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都道府県女子駅伝 前 回(99) 前々回(98) ■プロローグ ■99出雲大学駅伝 ■箱根駅伝予選会 ■東日本実業団女子 ■99青・東駅伝 ■99東日本女子 ■99国際千葉駅伝 ■全日本大学女子 ■全日本実業団女子 ■99全国高校駅伝 ■全日本実業団 ■箱根駅伝 ■都道府県女子 ■都道府県男子 ■横浜国際女子
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長崎の初優勝、思いがけない結果である。都道府県対抗ゆえに毎年、優勝のゆくえはオーダー編成がはっきりするまで見えてこない。戦前の予想では愛知、大阪が一歩リード、福岡、兵庫、鹿児島がつづき、ほかでは千葉、埼玉というところが有力どころとみられていた。長崎は十指に入るか入らないかという存在でしかなかった。 1区の藤永佳子が突っ走ったが、後続の有力チームにとっては、それほど脅威を感じていなかっただろう。カモの先走り、やがて落ちてくるだろう。だが……。2区以降も長崎はタスキ渡しのとき、他チームにトップを譲ることがなかった。終わってみれば圧勝である。 長崎の優勝はフロックではない。今年しかない……。長崎の中島敏彦監督は出場47チームのうち唯ひとり優勝宣言をしていた。最初から狙って勝ちとった優勝なのである。今年のオーダー編成をみると、1区の藤永をのぞいて図抜けた選手はいない。戦力的に同レベルのチームはほかにもたくさんころがっている。そんな長崎が優勝したということは、目標をはっきりさせて努力すれば、10番手以下のチームでも優勝戦線に顔を出すことができるということである。チームとして満足度レベルを高く設定して、選手一人ひとりを動機づけることが、いかに重要であるか。長崎の優勝はそれを、よくものがたっている。
優勝したから当然とはいえ、長崎のランナーはひとり残らず見事な走りをみせてくれた。追われ、追いすがられても粘って粘りぬき、ラストで突っ放す……。あえて殊勲者をあげれば1区・藤永佳子と7区・大塚茜だろう。今年の藤永は気迫がちがっていた。残り700Mで鹿児島の永山育美、奈良・山中に追いつかれたが、まったく動じなかった。去年までなら、ずるずると落ちてゆくだけだったろうが、今年はそこから二枚腰の粘りをみせてトップを譲らなかった。7区の大塚は区間新の快走で追いすがる福岡を突き放した。大塚の力走がなかったら、8区の中学生区間で福岡に逆転をゆるしていただろう。
候補筆頭だった愛知は最終のトラック勝負で2位に浮上したが、44秒差のついた3区で圏外に去った。4区以降もトップとのタイム差が少しも詰まっていない。6区終了時点で3位まで来ているが、タイム差は1分01秒と逆にひろがっている。8区終了地点では1分25秒差の7位まで落ちては、アンカー・大南博美をもってしてもどうしようもない。東海銀行勢の川島真喜子・亜希子、大南博美・敬美というエース級を投入しても勝てなかったのは誤算だったろう。区間ごとの浮沈があまりにも大きすぎて、流れにのれなかったのが敗因とみる。名前だけならぶっちぎりの優勝だが、最近の駅伝は名前だけで勝てるほど甘くない。 昨年優勝の福岡は中学・高校生のバランスがよく健闘したが、今年はコマが一枚足りなかったようである。前評判が高かった兵庫は1区の52秒遅れで早くも戦線離脱、大阪は中盤までは圏内につけていたが、6区、7区で大きく失速、アンカーの大越一恵にタスキが渡った時点では2分20秒も差がついていた。地元京都は8区終了時に愛知より前にいて、トップと1分22秒差の6位にいたが、今年も10キロを走れるランナーを欠き、最終11位まで順位を落としてしまった。
全般的な印象として今年の大会はいまひとつ盛りあがりを欠いていた。原因は実業団の選手たちが調子を落としているからである。総体的にベストの状態で大会に出てきていない。たとえば第1区である。たとえば永山育美など実業団の有力どころが高校生の藤永に軽くあしらわれるようでは情けないとしかいいようがない。区間第1位の顔ぶれをみてもとうせんあるべき選手の名が見あたらない。実業団の有力選手たちはことごとく凡走に終わっているのである。 もともと実業団はこの大会に選手を送りたくないのである。それは今回から「ふるさと選手制度」を改悪したことにもはっきり現れている。今までは大学、実業団選手が出身高(中)のある府県から年限に関係なく6回出場できた。今回から回数は4回に減り、新たに高校中学)卒業後4年以内に限るという条件が盛り込まれた。起用できる区間も3区間から2区間へ減った。 われわれファンにとって、ふるさと選手制度の導入は、トップ選手を目にする機会がふえて大歓迎である。だが、そういうファンの気持とは裏腹に実業団側は選手を都道府県女子駅伝に出場させたくないのである。ふるさと選手制度の一部変更は、明らかにトップ選手の囲い込みである。高額な金をかけて養成した選手を会社の名前を背負わない大会には出せないという底意が透けてみえるのである。あまりにも了見が狭すぎる。あるいは、それだけ世知辛い世の中になったというべきか。
どういう経緯での発言なのか不明だが、京都新聞社のHPによると、旭化成の宗茂監督でさえも「女子駅伝の目的は勝つためではない。中学生からの強化を各県レベルで図っていくことにある」と言って、実業団側の真意を容認している。そういうわけで実業団選手の多くは最初からヤル気がなかったというわけのか。それならばなんとなくツジツマが合う。 「勝つためではない」大会と最初から位置づけているのなら、そんな大会はあっさりやめたほうがいいだろう。大会に出場するかぎりは勝ちにゆく。選手たちはすべからく、そこから成長するのである。今年の長崎の優勝がそのことをはっきりと証明している。 本大会・全国都道府県対抗女子駅伝は日本を代表する数多くの選手を生んできた。かつて京セラやワコールの選手たちは、この大会で力をつけて社会人ナンバー・ワンになった。松野明美が増田明美を抜いて、衝撃のデビューを飾ったのもこの大会である。だが、宗茂の発言に代表されるように現在は重要な大会ではなくなっているようである。日本の女子長距離を預かる宗茂がそういうのだからまちがいはない。第18回目を境にして本大会は、はっきりとグレード・ダウンしたということができる。「ふるさと選手制度」の改悪が何よりの証左である。 「ふるさと選手制度」の一部変更について最後に一言。はっきり言って、その裏側にあるのはファン無視の傲慢な姿勢である。駅伝ブームはいったい誰によって支えられたきたのか? 陸連や大会関係者はいままさに胸に手を当て、とくと考えてみるべきだろう。
区間第1位
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