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福本 武久
ESSAY
Part 2 |
福本武久によるエッセイ、随筆、雑文などをWEB版に再編集して載録しました。発表した時期や媒体にとらわれることなく、テーマ別のブロックにまとめてあります。
新聞、雑誌などの媒体に発表したエッセイ作品は、ほかにも、たくさんありますが、散逸しているものも多く、とりあえず掲載紙が手もとにあるもの、さらにはパソコンのファイルにのこっているものから、順次にアップロードしてゆきます。 |
西陣そして京都……わがルーツをさぐる |
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初出:雑誌「ぎをん」(祇園甲部組合) No.181新春 2005.01.10 |
遠 い 記 憶
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「また祇園さん詣りかいな」
背中にあびせられる失笑にもめげず、私は、京都を離れるまで、日曜日には欠かさず祇園方面に出かけた。
一力をちらと横目にみて花見小路をくだってゆく。両側にならぶお茶屋、料理屋には眼もくれない。やがて春ならば都おどりで沸き立つ甲部歌舞練場がみえてくるが、足早に通りすぎる。めざすはそのとなり、華やかな京舞の殿堂とはおよそ無縁の鉄火場である。
歌舞場の前にさしかかるたびに、ふとよみがえる古い記憶がある。
小学校一年のころだった。祖母に連れられて初めて歌舞練場にいった。
西陣の織屋の娘に生まれた祖母は、私が物心つくころ三重県にいたが、京都に出てくると、街歩きには私を連れ出すのだった。
その日、歌舞練場の前までやってくると祖母は、「ここで、ちょっと、待っててんか」と言って、すんすんと奥に入っていった。何か催しがあったらしく着飾った女性がひっきりなしに行き来していた。祖母は古い知り合いに会う約束をしていたらしい。
ところが……。祖母はいっこうにもどってこないのである。私はだんだんと不安になってきた。うなだれて所在なさそうにしているさま、傍目にはべそかき顔にみえたのだろう。「坊どしたん?」
頭上からいきなり声をかけられた。
ひとりの女の人が私の顔をじっとのぞきこんでいる。
紋付きをビシッと着こんだ彼女は容姿という立ち居振る舞いといい、水際立っていた。
「おばあちゃんが……」
私は口ごもりながら理由を話すと、「そうか。坊、えらいなあ」と、彼女はゆっくり微笑んだ。そして信玄袋のなかから紙包みとりだして、「さあ、これ、お食べ」とひろげた。色とりどりの乾菓子がならんでいた。
あわてて両手を腰の後ろにひっこめた。祖母のとがった眼が脳裏に浮かんだからである。「知らん人としゃべったら、あかん……って、言われてんのやろ」
彼女は、おかしそうにころころと笑った
私は黙ってうなずいた。
「心配せんでもええわ。ほらっ……」
彼女は細い指で、乾菓子を一つをひょいとつまむと口にほうりこんでみせた。
「さあ。おあがり」
眼でうながされるままに、私は一つ、二つと口に運んでいった。
「坊、ほな行くわ」
菓子がつきて、立ちあがった彼女は、「おばあちゃんには内緒にしとこ」と、ささやき、秘密を楽しむようかのように眼で微笑んだ。
そのときの表情がこども心にも、なにやら艶めかしくて背筋がぞくっとした。
ほどなく祖母はもどってきたが、私は約束通りに何も言わなかった。
競馬新聞を手にして歌舞練場の前にさしかかるたびに、あのときの自分に出会い、私は一瞬ふと面映ゆい気分になるのだった。
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