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首から上の体調不良のため走り書き。
元日は昼過ぎ根津神社に行き、夜から3日午後まで義母宅へ。思わぬ雪で凍えるようだった。4日はだらだらと動きたくない病と肩こり・頭痛で過ごし、今日もほぼ同様。午後、買い換えた洗濯機が到着。洗濯乾燥機になりました。ドラム式にしようかと長いこと悩んでいたのだが、洗濯時間が長いのは困るので普通方式、しかし一台で乾燥まで出来るものにした。お正月特価。つまり元日に買いに行ったのであった(^_^;
2日から4日の間に『第九軍団のワシ』〜『銀の枝』〜『ともしびをかかげて』まで再読終了。こうしてまとめて読んで、本当によかった。これも改めてオールタイム・ベストに浮上である。ローマ支配下のブリテンの歴史をひもときたくなる。とりあえずざっとネットで年代を調べるなど。おおよそ『第九軍団のワシ』が西暦120年過ぎ、『銀の枝』がローマの4皇帝並立の時代でたぶん西暦295年付近、『辺境のオオカミ』が西暦343年頃、そして『ともしびをかかげて』が西暦447年頃から470年付近まで。このあとブリテンはローマの支配を失い歴史的記述の乏しい「暗黒時代」に入り、それはアーサー王伝説の時代となるのだ。
で、次にはまだまだ続くよサトクリフ『落日の剣〈上〉』なのだが、これがびっくり。『ともしびをかかげて』の続きではあーりませんか。アクイラ、アンブロシウス、そしてなんと熊の子アルトスが主人公とは!ちなみに書かれたのは1963年である。ああ、わくわく。
ああまた一年の仕事が始まっちゃった。
『落日の剣〈上〉』の主人公アルトスとは、その名から知れるように、つまり後に伝説でアーサーと呼ばれるブリテンの武将というわけだ。歴史とファンタジーとが渾然一体となったかんじ。普通の話し言葉が主体として訳されている『ともしびをかかげて』に比べると、同じアルトスやアンブロシウスが「そなた」とか「〜しておるのか」とか、時代がかった話し方をするのぢゃ。これと、物語がアルトスの一人称で語られるのとで、『ともしびをかかげて』とはかなり違った雰囲気で、『闇の女王にささげる歌』などのほうに近いかもしれない。訳者は山本史郎(^^;; サトクリフの作品がこのところ立て続けに訳されているのは、やはり最近のファンタジーブームの恩恵なのか。岩波が彼女の作品を復刊したのがきっかけというのではないはず。
暮れから橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』をつまみ読みちゅう。相変わらず引きつけますね。
げ、また消費税引き上げとか言ってる>ニュース
またまた私の所属する部署の名称が4月から変わる、と言う内示があった。三年連続で名称変更とは一体どうなっているのか。おまけに今度は組織図的にも変わるとのこと。いかに上の運営ポリシーがないかを如実に示している。ばかみたい。
『落日の剣〈上〉』、数年の歳月を費やし大型の軍馬を育てつつ、ブリテン王アンブロシウスと離れて別働隊としてサクソンに対抗しているアルトス。5世紀のブリテンには、あるいはハドリアヌスの城壁を越え、あるいは海を越え、ピクト人やサクソン人の侵攻が続く。土地と人の両方を消耗して徒に戦うよりサクソンの侵攻を受け入れてしまったらどうなのか、と言われたアンブロシウスは「理念の問題なのだよ」と答える。いっぽうアルトスは霧のため山で迷った際、自ら憎しみの種を蒔いてしまう。これがいかに後に尾を引くこととなるか。そう言えばむかし何度も読んだヒルダ・ルイス『飛ぶ船』(!)の中でマチルダ姫が主人公きょうだいの長兄ピーターという名前を聞いて「サクソンのブタめ!」と悪態をつく場面が出てくるのだった。マチルダは更に後の時代のノルマン系の姫だったのか?あれっ、サクソンとノルマンが逆だっけ?
何故か深夜にカレー作り中(次男のリクエスト)。1日おけば普通のルーのカレーもおいしくなるので。ずーっと何年もハウス・ザ・カリーの甘口と中辛を1箱ずつ使い、煮込む際にショウガと、できあがりにマサラを入れる。違うルーを使うと文句が出るのだ。
娘の保育園時代からの仲のよいお友だち(女の子)が、家は近いが学校も違うのでしばらく連絡を取っていない間に、バイクで事故をおこし(詳細は不明)背骨を折って危うく半身不随になるところを、大手術が成功して何とか免れたそうだ。ああもう恐ろしい。よかったね、後に何も残らないといいけど!ひと月半の入院から自宅に戻った今もまだ安静中とのこと。ご両親の心労は実に察するに余りある。バイトしたお金でバイク買うんだと言っている娘もさすがにびびって、やめようかと思うとつぶやいていた。
えいごに行ったら今日はクラスメートが休みでマンツーマン。先生は年末年始には実家(シカゴ)に戻って、食べて寝て映画を見て過ごしたという。映画?そうだっ!「二つの塔、見た?」すると飛び上がるように「見たっ!そりゃもう良かった!」というわけでしばしTTT話。多分20代半ばの彼女、学生時代からずっと人に勧められても「なんだかね」と手を出さなかった指輪物語&ホビット、TTTを見たその足で本屋に行ってひとそろい買い、ただ今ホビットを読み中とのこと。目をくりんくりんにして、「もう大ファン!」と、読むのが楽しくてたまらないらしい。でも彼女が読んでも指輪の英語はブリティッシュで結構難しいのだって。彼女は映画ではフロドがキュートでいいと言う。TTTでは、サムが原作よりもいくぶん重要性を増して描かれるのだそうだ。LOTRの最後近くでのサムのセリフでまた盛り上がったり。ほかにもう一人見てきた先生がいるそうだが、「TTTの話が通じる人がいて良かった!」と喜んでくれた。名残惜しげに「さあっ、授業しなくちゃ!」いや、しなくてもいいよ私は。1時間ずっとTTTの話でもオッケーだよん。
今日は『落日の剣〈上〉』持って行きそびれたので、橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』を少し。【「美しい」がわからない人】が「美しい」を理解しようとするさまが書かれているが、読んでいてあの人とかこの人とか身近な【「美しい」がわからない人】の具体例が浮かんできてそれがあまりにピッタリなのでくすくす笑いそうになる@車中。とりあえず自分は【「美しい」がわからない】と思った経験はない、という前提で読んでいる。他人が美しいと言っているものを自分は「美しい」とは思わない、ということはあるにせよ。しかし上記の人たちも本当に【「美しい」がわからない】のだろうか。「美しい」ということばが彼らのボキャブラリにないだけかもよ。というところで「カッコいい」という言葉が登場。しかし本当に「カッコいい」は自分とは関係ない存在に対する認識なのか?「カッコいい」=「ヤりたい」と直結する人種もいるでしょ。「カッコいい」も個人個人でずいぶんニュアンスが違うのではないか?しかしまだまだ橋本節は続く。行く先はどこへ。
睡眠不足重症で頭に靄がかかっているみたいだ。
午後VDT検診のため新宿方面の検診会場へ。昨日行った人が混んでいたというので金曜の今日はもっと混んでいるだろうと思って橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』を持参したが当てが外れ、たいして読めず。
読む時間は余り取れなくて、電車と途中で寄ったスタバで読んだのみ。でも橋本治、昨日の疑問にはすぐに答えてくれた。
9日に行ったとき、先生とTTT話で盛り上がって休憩時間に食い込んだため、その時間に行うはずのチェックテストに出向くのが遅れた。担当の先生がしびれを切らして呼びに来られ、「早くしないと次の授業が始まっちゃう、早くしましょ!」と急かされ、荷物をごそっと抱えて小走りに先生について行く。椅子に座って、テストの最初のセリフを先生が言った途端、頭の中は真っ白になって返すべきセリフなどどこからも浮かんでこない。「…待って。ホワイトアウト」と言ったら先生爆笑。「ふつうブラックアウトって言うのよ」あーダメだと思ったきり頭が動いてくれない。「たくさん練習してきたんだけど」「うーんでも時間に遅れて、走ってきて、座るやいなやさあ開始、じゃダメよ。ちゃんと時間に来て、一度落ち着いて見直さなきゃ」とか言う会話はちゃんと通じてるのに。「さ、どうする、時間がないからまたにする、それともすぐにやり直す?どうする、もう時間がないわ」と言われやり直すことに。ところが、反射的に私が返したセリフに先生だまっちゃって、「うーん、2行抜けた。このやりとりがね、ホラ」とテキストを見せてくれる。もうこの時、「ホラ」の内容はまるで頭に入らず。「うー」、と言ってるうちに次の授業開始の合図があって、「はい、残念でした、またね」とあえなく敗退。帰路しみじみわかった、英語どころか何にもマトモに考えられない状態。これはこのところ続いていた睡眠不足(睡眠12時間/3日)によるものに違いない。しかしそうは思ったものの、やっぱりちゃんと用意していったものが何も出来なかったのには、自分でも意外なことに落ち込みが激しく、その後練習し直してもかえって間違いの繰り返し。しかし今日リベンジに行ったら、リラックスさせるのが上手な先生が担当だったので、有り難いことに+がついてニッコリマークもつけてもらえた。あー良かった!
フジモトマサル/『こぐまのガドガド』/主婦と生活社
〃 /『スコットくん』/角川書店
大島弓子/『グーグーだって猫である2』/角川書店
辻丸純一/『英国=湖水地方 四季物語』/東京書籍
平松紘/『ウォーキング大国イギリス』/明石書店
岩野礼子/『ピーターラビットの村ひとり歩き』/祥伝社黄金文庫
内田百けん/『冥途』/ちくま文庫
J・G・フレイザー/『初版 金枝篇 上』/ちくま文庫
昨晩突然従姉から電話があって、「あしたおばさんのところに母を連れていくから」と言う。つまり従姉が伯母=私の母の姉を連れて来るというわけだ。伯母と従姉と、運転手としてその息子。おばさん90歳だよ、6時間もかかるのに!私の方も3連休の中日だから、午後から出掛ける用もあったのに「おばさんのところに行くだけだから、ほかに誰もいなくて構わないから。日帰りだから、顔見てしゃべったらすぐ帰るから!」と言うが、今の母の状態では誰もいなくていい訳がない。と言うわけで、来ましたよ昼過ぎに。おばさんは90歳には見えず、元気元気で、うちの母よりしゃんとしている。めでたく老姉妹のご対面。母は、しばしば従姉に向かって「あんた誰」と聞いては「○○ねえちゃんだよ」と教えられ、どこの誰とわかれば、田舎の昔話をして楽しそう。しかしだいぶたった頃「ところでこの人(とおばさんを指して)、田舎の姉に良く似ているけど、こちら様は誰?」従姉はしばし絶句して「誰だと思ってしゃべってたの」そんなやりとりが何回かあり、ある時など母は「嘘でしょう。そんなこと言ってだまして何が面白いのよ。そんなら私の名前言ってご覧なさい」と気色ばむ。おばさんがやや憮然としながらすらすら母の名前を言っても「おっかしいねえ、そんなわけないんだよ」と納得しないのだ。そしてやっぱり従姉のことも本当にそうとはわかっていないみたい。一行はせっかく来たのに、帰りに時間がかかるからと2時間ほどしゃべって、元気ならまた来年来るからと帰っていった。そのあとで母に「今来てたの誰」と訊くと「●●のおばさん(=伯母のこと)でしょう」と返事するので、「そうだったの」と言ったら、「あんた達がそうだって言うからそうなんだろうと思ったのに、そうだったの、なんて言われると何だかわからなくなっちゃう」と怒った。つまり、「お姉さんだよ」とみんなに言われたから多分そうなんだろうと思っただけで、「この人が自分のお姉さんだ」と認識してしゃべっていたのではないわけだ。あーあ明日訊いたらすっかり忘れてるんだろうな。おばさんの方は母より年上でもちゃんと覚えているのに。
兼好法師の視点、清少納言の視点を自在に示してくれる。橋本治はこうして昔の人々を私たちの方に引きつけて解説するのが本当に上手だ。さてそれと「美しい」がどう結びついてくるか。
ジョン・ハウ/『指輪物語の世界−ファンタジー画集』/原書房
川端裕人/『竜とわれらの時代』/徳間書店
ドナ・ジョー・ナポリ/『逃れの森の魔女』/青山出版社
ニコロ・アンマニーティ/『ぼくは怖くない』/ハヤカワ文庫epi
トルーマン・カポーティ/『カメレオンのための音楽』/ 〃
今は短く「納戸」。毎度おなじみ貧乏性のため、何年も着ない服でいっぱいになっている。見ると懐かしくて、捨てるに忍びない。でもこれがいけないのだ!より分けるのは最小限にして、しばらく着ないと思われるものは布団袋に放り込み、実家のクロゼットにお引っ越し。とりあえず目の前からはなくなったので、出来た空きに部屋にはみ出しているものをしまって今日のお片づけはおしまい。
どうも眼鏡の左右が微妙に合わないのと、車に乗っているときなど非常に見にくいのとで、新調する。フレームが曲げても折れないプラスチック製のもの(アイフォリックス)にした。プラモデルのように各パーツの組み合わせが可能なので、たとえば左右のツルと鼻の上のところ、さらにツルとレンズのジョイント部分がそれぞれ好きな色に変えられる。まさかそれ程多色使いのにはしなかったけれど、ツルが綺麗な透明ミントグリーン(新色)を選んだ。10日後に出来上がり予定。
「二つの塔」本編先出し映像満載DVDつき東京ウォーカー(14日発売)を買うぞーっ、と昨日から思っていたのに、今日になってみたら帰宅するまで思い出さなかった。それで夜「いいんだ、いいんだ、いいんだもん。でもやっぱりホスイ」と泣いていたら、優しい長男が「ファミマに行くついでに、あったら買ってきてやってもいいよ」と言うので、ありがたくお願いする。もう深夜だからないんじゃないかと諦めていたら、ありましたありました。開いた瞬間レゴちゃんのお姿が。でもTV(DVD)は次男が寝ている部屋にあるので、見るのはまた改めてね。
長男が一緒に買ってきてくれたのが、ポッキーGとフランキャラメルアーモンドである。なんていい子でしょ。ムースポッキーとフランだったら、微妙にフランのファンなのだ。でもポッキーGは確かにおいしい!あとを引きます。
相変わらず細切れにしか読めない。議論はどこに行くのか?読みながらつい橋本治の風体を思い浮かべたり。
毎年、これがTVで見たいとおもいつつ果たせないまま何年。今日もニュースを見そびれた。読みあげている様をネットで配信して欲しいなり。いつも美智子皇后の歌は素敵だ。ほかに下記の2首が好き。
皇后さま
ひと時の幸(さち)分かつがに人びとの佇(たたず)むゆふべ町に花ふる
北海道 奥泉 一子さん
夜(よ)をこめて町のいくつを走り過ぐ宗谷岬の風に遇(あ)ふまで
大阪 鈴木 文也さん
夕闇が僕の体を押してくる光へ走る夕暮れの街
佳作
福岡県 佐々木 功さん
街角の小さき古書肆に絶版の本を探せり古書匂ふかな
これはもう何とも。
香川県 岡本千里さん
モノレールはビルの真中に突き入りて頭上に街あり眼下に街あり
子どもの頃皆が描いた未来の街の絵のよう。わたしは真鍋博を思い浮かべる。
橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』は、少なくともこの本は、読みやすいが決して読みとりやすくはない。早いうちに「美しい」を彼なりに定義し
”美しい”とは、”存在する他者”を容認し肯定してしまう言葉だ(p.88)
それは、人が常とする「利害」とは別の所に存在しているものです。(p.88)
さらに3章で吉田兼好と清少納言を挙げて
人生に立ち向かわない美意識は、「美しい」の近くまで行って、「美しい」に届かない(p.184)
のだと言う。今の日本のオヤジ社会はまさにこれであるというわけだ。さらに4章で
どういうわけか「美しいが分かる人」は、敗者なのです。…(中略)…どういうわけか、世の中はそうなっている。(p.211)
と述べたのを受けて、「あとがきのようなおまけ」の中に至って、「個の自覚」=「自立」を発見した近代以降の行くべき方向は「前近代的制度社会」ではなくて未だ存在しない「脱制度社会」でなくてはならないと説く。そして「人として生きることの実感を欠く社会は意味がない」、すなわち「”美しいが分からない社会”が壊れたって別に嘆く必要もない」で結んでしまうのである。お見事。兼好法師を長々挙げて、これが、言いたかったのね。美しい〜。ここにはメモとして抜き書きしただけなので、ぜひ実際の文章に当たってそれぞれに感じて欲しい。
えいごの先生に、"Journeys of Frodo"を貸してあげたら、ひゃ〜!と言って大層お喜びだった。もう一人の生徒としばしその話で盛りあがる。終了後チェックテスト。今日のはそれ程覚えにくくなかったのでいっぺんで通った。やっと半分の所まで来たぞー。継続こそ力なりというか自己満足かも。そもそも私のとっているコースは文法強化コースで、テキストのほかに自分で勉強しなさいと渡されるCD+ワークブックがある。なんと今年からは1ユニット(2週分)終わるごとにワークブックやったかどうかのチェックもすることになったんだって。ひえ〜それ真面目にやると結構時間かかるのよね。1日30分じゃきかないかもしれない。テキストの予習だって真面目にやったらいくらでもかけられる。おまけにチェックテストで毎日最低15分、この時間すらもコンスタントには取れないのに。「今年は、すたでぃ はーど!」なんだってぇ。それにしても休憩10分の間に自分のクラス数人分のワークブックチェックをする仕事が増えた先生がたもお気の毒だと思う。
昨日Wordで作業をしていてツールが働かなかったりタイトルバーが点滅したり、ヘンだなあと思っていたら、今朝、さあ続きと思ってまたWordを立ち上げた途端、ハング。どうやってもリブートできないし、電源を落とすことも出来ず、ループ状態に。買った直後から、Office、ことにWordとの相性が悪い上、電源管理関係がどうもおかしいのだ。昨年のちょうど今頃、買って8ヶ月目の時にも一度データ待避してリカバリディスクのお世話になった。寒という時期のせいか?どうにも抜けられず、同じ部署のメンテナンスマンに出動してもらったがやはり打つ手が見つからないため、もう諦めてXPにしましょうという結論になった。なんとかリブートできた時を捉えて空しい作業に突入。途中でしょうもない会議が2時間も入ったりして結局一日データや設定の保存につぶれた。WindowsMeとはいったい何だったんでしょう。
『落日の剣(上)』再開。小熊ならぬ大熊のアルトスらは、サクソン人を追ってエブラークム(ヨーク)へ攻め入るが、そこでむかし敵方の王だった者の息子を(殺せば殺せたのに)運命の手に任せて去らせた。この作品は、戦いの凄惨さも含めてどんな描写も容赦がなく、アルトスの予感、そして事あるごとに印象深く、怒るように燃えさかりながら、あるいは戦いの光景の上にあって例えようもない美しさを湛えつつ沈み行く夕日を描いて、ひしひしと運命の大きな力を感じさせる書きぶりになっている。『ニーベルンゲンの指輪』を思い出す。
娘に引かれて池袋。マニキュアのサンプルを塗って爪がみな色違いになったり、ツモリチサトに連れて行かれたり、久しぶりにアフタヌーンティでお昼をしたり。娘が2時半頃からバイトなので、別れたあとは一人でお茶しながら読書でも…なんて思っていたのに、ちょうど娘と別れる頃に連れ合いが出先から「用事はもう終わった、どこに行けばいいの」とか電話してきた。「勝手にうちに帰ってれば」と言いたいのを呑み込んで落ち合って差し上げたので、午後のささやかな予定はパアに(;.;)
『ユリイカ 2003年1月号 特集:中国幻想奇譚』拾い読み。井辻朱美の『十二国記』論はあの世界の特質を綺麗に整理してくれている。東雅夫へんしうちょうはメインに山尾悠子をとりあげている。南條竹則、酒見賢一、天澤退二郎、ほか。天澤退二郎はホンの3ページ弱の文の最後にル=グィン『言の葉の樹』にちらりと言及しているが、どうも勘違いがあるのでは?(舞台がテラと言うことになっていたりする)
『ユリイカ 2003年1月号 特集:中国幻想奇譚』/青土社
ウィリアム・シェイクスピア/『マクベス』/白水Uブックス
いちにち死にそうに眠い。抗ヒスタミン薬を飲んだときのような、引き込まれるような異常な眠気ではないけれど、それこそ眠りと死はお友だち、ってかんじの眠さだ。咳も熱もないけれど、これは完璧カゼの症状だ。10時まえにダウン。
職場のWindowsMeをXPに入れ替え。いろいろ設定を引き継いでくれたので有り難し。でもモノが届いたのが4時半くらいで、5時近くから始めてなんだかんだやっていたら7時頃までかかる。おまけに組織替え関連で人と話し込んでいたのもあって、結局8時になってしまった。うー、帰宅してますますおなかが痛くなり無理矢理ごはんを半分食べてまたまたダウン。
サトクリフ『落日の剣(上)』では、アルトス配下はひたすら、エブラークム(今のヨーク)からハドリアヌスの城壁へと攻めあがって戦と戦の準備に明け暮れるのでちょっと疲れた。気分的に今しっくり来ないので、図書館本ジョーン・エイキン『ぬすまれた夢』読み始め。ページいっぱいに広がる美しいさし絵とともに、懐かしいおとぎ話ふうの香りをいっぱいに漂わせながら、あれあれっ、と思わせる独特のひねりがしかけてある。この本、これまでこの図書館で見かけなかったが、何ヶ月か前に棚の位置を変えたときに本の品揃えも多少変わったのかな?
XPマシンとなった職場のぱそ子は、仕事&会議しながら大体設定終わり。しばしば聞くような、これまで見えていたネットワーク内のコンピュータやプリンタが見えないというトラブルもないようだ。たいして使い勝手に違和感はないが、ウィンドウの枠とか大きいアイコンとか諸々、見た目がにぎやか過ぎてうっとうしい。アニメーション多用とか。なるべくすっきりした見た目に設定した。一般にこんなにおもちゃみたいな見た目が好まれるのか?そう言えば、今度パソコン自作キットをいじってみようかと思う。
急に指令が下って、職場の3人で午後からテレコムセンター近くの産業技術総合研究所(臨海副都心センター)へ。うー、お金かけてるー。うちにも金くれカネ。こんな無機質的なところで人間のゲノム解析やら何やらがされているのはうーむバーチャルだのうと実感する。現実ばなれのした臨海副都心という地域からからゆりかもめで新橋駅へ戻ってきて、思わず「人間の世界へ帰ってきたァ!」とホッとする。
『夜八時を過ぎたら…』読了。『ぬすまれた夢』と同様、おとくいの短編集。いつも、こんな設定でよくお話になるなあと舌を巻くエイキンだが、これまたぶっ飛び方がすごい。化石の王様の話などが好き。最後のヨハン・セバスティアン・バッハ(子供時代)が主人公のお話がこれまた素敵なんだなあ。2冊とも訳は井辻朱美。
まあ朝職場に到着して「うー寒かったァ!」と言いつつ窓の外に目をやったら、さっきまで風花程度だった雪が、窓いっぱいに白い花びらになって舞い狂っていた。さすがに積もる雪ではなく1時間程度で霙から氷雨に変わったが、何と言っても大寒だ。寒の時期は確かに亡くなる人も多いように思う。
無事に今日のえいごチェックテストも通過。12課あるうちの8課まで終了した。先日頭が空白になったときのおばさん先生がニコニコ寄ってきて、「ハーイ、ど〜お」とクスクス笑うのだー。「笑うんぢゃないっ!」と言ってるうちに授業始まりの時間になってひらひらと手を振って去って行く、こいつぅ。
昨晩井辻朱美『ファンタジーの魔法空間』を読み始めた。指輪物語、ピアス(『サティン入り江のなぞ』)などクラシカルな作品に加え、最近のファンタジーブームの中で出版されたものも多く取り上げられている。私自身は今のところはあまりそれらは読んでいないので、知っている作品の所を中心に読む形になる。しかし、個々の作品解説にとどまらず、全編を通してある主張を持つ本らしいので、少なくともこれを著すきっかけになったとあるマーヒー『危険な空間』を読んでみることにして、現在はこれを読み中。これも読まにゃあと買ったのに本棚の肥やし(というより単なる場所ふさぎだが)状態であったもの。本棚にあると、今読みたい、というときにあるのが利点でしょ(^^ゞ
これが終わり次第、『驚異の発明家(エンヂニア)の形見函』へ。これは確かに背表紙も平らで函だ。装幀は、山尾悠子作品集の装幀家の柳川貴代。なにげに凝ってます
アレン・カーズワイル/『驚異の発明家(エンヂニア)の形見函』/東京創元社
待望の『神の守り人』上下巻が届いた。しかし、ほかに読みかけが山積しているので泣いている。おまけに『鳥姫伝』の続きであるバリー・ヒューガート『霊玉伝』が出たと聞き昼休みを待ちかねて本屋に走ったのに、影も形もない。まだここには入荷していないのであった。せめて釜爺みたいに手がたくさんあったなら、他のことをしながらでも複数の本を少しずつ拾い読み出来るのに。あ、頭の方がデュアルCPUじゃないからダメか。ともかく読みさしの本を真面目に消化しなさいという天の声らしい。
新年恒例のクラフト・エヴィング商會の展覧会@紀伊国屋画廊があったのに、いつもより会期が長いな、と思って安心していたのが徒になり、21日で終わっていた。ワタリウム美術館には忘れないで行かなくちゃ>ヘンリー・ダーガー展:7人の少女戦士、ヴィヴィアン・ガールズの物語 『非現実の王国で』 2002年11月29日(金)-2003年4月6日(日)
『危険な空間』を順調に読み進む。描写の詳しさにはサトクリフに通じるものがある。
上橋菜穂子/『神の守り人 (上)〈来訪編〉』/偕成社
上橋菜穂子/『神の守り人 (下)〈帰還編〉』/偕成社
用あって池袋へ。その後東武の旭屋で『霊玉伝』を買って、お昼を食べ(ベトナム・ヌードル)、おデートの娘と別れたあと、リブロを徘徊してから、以前長男が使っていたツーカーの携帯電話を解約しにゆき、近くのスタバでさっそく『霊玉伝』を読み、連れあいとの待ち合わせ時刻になったので八重洲地下街へ移動し、眼鏡屋で先日作った眼鏡を受け取った。結局丸一日つぶれて疲れた。しかも2カ所の本屋で買い物をし、さらに最後に八重洲のαランドで仕事関係の本を買ったので、荷物も重くて死にそうだった。連れ合いも自分の荷物が多かったので持ってくれなかった。後先考えないで本を買うのはやっぱりバカじゃないかと思う。頭の一部では確かにそう思うのだが、思いながらも買ってしまうのは病が重い。
マーヒー『危険な空間』読了。この人の曖昧さのない、輪郭のはっきりした描写には魅力を感じる。その対象が情景であっても、心理であっても。多分、自分には全然ないものだからだろうと思う。
待ちかねていた『霊玉伝』で、李老師と十牛に再会。十牛はいくらか昇格したらしい。相変わらず李老師はシンドバッドのおんぶ老人状態だが、前にも増して元気度がアップしているようだ。今回の展開はいかに?
バリー・ヒューガート/『霊玉伝』/ハヤカワ文庫FT
スティーヴン・バクスター/『真空ダイヤグラム』/ハヤカワ文庫SF
エリック・ガルシア/『鉤爪プレイバック』/ヴィレッジブックス
黒岩徹/『イギリス式生活術』/岩波新書
樋口裕一/『やさしい文章術』/中公新書ラクレ
大隈秀夫/『分かりやすい日本語の書き方』/講談社現代新書
星野道夫/『グリズリー』/平凡社ライブラリーoffシリーズ
『SFマガジン 3月号』/早川書房
昨年の途中から、日記を書いては今月のファイルにコピーして…が、どうにも鬱陶しくてたまらなくなり、ついに重い腰を上げてnDiaryを導入することに。今年に入ってから師匠にディレクトリ構成からなにから手取り足取り教わって、ローカルで動かしてみていたのだ。もっとちゃんと分かって、少し工夫してから移行しようと思っていたのだが、そうするとこれまでの形式での更新とnDiaryと二重の手間がかかってしまい、返って大変。最小限の導入で見切り発車することにした。特に師匠には申し訳ないのだが、これからまた暇を見つけて手を入れていきたいと思うので、お見捨てなきようお願いします。
見出しについては、
★購入本
そのほか
☆日常
○映画
とかなんとかいう感じ。そのうちまた変わるかも>よく考えてない証拠
朝起きてカーテンを開けると、一面灰色の鈍い光に沈んでいる。さっきまで頭の中にあった景色は、暖かな光でいっぱいだったのに。ちゃんと目が覚めず、そのギャップが腑に落ちない。
職場でまたバカみたいな話。来年度からの新しい部署の職務内容を、これまでの経緯も何も知らない今年新しく来た人が、ほんの1ページずつほどの資料を関係者に提出させたものを元にでっち上げるのだと。ちゃんと目的があって新しい部署を作るというふれこみなのに、その部署が出来ることが決まったあとでその果たすべき職務を考えるって…、それ本末転倒って言わない?もう実に嘆かわしい。
さらにバカな幹部職員の話。ある記念誌を制作するのだが、幹部連に各部署のン十年間の来し方を書いてもらったら、これまでの公私に渡るウラミツラミを幾つも実名を挙げて書く女性幹部あり。こりゃいい機会だ、書いたもん勝ちだ、と思ったのだろうか、外部の要職にも配る記念誌に一体なにを書き散らすことやら。自分のことっきり考えてないのね。中学生の文集だってこんなバカなこと書きゃしない。こんなもんが日の目を見たら、いかに阿呆な幹部が跋扈しているか明らかになって、ただでさえ危ういうちの職場、つぶれる日が早まるのは間違いないわい。いいんかこんなの放っといて>記念誌担当幹部、首脳部
何と魅力的な登場人物達が次々出てくることだろう。『霊玉伝』は、諸処に出てくる昔語りの断片も実にチャーミングだ。架空の中国(唐)とはいえ残虐な人体実験となると連想されるおぞましさは倍加するけれど。
おもたいよめんどくさいよわかりにくいよ。
『霊玉伝』読了。またまたなんて美しいのでしょう。依頼人から助手へとちょっと昇格した十牛は、相変わらず李老師をオンブして東へ西へ、地底へ山頂へと大活躍。暁愁と月童という美少女・美少年の一対に、悪の権化のような領主・笑王の末裔ではあるが人間的魅力溢れる劉宝王らと共に、地下迷路のような墓場を縦横に走り回ると思えば、幻覚キノコを用いて地獄巡り(実は深層心理?)。こんなに魅力的なキャラクターとストーリー、愛情溢れるシーンをどっさり書けるこの作者は、一体どういう人なのだろう!シリーズは7作続くはずだったものが、出版がうまく行かないので3作にとどまってしまったというのが信じられない。第3作の翻訳は決まっているとのことだが、どうかどうか日の目を見ていない続編があるのなら、何とかして拝みたいものだ。熱望。
続編のペーパーバックは持っているので、この勢いで読んでしまおうかと思い手をつけてはみたが、うーんやっぱり難しいかも(;.;)
ほかに「読んで、読んで」と言ってる本はいっぱいあるのだが、本読みの勢いがあるうちに、と思って『驚異の発明家(エンヂニア)の形見函』を読み始めることに。舞台はパリから始まるが、作者はアメリカの人とのこと。さて、コレクションに自動人形、思い入れたっぷりの装幀といい、ぞくぞくするではないか。
牡牛座の次男は、朝のFMの番組の星占いのコーナーで、自分の星座が今日のベストスリーにはいるのを心待ちにしている。きょうも耳をそばだてて聞いていたが「今日の一位は天秤座」の声に、ニヤッとして「あのねえ、てんびん座って、ずっとペンギン座だと思ってたんだよ」。この秋頃までそう思っていたのだって(#^_^#)
先日眼鏡を変えたので、視界が良くなった。目を細めなくても遠くが見える。向こうから歩いてくる人の顔もはっきり見える。暗くなってから自転車を飛ばしても怖さがない。そして何より、星がくっきり点に見える。これまでだとにじんだりぼやけたりしていたのだ。今日も帰る道々、星が美しい。東の空には木星、シリウス、高い位置に土星。染みいってくるような寒さに似つかわしい眺めだ。
こんなサイトがあるのを知らなかった。装幀した本、作品、展覧会の予定などが見られる。『幻想文学』誌の表紙も並んでいる。
まだたいしてはかが行かない。初っぱなから出てくる尊師はいいね。
けらけら笑ってしまうところが随所にあり、これはもったいないと付箋を貼る。主人公が尊師の”助手”としてエナメル画を描くようになる。母親が彼に言って聞かせる言葉がまた味わい深い、と言っていいのかなんだか。
この、ポストイット(とそのお友だち)がなぜか大好きなのである。文房具売り場に行くと用もないのに、そう次々新製品が出るわけでもないのに、ポストイットはどこ?とわざわざ捜すのだ。と言いながらついポストイットのサイト巡りなど。
えいごに行くため5時半過ぎに職場を出ると、なんと、空がまだ明るい!先週でさえこの時間にはすっかり暗かったのに、寒中でまだまだ厳冬が続くとは言えこれからどんどん日が延びて行くのだ。焼け残る西空は本当に澄み切って遠い。
今日も読みながら、誰もいない昼休みの職場で、声を立てて笑うことしきり。なかなかツボである。ところでクロードが尊師の元で従事しているエナメル画とはどんなものか?いわゆる七宝(エマイユ)とはちょっと違うらしい。Googleでエナメル画と検索すると、エナメル画で飾られた工芸品としての懐中時計の類がたくさん出てきた。これは美しい〜。エナメル画はスイスが有名なのだそうだ。エナメル画と時計がくっつくのも必然だったろう。確かに尊師、がっぽりお金が稼げるかも。まさに今日、時計のムーヴメントが出てきたところを読んでいる。しかしクロード、早熟だのう。
娘が職場に電話してくるので何事かと思ったら、はずんだ声で「ママママ、いま原宿にいるんだけど、松岡がいたんだよ!チョー背が高くてかっこよかったよ!ママ松岡好きだから喜ぶと思って電話したんだ、ホントかっこいいっ!」いいないいな。見てくれのいい男は信用できないとか言いつつ、慎吾ちゃんとかTOKIOの松岡は好きなのだ。それからデップさまとかショーン・コネリーとか。ケビン・コスナーも好きだけど声が甲高いのが玉にきず。アラゴルンのヴィゴも声が良ければもう少し…。声がいい人と言ったらクリストファー・リーとか伊武雅刀とか江守徹とかだけれど以下略。あ、いましたいました、声も姿もいい人、デイヴィッド・ボウイさまが。綿の国星のラフィエルもあんな声を出すのだろうか。いい声の猫。うーんどんな声だろう??
昨日のチェックテストは、チェックしてくれるはずの先生が具合悪くなって早退というので急遽予定とは違う先生from Londonに。ちょうど返してもらった"Journeys of Frodo"を小脇に抱えていたら、「お、その本」とその先生が言う。彼も、このスクールでの指輪の友の一人なのだ。
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