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全日本実業団駅伝 前 回(99) 前々回(98) ■プロローグ ■99出雲大学駅伝 ■箱根駅伝予選会 ■東日本実業団女子 ■99青・東駅伝 ■99東日本女子 ■99国際千葉駅伝 ■全日本大学女子 ■全日本実業団女子 ■99全国高校駅伝 ■2000箱根駅伝 ■都道府県女子 ■都道府県男子 ■横浜国際女子
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全日本実業団駅伝は毎年、元旦に開催されるが、とくに今年は2000年代の最初の駅伝として、注目すべきポイントがいくつかあった。10年のスパンで過去の大会をふりかえれば、1990年代は旭化成、ヱスビー、鐘紡の時代であった。とくに最近の3年間は旭化成とヱスビーの2強対決ムードに終始している。 おりから2000年代を迎えて、〈宗兄弟〉VS〈瀬古〉時代がまだまだつづくのか。それとも強力な新勢力の台頭で、一気に勢力地図が塗りかえられるのか。駅伝2000年代の潮流を占ううえで注目すべき大会というわけなのである。 4年連続22回目の優勝をねらう旭化成が今年も抜けた存在、あとはドングリの背くらべというのが大方の見るところだった。東日本の予選で5位に敗れたヱスビーには、もうかつての勢いがない。関東勢ではかわって富士通、コニカ、NECなどが台頭、そのほか中国電力、鐘紡、トヨタなど2位以下は大混戦が予想された。 ところがである。最終オーダーが発表された段階では、勝負はまったく解らなくなってしまった。レースの軸になる旭化成のオーダーには高尾、木庭、川嶋、小島宗などの名前が見あたらない。準エース区間の3区には渡辺共則、5区には19歳のルーキー・瀬戸口賢一郎を器用してきた。旭化成は毎年、思い切った若手を起用してくるが、柳の下にどじょうが何匹もいるわけではない。ヱスビーにいたっては駅伝ではめっぽう強い花田が故障で走れないというのであった。
富士通か、それともNECか……。パソコンの出荷台数の話ではない。奇しくもコンピュータメーカーの両チームが本大会の優勝を激しく争った。時代を象徴しているというべきなのだろうか。女子の沖電気宮崎というコンピューターや周辺機器メーカーに勢いがあるのをみると、時代をリードする企業の業績とチーム力との間には相関があるようの思えてならない。 レースの主導権を握っていたのは前半がNEC、中盤から後半にかけては富士通、終始この両チームによって優勝争いが演じられたとみる。1区はNEC、2区はヱスビー、3区はNECがそれぞれトップに立ったが、4区からは終始好位につけていた富士通が奪首して、そのまま最後まで突きぬけている。 旭化成は1度もトップに立ってなかった。最終的に2位まで押しあげてきたが、あくまで優勝争いの圏外でうろうろしていた。3区を終わった時点でNECと富士通に約70秒も離され、5区を終わった時点でも56秒差という反応の鈍さ、この時点で優勝圏外に弾き飛ばされた。6区の小島忠幸、7区の佐藤信之にタスキが渡ったときには、富士通のランナーとの力関係からみて、すでにして大勢が決していたのである。
富士通を優勝に導いたのは4区の福島正と5区の藤本季也の二人である。3区終了地点でトップのNEC,2位のヱスビー,3位の富士通までは2秒差、優勝のゆくえはまだ混沌としていた。流れを富士通に呼びよせたのが、35歳になるヒゲの福島である。木内敏夫監督は「福島が出来がいちばん悪かった」というが、武井康真(ヱスビー)を競りつぶし、若い太田崇(NEC)をあしらった粘りはみごとであった。年齢的に崖っぷちに立つベテランが最後にみせた火事場の馬鹿力というものだろう。なりふり構わずに、ひたすら体を前へ前へと運んでいった福島のひたむきな走りが印象的だった。もう来年は走る機会がないかもしれない、福島の熱走が5区の藤本季也に区間1位の快走をもたらしたと思う。 7区間のうち優勝した富士通の区間1位は5区の藤本一人だけ。まさに総合力の勝利である。旧富士通の選手たち、そしてダイエーからの移籍組が、ようやく今年になってチームになじみ、ひとつにまとまることができたのだろう。その起爆剤となったのが三代直樹、藤田敦史というスパールーキーの加入だろう。〈三代・藤田〉効果によってチームが活性化、選手たちの想いもひとつにまとまった。そういう意味でも、優勝して一番うれしかったのはコーチ兼任の福島えではないか。
旭化成は3区と5区が誤算だった。宗茂は毎年のようにこの大会で、期待をかかける若手を送り出す。それがことごとくみごとに成功してきた。三木も木庭も川越も、そうして一流選手の仲間入りを果たした。だが今回の渡辺、瀬戸口の二人には、宗茂マジックが効かなかった。結局、大駒が一枚足りなかった。高尾の抜けた穴が存外大きかったようである。 ヱスビーは2区の平塚潤の快走で前半はトップにからんでいたが、後半は大きくくずれて9位に失速した。花田の抜けた穴が大きかったが、総体的にみてチーム力がピークをすぎているのではないか。たとえば3区の渡辺康幸である。今年はほぼ万全の状態でのぞみながら、いまひとつ吹っ切れなていない。16秒もリードをいもらいながら、シーブラごときにあっさり交わされてしまう。これではチームに弾みがつかない。 大健闘したのはNECである。1区の山口洋次の区間1位の快走はみごとだった。残り1キロでハンネック、カラモレという猛者をまとめて葬った。最後に見せた力強いスパートは胸のすく思いだった。6区で力つきて3位に落ちたが、確実のチーム力は向上している。意外だったのは前回3位で今年は優勝宣言した中国電力である。中盤から大きく後退してしまった。ひとつ狂うととめどもなく落ちてゆく。それが駅伝の怖さというものなのか。
各区間の闘いで印象にのこったのは、1区のほかに2区、3区、5区あたりか。2区では平塚潤(ヱスビー)と鈴木博幸(富士通)が最後まできわどく競い合った。7.5キロ付近からの心理的な駆け引きが面白かった。3区では渡辺康幸(ヱスビー)と三代直樹(富士通)という箱根の新旧エースの対決、今回は渡辺の意地が勝ったようだが、三代も次回は位負けしないだろう。5区では強風が吹き抜けるなか、藤本季也(富士通)と柳谷昭二(NEC)の競い合いにすがすがしさを感じた。 富士通は条件にもめぐまれた。旭化成とヱスビーの自滅によってミスの少ない富士通が浮上した感もある。けれども今回の富士通の勝ちっぷりからみて、〈旭化成・エスビー〉時代は終わったように思える。ヱスビーは完全に力が落ちている。選手層の厚い旭化成については巻き返しが期待でそうだが、宗茂マジックが効かなくなったところに一抹の不安が残るのである。 2000年の幕明けを飾る駅伝で、奇しくも3強以外の富士通が勝った。それは実業団駅伝界にも新時代がやってくる兆しなのかもしてない
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