月別履歴(タイトル抜粋)

2002年 10月
2002年 09月
2002年 08月
2002年 07月
2002年 06月
2002年 05月
2002年 04月
2002年 03月
この本は私に会うために(1)
律儀(3)
なんちゃって矢印(6)
ピンクの肋を解体します(10)
世田谷区立下馬幼稚園(17)
「路程」は写っていなかったのか?!(19)
『落ち穂拾い』(22)
フラジャイルに「千夜千冊」の1/2(26)
実はワカメさん(29)

2002年 02月
スタイルの速度。音/映像/文字(1)
0020202の本棚(2)
『オードリーとフランソワーズ』(4)
『紙魚の手帳』12号(7)
東京駅。どっち側に降りて本屋に行くか(9)
本のことなら憶えてるが...(12)
行方不明新聞折本公開捜査(13)
佐伯俊男(14)
『ユビュ王』にくそったれ!ってそのまんまな...(16)
その穴のさきにあるもの(17)
家庭の医学と専門書の断絶を埋めるもの(20)
ジャリなら自転車こぎこぎ冷し中華を(21)
図書館のちょっと無理矢理(26)
送料に限って言えば(27)
月が最近(28)


2002年 01月
あけましておめでとうございます(1)
腹ぺこタイシ(4)
ランクアップした二百円のおみくじ(7)
方角が悪いんです(12)
カタログに載るモノ(20)
お、い〜ぞ〜(21)
冬もボサノヴァ(23)
ぽんぽこたぬき工作(26)
図書館はうるさいのだった(27)
『ナージャの村』(31)

2001年 12月
皆やさしくってヨ(1)
『寄席の脚光』(4)
無理して本屋でバイトすな(5)
大踏切書店でイッパイ(8)
いらないものばっかり残るのよ(13)
ママゴトやっといてよかった(17)
sold out 通知(22)
「2001年宇宙一瞬旅」(25)
不吉な夢もなんのその(26)

2001年 11月
愛犬は0.5(4)
自分で勝手に無理してグチる茶番(5)
どこのどいつ(6)
ひとの書棚を覗くのは楽し(9)
「広告としてのイラスト」(11)
かき×かぼす=マンゴ(13)
どこで区切って無駄と言う?(15)
「学校どこ?」(16)
岡ノ上鳥男様 田辺茂一(20)
おかえりのスケ本登場(26)
webで本をめくりたいひとはいないでしょう(30)

2001年 10月
bookbar4楽天ブックス開店(01)
鉄の扉「絶版」で幽閉された本の脱獄幇助(02)
本コ子雑誌、即物的体験を池袋リブロで(05)
おれなら桜を植えに行く(08)
眼の日は啓祐堂で眼のコヤシをいただく(10)
ライブ辞書を作るゾ(15)
新聞折本第八号(17)
製本-花ぎれの固定(18)
NONを見よう(19)
実感トハ恥ナリ(20)
透明酒は...(21)
となりの客はよく肉食う客だ(22)
わたらせ渓谷(27)


2001年 09月
意の外(01)
これを読んだら呪ワレル(03)
葉書文庫本(04)
均一つながりの本と新聞(05)
広辞苑、外に連れ出し運動(08)
平まどかのベルギー製本留学記(09)
コソコソするのはなぜ(17)
グリコのポーズ、やってみて(18)
それ、名前なんですけど...(19)
あどべんちゃブラリ(25)
オノ・ヨーコと朝日新聞(26)
温寿司(28)
まじ秋(30)


2001年 08月
横顔ばっかの金魚(03)
『チェブラーシカ』(04)
クモの糸をどう使うか(09)
人工雨、日本編(11)
空中金魚(13)
防ぐのが礼儀(14)
炭化菜種降りしきる花火大会(18)
屋久島の森に(28)
宇宙人と妖怪(30)


2001年 07月
くだらナイ→すまナイ(02)
やっと処分したっていうのに(03)
「ドキドキ」を見て体の頼りなさを (05 )
観本旅行(06)
おでかけには「じろう」を(1)
『ラッチョ・ドローム』(12)
いってきますじろう問題(15)
これは本なのですか(16)
「本は傷んだら修理すればいい」(17)
「うまい」か「おいしい」か(19)
エーッ○エーッ○エッ○ホイ○ッ○(23)
新聞折本第三号(25)
ネコとシャクシとキミと(26)
自由カラは逃走できない不自由(29)
夏はこれからだってば(30)


2001年 06月
ダダ書房店主に惚れる(04)
日焼けサロンじゃあるまいし(07)
製本アトリエ記11 (08 )
図書館には何を探しに行くか(10)
『ミリオンダラー・ホテル』(13)
人間を本に変える銃(14)
スクラップ帳をスクラップ(16)
死を待たずにとる魚拓が失うもの(17)
辞書である前に本でもある(20)
さくらんぼの味(24)
ああやっぱジンセイって(27)
金魚部第二回秘宝展(28)
図書館オチの古本(30)


2001年 05月
SPACE ODYSSEY(06)
新入部員は銀魚(09)
製本アトリエ記10 (10 )
「本コ」誌第一期終了につき(15)
never 金魚(16)
日に月に媚びず。(19)
ベストセラーがバカバカしくなっちゃって(20)
新聞を3回折って本にする(21)
『地獄の黙示録』(24)
新聞本の祖父は「くそ」と詩をかく(26)
「言葉はサーファー」説(27)
ナはテイをアラワスか(28)
祝いの席には花火か蜘蛛か(31)


2001年 04月
言いそびれ(04)
宅配から机配へ(06)
金魚部、無念(07)
一般市民ですけど(12)
書肆啓祐堂誌「黄金の馬車」(16)
切手詰め本(18)
「五点支え法」実験装置(19)
東京国際ブックフェア2001(21)
花ぎれ、できた(23)
おかえりのすけ事件2(24)
『ツバル』 (25)
探し選び奪う退屈(28)
ぶらりの卒業(30)


2001年 03月
カフェでふと(01)
日記の積み重ね(06)
忘れてはならない直感。(10)
「荒俣まぼろし堂」最終目録(11)
『キャラバン』(13)
『あらかじめ失われた恋人たちよ』(14)
ナヲナノレ(16)
記憶はひとの身体に間借りして(18)
後ろからやってくる(23)
夢は誰がみているか(25)
第一回金魚部秘宝展極秘開催(26)
図書券の使いかた(27)
閉店間近に耳ダンボ(31)


2001年 02月
窒息おかえりのすけ(01)
恐縮は笑い飛ばす(04)
他人様の土俵で燦然と輝いてしまうNIKE(07)
ダダな漢字(12)
へん平時代(15)
雨の筋に傘は目盛る(18)
『シュリ』(20)
タエコ・リズム(22)
NONでシールを貼ってもらおう!(23)
プロ紙に敬意を表した本(25)
ウリポな文学者の皆様へ(26)
万能web出版(28)


2001年 01月
初詩集『心配の速度』(06)
4×4 = 8 vs 365-6=358(08)
図書館ホテル(10)
中村文庫(14)
発禁と戦い、秘められた名作を(19)
" BOOK BLESS YOU. "(24)
ダイヤル・ビーチへ行こう(31)


2000年 12月
缶詰文庫(01)
星の王子さまが観た星空(05)
砂時計のくび(14)
目論書本(18)
新聞折本プロジェクト(20)
金魚部に西洋の旦那が(22)
環太平洋的に詩集(27)


2000年 11月
『グロリア』(02)
同級生が有名人になってしまった場合の卒業文集(03)
真空凍結乾燥機を入れてくれ(05)
がっくり(06)
カンガルーとおやじ(12)
吹き出し、開放(13)
銀杏書房(16)
『ラテンアメリカ光と影の詩』(20)
いかに多くの「思わずできたもの」(22)
おかえりのすけ事件(23)
「いんちき」とは何かを『桂離宮』に識る(24)
なかったことに(26)


2000年 10月
度忘れの度合い(31)
『ブレア・ウイッチ・プロジェクト』(28)
本の系統樹(23)
「もいました。」(22)
『馬的思考』、一冊置いとくヨ(21)
疲れた筒(20)
分別快楽(18)
プラスチック部(12)
『ガタカ』(11)
『キカ』(03)


2000年 9月
はみだす飛び出し絵本(25)
文庫本をローンで買いたい(20)
めくるめく書籍目録の誘惑 (19)
『ポール・ボウルズの告白』(14)
みんな平らになりたい (13)
『ひかりのまち』(08)
9月1日はパタフィジックに(01)


2000年 8月
虚言僻を伴う脳の病気の後遺症の証拠(08)
あなたの信頼に背くわたし宣言(11)
「シツレイ」の効果(16)
『モジュレーション』(17)
bookmark 4とbook bar 4 (20)
@(24)


2000年 7月
目玉に食塩水を~(04)
「今日」あたし、ダメかも。(05)
些細な気まずさの克服(09)
" code " のバッグ(15)
電気スタンドマン(18)
地図通りだ!(30)


2000年 6月
共感しなくちゃいけない脅迫(03)
期待のかたち(05)
「頭痛いので休みます」(06)
人サマのリサイクルをする葬儀やのバイオ度(12)
バービーの脚が指に(15)
ゴダール『映画史』(16)
合理的なプロレタリヤ医学(21)
『ミラクル・ペティント』(26)
『フルスタリョフ、車を!』(29)


2000年 5月
TOTOの味噌汁(15)
『エグジスタンズ』(24)
『棺桶の中で宙返り』(28)
『足にさわった女』(29)


2000年 4月
万年青春映画の恐怖(05)
死因を調べてもらう料金(07)
凸=H2cm、 20×20でいこう(20)


2000年 3月
『スリーピー・ホロウ』(07)
さぶいぼセンテンス(10)
実感のリロード(16)
セルフ・パブ『共生虫』(28)
『ストレイト・ストーリー』(30)


2000年 2月
生まれ変わったらmusicianになる(13)
泡の中身(15)
人が言わないことを否定する(16)
plastic book(21)
接続語の「ぶっちゃけた話」(23)





ほぼ隔週このページの抜粋+/-αをメルマガ『おかえりのすけです。』として発行。詳しくは上記画像をクリックしてちょうだい。

2000年11月29日


■gooのurl、言える?
言えます?
出先でちょっとwwwで調べるときはまずurlを適当に直接打ち込むが、まぁgooならwww.goo.co.jpでしょ、とやって全然関係ないポルノサイトに行ったことが数回ある。せっかくだから少しそこでうろうろしちゃったりして、ついでになにを調べようとしたのか忘れちゃったりして。
正しくはwww.goo.ne.jp。gooサービス開始時には既に「www.goo.co.jp」は取られていたとのこと、goo側がそのポルノサイト関連会社を相手取って工業所有権仲裁センターに登録移転申し立てをしたらしい。
ドメイン不法占拠紛争はいろいろあるし、利用者として私も一応迷惑を被ったが、そのポルノサイト主がいひいひ笑ってるかと思うとしゃくだから騒がなかったし、なにより検索のためにgooを使うことが殆どなくなったからもういいけど。


2000.11.28 ■実験分室00A0x
当サイトの「本の身体実験」は最古参のページだが、なかなか実験が進まなくて困っていた。パッセ・カルトンしたものにいたっては勿体無くて献体できないというていたらく。と呆れていたところ、実感あることばで本の身体を伝えているページに出会う。
特に音の表現が好きだ。「くうくうと鳴く」という。「紙同士が互いに譲り合いながら馴染んでゆく音」だという。ぱちぱちゾクゾク。こんなふうに本と向きあって実感を重ねていきたいのであった。で、私は勝手に「実験手分け宣言」をし、運営されている廃虚庵主氏に敬意を表しつつ、まこと勝手にこちらのページを(実験分室00A0x)と名付けるのだった...。
2000.11.26 ■なかったことに
飲みはじめるとなかなかとまらなくて困る。翌日の辛さに思いが及ばなくなるのがサイアク。昼近くに眼をさまし、今日はもう一日ダメだと思った。普段ならこれで激しく自己嫌悪、潰れた一日を思っていらつく。だが今日は違った。(そうだ、今日一日はなかったことにしよう。)
公言したら気が楽になった。そ、なかったの、私の今日は。ってことで。
2000.11.24 「いんちき」とは何かを『桂離宮』に識る
鎌倉雪の下の木犀堂(もくせいどう)さんにて『タウト全集第一巻 桂離宮』(昭和18年 育生社弘道閣 訳:篠田英雄 )を買う。若き日の亀倉雄策氏の装幀である。
この巻にはタウトが昭和9年に桂離宮を訪れたときの画帳が印刷されているのだが、昭和9年といえば、タウトの名著『ジャパン』が最初に出版された年である。その後この本はどんどん版を重ね、終戦を挟んで中身も装幀も改訂改良(?)を重ねていく(酒井道夫氏のページに詳しいので是非)わけだが、そのベストセラーにあやかって出されたと言うにははばかられる一冊だ。索引に「いんちき」という項もあるので「いんちき」を知りたい人はページを開いてみましょう。詳しくは come on a booky! 13 へ。

2000.11.23 ■おかえりのすけ事件
おかえりのすけに大変なことがおこってしまった。 生みの親であるeno氏と、おかえりのすけの頭蓋骨の形状について大激論していていたときのことだ。
4-kama「あの口もねぇ....」
eno氏「え、おかえりのすけに口、ないよ」
4「え、あるよ、口。彼「はーっつ」とか、言ってるじゃない」
e「いや、しゃべってないよ」
4「じゃぁあの丸、なに?」
e「あれは鼻でしょ、鼻」
4「...............................」
生みの親が言ってることに間違いはない、と思いつつ、おかえりのすけに口がなくて鼻があったという事実を今日まで知らなかったということは、たいへんな事件である。
2000.11.22 ■いかに多くの「思わずできた もの」を造るか
「思わずできた良い感じは、素人ならOK」と昨日書いたが、それには根拠がある。さんざん試行錯誤を繰り返しつつも、あるとき思わずできた紙を使って製本したことが何度もあるのだ。私が通う製本アトリエの通称Jクラスの作品集も徐々に公開(順子先生菅沼さん)させてもらっているが、製本者の声にはそうした台詞がよく出てくる。
考えてみれば(こうしたい)と思うことは大事だが、自分で思う限りは自分のささやかな経験や感覚の域を超えることはできないわけだから、素人とプロに違いがあるとしたら、いかに多くの思わずできたものを造っているかということだろう。と、自ら、励ます。
2000.11.21 ■うまいなぁ。2
11月8日にも書いた富士ゼロックスの広告第二段がまた、いい。陶器のドアップ。釉薬の具合の妙。 「炎を巧みに操り、焼き上げる。カラーコピーの電源制御にも、エネルギーを効率よくコントロールする知恵があります」
陶芸は確かに微妙な火加減で思わぬ風合いが生まれる。素人なら「思わずできた良い感じ」でOKだが、プロは限り無くそれらを知りつくした上で最後には炎に運を任せる。
この広告はコピー機の待機時消費電力の削減を知らせるもの。楽しさを感じさせるシリーズの登場。追従して真似る広告が増えるだろう。
2000.11.20 ラテンアメリカ光と影の詩 (F・E・ソラナス/1992)
ここ数日、日本というか自民党さんは大騒ぎだ。
92年、自ら銃撃されながら祖国アルゼンチンを始め南米の政治腐敗を徹底シュールな演出で成したのはソラナス。「傾斜日和」や「人体を使った洪水警報」のニュース等など、この可笑しさと実際の「可笑しさ」にいかほどの違いがあるのかわからなくなる。
さて主人公のマルティンの旅は、地質学者から童話作家となった父を探す旅だ。『道を造った人々』という父親の処女作そのもの。
一旦本に描かれるとそれは物語になってしまいがち。映画の中で太鼓叩きのティトが応える。「何から逃げているの?」「忘却からさ」。太鼓の正体はテープだ。忘れ去られないためにはそういう手段も、ありでしょう、そこにシュールな楽しさがあればいい。
本一冊づつが、この世のどこかを転写していることをマルテインは体感していく。「本の現場/映画編」へ追加。
2000.11.19 ■1000年に1度
11月も後半になり年末年始向けの広告が増えてきた。昨年に引き続き今年も笑うのは「1000年に1度のこの年末年始を●●で過ごそう!」というタイプのもの。
いったい誰ひとり、1000年にたった一度を体感できっこないのに、1000年というくぎり次第で毎年毎年1000年にたった1度が訪れるというのに、それでも某高級中国料理店で正月食事を楽しむ一家なら「2001年、千年にたった一度のこの年を家族皆健康で迎えられたことをうれしく思う」などと家長が言えば、とてもめでたく感謝溢れるような気は、する、カ?ナ。

2000.11.18 ■素直で気味が悪い
うちのマンションは、子供がちょっとしたフィールドアスレチック遊びするには格好の場所だ。私も子供の頃は、近所の家々に勝手に名前をつけては庭を横切り離れを基地にするようなことが大好きだったから、今うちの屋上を駆け回っているヤツらの気持ちは十二分にわかる。が、もしかしてこのまま日暮れまでやられてはたまらない午後だったので、ちょっと一発喝いれてやりまひょと、はしごを降りてきた最後のボウズをつかまえて「こら!」。
少年は既に充分アスレチックを楽しんでいるので顔が真っ赤で息をきらしているが、私の言葉にはハイと素直、そのわりにごめんなさいも憎まれ口一つもたたかずに階段下の仲間とそのまんまどっかに行ってしまった。向いの夫婦喧嘩といい今日の子供といい、ちょっと言うと皆とたんに静かになって気味が悪い。
2000.11.16 ■銀杏書房
15日に書いた「日本の昔話の洋書」は神保町の一誠堂書店さんで買ったものだが、国立の銀杏書房さんにも図版のきれいなこうした洋書和書がたくさんある。目録第39号(1999/2000)では「十七世紀・知育の本」として同時代の東西の子供の本を比較分析されており、その文面からは古書を扱う幸せ感が十二分に伝わってくる。
少し前に、ケンドリュー版「さかさまの世界」のチャップブックを革製のバインダーに入れたものを知人から見せびらかされた。ほらいいでしょ〜〜〜と彼女。そう、すごく、いい。ちょうだい!まさか...え〜欲しい売って!バカな...。ところで、このバインダーはなんだ?
それはなんと、ここ銀杏書房女主人のお手製ケースだというから私も早速訪問。チャップブックは何冊かあって、もちろんそれ自体も貴重だし手元におきたいんだが「バインダー付きが欲しいんです....」と言ったら、「サービスのつもりで適当に作ってるから別にどってことないんですよ」とお店のかたが言う。
柔らかで頼りなくもここまで生き残ったチャップブックを誰かの求めに送り出そうとするとき、女主人は思わず衣装を着せてやったのだろう。いつかまた立ち寄ったときにバインダー付きが出ていたら買わせてもらって、大切に多くの人に伝えたいと思った。
2000.11.15 ■ 製本アトリエ記(05)天の処理++レベル25
天と地をやすりがけして整えたら、本文の保護と装飾のために天に箔を貼ったり染めたりする。一冊は天金(金箔を貼る)にすべく、プロに依頼。フランスの某工房に頼むと早いし安いのでそうしていたのだが、なぜか今回は七月の末に頼んだものが今頃になってやっと戻ってきた(写真あり)。どうも先方に優秀な事務処理能力を備えたシルヴィーというひとが入ったようで、前払いに変わっていたらしい。
この本は日本の昔話の洋書で、もともと天金されていたもの。読み古されて綴じがぼろぼろになっていたのだった。
2000.11.14 ■今、なになにしました
帰りの電車。隣のおじさんがケータイを握りしめて妙だ。私の降りる駅に電車が近付くとそのおじさんも降りる支度をして、ドアが開いたとたんに電話をかける。「あ、ど〜も〜。今!たった今、電車、降りました〜。そ〜ね〜ごめんねぇ〜10時って言ってたのにちょっと遅れちゃったねぇ〜。じゃぁこれから改札、向かうから、お待ちくださ〜い」..........
1、駅の時計は10時4分だった。
2、ホームから改札までは1分もかからない。
以上のことから彼は(1)そうとう時間に厳しくマメな男である(2)ケータイを使いたかった(3)テレビ局で「今、たった今判決がでました!」という実況中継を担当したことがある、など考えたが、とにかくケータイのおかげでこうしたデレデレ会話が巷に溢れたり、「今、◯◯した」ということに異常な価値観が置かれる時代となりました。はい、モシモシ、今、14日の分、書き終わりました、たった今、まさに今!!!
2000.11.13 ■吹き出し、開放
昔の上司のお別れ会に行く。生きっぷりも死にっぷりも見事なひとだった。
遺影。ああほんとに亡くなったんだなぁと思う。献花。何か言わなきゃ、と思って(久しぶりですこんにちわ)と言う。
当時の仲間が揃う。楽しくタイムワープ、次の約束をすっぽかしそうになる。
帰路。肉体を失うと近くなるってホントだ。細い角を曲がったとき、空にその上司のでっかい顔が浮かんでいてぎょっとする。こういうシーンってよくあるな、にこにこ笑ったりして...と思いつつ、そうか、これからはこのひとに、私が吹き出しとセリフを書き込んでいくノカ...とも思う。が、残念だ。彼女の手から生み出される新作は、もう見れない。それだけは誰も、書き込めないんだよ、石井さん。
2000.11.12 ■カンガルーとおやじは似ている
老齢のカンガルーの態度がおやじに似ていることには気付いていた。テレビの前でぐた〜っと片ひじつくスタイルとかうつろな目つきとか。
OLYMPUSの広告、"DIGITAL CAMERA NEW STORIES"の2はカンガルー。たぶん壮年のカンガルーが、背中にめいいっぱい腕を回して、ぼりぼり掻いている。
"「ダンスをするカンガルーを見た」と、ある人は言う。「ただ背中を掻いている」という事実を見つめて欲しい。"ってコピーなんだけど、この写真を見てダンスしてるのネかわイイ!と言ったひとが本当に居たの?話、作ってない?それくらい見事なおやじっぷり。
2000.11.11 ■そう「思った」
先日のがっくりには訳がある。ひとつは彼女が一週間後に結婚式を控えていたこと、もうひとつは彼女のお母さまが亡くなった(と後から聞いた)日の翌日、私の自宅の留守電に「◎◎さんが亡くなったの〜」という不明な伝言が朝から何度も入っていてびっくりしたばかりだったからだ。この電話はただの間違い電話だったのだが。
こう言ったところで、それらが何か特別な関連性をもっているわけでないことは一目瞭然、それでも私達はそこに勝手なストーリーを作ってあれこれ考え、それっぽい話にしてしまう。
以前ある上司が入院していた頃、なぜか彼主催のお別れありがとうパーティを、当時の仕事の延長で私がそのだんどりを組んで全日空ホテルで開く夢をみて、それがあまりに可笑しかったので翌朝出社して一番に、同じ部署のお姉様に「こんな夢をみた」と告げた。と、電話。普段積極的に電話に出ない私がそのときはなぜか出ると、その夢に出た上司の奥様が落ち着いた声で「昨夜、静かに亡くなりました、ありがとうございました」と言う。
もちろんそのときは、彼がそういう状況であったとは私は知らない。私はその場で鼻水ぶー涙ぶー、お姉様が電話を替わってテキパキ応対。
これだって同じ。それが一体なんだってーの?ってなもんだけど、だいたい視覚の過程だってそんなようなもの、そこに在るものと私が「そこに在る」と思うものはそもそも同じわけがないもんね。
なんてことを思い出していた今夜、会った人がおもむろにこんな話をする。
「テレビで北海道(彼の地元)の番組をやってて、ああこの川を昇ったら◎ちゃんの家だなぁと思っていた。その二日後、家に帰ったらその◎ちゃんから電話があってね、もう50年ぶりだよ。驚いた」
用件は金の無心だったという。どうしようもなくなって、ふと思い出したのは、その彼女を昔唯一いじめなかったひとの顔。で、連絡したの、って。

2000.11.10 ■がっくり洗礼
ごく親しい友人の不幸にがっくりきてしまい、先日のがっくり談義よろしくがっくり洗礼を受け、筋肉が弛緩しきって無駄話ひとつ出てこない。
2000.11.09 ■ユニバーサルBOOK
富士ゼロックスといえば(ってただ昨日このコーナー↓で言っただけデス ..)オンデマンド出版もいろいろやっている。以前私も、BookParkから村上龍氏の『共生虫』を試しに買ってしまった。先頃は源氏大学ドット・コムとして源氏物語を帳単位で購入できるものもスタート。
こうしたオンデマンド出版はだいぶ増えた。前掲の私のような、物珍しさで買うひとはもういないだろう。買い手にとってのオンデマンドでなければならない理由はなんなのか、作り手サイドってそういうことを結構考えないんだなぁというか、ださいなぁと思うことがよくある。直筆でもない著者のサインを入れ込まれてもネェ...オリジナル装幀とかいっても所詮、ネェ....。話題だからヤットケよ、君、みたいなノリで。
そんななかでのBookingのユニバーサルBOOK。先を急いだりきをてらうことなく、青空文庫さんとの協力も含めて、着実に今感じている人達の行動であることが伝わってくる。
『十八時の音楽浴』(海野十三)もアイテムに入ってうれしい。ちなみに私が青空文庫さんからダウンロードして作ったplasticbook版『十八時の音楽浴』は、「東京国際ブックフェア2000」のBookingブースで、ユニバーサルBOOKの一つの展開例として展示していただいたもの。
2000.11.08 差した光
富士ゼロックスの、コピー機の省エネ技術を伝える広告。
和室。障子戸がちょっと開いていてその隙間から外の明るい光が差し込む。「やさしい光を上手にいかす」。
なぜだかこの手の広告は「地球にやさしい...」がダントツで、妙なこと言うなぁといつも思っていたが、この広告は、うまいなぁ、きれいだし。
2000.11.07 ■差した魔
昨日も書いた考古学者は会見で「魔が差した」と言った。たまたま今日の新聞で作家の三浦哲郎氏の連載が「魔が差して父親から預かった封筒を開いてしまった...」ところで終わってワクワクである。
こっちは普段全然真っ当に過ごしているのに魔は唐突に差し込んでワタシを乱し...そう言いたくなる状況ってあるカモと思いつつ、そう言う限りはその魔ってやつを見ておかねばとも思う。
2000.11.06 ■がっくり
長野県知事の名刺折り事件には驚いたが、自分で埋めて前期旧石器時代の遺跡の大発見を成し遂げてたひとがいたり、またそれがまかりとおる考古学会というものにも驚いた。それにもまして驚いたのは、ひとが「がっくり」くるとほんとに「がっくり」するってこと。
いずれも該当するひとがあとになってテレビの前で謝る姿は、誰がどう見たって情けない「がっくり」状態。ひとの体って柔らかいものなのだなぁと感心してしまう。
2000.11.05 ■真空凍結乾燥機を入れてくれ
スプリンクラーの誤作動や配管の破裂などによる放水、漏水で蔵書が水浸しになった阪神大震災の教訓を受けて、国会図書館では蔵書の災害対策の見直しが進んでいる。例えば水浸しになった本は、いったん凍らせて真空状態に置き、それに熱を送って氷の結晶を昇華させることで水分を取り除くという機械の導入を計画しているという。
現在、国会図書館の各書庫にはスプリンクラーがないんだそうだ。なによりも利用者の安全確保に重点を置いてきた結果だが、その延長に本も!の意識が高まってきたというわけだ。
一ケ所に約700万冊も集められている便利は、同時に最も危険でもある。この世の本好きたちがせっせとそれぞれに集めることは、そうして分散して生き延びる本たちの、やっぱり一つの陰謀なんだろう。
2000.11.04 ■山下陽子銅版画展 於 : 啓祐堂
11月30日まで開催の山下陽子さんの展覧会を観る。オブジェもあって非常に繊細で楽しい。作品をカラーコピーしたものを黒の台紙に貼って自装した、小さくて愛おしい本もある。道具を含めたモノというものは、使い手のアイディアによってどんな風にもなり、またそれを普段じっと待ち続けているものなんだなぁとつくづく思い、今眼の前にあるモノたちの声に改めて耳を澄ましてみたくなる。
啓祐堂さんに次々と訪れるお客さんたちは、9月に出された『書肆啓祐堂誌<黄金の馬車>』(造本は空中線書局の間奈美子氏)創刊号の執筆陣をはじめ、なんだかそれぞれに「困ったヒトたち」で笑ってしまった。
本好きのかたは是非一度お訪ねあれ。ごく最近、読売新聞などで折口信夫関連で超超ビッグな話題を提供したのはここの御主人ですヨ。
2000.11.03 ■同級生が有名人になってしまった場合の卒業文集
ノーベル化学賞の受賞が決まっている白川氏が朝日新聞に寄せた「化学と私」という手記によると(11/1夕刊)、筑波大学退官の日、中学校の卒業文集に書いた作文のことを鮮明に思い出し、とても読みたくなったそうだ。卒業後音信の途絶えた同級生に文集を貸してくれとは頼みにくくて読めずにいたが、今度の受賞決定後の報道で、はからずも全文を読むことができたのだ、と。
この文集、同級生のIさんが、コピーして製本したものを白川氏に送ってくれたんだそうだ。
Iさんさぁ、相手は世界のノーベル化学者なんだから、自分はコピーしたほうを取っておいてオリジナルをあげればいいじゃない〜とか思うけど、私がIさんなら「いやね、白川くんとは同級生でね、まぁなんかやってくれるヤツだと私は思っていたんだけどね...」とか言って自慢するには(やっぱオリジナルが手元にあったほうがいいよな...)って思うかも、いや、絶対そう思う。
2000.11.02 ■『グロリア』(ジョン・カサベテス/1980/米)
NHKのBS2で昨晩やってたのでちょっと。
一家残殺を免れたフィル少年が父親から「これは『聖書』だから肌身離さず大切にしなさい」と言われて渡されたのは、記号化されたマフィアの裏帳簿。" I am a man!! "を繰り返しながら「聖書」を持ってグロリアとの逃亡劇が始まる。
やっぱりジーナ・ローランズはかっこいい!!というのが一番だがあえてここでは本について言うと、この帳簿は聖書風の緑の革装とずっと思っていたが、今回テレビでまじまじと観たら、これ、革じゃなくて普通の紙装、しかも金箔線じゃなくて黒線でした。当HP「本の現場/映画編」、訂正しなきゃね、失礼。
ついでにも一つ。最初にグロリアがフィルを部屋に入れて御機嫌伺いするシーン。「金魚もいるわよ、見る?」ほぅ、金魚も、いたか...。
2000.11.01 ■文庫本→単行本、より早い版へ
打ち合わせの時間が伸びたので近辺を物色して古本屋に入る。
つらつらと壁面をなめていくと黒函の白水社のシリーズが並んでいる。もしや、と見るとA.ジャリの『超男性』もある。白水Uブックス版をパピヨンかがりで製本し直して持っているが、機会があればハードカバーを買いたいと思っていた。状態は極めて良好。買う。
最近、単行本が文庫になるのが早い。ほどほど売れてる本なら、よほど(今!読みたい)もの以外は文庫になるのを待つようになった。私は、カバーを外し、角を折ったりして本を読むので、読み込んだ本はボロくなる。
そうなって始めて、単行本を買う。そんなとき、普段は初版にこだわることは全くないのに、できるだけ早い版を探してしまう。なんなんだろう、コレ。