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_ いやはや…これはすごい。「最後のクラス写真」から「バンコクに死す」に至り、そのラストに降参だ。最も好きなのが「最後のクラス写真」、それと「ケリー・ダールを探して」「バンコクに死す」だが、長編『夜の子どもたち』の前身「ドラキュラの子どもたち」も短編ならではの魅力を感じる。しかしすごいアンソロジーだわね。脱帽。だけど奇想コレクション一冊目であるこの表紙は「女性にも手に取ってもらえる」テイストなのかも知れないけれど、そう言う感覚で言うなら中味はかならずしもそうではないだろうと思うけれどなあ。だいいちその表紙も、私には特に手を出したくなるというようなものではない。
_ と言えばデイヴィッド・ボウイーさま(#^.^#)、でも映画は見ていないのである。しかし出だしの描写からボウイーそのものではありませんか。
_ いつの間にかもう半分にさしかかる。
_ やっと全部読み終えた。「ケルト」の「いかがわしさ」のあたり、なんだか血液型性格判断を想起したり。いやはやそれにしても、『アイリッシュ・ヴァンパイア』を読んだときの自分のツボをお二人にことごとく言い当てられたような気分だ。
_ モンモランシによれば
_
アンソロジー: 複数の作家の作品を集めた作品集
コレクション: 一人の作家の作品をまとめたもの
_ とのこと。きのうの記述は、「コレクション」でなければならないというわけか。辞書を引いてみたけれど不明。ネットで見ると、「アンソロジー・コレクション」とか、「『なんとかコレクション』というアンソロジーは」とか、色々ぐちゃぐちゃですね。きちんと使い分けている場合と、そうでない場合とがありそうだけど。
_ 今日のえいごはいつもの姉ちゃん先生。先週の代理の先生のことを「どうだった?」と訊くから、「そうだね、ハードだった。たくさんしゃべらせて、間違いを素早く直したりした。汗かいちゃった」と返事したら「うーん。間違いをいちいち直すのは、悪くないんだけど、生徒がナーバスになって英語を口にしなくなっちゃったりするでしょ。ほら、緊張して汗かいたりね?…だから自分はあまりしないの。」と感心しないように首を振ってみせるんだけど、私は、ちゃんと直して欲しいんだよね。だからあやふやなときは(=しょっちゅう)この言い方でいいかと確認しているんだけど、キミもちゃんと積極的に間違いを指摘してくれっ。この先生のクラスはあと2回なんだけどね。
_ 急転直下、「地球に落ちてきた男」が、彼の正体を最初から疑う部下に明かした…と思うや否や、終局に向かう。このような寂寞で終わるのだったか。
_ 年度は4月〜3月なのに、なぜか年休は1月から更新され12月末に〆なので、今消化しないと無駄になる。でもね。同室のおねえさま、年休をとる権利というのは誰も否定しないし、休む理由も聞く必要/言う必要はありません。でも消化しないといけないわけじゃないでしょ。義務じゃないんだから、特別休む理由がないんだったら出てきてくれないかしらね。用があって私たちの部屋を訪ねてきた人たちにあなたがまた休みであることを説明し、「彼女今日も休み?あちゃー、これこれを急いでお願いしたいんだけどダメかなあ」と言われてはそのうちの何割かは結局私が請け負い、おかげで私が予定している、締め切りのある仕事にしわ寄せが確実に来ているのよね。5日/週出勤の所を、11月からこちらさらに週1〜2日休まれては、実際困るのだ。この頃毎日私がプチ切れ(ブチ切れではない)してるのをキミは気付かないのか?私ゃあれこれの都合で次男の保護者会だって全然行けてないんだよ今年。「都合つけて行けば?」って簡単におっしゃるけど、締め切りだなんだかんだがあれば、自分の都合だけでは行けないでしょ。よーし来週、懸案の仕事をどーんと押しつけてあげよう。手ぐすね引いて待ってるぜ。いやほんとこれでは切れますマジで。
_ 三匹の手傷を負った雄猫、吠えたてる臭い番犬、ネズミの王とその手下、美しい銀色猫と雪フクロウ、空のちび星。道具立てだけでそれっぽい(何っぽい?)。銀色猫はぬくぬくしながら毎夜雪フクロウからちび星と街灯のお話を聞く。一方町のネズミの王マードックは、憎い猫や犬たちを殲滅するために猫ペストの病原菌を手に入れようと、船に乗って「研究所」を目指す。雄猫たちはふとしたことから聞き知ったネズミたちのたくらみを何とか止めようと頭を絞る。そのなか、毎日の夢に現れる美しい銀色猫…。
_ 銀色猫エンリルは毎夜雪フクロウのメスランテアからちび星の話を聞く。ちび星は、街灯、月、太陽と、愛する相手を変えてはそれまでの恋人を傷つける。それはちび星が、誰のために輝いたらいいのか分かっていないからだった。一方3匹の雄猫たちは、ネズミの王マードックを倒すが、自らもネズミの奸計によって樽に詰められ海に流される。流れ着いた先で苦難の末ついに銀色猫と出会う。それぞれエンリルに傷ついた目、なくした尻尾、痛めた肩を治して貰い、いつまでもここで暮らせると言われるが、結局3匹はもとの町に戻ることを望む。そしてエンリルは自分が本当は何であったかを思い出し、自分が誰のために輝いたらいいのかを見つけるのだった。
_ 3匹の雄猫とネズミたちの話、ちび星とその愛する相手の話はそれぞれに魅力的だ。しかし物語全体のつくりは多分に観念的で、むしろ作為が先立ち、せっかくの魅力半減。
_ 一色まことは、『出直しといで』連載時から大ファンで、うちの子どもたちもしっかり感化されているが、これまでほかには現在連載中断中(たぶん)の『ピアノの森』しか読むチャンスがなかった。先日ひょんなことから『花田少年史』を注文し、一気に読んだ。うう〜、一色まことはいい!この絵が好き、キャラクターもストーリーも好き。各巻でいっぱい泣き、次々と長男、娘へと手渡しした。長男が「アニメは知ってるよ」と言うので、何で早く教えてくれないのだとツンツンしてやった。タイトルは前から知っていたのになぜ手に取らなかったかなあ。『花田少年史5』(番外編、一路人形付き)も予約済み。
_ 『ユリイカ 12月号』の星野道夫特集中、「神話になった少年」については、寮美千子のBBS(Cafe Lunatique )も参照のこと。まだ本誌を読み終わっていないのでBBSのほうは片目で眺めたのみだ。
_ このところ短編集が続いたので、『文学刑事サーズデイ・ネクスト』などの待機本に行こうかどうしようかと思ったが、より以前から待機中のこれを先に読むことにした。
_
池上永一/『ぼくのキャノン』/文藝春秋
清水義範/『日本語必笑講座』/講談社文庫
『ユリイカ 12月号 特集:星野道夫の世界』/青土社
_ 午前中母の所に行く。職員から、時々(主に夜間)失禁があるので、リハビリパンツ(パンツタイプのおむつ、赤ちゃんのと同じでその特大版)を用意した方がいいかも知れないと言われた。職員の言い方がやや遠回しだったのは、家族によっては「おむつなんてとんでもないっ!」だの「うちの親に限って」だのといった反応があるかも知れないからだろう。早速近所のスーパーに行って2種類買ってみた。「寒くなったから暖ったかパンツにしましょ」などと、抵抗なく穿かせるのにもいろいろ工夫しているそうだ。また、ひとり入所時から気の合わない人がいて、今日は母とそのかたと両方から、相手がどういう風に気にくわないか、どういう嫌な(迷惑な)ことをするかを口々に訴えられた。双方ともこれまでだったらあったであろう抑制がなくなっているから、「子供のケンカ」状態で面白い。職員も上手に捌くのに大変だァ。これ、どこかで経験したような…と思ったら、子どもたちの保育園時代、保母さんからよくこんな話を聞かされたような。
_ 私たちを見た瞬間の母のようすは、すぐに誰と分かったようではなかったね、と連れ合いと話した。「知っている人だけど誰だったかな?」のような表情をしているので、「おかあさん、こんにちは!」とことさらに「おかあさん」を強調して言ったらすぐ腑に落ちたらしい。
_ 認知のテストでいくつかの言葉を覚えてもらって数分後にその言葉を思い出してもらうものがある。たとえば「たぬき」「さくら」「ちゃわん」を覚えてもらい、他のテストをいくつかしたあとに「さっきの言葉を思い出して下さい。どんなことばがありましたか」と訊く。このやり方を「再生」と言うそうだ。痴呆が進んでくるとこの成績が悪くなる。しかし自分からはひとつも思い出せなくても、訊き方を変えて「たぬきということばはありましたか」と訊くと「あった」と答えられる、あるいは「やかんはどうですか」ときけば「なかった」と答えられる場合も多いそうだ。これを「再認」というそうだ。「再認」の能力は「再生」より落ちにくく、普段の生活の中では「再生」が落ちても「再認」が出来ればさほど困らない場合も多いと言えるそうだ。認知の専門家は「再生」と「再認」は脳内のメカニズムが違うからこの二つを混同してはいけないと言い張るけれど、日常生活での認知を問題にした場合は、「再生」が落ちたからと言ってすなわち「痴呆」、認知力はもうダメダメで日常生活に重大な支障がある、というようなものではないだろう。母の場合のように「再生」は落ちているが、「再認」で補完できているのであれば、積極的に周りの人が「再認」を助けてあげればそれで良しという考え方をするのが妥当だと思う。ただ、特に家族だとついつい「そんなことも忘れちゃったの」という受け取り方、つまり「再生」が出来ないからまるっきりダメになった、という受け取り方をしがちなのは事実だ。家族の顔すら分からないというような事実を突きつけられればそりゃ落ち込みます。でも、うちの場合はそう言う受け取り方をする段階は過ぎちゃった。だって当人をいくら責めても無駄だし、こちらも疲れるだけ。失ったものを嘆いても詮ない。
_ 超人ものの「成熟」まで。それぞれの作品にのけぞり中。
_ 9時すぎに、無性に眠くなり、殆どフラフラ状態で布団を敷き、半ば目を閉じながら次男に「おやすみぃ〜」と言うのがやっとで寝てしまった。けなげに『海を失った男』を抱いてはいたのだけれど。
_ 「シジジイじゃない」の柱(ページ上部にある章の名が書いてある見出し)が、全部「ジジジイじゃない」になっている。まさか、確信犯だったりして?
_ 久し振りのスタージョン。「私はスタージョンを本当に読んでいたのか?」って感じ。どれもクリーンでクリアーで、やられたっと思う。「そして私のおそれはつのる」、「海を失った男」のふたつがもっとも気に入った。いやはや、短編の力というのは…!
_ 恒例サンタさんに変身っ。私も、ひな祭りもクリスマスも、母がそんなものは今時要らないという人だったので、全く経験したことがない。いったい母にはどういう信念があったんだかなかったんだか…。それはともかく連れ合いには先日から本と文庫カバー(革製)、長男は自分で何やら買ってきた(つまんない)、自分には10年ぶりにアウトドア用コート(セール品だ)とアクセサリとお財布と…(ちょっとずるい〜)、娘にもペンダントトップのクリスマスセット。
_ サンタさん信奉者である次男が、まだ決まっていないのである。このところカードゲームが流行しているらしいのだが、先日の保護者会(欠席)で、友達同士で遊ぶときは各種ゲームは禁止させたい、ということになったらしいのだ。それを受けて、明日の学級会で、それに対し反対するかどうするかを話し合うとのこと。あすもし禁止に決まったら、ガンダムかインラインスケート。そうでなければ、カードの箱買い(もらい)にするらしい。でも学級会の結論如何にかかわらず、サンタさん、カードは持ってこないような気がするけどなあ。プレゼントとしてはちょっとしょぼい選択に思える。
_ クリスマスツリーに飾るイルミネーションの買い換え。これは毎年、どこかの電球が切れては3列のうち1列がつかない状態になるのを繰り返し、買い置きの予備電球でしのいでいた。切れたのを探すのがこれまた大変な作業なのである。昨年はついに1列しかつかないようになり、買った店(ロフト)に行っても「替えの電球は今年から扱わないようになった」と言われ、ハンズで見つけた替え電球を挿したが形が微妙に違ったのでダメだった。今年はもうだめかなと言いながら娘がつけてみたら「ママ、1列だけついたっ!あーっ、切れたっ!」と一瞬の命だったので、ついに買い換えを決意。しかし、これまでのを買った当時(6年くらい前)にくらべ半額近くになっているような気がする。
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ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/『七人の魔法使い』/徳間書店
K・M・ペイトン/『駆けぬけて、テッサ』/徳間書店
チャールズ・シミック/『コーネルの箱』/文藝春秋
ピーター・ストラウブ/『Mr.X(上)』/創元推理文庫
ピーター・ストラウブ/『Mr.X(下)』/創元推理文庫
コリン・デクスター/『ウッドストック行最終バス』/ハヤカワ文庫HM
コリン・デクスター/『キドリントンから消えた娘』/ハヤカワ文庫HM
Sharyn November(ed.)/"Firebirds"/Firebird(Penguin US)
_ ペイトンは久し振り。一時、熱に浮かされたようにまとめて読んだ。デクスターのモース警部シリーズは、オックスフォードが舞台になっており、かの地ではモース警部詣での人々も多いらしい。昔々1冊読んだことがあるような気もする。その1冊目が『ウッドストック行最終バス』で、最初の部分を何ページか読んだが、いやこれは確かにオックスフォードを知っているといないでは(どこでもそうかもしれないけれど)違うのではと感じた。ウッドストックはオックスフォードから車で15分くらいのところで、チャーチルが生まれたというブレナム宮殿がある。ここに立ち寄ったとき、イギリスらしい「粋なはからい」とでもいうようなものに出会ったが、これはまた別の機会に。そんなわけでモース警部シリーズは少しずつ読んでみようかなと思っている。"Firebirds"はモンモランシに教えて頂いたアンソロジーで、執筆陣はナンシー・スプリンガー、ロイド・アリグサンダー、マキリップ、ウィン・ジョーンズ、キリキ・ホフマン、等々の豪華メンバーである。
_ 届いてびっくり400ページ超の分厚い本にびびり気味である。でも何はなくともマキリップを!'Byndley'と題する短編である。魔法使いレックは、バインドレイ(きゃーマンダレイみたい)の地にたまたまさまよい込んだ…。あとはまだ内緒。
_ 職場でインフルエンザの予防接種を受けた。体温を測るのを皆忘れている。口々に「これでいいよ」と額に手をやるので、小児科の先生に教わったように「手は冷たいから、おでことおでこをくっつけるんだよー」と言うと「○○先生とおでことおでこをピッタンコ、イヤだなぁ〜」と言う人もあり、内心ホントにそれもいいかもと思う人あり(私だ)。
_ パトリシア・マキリップの'Byndley'続き〜読み終わり。レックは宿屋の炉辺で、居並ぶバインドレイの人々に、彼の負っている重荷…自分が昔妖精の女王のベッドサイドから盗んだものが何か、妖精の世界からいかにして逃れてきたかを語る。が…。
_ ちょっとMIBみたいなアイデア自体は特に目新しいというわけではないけれど、マキリップを読むとまったくその言葉の魔法の虜になってしまう。彼女の作品はいつも、本の扉を開けて物語の世界にすっかり身を任せ、お話が終わるとふうっと深いため息をつき、心の半ばをまだその世界に残しながらも、ぱたんと背表紙を閉じる、というその手続きを踏ませてくれる。物語自体がそう言う風に出来ている。
_ しごとで、朝からりんかい線に乗って国際展示場へ。あー、あのあたりの人間離れした場所は本当にイヤだ。地震津波が来てくれるなと半ば本気で思ってしまった。向こうに見える観覧車にはちょっと乗りたかったけれど。
_ 職場でよその部屋を訪ね、用が済んで急いで辞去しようとして振り向いた瞬間、開いていたドアの縁に、こめかみの斜め後ろを思いっきりぶち当てた。ガンッ!それはそれは痛かったよう、そのあともずっと痛いよう。ものを食べようと口を開けるのも痛く、食事とあくびに非常に不自由なのだ。しっかりタンコブになってぷっくり盛り上がっているので、この話をした相手みなに「さわってみて…いててっ。ホラね、すごいでしょう!」と実感してもらっている。いや冗談じゃなくその周りも次第に痛くなってきた。明日の朝は無事に目覚められるだろうか。
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どうしても今日しか行く日がない、それも少しの時間しかとれない。でも頑張って行って良かった。ことしの作品はより幻想味を増したように思う。背景に風景が描き込んであるものも新しい試みだという。いいなと思うもののラベルには軒並み赤いテープが貼られている。恐るべし宝永ファン。先頃のフリーダ・カーロ展にバロやキャリントンが出ていたのを全く知らずに見逃してしまい、とても残念とのこと。そうなんですやっぱりバロが大好きなのだそうだ。
宝永たかこオフィシャルページ、この展覧会の様子【1】、【2】、【3】、【4】、【5】、【6】、【7】
_ 突然台所に現れて居座っているヘンな大男「ゴロツキ」は、一体誰なんだ?父親が何年か前にした約束がその原因か?作者お得意の不条理だ。徳間書店は邦題そのものや書籍の広告、解説で一種のネタバレをしていることが多いが、またこれも題名に興ざめ。いい加減にしてくれ〜。
_ 自分が属していることになっているオケの演奏会。団長(という人)のお嬢さんが相当本格的にヴァイオリンを練習してきた方で、彼女のソロでコンチェルト、ほか。疲れたぁぁぁ。でも楽しかった。肩と首が痛いが、弾いた時間の割にはそうでもないので、適度に力が抜けていたと言うことだろう。帰ってみたら風邪気味でお留守番をしていた次男が、高熱を発していた。うう。
_ ほとんど39度の次男を医者へ連れて行った。今日は職場で用事がしっかりあったのだが、この熱では勘弁してもらわなくてはならない。締め切りに関する用でなくて良かった。医者では一応インフルエンザを疑われ、検温すると間もなく診察してもらえた。連休の谷間なので大変な混みようだったから、次男にとっては大いに助かった。吐き気があるのと、熱・ハナ以外に筋肉痛や悪寒などの激しい症状がないので、インフルエンザではない模様。自転車を職場に置きっぱなしにしているため、「よろよろする」次男を歩かせるわけにはいかず、家から数分の距離とは言え25,6kgのホカホカするお荷物をおんぶするのは大変だった。でも久し振りのおんぶだからね、親子とも実は嬉しかったりもして。薬が効いたかしばらくすやすや眠ってくれて、夕方には小康状態になった(おかげで書き物が捗った)。今夜は吐かないで寝てね。昨晩はちょっと辛かったぞ。うつる可能性大だから、うがい・手洗いに励む。
_ 4人目まで登場。どこをどう押せば/ひっくり返せば、こういうアイデアが湧いてくるんだろ。しかしすごい不条理だね。頭がクラクラします。思い出すだけでスサマジー(と言うニックネームの女の子)のキンキン声がまさに聞こえてくる気がする。ぎえぇぇ。
_ な、なんたる…。宇宙船にあこがれる男の子が出てきて、不良とケンカしたり、妹(それも実にすさまじい)や父母を一所懸命かばったり、虚勢を張ったり、心臓が破裂しそうになるまで走ったり、それはもう目一杯児童文学でありながら、いやはや物凄いハチャメチャ奇想天外な展開だ。原題を直訳すれば『アーチャーのゴロツキ』、アーチャーという謎の人物がハワードの一家に突然送り込んだ図体がでかいゴロツキみたいなやつ。邦題にのっけから「魔法」なんて言葉をあからさまにつかってこーんなにぶっ飛んだ内容の話を貶めないで欲しいよまったく。途中でやたらに話が深刻な方に傾くのかとビックリしたんだが、さすがに全然違う伏線になっていった。個人的にはハサウェイとスサマジーが好き。でもちょっと惜しい気もする>宇宙船
_ (12/27記)23日には確認出来なかったが、今日確認したら、やっぱり本文中某所に誤訳というか重大ネタバレミスあり。これは、ちょっとひどいんでないかい>徳間
_ (以下ネタバレ反転)邦訳169ページ4行目の固有名詞の記述。この部分、原作では固有名詞はなくてtheyとなっている。これは邦訳242〜243ページで初めて明かされるのだ。この段階では「アレ?間違ってら」と単なる誤記と思って見過ごす可能性も高いけれど、やはりこれはないと思うよ。
_ …のはずだったのだが。有里さんと、石堂藍さんにお会いして、すこぶる美味なイタリア料理を食したのちーそれもすっかりご馳走になったー石堂さん宅におじゃまして手作りケーキをたくさん頂く。ご自分でも臆面もなく白状して居られるように、ふたりの息子さんの溺愛ぶりは、そりゃもうやっぱり息子を持つ私にはその端々がよーく伝わって参りましたわよ。「あっ、おやつ?ケーキもあるわよ」等と世話を焼き始めたその瞬間、声のトーンがずえんぜん違っちゃいました。人のことは言えませんけど。(それから、よく慣れたプレーリードッグがいて、猫と犬の間みたいな声を出すのを初めて聞いた。名前を聞きそびれた。)
_ 長話はやっぱり石堂さんが最近お出しになったばかりの『ファンタジー・ブックガイド』をめぐる形で。装幀が柔らかい色調で素敵だとか、帯の色はどうよとか、紙面は国書らしくてこの辺とかこの辺が気に入ったとか、そんな容れ物の話から、もちろんその各論にわたった。このご本を読むときは、本文はもちろん、各作品のタイトル脇に置かれたいわば「一言紹介」の面白さをぜひ味わって頂きたいと思う。なるほどと思うものあり(だいたいはこれ)、思わず膝を打つものあり、個人的に爆笑(意を得たのだ)のものあり。これぞ「要約」の粋か!?
_ 作家のセルフイメージが読者の持つイメージとは往々にして違うとか、昨今出た中でゴミじゃないファンタジーはあるかとか(ないみたいだ)。有里さんの指摘で『ファンタジー・ブックガイド』に「グリーンノウ」がない!とか。
_ 彼女は非常に分析的にお話しになるので、聞いていて(読んでいるのと同じに)小気味良い。いろいろ話題があった中で、石堂さんに「有里さんにしても、ニムさんにしても、どうしてこういうものを面白いと思うのか、いったいどういう読書傾向なのか、私にはわからない」と言われたのが、どこを指してまたどういう意味で言われたのか今ひとつ良くわからないながら非常に心に残る。自分の読書の姿勢やポイント、そして書き殴っている感想などが、いかにいい加減で、あいまいで、独りよがりであるか。つまり人に何かを伝えようとするにはあまりにも不完全で、結局は好き嫌いしか言っていないのだよなあ、と自分のふがいなさを再確認しちゃったのである。単に彼女は「わからない」と言っておられるだけなのだが、聞いている方は普段から心当たる後ろめたいものがあるものだから、つい自分を振り返ってしまうのだ。やっとでっち上げて送ったEnsembleの原稿も恥ずかしくて引っ込めたくなる有り様。自業自得とも言う。
_ 何だか今年はクリスマスだの、12月だの、という実感がない。上の子たちがあまり騒がなくなってしまったせいだろうか。なんとかツリーやプレゼントは年中行事として揃えたのだけれど、ラッピングや添えるカードは、これからだ。こんなに睡魔が寄り添っているのに準備できるのか。
_ 今日職場の人が「実は…」と言った言葉に、そうかあ、私は頑張ってこれだけやって来たんだけど、それでもそれが伝わらないんだったら馬鹿みたいなことだ、何事もそこそこが肝心で一番お得かもよ、と思っちゃったのだ。普段だったら「でもね、それでも」と思うところだが、今日ばかりは、自分が損しないようにそこそこやるのがお利口かも…!と真剣に考えてしまった。年末ジャンボが当たったらスッパリ退職しよう。当たりと言っても今回は増えたという1万円とかじゃダメだけど。
_ 『七人の魔法使い』で気になった部分についてようやく原書で確認したので12/23分に追記。他にも似たようなことがあるんじゃないかと変に気になってしまう。
_ ハヤカワの「プラチナ・ファンタジー」と銘打たれたシリーズの第一弾。帯にはそのように書かれているが、カバーを含めた本体には見てそれと分かるような通常のFTシリーズとの区別は全くない。マークがあるとか、背表紙が違うとか、共通の表紙デザインがあるとかといったものを想像していたのだが。
_ 前半がなんだか冗長に感じられた。主人公が術を会得し始める頃になって話に緊張感が出てきた。作者自身も『SFマガジン2003年12月号』のインタビューで若干触れているが、サイベルを想起するものがある。しかしこちらの方が、無用に理が先に立つので今ひとつ楽しみきれない。
_ 妖精文庫のはひらがなで『耳らっぱ』、あちらは英語の原作の仏訳からの重訳で、この『耳ラッパ』は原作からの翻訳だ。しかしぶっ飛んでるなあ。
_ 『コーネルの箱』、『不思議のひと触れ』、『エリアーデ幻想小説全集1』などなどのうちどれを次に読もうか?と嬉しい悩み中。
_ いかにも関東の冬らしい上天気で、窓を開けると爽やか、と気持ちとしては言いたいが大変に寒い。掃除とか片づけとか整理とかゴミ捨てとかあれこれしなくちゃいけないのに、今朝は心おきなくゆっくり起きた。起き出してからも異常なほどの眠さに1時間以上ちゃんと目が覚めない有り様。部分的に本を片づけたりはしてみたものの、結局『魔法使いとリリス』を読んじゃったり、雑誌とかオンライン短編とかをつまみ読みしたり、またも安眠ソファで本を胸に昼寝してしまったり。新年を迎える準備とやらは、一体どこに?
_
シャーロット・ゲスト/『マビノギオン』/原書房
ローズマリ・サトクリフ/『シールド・リング』/原書房
シオドア・スタージョン/『不思議のひと触れ』/河出書房新社
吉田篤弘/『針がとぶ』/新潮社
_ せっかく大枚はたいて買った『マビノギオン』(井辻朱美訳)は、何と家に帰って開いてみたら、前代未聞のページびりびりひっちゃぶけ事件。これまで何百冊と本を買ってきたが、こんなのは初めて見た。即交換じゃ〜。
_ サトクリフはこの頃山本史郎がよく訳している。先日石堂さん宅で『魔術師マーリンの夢』 が良かったという話が出た。それも山本史郎訳なので有里さんが「山本史郎といえばホビットのボクチン訳ですこぶる評判が悪いが、マーリンやサトクリフは大丈夫なのか」と疑問を発した。これまでマーリンやサトクリフを読んだ限りでは、きちんとした訳だと感じている。ボクチン訳は…、まあ彼なりの考えでおやりになったんでしょうが、選んだ対象(ホビット)に、いろんな意味でムリがあったのでしょう。まああのばあい叩かれても仕方ないわな。
_ この時期にクラフト・エヴィング商會(のメンバー吉田篤弘)の本が出るのは例年通り(『針がとぶ』)であるが、新年の紀伊国屋画廊での恒例展覧会はどうやら今回はないらしい。やっぱり実物があってのクラフト・エヴィング商會なのだが、著作と装幀に忙しすぎるのか、あるいは少し違った方向に進んでいるのか、中味を見ていないのでそのあたりは分からない。
_ 一気に読んでしまった。ごく単純に好き、と言ったら「影よ、影よ、影の国」「タンディの物語」「閉所愛好症」「雷と薔薇」と…、どうやら全部挙げてしまいそう。一冊の本としてのインパクトは、先日の『海を失った男』のほうが上かも知れない。「雷」はくれぐれも「いかずち」と読むように。ブラッドベリにつながるのだけれど、比べて言えばブラッドベリの方が万年少年というかおたくぽいというか。大森望氏の後書きが、大変な熱の入れようで、共感することしきり。
_ どうも気の乗らない年の瀬である。だいたい起きたら9時近い。昨日ブレーカーが落ちてFMの目覚ましタイマーもOFFになってしまったのを、直していなかったのだ。せめて花くらいないとあまりにもお正月らしくないと思い、それでも面倒なのでアレンジメントを頼んでしまった。頼みに行くのも億劫なくらいだったが、今日は風が強い割には暖かかったので何とか出る気にはなった。その暖かさに助けられ、窓ふきだけはした。例年は長男がいそいそやってくれるのだが、今年は塾方面にご専心である。お料理の方は、仕方がないので今日は黒豆だけ煮た。「おせちなんか何もしないでいいよ、黒豆があれば。それときんとんと昆布巻きと伊達巻きがあればいいよ、ママ。ゆっくり休みな」と娘は言うが、それだけ作らされれば十分であるよ。あと紅茶豚とお雑煮とたたきゴボウとおしることなますでしょ。お歳暮に来たハムとか、かまぼことか尾頭付きとか買うだけのもあるけどさ。あしたしかも半日で(半日しかやる気ない)これだけの料理が終了するのか。あっ、お雑煮用の鶏肉がない(;.;)
_ 先日から連れ合いが「30日には八重洲地下街で眼鏡が出来るから、夕方一緒に行ってミレナリオを見ますか」と言う。30日という日と、人混みの両方の理由で全然気が乗らないのだが、せっかくのお誘いなので、次男と3人で出かけた。5時前に会場である丸の内仲通近くを通りがかったら、まだ点灯前だったがもう大変な行列である。先に眼鏡を取りに行くと言うので、再び丸の内北口に戻ったのが6時。さあそれからが大変、「1時間半ほどかかることをご了承下さい」とのアナウンスに始まり、牛には悪いが本当に牛の歩みのごとし。2000年の暮れに一度見に行ったが、その時は日にちのせいか、知名度のせいか、これ程の混みではなかった。それでもせっかく来たのでおとなしく並んでビルの谷間から見える半月などを愛でつつ待つ。人混みの中でまだまだチビの次男は「東京ミエナイヨ、だね」とダジャレを放つ。東京駅側から誘導に従って行列して行くメリットは、まっすぐイルミネーションのアーチの中を通っていくことが出来ることで、やはり眺め・体験としてはこれが最高に綺麗である。でも何と言ってもアーチに差しかかるまでの時間が異様に長すぎ。今日は割に暖かかったので何とか持ったようなものだ。「通りすがりの人」用にはちゃんと歩道が確保してあるので、どちらの方向からでも並ばずに楽に見られはするが、アーチをまっすぐに見通すことは出来ない。新丸ビルの2階の回廊部分から見ている人たちがいたが、かかる時間等を考えたらそれも良かったかも知れない。ある程度の混雑と待ち行列は覚悟の上だったが、これは程度を越えていたなあ。今年はこれまでの異国風なデザインから趣を変え、江戸開府400年を記念して「江戸切り子」がテーマだそうだが、その割にはなんだか形がチャイニーズだね、と思った。東京駅にしつらえられた二つの大きな花形の文様もなかなか派手で目を惹いた。結局ほんとに1時間半かかったのだった。
_ 「大後悔する日」のように読める。結局10時頃から、昆布巻き、栗きんとん、なます、ゴボウ、手綱こんにゃく、人参の梅煮を制作して終わり。きんとんと昨日の黒豆は良くできたかな。紅茶豚は頂き物のハム類が大量にあるのでパス、伊達巻きは出来合いで、と言う手抜きになった。のんびりやって2時過ぎにはすっかり終わったが、その他の片づけ関係は壊滅状態である。年越しそばは、連れ合い(準備全般とそば茹で)と長男(天ぷら揚げ。途中で「うー気持ち悪くなってきた」と油やけでリタイア)、娘(人参刻みとテーブルの準備)、私は無言で部屋の片づけ。毎年「あーっ、おせち作りはもういやだ!」と叫ぶが毎年誰も聞いてくれない、というようなことを毎年書いている気がする。
_ そんなこんなで、今年読んだ本のベストは、年明けに持ち越しだ。
_ どのチャンネルも格闘技ばっかりという感じ。次男がとぼとぼやって来て「違うチャンネルでプロレス見てたら曙とボブ・サップ、とっくのとうに終わってた…」と落胆のご様子。兄貴によく聞いてみたら、まだこれからだと言って元気になった。私は休みの間に「二つの塔」のSEEが見たいんだけど、望み薄らしい。
_ ようやく年賀状書き。表裏とも刷る方は連れ合いがやってくれるのだが、ひと言書くのがなかなか面倒くさい。親戚あては以下同文になってしまう。今年は絵柄選びに全然タッチしていないので余計に感興が薄いのかもしれない。来年こそもう少し真面目に!
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