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悔しさをバネに、あくまで攻めに徹した立命館大! |
(2006.10.30) |
もう涙は見たくない! あれから1年……
トップでもどってきた立命館大のアンカー・樋口紀子、ゴールの瞬間に空高く指を一本突きあげた。満面に笑みをうかべたまま、彼女はまっすぐに待っていたチームメイトのほうに駈けてゆき、うれしそうに十倉コーチの胸にとびこんでいった。
立命館大は昨年、史上2校目の3連覇を狙ったのだが、名城大にあえなく敗れている。勝負のポイントとなる4区のエース対決で樋口は名城の佐藤絵里に19秒の差を詰められただけでなく、逆に1分18秒もの差をつけられたのである。樋口は、負けたのは自分のせいだというふうにすべてを背負っていた。
彼女はまる1年間、その悔しさを背負い、それをバネにしてきて、本大会にのぞんだのである。
開催日の前日、日本テレビの前哨戦番組として、「もう涙は見たくない……全日本大学女子駅伝の真実」というドキュメンタリーが放映された。今年も優勝争いを演じるであろう立命館と名城にスポットを当て、夏合宿からチームの動静を追った番組であった。主人公のひとりが樋口紀子であった。
ランナーの宿命というべきか。右脚の故障にとりつかれた樋口はチームメートたちを横目に、もくもくと別メニューで調整にはげむ姿と、そんな彼女を気遣うチームメイトたちのありようを、カメラは追いかけていた。
ながい苦しかったそんな1年をのりこえて、自分の力でもって悔しさを晴らした喜びとエースとしての使命を果たした安堵感が、コーチやチームメイトと抱き合う彼女の背中に脈打っていた。
樋口紀子はいかにも駅伝巧者らしい戦いぶりであった。第4中継所でタスキをもらったとき、2位の佛教大には11秒、ライバルの名城大には40秒もの差があった。追ってくる名城は2枚看板の1枚、中尾真理子である。5000Mの持ちタイムでみると、中尾のほうが10秒あまり上回っている。最終区は8q、樋口がふつうに走れば、逃げ切れる距離ではあるがアップダウンのきついコースゆえに、紛れが出るケースも考えられた。
樋口は前半を、もどかしいほどゆっくりと入っている。1q地点で追ってくる佛教大が6秒差に迫り、2qでは名城の中尾に15秒も詰められた。急追する中尾は3.8qで佛教大をとらえて2位にあがり、中間点では10秒差まで追ってきたのである。
樋口が慌てるそぶりもみせなかったのは、今にして思うと、よほどの自信があったのだろう。事実、名城の追撃もそこまでだった。引きつけられるだけ引きつけて、樋口は一気に突っ放したのである。高校時代から駅伝の名門で鍛えられ、おのずと身に付いたノウハウというものなのだろう。かくして樋口は区間賞の快走で、チームメイトからたくされた王座奪還のタスキをゴールまで運んでいったのである。
先手必勝! 1区と2区で勝負をかけた立命館
近年の大学女子駅伝は実力伯仲、観戦するレースとしておもしろくなっていきているが、とくに今大会はみどころが多い大会であった。上位の実力が接近、あるいは立命館と名城の覇権争いが活気をもたらし、レースそのものを白熱したものにしているのである。
本大会は今回からコースが変更されており、コースと区間距離の変更が、レースにどのような流れをもたらすのかについても、要注目であった。
1区は立命館APUのメリー・ワンガリが飛び出すかと思われたが、意外にも1q=3:19という慎重なスタートで、ひとかたまりの集団になって進み、そこから1人、また1人と落ちてゆく、いわばサバイバルレースの様相、そしてレースが動いたのは4qすぎであった。自重していたワンガリが仕掛けると集団が一気にばらけはじめた。
勝負どころで遅れはじめたのは、なんと名城の川井美佳と城西の橋本和美、ここで集団から置いてゆかれたのは、連覇をねらう名城にとっては大きな誤算だった。1区で立命館APUが突っ走るのは有力校にとっては想定の範囲内だったろうが、問題はどの位置に付けられるかである。
ワンガリのあとは3秒差で大健闘の大阪体育大の山下沙織、5秒遅れで城西国際大の林梨絵、7秒遅れで東農大の川島雅子がつづき、立命館の仲泊幸恵は20秒遅れの7位、城西は22秒遅れの10位。このあたりまではまずまずというところだが、後手を踏んだのは名城で、40秒遅れの12位と崖っぷちに立たされた。
2区にはいると立命館の小島一恵が急迫、6人抜きで一気にトップに肉薄、5.8qでとうとうトップをゆく立命館APUのメリー・ワシュカをとらえた。小島の快走で立命館はここでトップに立ったのである。1区と2区をセットでとらえ、ここでトップに立つのが立命の作戦だったのだろう。
問題は名城である。2区の西川生夏も区間3位だから、走りがそんなに悪くはなかったが、ライバル立命館に48秒も持って行かれたのはちょっと想定外だったのはあるまいか。この2区が立命館と名城の明暗がくっきりと分けたといっていいだろう。
見応え十分だったエース対決!
新しいコースになって3区(9.1q)が最長区間になった。エース区間にふさわしく各校のエースがずらりと勢揃い。城西は大谷木霞、佛教大は木崎良子、大阪体育大はフェリスタ・ワボイ、そして名城はスーパー・エースというべき佐藤絵里をここに投入してきた。だが、立命館は意外や意外……、2年生の松永明子を起用してきたのである。ちなみに佐藤絵里と松永明子では5000mの持ちタイムにして35秒もの差があるから、理屈通りにゆけば3区で逆転もありうるのだが、立命館があえて、小島でも樋口でもなく松永を起用したのはそれなりに成算があってのことだったのだろう。
3区もみどころが多かった。トップ効果というべきか前半は立命館の松永がリズムよくトップをキープしたが、後方では順位争いがはげしくなっていた。7位・佛教大の木崎良子が追い上げ、その後ろから名城の佐藤絵里が1qで2人を抜いて追撃開始、だが、さらに後ろから大体大のワボイが城西の大谷木をひきつれて急迫、3.5qすぎから3人が集団になって、じりじりとトップとの差を詰めにかかったのである。
アップダウンの激しいタフなコースで実力を発揮したのはハーフでも実績のある佛教大の木崎良子である。40秒あった立命館との差をどんどんと詰め、6.8qでは松永の背後に迫り、7,4qでトップを奪うのである。何よりも力強い走りが圧巻であった。
後半になって立命館の松永はペースダウン。背後からも激しく追い上げられたが、大崩れすることなく粘りきり、なんとか2位をまもった。佛教大の30秒もっていかれたが、区間8位ならまずまずというところではなかろうか。
立命館のあとには大体大が5秒差でつづき、以下9秒差で城西、11秒差で城西国際、15秒差で名城……とつづき、にわかにトップ争いは熾烈になってくるのだが、意外だったのは城西の佐藤絵里である。区間5位というのはチームとしても本人としても不満が残る成績ではあるまいか。起伏のあるコースでスピード勝負にならなかったために、彼女の展開にならなかったのかもしれない。
名城は立命館の背中のみえる位置まで迫ってきたが、スーパーエースをもってしてもトップを奪えなかったことが、のちのちのツバ競り合いに大きく影をおとしてくることになる。
それにしても……。トップに立ったのは佛教大である。サプライズだとはいわないが、立命館や名城にとっては想定外だったのではあるまいか。
繋ぎの区間が決め手になった!
4区(4.9q)と5区(4.0q)は距離も短く、いわば繋ぎの区間である。だが、優勝するチームはとかくこういうところで強さを発揮する。立命館の勝因のひとつをあげれば、この繋ぎの区間でひとたび背後に迫った名城をふたたび突き放したこと……があげられるだろう。
立命館の4区のランナー・矢口衣久未は落ち着いた走りで、じりじりと前をゆく佛教大の出田千鶴との差を詰めてゆく。3.2qではしっかり視界におさめ、中継所では10秒差と手の届くところまで迫り、ふたたびトップに立つ足がかりをしっかりきずいたのである。流れは一気に立命館に傾いてゆく。
後ろの名城は吉岡知香である。4年生の彼女もまた先にとりあげたNTVのドキュメント「もう涙はみたくない」では、名城側の主役をつとめていた。4年生の彼女は卒業と同時に陸上競技をやめるのだという。最後のレースに賭ける心意気、下級生相手にはげしいレギュラー争い。苦手な鉄棒の逆上がりに「やるしかないんです」と、まさに修羅の形相でチャレンジする姿などには、ひたむきなものがあり、とても印象深かった。
追ってゆくほかない名城の吉岡は最初から果敢に前を追っていた。城西、城西国際、大体をとらえて、一時は3位グループを形成していたが、結果的には区間4位に終わった。区間1位をもぎとったライバルの立命には、逆に21秒も離されてしまったが、闘志をみなぎらせて積極的に仕掛けていった姿勢は評価できる。
5区はこのコースのなかで最もアップダウンの激しいコースである。4区で追撃の流れにのった立命館にとっては、筋書き通りのいうべきか。
追撃ムードがたかまるなかで、後藤麻友はひたひたと佛教大の背後に迫った。1.9qでたちまち背後にとりついた。上り坂をものともしない確かな足どりで追いかけ、2.3q地点でとうとう逆転してしまう。
後ろの名城もしぶとく追っていたが、終わってみれば後藤は名城との差を4秒かせいで、矢口につづいて区間1位、ライバル名城に40秒の貯金をつくって、アンカーの樋口にタスキをたくしたのである。
「追う」立場と「追われる」立場が逆転!
立命館の勝因をあげれば、昨年の悔しさをバネにして、ハナから積極果敢に攻めたことであろうか。1区と2区でトップを奪い、レースのイニシャティブを完全ににぎってしまった。観るほうからすれば3区の松永がなんとも不安だったが、本人にしてみれば4区と5区にスーパーサブがひかえているから……と、あんがい精神的に落ち着いていたのかもしれない。
さらに立命館の選手たちは、樋口にしても小島にしても、いかにも老練である。高校駅伝の名門育ちしく、駅伝の戦い方というものを熟知している。そのあたりが名城にくらべて一日の長があるように思えた。
1区、2区で良い流れをつくり、3区で多少紛れが出ても、4区、5区の繋ぎで軌道修正して、最後は昨年の汚名を濯ごうと手ぐすねひいている樋口のリベンジに賭ける。まさに筋書き通りの展開、作戦勝ちというものである。
名城もデキが悪かったわけではない。勝負は時の運……というが、ちょっとした綾で流れが悪くなってしまった。やはり1区と2区が想定外で、エースの佐藤絵里を活かす展開にならなかったのが最大の敗因だろう。佐藤は日本女子の長距離を背負い逸材であるだけに、選抜あるいは来年の本大会では、ふたたび爆走するシーンを観せてほしいものである。
健闘したのは佛教大であろう。最終区で名城にかわされて3位に終わったが、城西、城西国際という関東の主力をおさえたのはみごと。3区ではひとたびトップに立つなど、中盤から後半にかけて優勝争いを演じていたのは、この佛教大だったのである。
もっとも佛教大はこのていどの力を発揮してもいいほどの実力を秘めたチームなのである。そういう意味では「健闘した」というのは失礼な物言いかもしれない。
とにかく実力がありながらこの3〜4年というもの、判で押したように1区で大きく出遅れ、不本意な結果に終わっているのである。今回はめずらしく1区でトップとほとんど差のない4位と好発進、当然のようにそれが結果に結びついたのである。
そのほかでは今年は不振におわった京都産業大にかわってシード権をもぎとった大阪体育大学、1区で好発進、2区で9位に落ちたが、3区のワボイで3位まで押しあげ、順天堂、東京農大の追撃を振りきって6位をまもった。古豪復活のきざしがみえてきたとうべきか。
立命館と名城、追うものと追われるものの立場が逆転した。頂点に立った立命館はすでにして追われる側にある。
先にあげたドキュメンタリー番組で、名城の米田勝朗監督は、本大会を前にして、エントリーされた10人の選手たち1人ひとりに、「死ぬ気ではしってほしい」と言って、ユニフォームを手渡していた。エントリからはずれた選手たちへの心遣いから、涙ながらに選手の名前を呼ぶ姿、胸に迫るものがあった。
悔しさをバネにして、死にものぐるいでやってくる名城、こんどは立命館が迎え撃つ番である。戦いはもう年明けの「選抜」から始まるのである。(2006.10.30)
[写真は名城大の佐藤絵里]
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