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マラソンはいまひとつだが、駅伝になるとめっぽう強い。まるでヒトが変わったように無類の強さを発揮する。「ミスター・駅伝」あるいは「駅伝男」というにふさわしいランナーとして、脳裏に浮かびあがってくるのは、旭化成の川嶋伸次、富士通の高橋健一であろう。 女子の場合はどうか。「ミス・駅伝」といえば、いわゆる「ミスコン」と同義になってしまいそうで、誤解を生むかも知れないが、先の「ミスター・駅伝」の女性版という意味での「ミス・駅伝」といえば、いったい誰なのだろう。 時評子は独断と偏見をもって、坂下奈穂美……を指名したいと思う。 ワコール時代を含めて坂下は3度も全国制覇に貢献しているのである。先の東京国際マラソンでは30キロあたりで失速したが、今大会の快走はその汚名を濯ぐに十分であった。 3区の渋井陽子で三井住友海上予定どおりトップに立ったが、4区の市河麻由美が2位のグローバリーに4秒差、3位の天満屋に9秒差、資生堂(次走者は弘山晴美)には30秒差まで追われて、5区の坂下にタスキをつないだ。 坂下は故障で補欠に回った土佐礼子に代わって5区に登場したのだが、あわてることもなく、いかにも駅伝巧者らしい走りをみせてくれた。 駅伝走者としての資質とは何なのか。一言でいえば、勝つこと一点にのみ精力を集中する激しさと、生々しい勝負師のど根性の持ち主ということになろう。 坂下はまるで獲物をみつけた鷹のように、鋭い眼光を放つ両眼で、どこか遠くの一点を凝視しながら、トップギアでひた走った。力強い腕振りでぐいぐいと躰を引っ張ってゆく。スピード感にみち、リズミカルで、しかも力強さにあふれている。思わずみとれてしまった。 坂下のキレのある走りで、揺れて定まることのなかった戦局は動き始め、勝負の流れは一気に三井海上に傾いたのである。 アンカーが大平美樹という入社2年目の若い選手だったからだろう。坂下は猛烈な形相とでも形容すべき神経を顔中にはりつめながら、最後まで気を抜かないで突っ走り、グローバリー、東海銀行、天満屋、資生堂を1分以上もちぎってしまった。 アンカーの大平にタスキを渡し終え、この後輩の背中を軽く叩いたとき、それまで張りつめていた表情がふいとほどけて、ほのかな笑みがもれてきた。きっと自分もそのとき連覇を確信したのだろう。まるで心中あふれてくる歓喜を抑えようとしているかのようであった。
新世紀を迎えて、日本の女子長距離界の充実ぶりはめざましい。最近の10年間で選手層が厚くなり、世界を相手に戦えるランナーが増えてきた。ベテラン、中堅、若手……、いずれにおいてもツブぞろいである。 全日本実業団対抗女子駅伝は、そんな日本女子のトップクラスが顔をみせるチャンピオンシップの大会である。大会史上まれにみる激戦……、21回目をむかえる今回はそのように喧伝されていた。たとえば弘山晴美、高橋尚子、川上優子などのベテラン、土佐礼子、渋井陽子など中堅どころ、福士加代子に代表される第3勢力ともいうべき新鋭が一堂に集う。きわめてハイレベルの熱戦が想定されたからである。 前回優勝の三井住友海上が今年も最大の候補にあげられていたが、資生堂や東海銀行、沖電気のような旧勢力、積水化学、スズキ、グローバリー、デンソー、第一生命などの新勢力が戦力強化で上位をうかがう気配であった。 ところが……である。 直前になって、にわかに異変が生じてきた。台風の目になりそうだった積水化学は高橋尚子が病気で入院、上野理恵も故障が癒えないまま欠場……。かくして積水は、いわば飛車・角落ちで本戦にのぞむことになった。昨年2位のスズキも松岡範子が故障欠場、優勝候補筆頭の三井住友海上も土佐礼子が故障でメンバーから外れてしまった。 他のチームも故障をかかえた選手が多く、態勢が万全でないチームが続出という思いがけない理由で、にわかに混戦模様になってきたのである。レースとしては面白くなったといえるが、トップランナーの最高の走り……を、観たいという願いは無惨にもくだけちってしまった。 高橋尚子や土佐礼子の欠場はファンとしてはまことに残念であった。だが、無理して出なかったのは正解というべきである。世界を舞台に活躍しているランナーは、それぞれ自身の高い目標があるだろう。 選手を囲っている企業側の論理からすれば、故障で駅伝に出られなくなったら、常日頃から何のためにカネをつかっているのか分からない……ということになる。一般論でいえば当然の理屈というべきだが、国際舞台で活躍している選手は、無理なスケジューリングで駅伝を走り、いたずらに消耗することなんかない。これから世界に出てゆく選手たちは、駅伝で結果を出して自分の存在をアピールしなければ、国際舞台はおろか、雇い主からもクビを切られるかもしれないが、高橋や土佐クラスは、もう駅伝は卒業させてやってもいいのではないかと思うのだが、果たしていかがなものだろう。
閑話休題。なぜかリクツっぽくなってしまった。話を本筋にもどそう。 それにしても……。三井住友海上の強さを何と表現したらいいのだろう。時評子の想像力をはるかに上回っている。渋井陽子と土佐礼子は、いわばこのチーム「飛車・角」に相当する。ところが土佐という大駒を一枚欠きながら、圧勝してしまったのである。 アンカーの大平美樹の終始、笑顔をたたえたような表情、あれはチームを構成する6人の歓喜が包みきれずにこぼれていた姿だったのではあるまいか。区間賞は5区の坂下のみ、それでいてあっさり勝ってしまう。チームワークの良さ、総合力の勝利である。 三井住友海上が一枚抜けた存在、2位以下は大混戦……というのが本大会の実像だった。タイム差以上に三井住友海上の強さが際立つのは、やはり選手層の厚さのせいだろう。とにかく三井住友に競りかけていったチームが一つもなかったのである。初出場のグローバリーはともかく、かつての王者・東海銀行にしても、自分のポジションをまもるのが精いっぱいで、チャレンジャーにはなれなかった。 チャレンジャーとして期待されていた資生堂も、頼みのワンジロ、弘山が本調子を欠いていて、勝負どころで競り負けてしまった。もはや名前だけではどうにもならないほど、各チームの戦力強化がすすみ、実力が接近している。ちっぽけなミスがあっても、もう取り返しがつかない結果につながる。昨年2位のスズキ、かつての王者・沖電気もも前半で大きく遅れて、あっさりと戦線から脱落してしまった。とくに意外だったのは、岡本治子と小崎まりというエースをもつノーリツである。2区を終わった時点でなんと27位、これほど出遅れてはどうにも勝負にならない。 上位をうかがえるチームでもブレーキがあれば一気に下位に転落してしまう。確実にチーム力は接近していることの証である。たとえば2区ではトップグローバリーから13位の日本生命まではわずか25秒、35秒以内には実に16チームもはいっているのである。
大健闘したのは3位の天満屋、5位のグローバリー、6位のサニックスだろう。天満屋は山口衛里を欠きながら、4区ではトップに9秒差まで肉薄、最後までしぶとく粘り抜いた。4区では山崎智恵子、最終6区では北山由美子が区間賞を獲得した。いずれも好調をつたえられていたが、ほとんど無名のランナーである。つなぎの区間でのがんばりが結果にむすびついたようである。 グローバリーは最終区で5位に沈んだが、2区ではトップに立ち、3区から5区までは2位をキープ、4区では4秒差まで三井海上を追いあげている。三井住友海上をいちばん苦しめたは初出場のグローバリーだったのである。アンカーが踏ん張りきれなかったところに初出場チームのモロさが出てしまった。 1区・西村はる美、2区・藤原夕規子、3区・野口みずき……と個性あるランナーでつくったラインは強力であった。とくに長身・藤原のゆったりとしたたおやかな走りが新鮮に目に映った。 当日、長良川競技場のグローバリーの応援席で観戦されたM・Mさんの報告によると、藤田監督はレース後の挨拶で、「今回は10位が目標だったので上出来。しかしいつか必ず日本一になります!」ときっぱり言いきったという。 10位が目標……というのは、藤田信之らしからぬ発言というべきだが、選手たちはすでにその裏にある監督の深謀を読みとっている。たとえばテレビ中継の合間にはさまれる録画によるインタービューに登場した野口みずきは「監督はあんなこと(10位が目標)言ってますが、私たちは出るからには狙っていきます」ときっぱり言いきっていたのである。近い将来、三井住友海上を破るのはこのチームかもしれない。 東海銀行の2位はさすがである。川嶋、大南の両ツインはいかにもベテランらしく粘りに粘って、きちっと帳尻を合わせた。1区で2位と好位置につけながら終始2位争いから脱しきれなかったところに、勢いの衰えを感じるが、故障の影響も多分にあったのだろう。 6位サニックスは4区原真由美の区間賞で追い上げを開始、5区の王宏霞が3人抜きで6位まで順位をあげてきた。第1区の尾崎佐知恵はいまひとつだったが、後半の3人のがんばりで九州地区の王者らしいところを見せた。
渋井陽子……。 昨年はまだ知るヒトぞ知る……というランナーだったが、わずか1年で毛虫から蝶に大きく変身してしまった。千葉駅伝のときもそうだったが、ただ勢いにまかせて「かっ飛ん」でゆくランナーから、冷静な計算ができるようになった。 渋井がタスキを受けたとき、前をゆくのはトップのグローバリーの野口、デンソーの永山育美、東海銀行の川嶋亜希子、後ろは資生堂のエスタ・ワンジロで、8秒差の間に6チームがひしめきあっていた。 全員がハナからトップギアで突っ走る。きわめて厳しくで激しい争いがくりひろげられた。ハイレベルのせめぎあいがつづき、ほとんど差が詰まらない。昨年までの渋井なら、強引に突っ込んでゆくところだったろうが、まったくあわてるところがなかった。相手をじっくり見たうえで、少しづつ追いあげてゆく。 3.6キロで先頭をゆくグローバリーの野口みずきに並んでも、一気に前に出ようとしない。きびしく鍔ぜりあいを演じながら、呼吸がいささかの乱れていない。ゆるぎのないフォームは終始乱れることもない。まさに名手の舞にも似た走りだった。 渋井が予定通りにこの区間で奪首したことによって、まるで澱の水が瀬に帰ったように戦局が一気に動き出すのである。 福士加代子はどこにいるのか? 前を行く渋井は意識していただろうか。本人に訊けば「いや、何も考えていませんでした。うん……」と言うだろうが、きっと追ってきたときの戦法をあれこれと思案していたはずである。 福士のワコールは1区で21位と出遅れ、2区でも順位をあげられなかった。福士がタスキを受けたときはトップから遅れること約1分、渋井から約53秒も遅れていたから、まったく背中も見えない状態だった。福士は1キロを2分59秒というハイペースで追っかける。5キロを15分09秒、16人抜きで一気に5位まであがってくる。中継所の手前では3位を争うあさひ銀行の田中めぐみ、東海銀行の川嶋亜希子に、わずか1秒差まで迫ってきたのである。 福士はひとり31分台をマークして区間賞を獲得したが、トップをゆく渋井との差は31秒もあったから、まだまだ背中もみえてこなかっただろう。 今年、日本人選手には負けたことのないという福士加代子と渋井陽子の対決、今大会の見どころのひとつだった。とりあえず福士に軍配があがったが、それはあくまで算数レベルの話である。ともに相手がみえないところでの戦いを強いられていた。それでは本当の意味での対決とはいえないからである。 もし、たがいに競り合うかたちでタスキを受けていたら、渋井もやすやすと譲ることはなかっただろう。きっと能力の限界まで迫るハイレベルの死闘がくりひろげられ、区間記録も大幅に更新されていただろう。まさに鳥肌立つような死闘というべきだが、それを観戦する楽しみは来年まで持ち越された。 ☆三井住友海上(山本波瑠子、清水由香、渋井陽子、市河麻由美、坂下奈穂美、大平美樹) ☆12月9日(日)、岐阜長良川陸上競技場を発着点6区間42.195km ☆気温12.5度 湿度41% 北西の風 4m
区 間 最 高
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