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世界というものをつねに視野においているランナー、あるいは世界を舞台にして戦ってきたランナーはひと味ちがう。志の質といえば、生き方と思想の問題に属するだろうが、今回の国際千葉駅伝を観ていて、そのことを改めて思い知らされた。 駅伝から翔び立ったマラソンランナー・高橋尚子の世界最高をわずか1週間であっさり更新したあのヌデレバーが、ケニアチームの一員としてやってきた。陳腐な表現だがまさに彗星のごとく登場、いまだベールにつつまれている部分が多かった。それだけに、レースのゆくえとは別の意味で興味をそそられ、おのずと注目があつまった。国際千葉がチャンピオンシップの大会ではなく、どちらかというと国際親善の意味合いが強いということもあって、今回は勝負のゆくえよりも、ヌデレバの走りが最大のみどころであった。 結論からいえば、ヌデレバは「相手がよく見えている」ランナーである。どっしりと構えたその走りは静かなること森のごとく、流れる水に運命をゆだねるという雰囲気にみちていた。レースぶりをみても、その人間性からも、早くも王者の風格がただようのである。 たとえばインタービューで発言をもとめられたときも、自分のことだけを語るのではなく、つねにライバルに対する心遣いや大会関係者への感謝のことばを忘れない。相手の立場になってモノが考えられるということは、レースでも「相手の心」が読めているということの裏返しである。やっぱり世界を相手に勝負しているヤツはちがうな……と、思わずつぶやいてしまった。 今回、日本代表として出場した男女13人のなかで際立ったのも、奇しくも国際舞台で実績のある選手たちであった。女子の1区で10連覇の足がかりをつくった福士加代子、勝利への道すじを確かなものにした渋井陽子、エチオピアの追撃を断った岡本治子、リードをまもって、ゴールまでしっかりタスキを運んだ田中めぐみ、いずれも国際舞台を強く意識している選手たちである。 男子の場合も惨敗のピンチを救ったのは、岩水嘉孝、藤田敦史、油谷繁……奇しくも今年のエドモントン世界選手権の代表である。好対照をなすのは1区・松宮隆行と2区・岩佐敏弘である。両者とも先の3人と比べて、実力的に差があるわけではない。むしろ最近では最も勢いのある選手といっていいい。にもかかわらず実際のレースではすっかり自分を見失ってしまった。その遠因のひとつには外国選手とのレース経験が乏しさがあげられるのではないか。
頭をふりながら喘ぎ、いくどとなくうつむいた。そして意を決したようにふいとあげるその顔は苦渋にゆがんでいる。7キロ手前で先頭集団から遅れ始めた松宮隆行の顔には呻きと後悔が隠しようもなくこもっていた。 男子の第1区は日本の松宮とカナダのジーブラーの争いとみていただけに、勝負どころでの松宮の脱落は思いがけなかった。ジーブラーも意外に反応がにぶかった。本命とみていた2人の脱落によってレースは波乱含みの様相をおびてゆく。事実、1区にして日本とカナダが脱落したことにより、5区までケニアとブラジルを軸にして進んでゆくのである。 日本は2区の岩佐敏行も突っ込みすぎて中盤から失速してしまう。松宮も岩佐もJAPANのユニフォームを着て気合いがはいったのだろう、というふうな俗っぽい推測をするつもりはないが、二人の内面に常ひごろの感覚とは異なる何かが動いていたのは事実ではないか。 2区終了時点ではなんとトップと1分17秒遅れの12位である。スピード駅伝で1分あまりもハンディを与えるとは、何とも太っ腹である。結果的には1,2区の遅れが最終的に敗因になったが、レースを面白くしてくれたという意味からすれば、松宮と岩佐の貢献度は相当なものである。 沈没しかかった日本を建て直したのが3区・岩水嘉孝と4区・藤田敦史であった。岩永は5人抜きの7位まで押し上げてくる。リズミカルで小気味のいい走りは、いかにも若わかしくて新鮮だった。岩水のつくった流れによって藤田は区間1位の快走で2人を抜いて5位まであがってくるのだが、トップのケニアとの差はいぜん1分30秒もあった。1区、2区のツケのダメージは意外に大きかったのである。
男子のみどころは最終5区にやってきた。ケニアのH・オツオリが意外にも失速して、思いも及ばぬ波乱を路上にまきおこす。油谷繁と南アのモフォケングがならんで追いあげる。中間点ではブラジルのI・ドスアンホスををふくめて4チームが圏内にとびこんできた。 トップをゆくオツオリの顔には硬い線が浮き上がり、タスキを受けたころの口笛がもれてきそうな表情がまるで幻影であったかのようにかんじられた。激しく追ってくる油谷とモフォケングはともに前を向いたままで、その眼には逃げられぬ地点へまで追い込んだ獲物をみつめるかのようなほの赤い光がやどっていた。 勝負は一瞬して、あっけなく決した。 残り7キロでひとたびブラジルが奪首したが、9キロではとうとう油谷がトップに躍り出た。だが息もつかぬまに、ひとたび振り切ったはずのモフォケングが襲いかかってくる。持久戦になればどうしても、勝負にも紛れが発生しよう。そうならないうちに急戦に出ようという腹なのか。モフォケングは9.4キロすぎの下り坂で一気に振り切りにかかったのである。 モフォケングにすれば苦闘、反転のあげく、望むべき高地に立ったということになるが、油谷にしてみれば、わずかな気のゆるみで戦局を大きく傾けてしまったというほかはない。
ヌデレバの走りを、いったいどのように表現すればよいのか。前傾のきいた無理のないフォームで躰を前へ前へと運んでゆく。まさに名手の舞とでもいおうか。鍔ぜり合いをしながら、呼吸にいささかな乱れもないのである。サバンナをひた走るチータというイメージがふと脳裏をかすめた。 女子の見どころは初っぱなの第1区であった。優勝争いは日本、エチオピア、ロシアの3チームとみられていたが、第1区はルーマニアとケニア、千葉選抜がトップ集団を形成した。ヌデレバ(ケニア)、福士加代子(日本)を中心に、ボテザン(ルーマニア)、アマン(エチオピア)、ロマノワ(ロシア)と、区間記録保持者の千葉真子がつづいた。 5キロ=16:07という、ゆったりした展開、中盤から集団をひっぱったのは福士加代子であった。今年1月の全国都道府県女子駅伝、11月の淡路島女子駅伝、北陸女子駅伝と区間賞を連続して獲得している福士は、19歳ながらすでにして世界を視野におさめている。昨年10月はチリの世界ジュニア選手権へ、今年の7月にはヨーロッパへ遠征、11月にはスーパー陸上に出場するなど、外国選手とのレース経験を重ねてきている。 ときおり福士はちらとヌデレバをうかがいながら、6キロ付近から積極的に前に出ていった。平然とした表情で集団をひっぱりはじめたのである。世界のエース級のランナーを相手にしながら、にやりとした貌が不敵な動作に映る。福士の走りは何と表現したらいいのか。2段、3段とギヤー・チェンジできるほどスピードがあるうえに力強さもある。さしずめ並はずれたエンジンを搭載したスポーツカーとでも言えばいいのだろうか。 福士といえばあの「束ねた前髪」が有名である。彼女が走り出すと、それが突っ立って後ろになびく。そのさまはまるで頭に長刀を引っ立てて走っているかのように見えるのである。京都の祇園祭で常に先頭をゆく長刀鉾になぞらえて、「走る長刀鉾」と呼ぶことにしよう。お祭り女にふさわしい呼称だと思うのだが、果たしていかがなものか。 ヌデレバはあくまで冷静だった。福士の挑発にものらなかった。ラストの500メートルで決着をつけた。勝つこと一点にのみ精力を集中する激しさが福士を上回ったようである。
エチオピアとのマッチレースに決着をつけたのは出てきた渋井陽子であった。膝に故障懸念があって4区にまわったという。完調なら1区か3区に出てくるランナーである。渋井にしてはいかにも5キロは短かすぎる。うまく流れをつくることが出来るのかと注目していたが、このランナーはよくよく強い星にめぐまれているようだ。 それにしても……。 出だしはやきもきさせてくれた。タスキを受けて1キロすぎまでは、エチオピアのM・デンボバにじりじりと離される。もちろん組みしやすい相手ではないが、いつもの渋井ではない。やはり故障が……と懸念したが、昨年までとはひと味ちがう別人の渋井がそこにいた。 渋井は1.6キロすぎからやにわにスピードアップ、相手をならぶまもなく抜き去った。あとは差がひらく一方で、岡本にタスキを渡したときには42秒という大差がついていた。 慌てないで相手をじっくり観察したうえで、勝負どころでゆっくりと動き出した。今回の渋井は相手というものがしっかりと見えていた。渋井といえば「行け、行け、ドンドコ」が一枚看板だったが、わずか1年で強かな勝負師に生まれ変わっていた。 日本女子はこれで10連覇である。日本は最強に準じたメンバーでチームを構成していたが、エチオピア、ロシアも今回は例年になく強力な布陣でやってきた。かなりの苦戦が予想されたわりに、終わってみれば圧勝だったのは、6人の選手たちがそれぞれ自らの個性をいかんなく発揮したからだろう。 日本男子(松宮隆行、岩佐敏弘、岩水嘉孝、藤田敦史、油谷繁) 女子(福士加代子、川島亜希子、岩本靖代、渋井陽子、岡本治子、田中めぐみ)
区 間 最 高
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