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前髪を真っ直ぐうえに結んだトレードマークの「ちょんまげ」が小刻みにゆれている。その福士加代子(京都・ワコール)の顔にとつぜん笑顔がはじけた。 西大路の松原あたりだったろうか。まだ五条通りにも達しておらず、ゴールの西京競技場までは3キロぐらいはあるというのに、福士は口いっぱいに白い歯をみせて笑いはじめたのである。心中あふれてくる歓喜を抑えきれないというように、笑いはしつこく顔から消えないのである。 懸命に疾走するランナーの顔にふいと微笑んでいるかのような表情がよぎることはないわけではない。だが、福士はまるでトップでゴールした後にみせるような満足げな笑顔をたたえながら走っていた。もはや勝利を確信していたのかもしれないが、レースのさなかに高らかな声がもれてきそうな笑顔をみせるランナーは、いまだかつて見たことがない。 京都のアンカー福士は「トップでタスキをもらったら、どうするか?」というインタビューをうけて、けれんみなく「かっとんでゆきます」と答えている。 日本の女子長距離界をざっとみわたして、5000Mと10000Mでは、福士加代子に勝てる選手は見あたらない。ロードもめっぽう強い。国際千葉駅伝ではマラソンで世界最高をマークしたヌデレバに区間賞こそゆずったが、ときわどく競り合い、北陸(4区)、淡路(2区)、全日本(3区)では、いずれもぶっちっぎりで区間賞を獲得している。 今シーズンの駅伝最強ランナーが34秒もの貯金をもらってスタートしたのだから、長崎も福岡も追えるわけがなかった。福士はまるでウイニング・ランをしているかのように笑顔をみせてゴールまでタスキを運び、ちゃんと区間賞も持っていったのである。チャンピオンシップの大会で、福士がまともに走れば、おそらく10キロ=31分を切るかもしれない。初見参の昨年、1区で爆走したときも鮮烈だったが、福士はわずか1年で日本を代表するランナーになった。 全国女子駅伝は今年で20回目、つまり福士が生まれた年に始まっている。記念の大会を奇しくも翌日に成人式を迎える期待のランナーがしめくくった。
このままでは終われない……。 ひそかに都大路での快走を心に期しているランナーが京都には4人もいた。そのひとりは「ふるさと選手」で第1区をまかされた小崎まり(ノーリツ=立命館宇治高出身)である。昨年は世界選手権代表になったものの、昨年12月の全日本実業団駅伝では最長区間の5区に起用されながら、区間14位という不振をきわめた。優勝候補の一角にあげられながらエースの思わぬ不振でノーリツは20位と大きく崩れてしまったのである。 今大会は小崎にとってはいわば復活を占うレースだった。 第1区はエース級のコマがそろった。渋井陽子(栃木)、川上優子(熊本)、橋本康子(大阪)、小鳥田貴子(広島)、小崎まり(京都)……。 最近の駅伝をみると1区は優勝候補をしぼりこむ第1ステージみたいなものだが、レースは3キロ=9分22秒というハイレベルのしのぎあいになった。最近とくに好調の山中美和子(奈良)が果敢にとびだした。山中が勝負どころの4.3キロ地点で、あっさり渋井、川上という日本代表クラスを置き去りにしたのは、積極的な走りで終始主導権をにぎっていたからであろう。最近になってようやく素質が開花したのか。どちらが世界選手権代表かと思わせるほどの活躍ぶりだった。突如として出てきて、目の覚めるような快走ぶりをみせる。こんな選手がたくさんいるから、日本の女子長距離は層が厚いのである。 今回上位争いをするとみられていたのは、地元の京都のほか、渋井陽子(三井住友海上、赤羽有紀子(筑波大)という2枚看板を持つ栃木、川嶋姉妹(東海銀行)中心の愛知、橋本康子(日本生命)と大越一恵(ダイハツ)をもつ大阪、永山育美をはじめデンソー中心の三重、藤永佳子(筑波大)プラス高校駅伝優勝の諫早勢の長崎、川上優子(沖電気)の熊本、そのほか埼玉、福岡、兵庫、広島なども有力視されていた。 このうち1区のサバイバルでは三重は19位、兵庫15位、大阪24位、埼玉23位と出遅れて早くも圏外に去った。とくに誤算だったのは大阪ではあるまいか。全日本実業団では1区の区間賞をもぎとったあの橋本康子が24位と大きく崩れたのである。大阪は中盤から後半にかけて踏ん張って、最後は10位まであがってきているだけに、致命傷というべき1区の遅れが惜しまれる。 京都の小崎まりはトップの奈良からは25秒差につけた。渋井や川上に遅れたものの25秒遅れの5位と好位につけた。調子がいまひとつでも、きちんとまとめてくるあたりは、さすがベテランである。 かくしてハイペースの展開できびしく篩いにかけられながら、しぶとく残ったチームが上位争いの第2ステージに進んだのである。
京都は記念大会ゆえに史上最強メンバーをそろえてきた。小崎まり(ノーリツ)、原裕美子(京セラ)、田村育子(グローバリー)、福士加代子(ワコール)の実業団勢、池田恵美、金指亜由美、樋口紀子という立命館宇治の3枚……。どこからでもリカバリーが利く。負けるはずがない陣容である。 今までは優勝のチャンスがありながら、京都はアンカーの10Kを走れるランナーを欠き、涙をのんできた。たとえば17回大会は光畑早苗(関西電力)を起用しなければならなかった。光畑は中学時代から京都代表をつとめ、高校、大学時代を通じて8度目の代表入りするほどのランナーだが、長い距離には実績がない。京都産業大学の全国制覇にも貢献しているが、3〜5キロまでの距離で持ち味が出るランナーだった。にもかかわらず10キロの9区に使わなければないほど、人材が不足していた。結果は区間30位、優勝がみえるポジションの3位から9位に落ちてしまったのである。 18回大会は高校生、大学生が中心だった。それでも8区まで6位と健闘していたが、9区アンカーに高校2年生の越智純子(桂高)を使わねばならなかった。 実業団のトップが顔をそろえる最終区で高校生が太刀打ちできるわけがない。区間30位で11位まで順位を落とした。越智にとっては苦い大会となったはずである。越智は昨春、仏教大に進み、11月の全日本大学駅伝で、1年生ながら最長区間(9.1)の6区を走り、みごと区間賞を獲得した。2年を経て、あのときの無念を晴らしたのである。 昨年の19回大会はあの千葉真子であった。千葉ちゃんといえば日本を代表するランナーだが、当時は故障上がりのうえ、おりから旭化成の退社をめぐるトラブルのさなかにあった。そのせもあった本来の走りなどのぞむべくもなかった。トップと15秒差の2位という絶好のポジションでタスキをもらいながら、区間25位という凡走で、順位も1つ落としてしまったのである。 記念大会のせいもあるが、今年は昨年までの京都ではない。福士加代子という大砲がひかえていた。 ところが……である。 優勝を意識して、かえって硬くなったのか。3区を終わったところでは、トップをゆく熊本からおよそ30秒遅れの7位と低空飛行していた。2区の田村育子が伸びを欠き、3区の中学生が4つも順位を落としてしまったのである。 4区の池田恵美も区間の中盤までは伸びがなかった。思わぬ展開に「京都危うし」の雰囲気がただよった。面白かったのは監督ルームでインタビューをうけた荻野監督の表情である。不安の影が目と眉毛の周辺にくっきりと浮き出していた。困惑ぎみの顔色からみて、この時点では、決して望みを絶ったのではないが、敗北するかも知れないという予感にあるいはさいなまれていたかもしれない。 このままで終われない……。 心に期していたのは、小崎まりのほかに、立命館宇治の3人である。暮れの全国高校駅伝で、宇治は優勝候補の筆頭にあげられながら、1区で出遅れて8位に沈んだ。とくにエースの池田恵美は大いなる悔いをかんじていたはずである。 池田は監督を慌てさせたが、やはり並のランナーではなかった。区間の後半からにわかにペースアップして、山口、福岡、長崎、愛知を交わして16秒差の3位まで一気に追いあげてきたのである。区間賞こそ逸したが、池田の快走で京都はよみがえった。あの高校駅伝で経験した、いいしれぬ無念がバネとなって、チーム全体の気力を奮い立たせたのかもしれない。 4区で流れをつくった京都は5区の原裕美子でやすやすとトップに立った。6区の金指亜由美、7区の樋口紀子がともに区間賞の快走、2位の長崎に40秒もの大差をつけてしまった。そして「かっとび」の福士加代子が登場するのである。
京都に6年ぶり8度目の優勝をもたらしたのは、暮れの高校駅伝で苦杯をなめた池田、金指、樋口の立命館宇治の選手たちの踏ん張りだった。昨年、高校駅伝では立命館宇治に敗れた須磨学園勢が、全国女子駅伝では奮起して兵庫に優勝をもたらしたのと同じように、今年は立命館宇治が諫早高校勢にリベンジしたのである。 この高校生のモーティべーションの高さが実業団選手を引っ張っていった。京都は勝つべくして勝ったのである。だが……。今回の京都の優勝は、記念大会だから……という但し書きをつけなければならない。ワコール、京セラの在京実業団、さらにノーリツがトップ選手を貸出したのは、あくまで記念大会だから……である。次回からは福士加代子や原裕美子のような看板選手はまた囲いこむだろう。 2位・長崎、3位・福岡、4位・千葉、5位・埼玉……、あらためてよくみると、高校駅伝で上位にきた都道府県が今大会でも上位にきている。たとえば長崎の健闘は暮れの京都で念願の優勝を果たした諫早高校の勢いによるものだろう。 3位の福岡は1区では20位と出遅れながら、3区ではトップと20秒差の5位まで追い上げてきている。さらに8区では京都に34秒差の2位まで迫っている。2人の中学生の快走はみごとというほかない。 千葉も中盤は6〜10位を行き来して粘っていたが、9区の吉田香織のキレのある走りで追いあげてきた。 埼玉は1区で55秒差の23位と出遅れた。チームの危機をすくったのは8区の中学生・荒居明日香である。区間新記録の爆走で15位から一気に入賞圏内の8位まで押しあげ、その流れにのってアンカー・田中めぐみ(区間2位)が5位までもってきたのである。 6位以下は愛知、熊本、兵庫、大阪、広島、栃木、三重……と続いている。終わってみると、奇しくも大会前に有力視されていたチームのほとんどの顔がならんでいる。 愛知は1区の加藤あすかで6位につけ、2区の川嶋真喜子でトップと14秒差まで追ってきて3区終了地点まではトップを激しく争っていた。 7位の熊本は1区の川上優子が11秒差の3位につけると、2区のスピードランナー桐原三和のキレのいい走りででトップに立った。5区で京都に追われるまで、レースの主導権をにぎっていた。 8位の兵庫は1区の加納由理が15位だったが、2区の早狩実紀が一気に4位まで追いあげてきている。早狩は中学時代から京都のメンバーとして活躍してきた。全盛期の京都を知っているランナーである。新旧交代が進むなかで、まだまだ若いランナーに伍しても一歩もゆずることがない。いぶし銀のような、まさにベテランの味が光る走りであった。 20年前の第1回大会の優勝タイムは2時間29分台だったが、現在は出場47チームのうち44チームが29分を切っている。女子長距離のレベルは着実に底あげされているとみるべきだろう。 それにしても…… 福士加代子のあの底抜けに明るい笑顔が、脳裏に残像としてのこり、容易に立ち去らない。福士にとって今シーズン躍進のシンボルであったあの「ちょんまげ」、まっすぐに上に結べるほどのながい髪は成人式が終わったらあっさり切るという。もはや過去の自分を振り返ることなく、ひたすら前を見つめようとする潔さに「若さ」をみる思いがする。 ☆2002年1月13日 京都市西京極陸上競技場発着 マラソンコース ☆京都(小崎まり、田村育子、 湯口真好、池田恵美、原裕美子、金指亜由美、樋口紀子、 沢田真智子 福士加代子) ☆天候・晴れ、気温13.2度、湿度70%、南の風0.7メートル(正午)
区 間 最 高
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