後、息子たちが明日からスキー合宿に行くのでお弁当の下準備をちょっとだけ。昨晩は、次男が、サンタさんまだかまだかと何度もガバッと起きたのと、連れ合いがワインで寝入ってしまってイビキがうるさいのなんの、とで私は七転八倒、朝は目が血走っていたんじゃないかという感じ。なので睡魔に抵抗せず寝る。MZT氏を囲む会の二次会でも、自分ながら口数が少なかったのは睡魔のせいですすいません。

2001.1226(水)
購入本
『SFマガジン 2月号』/早川書房

 そりゃあ包丁男でもなんでも、いても不思議はないかもね。というのは、本屋で、ちょうど私の目当ての本が平積みされているその上に、はたちくらいの女の子が雑誌を広げて立ち読みしていたので、「すみません」と声をかけ、彼女がイヤイヤながらも本をよけた所から1冊抜き取った。彼女、じろりとこちらの顔を見ているなとは思ったんだけど、私の立ち去りしなにひょいと足を後ろに出して、私の足を引っかけようとしたのである。「何すんのよバカ」と反射的に言ったのは私ですが、そのお嬢さんはさらに、私がレジに並んでいるところまで、何気ないふうを装ってわざわざ追いかけて来て、後ろから「ペッ」と私の頭にツバを吐きかけて行ったのである。私はそれまで一緒に行動していた我が娘と別れた直後だったので、思わず娘に対するように「きったない、サイテー」とか言っちゃいましたよ、大人げないけど。彼女ら、そういう行動についての自分の中の規範て、全くないのかね。飢えているというか貧しいというか、あるいは美的感覚の欠如というか、いったい何なんだろう。自分の娘だったらひっぱたくところだよまったく。そのあと駅のホームに立っている時、ふと「混雑の中さっきの彼女が付いてきてうしろからドンと押されて線路に落っこちたって犯人わかんないよなあ」などと、おっかない想像をしてしまった。つぎからはにっこり笑いかけながら「お嬢さん読書中大変失礼でございますがその下にある本を取らせていただいてもよろしうございましょうか」と言うようにしよう<嘘です(*^_^*)

 ついに娘共々英会話教室に申し込んでしまった。ボーナスレッスンはニューヨーク出身の若い先生の「トラベル・イン・ニューヨーク」。ニューヨークの地下鉄の話とか公園の話とか、食べ物の話とか。地図を見ながら、どこに行きたい?ニューヨークの事で訊きたい事は?と問われ、ためらいつつも「グラウンド・ゼロはどこ」と訊くと、「おー、私の父は消防士デス!私の出た高校はグラウンド・ゼロのほんとにすぐ近く!」と、実際に作業に携わっているお父さんが送ってきた瓦礫の写真や、出身高校の機関紙(多分テロ特別バージョン、写真多数入り)を見せてくれ、「悲しいこと」と涙を流すまねをしていた。

 表紙も心地よい梨木香歩『からくりからくさ』(新潮文庫版)のカバー見返しの著者紹介に記載のある『春になったら苺を摘みに』は、新潮社から来春刊行予定(詳細未定)の作品だそうです>姫川みかげさん。私も気になっていたので電話をかけて訊きました。

 息子二人はスキーに行っちゃって29日までいないし、娘は遅くまでバイトだし、連れ合いは忘年会だし、今日はこれから心おきなく掃除しようっと(;.;) 

2001.1227(木)

 うーんせっかく取った休みだけれど家の片づけの役には立っていないみたい。それでもいいや、ぼーっとして精神的にリラックスしている事でヨシとしよう!すっきりした部屋でゆっくり本を読めるようにしたかったのではあるけれど。

 DTIのディスク容量が一杯になっちゃったって、そんなに?これも何とか考えなくちゃ。1月の半ばまでに減らしなさいという連絡。

 SFオンラインが来年2月の通巻60号で休止との事。雑誌だったら普通、休刊=廃刊でしょう。SFオンラインはどうなるのか?井辻朱美の評論をはじめとして、なかなか便利に利用しているのだけれど!再開希望。

 今号(58号)のトピックス「海外ファンタジーの楽しみ」はなかなかの読み応え。)

「スター・ウォーズ」は『指輪物語』だったのか

と堺三保さんが言っているけれど、これは何を今更というところでしょう。ハリポタに関して、以前からハリポタ積極肯定派の井辻朱美さんの発言に続き三村美衣さんが以下のように指摘し(井辻さんがそれこそ何を今更と当然のようにそれに受け答えし)ている、

(井辻) それに、ハリーと友達との関係がいい。 

(三村) あれは三位一体ですよね。3人の子どもがいて、はじめて一人なの。一人の人間の性格があの3人に見事に振り分けられてる。ハリー一人だけを見てるとなんだこいつって思うでしょ。ハリーは人間と魔法使いの子で、天性の才能の持ち主で、最初からヒーローで、おまけに孤児で。でも魔法なんて知らずに虐められて育ってる。ロンは由緒正しい魔法使いの家の子で、お兄ちゃんたちも優秀なんだけど自分は味噌っかす。そしてハーマイオニーはものすごく勝ち気で努力家なんだけど、人間の家の生まれ。本当はこの三つ合わせて一人の人間なの。でもね、こうやって分離されていることによって、読んでいるほうは気が楽なの。 

からのくだりは、有里さんも日誌に書いているけれど、実際目ウロコでした。この発言に続き中村融さんが、

それは『指輪物語』のフロドとゴクリとサムと同じだね

と言っており、指輪物語に関しては、私も当然のこととしてそう感じていたのである。一方、私はハリポタについては、「面白いけど面白くない」というメイちゃん@トトロみたいな感想を、抱いていた。まさに下の会話の通り。

(三村) だから、ハリーだけを見ていると誤解しちゃうけど、『ハリポタ』が薄っぺらいわけじゃない。 

(井辻) でもあの本がきらいだという人は、そういうことを言いますね。

(三村) 児童文学系の読者からも、試練もないしハリーが成長しないからイヤだという意見を聞きますね。 

 というわけで、三村さんの解説を読み、そういうふうに見ればいいのか!と膝を打ったのである。しかしどうして指輪物語については当然のように受け入れていたものが、ハリポタについてはそう受け取れず、何でこの3人が親友なわけ?とかいう違和感ばかりが先立っていたのか?うーん、やっぱりこれは物語の資質の違いのほかに、出会った年齢というのもあるのかもしれない(その辺の話題も若干語られている)。ちなみに私が指輪物語を読んだのは大学生の時。指輪物語に関しては私は明らかに井辻さん寄りの読み方をしているのだけれど、ハリポタのほうは、三位一体説には納得してもやっぱりどうもなー、というところ。まあ何年も経って、モーツァルトとサリエリみたいなことになるという事もあり得るだろう。でも、そのモーツァルトに相当する作品がどれなのか、今あるのかと言う事になると、どうもどこでも誰も返答できていないらしい。

 漫然と、ただ面白いっ!とだけ読んでいればいいのは一読者としてのお気楽な楽しみだけれど、やっぱり常に問題意識や分析的視点を持たないとダメだよなあと色々思った次第。

★追記:三位一体なのは指輪もハリポタも同様だけど、「主人公の内面葛藤を表している」という中村さんの発言は、ハリポタではなく指輪の方のみを指しているのだと私は読み(思い)ました>有里さん。ハリポタの方は単なる役割分担の域を出ていないと思う。

2001.1228(金)

 このごろ検索エンジンのツールバーが色々出回っているが、DinopSearchBarというフリーウェアは30種類以上の検索エンジンを自由に選択、利用できるそうだ。これまではGoogleやInfoseekのツールバーを利用しているのだけれど、ちょっとこれを使ってみよう。

 きのうの、モーツァルトとサリエリというのに補足を。現在モーツァルトは他の作曲家にぬきんでて愛され崇められているが、その当時は、今はほとんど忘れられている作曲家サリエリの方が、そのモーツァルトよりはるかに人気があったということを指しているつもり。バッハだってずーっと忘れ去られていたんだしね。

 今日のバイロイト(NHK-FM)、いいなあ〜。演目は「パルシファル」、マジメに通して聞いているわけではなくて、BGMのように流れているだけなのだけれど、しばしば、ぐっと来る部分があるのだ。親切な解説もあるのだからちゃんと聴いていればよかった。解説の三澤洋史と言う人は検索してみたら合唱系の人で新国立の指揮者なんですね。解説しながら「このテーマはこんなふうです♪」と言ってやおら歌い出すのだ。バイロイトの舞台はこれこれこういう構造になっているので指揮者はこんな注意をして振らないと歌とオケがずれて大変な事になる、あるいは歌手のほうはこれこれのタイミングで歌わなくてはならない、とか、この場面は合唱がフォルテで思い切りわーっと歌える場所なのだ、などという、演奏者サイドからの具体的な話をしてくれるのでなかなか面白い。ストーリーに関わる象徴的な部分の説明もご親切。

2001.1229(土)

 今年読んだ本のベストをまとめなくちゃいけないのだけれど、日頃の怠慢がたたって掃除に時間がとられる。得意の朝寝坊しているから1日が短いのよね。

 台所の重点掃除(油汚れには重曹を振りかけてこするとよくとれる)。午後半ばに、赤酒(味醂の代わり)と屠蘇散を買いに池袋へ。久しぶりに、連れ合いと娘との3人である。財布の新調、連れ合いの服を買いに、のちスキー合宿から帰ってくる息子二人を迎えに行く。台所がまだ掃除途中なので外食。

 WOWOWでハムナプトラをやっていたが、主役の二人の若いこと!印象的なところは覚えていたけれど、今見ると結構忘れている。あちこち細かいところの工夫に気がつき面白い。ミイラの神官がすでに壁走りをしていたのは、今日まで気付かなかった。エヴリンの兄役のジョン・ハナが好き。本当は始まりのあたりの好きなシーン、エヴリンが書棚をドミノ倒ししちゃうところだけ見るつもりだったのに、ついついおもしろくて全部見てしまった。おかげで夜中に台所掃除の仕上げをして、黒豆を煮る準備をする始末に。このところずっと、調味料を煮立てて火を止め、そこに豆をざーっと入れて一晩おき、明日の朝からことこと煮る、という簡便でしかも柔らかくおいしい煮方をしている。一年中、家にいる週末ならいつでも出来そうなものだが、結局年末にしか作らないのだ。子どもたちも私も、黒豆、どんぶりをかかえて食べるほど好きなのに。明日は最低限のおせち作りだ。うう休みの間に読んだ本と言ったら…。

2001.1230(日)

 昆布巻き、黒豆、数の子の塩出し(知り合いから塩漬けがたくさん送られてきた)。明日、栗きんとん、人参の梅煮、炒り鶏、ごぼうの胡麻煮、など。伊達巻き、田作りは出来合い、肉類はお歳暮でやたらにハム類が届いたのでそれにて代用。今晩は豚汁と、連れ合いが出先で買ってきた餃子。

★今年読んだ本のベストテン (→今年の読了本

1.『百年の孤独』 ガルシア・マルケス (→感想
1.『夜ごとのサーカス』 アンジェラ・カーター (→日記010201010212
1."The Amber Spyglass" フィリップ・プルマン (→日記011012011029

 三者譲らず。

<以下順不同>
虚空の旅人』 上橋菜穂子 (→日記010721
ホワイト・ティース』 ゼイディー・スミス (→日記010715
ケルトの白馬』 ローズマリー・サトクリフ (→日記010107感想
サラシナ』 芝田勝茂 (→日記010924
祈りの海』 グレッグ・イーガン (→日記010107
"Ghost Song" & "Ghost Dance" スーザン・プライス (Song→日記010119010124) (Dance→日記0125012902011125301204
さよならダイノサウルス』 ロバート・J・ソウヤー (→日記010413

<別枠>
魔法使いハウルと火の悪魔』 『アブダラと空飛ぶ絨毯』ほか ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
十二国記』シリーズ 小野不由美

 読了本は約100冊。昨年の『ハイペリオン』シリーズのように舞い上がっちゃった作品はなく比較的地味目だけれど、読み応えのある本が多かった。

 トップ3冊は、私にとって甲乙つけがたい作品だった。遅ればせながらガルシア・マルケス、アンジェラ・カーターを知る事が出来たのは今年の大収穫である。プルマンのライラシリーズ3作目は『琥珀の望遠鏡』として、来年1月下旬あたりに邦訳が刊行される予定。

 SFは、SFセミナーで来日したソウヤー、話題のイーガン以外は、SFマガジンや短編集の拾い読みなどに止まり結局あまり読めなかったが、この二人はやはり今年はずせない人たちだ。ソウヤーはアフサンもよかったが、『さよなら〜』のアイデアに1票。

 スーザン・プライスの『ゴースト・ドラム』(これのみ邦訳あり、絶版)に始まるゴースト3部作は、たぶん一般受けはしないのだろうが、独特の美しくも凄絶な凍れる世界は実に印象的で忘れがたい。ほか、いずれ劣らぬ実力派のラインナップとなったと思う。ほかに、アトリーやゴッデンの名も挙げたい。

 別枠のダイアナ・ウィン・ジョーンズは、ファン待望のクレストマンシーシリーズ4冊が新訳を交えて刊行が始まり(現在3冊刊行済み)、旧訳の『九年目の魔法』『私が幽霊だった時』も増刷されるなど、ハリポタの嬉しい影響を被った。私としてはクレストマンシーの新刊もいいけれど、既読の創元のほうやハウルシリーズの方が好み(クレストマンシーなら『魔女と暮らせば』がまずお薦めだ)。ほかにも未訳作品がたくさんある人なので、一時のブームに止まらず邦訳の続刊が望まれる。
 また評判が高く以前より皆さんから薦められていた『十二国記』、みごとにはまり、刊行作品を短期間に一気読みするという嬉しい読書体験が出来た。

 もう一つ特記すべきなのは、難しいのは無理だけれど、遅い歩みながら原書(英語)を読むということが定着しつつあること。原書読みの楽しみを知ってしまってはもう後戻りできないかも。一方そのために読める本の冊数が激減しまうのは痛い。少しずつでも、内容と速さのレベルアップをしなくては(;.;)。

 さあ、来年もまた、面白い本がいっぱい待っているぞ〜!かならずや素敵な出会いがあると期待している。

2001.1231(月)

 一日台所周辺で過ごす。夕方突然「足が疲れたー」と思い、考えてみたら軽い昼食の時以外ずっと立ちっぱなしだった。そう思うとどっと草臥れた。なぜか娘のカレシの家から手打ちそばをたくさん頂き、それにて年越し。白麒麟(発泡酒なのね)で眠くなってしまった。SFマガジン1月号ルーシャス・シェパード「輝ける緑の星」を読みかけていたらいつのまにかうつらうつら…。

 皆様よい新年を迎えられますように。また来年お目にかかりましょう。

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ニムの木かげの家
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最終更新
2002.01.05 01:32:38